2日目 切崎兄妹
「…何言ってるんですか?」
―下手を打ったか?いや、何も言ってないはず。
全身に緊張が走るが、夢唯はなんでもないように返事を返す。
「ヘイヘイそんな警戒すんなってー」
大皇寺愛杏はヘラヘラ笑って両手をあげる。あぐらをかいて座って、いかにも気を抜いていそうだが、目だけは真っ直ぐ夢唯を見ている。
―どうやらバレたらしい。隙を見て逃げなければ。
夢唯はふっと息を吐いて次の言葉を紡ぐ。
「…いつからだ」
「いつからも何も、最初からお前の殺意、殺気は感じてたしな。」
軽い声でそう大皇寺愛杏は言う。
「……」
確かに。あの時大皇寺愛杏を殺そうとしたんだ。こいつなら殺気ぐらい、いくら隠しても察知されてしまうか。
「まぁ安心しろ、今すぐ逮捕しようって訳じゃねえ」
「え?」
「え?ってなんだよ逮捕されてぇのか?」
「まさか、ただ…」
―聞いた話と違う。
もっと犯罪者に対して血も涙もないようなイメージだったんだが…。
「理由は1つだ。夢唯には助けられてるからな。俺は恩には報いる。例え相手が犯罪者でもな。それにここで逮捕しても意味無いし、俺もここから出にくくなるし」
「3つありましたね」
「うるせぇな蹴っ飛ばすぞ」
―本心からか判断できないが…少なくとも今ここで殺されるようなことは無さそうだ。
「ただしここを出たら真っ先に捕まえる。いいな?」
「全力で逃げます」
「そんときゃ足の2、3本覚悟するこったな」
「…」
―やりかねない。
「なんにせよ今はここを出るのが先決だ、早く他の奴探すぞ」
そう言って大皇寺愛杏は立ち上がり、部屋の出口へ向かう。「ほら、早く行くぞ」
「は、はい」
―僕の正体に気づいてなおこの態度。調子が狂う。
しばらくは警戒しようと心に決め、大皇寺愛杏を追い廊下に出る。そして他の人を探して次の部屋を目指す。どこにあるかは分からないが。
「全員で出るのは変わらないんですね」
「当たり前だろ」
―ん。これは。
部屋の入口が見えた辺りで、夢唯はふと足を止める。
「どした夢唯…」
そう聞くが早いか愛杏も気付いたようだ。それぞれ何も言わずに廊下の前方、後方を見て背中合わせになる。
―殺気。間違いない、同業者だ。しかも2人。
「心当たりは?」
前方を見ている大皇寺が目線も逸らさず聞いてくる。
「2人がコンビだとするならば1組だけ」
―殺気はどちらからも感じる。僕らみたいなのがこの状況で仲良く一緒に行動するとは思えない。最初からコンビの方が合点がいく。
「で、名前は」
「…なま―」
思いつく名前を言おうとした瞬間、感じてた殺気が膨れ上がった。おぞましさすら感じるそれを放ち、こちらに一直線に飛んでくる。音は自分の方!
「愛杏!」
僕は大皇寺愛杏に押し倒し、そのままゴロゴロと転がる。
「クソ、なんだ!?」
「「次は外さない」」
「ッチ」
―この喋り方、予想は的中。だからこそ不味い。
再び殺気が迫る。
「くっ」
夢唯は愛杏を抱え、前方にあったドアに背中で体当たりして中に転がり込む。
「ふぅ、助かった」
愛杏は夢唯に礼を言う。が夢唯は聞いてなどいなかった。
―どうする。相手があいつらなら僕じゃ勝てない。それどころかこの建物内、全ての人が殺し尽くされる。
「夢唯!」
愛杏に言われ前を見る。刹那、ドアがあった所が吹き飛び、ズタズタに切り刻まれる。
「「夢唯?」」
砂埃の中から、2人の人影が近づいて、夢唯の名前を口にする。1人空向は両腕を刃―刃と言うには歪だが―のように変形させている。1人はさっきから砂埃がたちまくっているというのに全く汚れていない。
「なんだなんだ!」
「ホントだホントだ!」
交互に違う声が聞こえてくる。何度か聞いたことのある、腹の立つ明るい声。
「「''空っぽ''の夢唯じゃ〜ん」」
「…やっぱりお前らか、切崎兄妹」
切崎兄妹。全国指名手配犯の双子。兄が刻六で妹が空向。
