1日目。目覚め
―痛い。
意識が戻って先ず襲ってきたのはこの感覚。
―後頭部。殴られた?
思い当たる節はないが、ズキズキする後頭部を触ってみる。腫れ具合からして、頭蓋に影響は無い。外傷だけだ。なら大丈夫。
―ここは何処だ?
自身の確認をしたら、次は周囲の確認。
―視界、不良。距離にして50cm先すら見えない。音、特に無し。匂い、現状無し。最も、匂いのしないガス等が充満している可能性もあるが。触覚、首と右手首にひんやりとした違和感。
―手錠?にしては鎖が長い。
手首に嵌っていたのは手錠のような輪、そこから鎖が暗闇に向かって伸びている。次に首の違和感。触ってみると、こちらも金属製の輪が付いている。
―鎖の先は?
鎖を手繰って、先を探る。軽く引っ張っても動かないので何処かに繋がっているようだ。ゆっくりと警戒しながら鎖を辿って結ばれた先へと歩く。
―ん?
急に手応えが変わった。引っ張ってもビクともしない。逆に引っ張られているような…
次の瞬間、自分の体は宙を舞っていた。
―な。
瞬時に状況を整理する。おそらく鎖が僕とは逆から引っ張られたのだろう。数秒の浮遊感の後、風を斬る音。
―足、蹴られる!
眼前50cm。視認出来るギリギリからピンヒールのつま先が見える。僕は空中で体をよじって何とか蹴りを躱す。
―危なかった。
見えない相手はすぐさま3連続で蹴りを仕掛けてくる。何とか躱し続けるが一向に攻撃が止む気配はない。動くとジャラ、と音がするところを見ると、どうやら鎖の先はこいつらしい。
―まずいな。
後方に飛び、距離をとる。肌で分かる。明らかな敵意。今目の前にいる(と思われる)あいつはヤバいと本能が告げている。
―仕方ない、殺るか。
僕はどこからともなく得物の刀子を4本取り出し、指の間で持つ。なぁに、簡単な事だ。いつものようにやればいい。
―静かに、綺麗に。
僕の刀子は切るより刺す事に特化させた特別製(もちろん切ることもできるが)。極限まで薄くした刃は確実に相手を刺す。綺麗に殺す。
―来る。
タン、と床を蹴る音が聞こえ、その2秒後に風を斬る音がする。再びの蹴り。僕は音を頼りに刀子を1本投げる。
グサッ
―命中。
肉に刃物が刺さった音がして、命中したと確信する。しかし。「っが」
蹴りは僕の腹に飛んできた。何とかガードはしたものの、めちゃくちゃ痛い。
―何で。
「ナイフ1本刺さったぐらいで止める訳ねーだろ」
暗闇の中からそう吐き捨てる声は、鋭く突き刺さるような響きだった。いや止まるぞ普通。
―声質からして女か、手錠の先に結ばれていたということは、こいつが僕を引っ張ったってことか。馬鹿力だな。
「次は仕留める」
―床を蹴る音。来る。
僕は目を閉じ、心の中で唱える。
―ヴァイズ、発動。論証定義。
風を斬る音。つま先が眼前に迫る。
―この蹴りは当たらない。何故なら、鎖が引っかかるからである。
「あ?」
蹴りは眼前スレスレを掠り、当たることは無かった。暗闇でよく見えないが、動き回っている間に鎖が何処かに絡まったらしい。
―成功。
ブシュッ、ビシャッという音がして、次にカランという音がする。相手が刺さった刀子を抜いたのだろう。
「これで銃刀法違反、業務執行妨害だな」
相手がそう言う。そのワードを出してくるということは...
―警察か。厄介だな。
生憎、警察は完っ全に敵だ。今すぐ逃げておきたいが…
「こんな世の中ですし、状況も状況なので正当防衛では?」
鎖がある以上、逃げることは出来ない。ここから脱出するまで隠し通すしかない。
「ふーん」
相手は少し考え込むような声をあげる。
「それもそうだな」
相手は納得したようだ。こちらに近づいてくる。
「ぐぇ」
腹に熱い感覚。思いっきり殴られた。
「これでおあいこだ」
―刑事じゃなかったか?
刑事にしてはいささかワイルドな気もするが、この際それは重要じゃあ無い。
「状況を整理しましょう」
「状況も何も、目が覚めたらここにいて、鎖と繋がれてた。で鎖の先から誰か来たから迎撃した。それだけだ」
―なるほど。状況は変わらないか。
というか迎撃て。
「で刃物少年。お前名前は?」
「…個人情報ですので」
連携等のため名前は知っておきたいが、信用出来ない。
「分かった、オレから話す。大皇寺愛杏だ。警察やってる」
―大皇寺…愛杏!?
大皇寺愛杏。警視庁きっての問題児。逮捕のためには手段を選ばず、容疑者を何人か病院送りにしてるとか。何より特異なのはそのヴァイズ。
「あぁそうだ。お前、まだナイフ持ってんだろ?貸せ」
「あ、あぁええと…」
―見抜かれてるのか?
