1日目夜 交戦
「それは叶わん!」
男はそう言って大皇寺愛杏に殴りかかった。
「あ?」
大皇寺愛杏は避けようともせず、もろに拳をくらい、反対の壁まで吹っ飛ばされた。
―拳?
にしては威力が高すぎる。それに、生身の拳ではコンクリートの壁を破れないはずだ。となればやはりヴァイズか。
「ゴホッ、ゲハッ、いってー」
「大丈夫ですか」
「あー大丈夫」
―いやどう見ても大丈夫じゃないが
身体中血まみれだし腕も変に曲がっている。腹の辺りなんて明らかに欠けている。
「ふんっ!」
グチュグチュと音がして大皇寺愛杏の身体が再生していく。
「危ねー不意打ちだったー」
大皇寺愛杏は立ち上がり、首をゴキゴキと鳴らす。
「で?どういう了見だ?」
「了見も何も、さっき言ってただろ!ここからは2人しか出らんねぇんだ!だから全員殺して回る!」
「至極真っ当ですね。効率も良い」
―僕もそうしたいし。
「ふざけんな、全員で出るんだよ」
大皇寺愛杏は頑として曲げない。
「叶わんのだ!俺は彼女とここを出る!」
「色恋か?」
「そうだ!」
男は肩に乗せた小柄な方を下ろす。
「重成…」
「安心しろ愛癒、俺がこいつらを殺す。必ず2人でここから出よう」
どうやら突っ込んできた男が重成。肩に乗っていた小柄な女が愛癒というらしい。
―名前はどうでもいいか。問題はヴァイズの方だ。
「よーし!じゃあ俺はお前を止める」
「え」
まだ諦めないのか。この女は。
「かかってこい」
「よーいドン!」
大皇寺愛杏は正面から重成にかかる。あまりに捻りのない攻撃に重成は一瞬止まったが、すぐに応戦した。
「無駄だぁ!」
攻撃が繰り出された瞬間、夢唯は相手のヴァイズを理解した。
―なるほど…腕を重機の様に変えるヴァイズ。
「うっ、ゲホッ」
重成の片腕はショベルカーのアームのようになっており、ショベルの中には大皇寺愛杏が捕まっていた。思い切り血を吐いている。
「痛ってーな!」
大皇寺愛杏は自分を掴んでいるアームを持ち、反対に押し広げる。
―流石の怪力。
「この!」
そうはさせまいと重成はもう片腕をドリルのように変化させる。
「大皇寺!」
―これ以上の流血はごめんだ。
大皇寺愛杏のヴァイズは『再生』であって『巻き戻し』じゃあ無い。だから流した血はそのままだし、服も破れたままだ。正直見るに堪えない。吐きそう。
―ヴァイズ、発動。論証定義。
1番起きる確率を探し、固定する。
―重成のヴァイズは解除される。大皇寺愛杏が攻撃を避けたことにより、重成はダメージを受けるからである。
「よいしょ!」
重成のドリルが到達するのと、大皇寺愛杏が重成の腕から抜けるのが同時だった。その結果、自分のドリルが腕に直撃し、重成は激痛に襲われる。
「がぁ!」
あまりの痛みに重成のヴァイズは解け、重成は座り込む。
「重成!」
女の方…愛癒が重成にフラフラした足で駆け寄る。重成は気絶したようでピクリともしない。愛癒もまた重成の隣で倒れてしまった。一方の大皇寺愛杏はと言うと、既に傷も完治し、ピンピンしている。
「あー痛ってー全身ズタズタだわ」
「よく今まで生きてましたね」
「死ねないんでね」
―文字通り、死にたくても死ねないのだろう。便利に見えて不便な身体だ。
「お前なら殺せんのか?」
「え?」
―今なんて…
「さぁ重機青年と肩乗り少女、とりあえず逮捕だ」
「わー酷い呼び名」
名前言ってたのに。人の名前覚えるの苦手なんだろうか。
「あーでもあれだな。重機青年は手錠とか壊せるか。そだ、おい夢唯!」
「そんな大声出さなくても近くにいます」
「さっきの手錠あるだろ?」
「ああ、はい」
最初に僕たちを繋いでいた手錠。片方は僕に繋がったままだが。
「フンっ!と」
その僕に繋がっている方を大皇寺愛杏がグッと引っ張って破壊する。素手で。
「えぇ…」
「それて重機青年と肩乗り少女結んどけ」
「…分かりました」
仕方がないので重成の腕と愛癒を鎖で結んでいると、大皇寺愛杏が言葉を続ける。
「あと敬語と苗字呼び止めろ。苗字好きじゃないんだよ」
「…分かりました」
「おい」
数十分たった後、重成が目を覚ました。
「起きたか」
「くっこんなもの!」
「オット〜いいのかな?」
大皇寺愛杏は人差し指で鎖を指差す。
「ヴァイズ展開するのは勝手だが、肩乗り少女がどうなるかな〜」
「この外道が」
「誰が外道だ」
―いや外道だろ。
人質取るとか思考が完全に犯罪者側じゃないか。
「クソ、説得とか尋問とかは都乙の方が得意なんだが…」
何やらブツブツ言っている。確かに尋問中にうっかり大怪我させそうだ。
「お前、なんか失礼なこと考えたな」
「別に」
―こわー。思考読めんのか?