―何度か会った事があるが、この2人は僕とは相性が悪い。
「お前達、なんでここにいる」
夢唯は少しでも何か聞き出そうと、切崎兄妹に話しかける。
「知らなーい」
「気付いたらここにいた」
―状況は同じか…なんにせよこいつらはやばい。
「切崎…絶賛指名手配中の殺人犯だな。よしとっ捕まえよう」
「「逮捕〜?俺たちを〜?」」
同じタイミングで喋る2人。
―腹が立つ。だが迂闊に動けばこっちが危ない。
「おい愛杏」
「あん?」
「こいつらも、お前の言う''全員''に含まれるのか?」
―愛杏は意地でも全員で出ると言った。だがこいつらを放置すれば最悪全員死ぬし、かと言って協力してくれるとも思えない。
すると愛杏は「はっ」と笑った。
「あたりめぇだ。とっ捕まえて無力化するけどな」
―やっぱり、それなら対策を練らなければ。
「分かった」
―相手は一切の容赦をしない。だから愛杏には悪いが俺は最初から殺すつもりでかかる。
「いつまで」
「待たせる!」
刻六が痺れを切らして襲いかかる。両手を刃に変形させ、夢唯に迫る。
「お前の斬りは当たらない!」
夢唯はヴァイズを使い、斬撃を避ける定義をつくる。
「どうかな?」
「な…」
逃げようとした背後に、見えない壁がある。恐らく空向のヴァイズだ。
―まずい。論証が崩れた。
夢唯のヴァイズは''起こりうる可能性の中の1つを論証をよって補強して確定させる''というものだ。論証で補強しきれなければ上手く発動しない。
つまり、このままだと確実に斬られる。
「ざーんねん!」
負傷を覚悟した時、文字通り横槍が入った。愛杏が夢唯を斬り裂こうとする刻六の腕にかかとを振り落としたのだ。
「へっ。大丈夫かよ」
「ほっとけ」
差し出された手を払い、立ち上がる。
「「次で殺す」」
刻六が再び両腕を構える。空向も手を動かし、何かをしている。
「おい殺戮ブラザーズ、お前たちに聞きたいことがある」
突然、愛杏が切崎兄妹に言った。
「お前たちは俺を殺せるか?」
切崎兄妹は一瞬キョトン、とした顔をしたがすぐに顔を見合わせて
「「もちろん!」」
と言った。
「よく言った。夢唯」
「は?」
「次は俺が相手する。手出しすんなよ」
「…分かった」
もちろん嘘だ。チャンスがあればこいつらは殺しておいた方がいい。
「来いよ」
愛杏は何の構えも取らずそう言った。切崎兄妹はまたもやキョトンとした顔をしたがすぐに構え、愛杏との距離を詰める。
「死ね」
刻六が愛杏の腕に刃を振り下ろす。ザシュ、という音がして愛杏の腕に切り傷ができる。
「…あれ」
「はぁ…」
困惑する刻六に対し、愛杏はため息をつく。
「こんなもんか!」
愛杏はそう言うと同時に斬られた方の腕で刻六に拳を叩き込む。
「がぁ!」
刻六は反対側の壁まで飛ばされたが壁にぶつかる寸前に止まった。
「それがお前のヴァイズだな。大方空気の操作だろう」
「刻六!」
「あいつ…確かに斬ったのに…何でだ!」
「まーたスーツがズタズタになっちったじゃねーか。高いんだぞ」
疑問を投げかけられた当の本人は何食わぬ顔でスーツのあちこちを見ている。
「ぐっ!」
「ん?」
突如、愛杏の周囲に壁が出来た。空向のヴァイズだ。くもりガラスのようで中がよく見えない。
「大丈夫か?」
「平気ー」
―今のうちだ。
愛杏が見てない今、こいつらを殺す。
「させるか」
「チッ」
復活した刻六が夢唯の背後に回り斬りかかる。夢唯は即座に反応し、刀子を背中に回して受け止める。
―いつもの刀子じゃ厳しいか。
刀子は、言わば殺し用。戦闘となれば話が違う。夢唯は懐からコンバットナイフを取り出し構える。
「四次元ポケットかよ」
「うるさい」
―さて。
「反撃開始だ」
キャラ紹介
切崎刻六
全国指名手配犯の双子の兄。両腕を刃の様に変容させるヴァイズを持つ。
切崎空向
全国指名手配犯の双子の妹。周囲の空気を操作し、壁を作ったり、対象を切ることも可能。