「重成待って、すぐに治すから」
「ありがとう、いつも悪い」
愛癒が重成にそっと触れると重成の傷がみるみる消えていく。
―これがこいつのヴァイズ。対象の治癒?何か条件とかありそうだが…
「それで、俺たちをどうしようってんだ」
傷の治った重成は大皇寺愛杏を睨む。今にもまた襲ってきそうだ。
「まぁ安心しろ」
そう言うと大皇寺愛杏は僕の肩を掴む。ガシッと。
「こいつがお前ら2人を必ず外に出してくれるだろう」
「え」
「ほ、本当か!?」
「いやその…」
「ありがとう!」
「あっと…」
僕はじっと大皇寺愛杏の方を見る。大皇寺愛杏はニッと笑ってこちらを見返す。
「こいつがなんとここから抜け出す方法を知ってるんだと!」
「ならすぐにでも…」
「ただしそれには人員不足でな、最低でも…何人だっけ?」
―こいつ…僕をだしに連携取る気だな。まぁいいか。
「7、もしくは8人だ」
「なるほど…」
重成も納得したようでうんうんと首を振った。
「それで全員、か」
「そゆこと」
「それで…私たちはどうしたら…」
愛癒がこちらに僕にそう聞いてくる。とはいえ僕は何も知らないので大皇寺愛杏を見る。
「…」
大皇寺愛杏はまたもやニッと笑うだけで何も言わない。
―こいつマジで。
僕は全力で大皇寺愛杏の考えそうなことを探し、口に出す。
「えーそのためにも、まずは他の人を探して欲しいんです。人が増えれば脱出の可能性も増えるので。あとは情報の共有…ですかね」
―どうだ?
夢唯はチラリと愛杏の方を見やる。すると大皇寺愛杏はよくやった、と言わんばかりにウィンクしてきた。腹立たしい。
「分かった俺たちの知っていることなら話す―」
「ありがとう、助かる」
「じゃあ俺たちは他の人間を探す」
そう言って重成と愛癒は別の場所へ向かって行った。
「収穫だな、よくやった夢唯」
「誰のせいで…」
―まぁいい。確かに収穫はあった。
「じゃ、こっちもこっちで情報の整理だ。まず重成。屈強。ヴァイズは重機甲。両手、両足を重機の様に変化させる。特に制限は無し」
―こいつのヴァイズは後々役立ちそうだ。死なずに再会出来るといいが。
「んでもって愛癒。貧血持ちで倒れがち。ヴァイズはラヴイングヒール。愛する者に触れることによって傷を癒す。ただし、愛なき相手には発動しない」
―つまり、この場合重成にしかヴァイズは働かない。ということか。
「おアツいこって。ま、なんだっていい。この2人は多分また会える。次に俺だ」
「だ…愛杏さんもですか?」
「ったりめーだろ。俺たち会ってからほとんど情報交換してねーからな。ここでまとめてだ」
「なるほど…」
―変なこと言えないし、めんどくさいな…
そんなことを言いながらも、愛杏は周囲を警戒し続けていた。気の抜けない相手だ。
「愛杏。ヴァイズは望まぬ不死。まぁざっくり言うと死なない」
「雑」
―大体把握してるから良いけど。
大皇寺愛杏は裏社会でももちろん有名人だ。何せ現警察が誇る『四大問題児』の一角。何人か顔見知りも捕まっていたと思う。
「もちっと詳しく言うと、俺の不死は再生だ。切れたもんがくっつくことは無いし、血もそのまま。切れると痛い。でも生えてくる。試したところ、細胞レベルで分断させても何とかなった。その時1番大きな塊が再生する」
―プラナリアみたいに増えたりはしないってことか…
こんなのが2人なんてゴメンだ。
「じゃあ僕ですね…」
「おう、聞かせてくれよ、殺人鬼」
「…え?」
大皇寺愛杏はニコニコ笑っていた。
キャラ紹介
重成
被害者。長身かつ筋肉質で、腕っ節も強い真っ直ぐな青年。愛癒を心から愛しており、愛癒の為ならばいかなる覚悟も決める。
ヴァイズ 『重機甲』ヘヴィアーマード
両手両足を重機の様に変化させることが出来る、攻防一体のヴァイズ。本人の体躯も相まって、非常に強力。
愛癒
被害者。小柄、貧血持ち。なのでビルで目を覚まして以降、移動の際は重成の肩に乗っている。重成を心から愛しており、その思いは、彼女のヴァイズから見ても本物と言える。
ヴァイズ『ラヴイングヒール』
愛する者に触れる事により、愛する者を治癒する。ただし、愛なき相手には発動しない。治癒の効果は「トキメキ」によって異なる。らしい。