とりあえず言われた通り、刀子を1本投げ渡す。妙に嘘をついて疑われる方が厄介だ。
「サンキュ」
大皇寺愛杏は刀子をキャッチし、自分の右手首に当てる。
「手錠はかける派でね」
そういうと大皇寺愛杏は躊躇いなく自分の右手首を切り落とす。赤い鮮血が手首から吹き出る。ゴトッと鈍い音がして、手首が床に転がる。
「うっ、うえぇ」
目の前の床が赤く染まっていく。気持ち悪い。
「あーお前血ダメか。まぁ気にすんな」
―あーダメだ。気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い。赤く、紅く、朱く、赫く。床が染まっていく。
大皇寺愛杏のヴァイズ。それは望まぬ不死。幾ら身体が傷つこうと、無限に再生するというもの。
―落ち着け落ち着け。もう血は見えない。手首もう再生している。
しかし相手が大皇寺愛杏となると話は別だ。何としても誤魔化し切らなければ。
「よし。で名前は?」
手の感覚を確かめる様に、握ったり開いたりしながら大皇寺愛杏は改めて聞いてきた。
「…黒場。黒場夢唯です」
ここは素直に従った方が得策だろう。
「苗字と名前、どっちで呼ばれたい?」
「…名前で」
どうせ偽名だし。すると向こうも「呼び捨てでいいぞ」と返してくる。
「そんな事より早くここから出ましょう」
「だな。…あった、やっぱ圏外か」
大皇寺愛杏がスマホのライトをつける。それを見て僕もスマホを取り出す。2人分のライトで周囲が少し明るくなり、初めてお互いの姿がぼんやり見える。
「何もねぇな。夢唯、そっちは?」
「ダメですね」
大皇寺愛杏の言う通り、柱が数本立ってるだけでどれだけ照らしても何も出てこない。僕達2人以外にはこの部屋には何も無いらしい。
「どーすっかなー」
大皇寺愛杏が頭を掻きながら言う。
「いっその事、壁でもぶち破ればいいんじゃないですか?」
適当にそんな事を言ってみる。幾ら不死とはいえ、流石に無理だろう。
「んーそだな。そうするか」
「え」
「んーよいしょー!」
あろう事か、大皇寺愛杏はその言葉を鵜呑みにして、壁に思いっきり蹴りをいれた。コンクリート打ちっぱなしの壁は流石に破られることはなく、ヒビが入ったぐらいだった。
―コンクリにヒビをいれる蹴りをくらったのか僕は。
よく無事だった僕の身体。貧弱な身体にしてはよく頑張った。
「ふー。流石に無理か」
「ちょっとちょっとー!そんなアナログな方法で脱出させないからー」
その時、2人のどちらでもない声が頭に響いた。
「あーあー聞こえますか?今貴方の心に直接話しかけています」
「誰だテメェ」
「……」
夢唯は辺りをスマホで照らす。
―姿は見えない。まさか本当に脳内に直接?
ありえない話ではない。ヴァイズなんてものがある世界だ。
「今、このビルには8人の人間が集められている!しかし出れるのは2人だけ!!同じ部屋にいる人と協力して脱出目指して頑張ってください!!以上」
頭の中で喋るだけ喋って、その声はパタリと止んだ。
「へー。趣味の悪い脱出ゲームって訳だ」
大皇寺愛杏が拳を突き合わせる。その目はメラメラと闘志に燃えているようだった。
「いいぜ!そのゲーム!乗っかってやろう!必ず全員で脱出してやる」
大皇寺愛杏は天井に向けて大声で宣言する。
―いや、宣戦布告か。
そうなれば、こちらとしてはやる事は2つだ。
―1つ、僕が連続殺人犯だってバレないこと。2つ、ここから脱出すること。
僕は綺麗事は言わない。だから、僕の目標は最悪自分だけでも脱出することだ。
「よし、そうと決まれば他の人を探すか。行くぞ夢唯」
「はい」
―さっきの話からすると、既にこの建物の中に他の人もいるのだろう。穏便に済めばいいが。
僕みたいな奴が他にもいないといいけど。
「ん?」
「どした?」
「なんか音が…」
「音?何もしないぞ」
―僕は人より少し耳が良い。お陰で蹴りも避けられた。
「いや確かに―」
ドゴーン
壁が破れ、2人の人間が突っ込んで来る。小柄な方が大柄な方の肩に乗っている。
「ちっ!」
大皇寺愛杏が舌打ちをし、警戒態勢に入る僕は咄嗟に距離を取り、再び刀子を抜いた。
「お前らも閉じ込められたんだな!」
大柄な方が無駄に大きな声でそう言う。
「そうだ!オレは全員で逃げる方法を探す!」
大皇寺愛杏が負けじと大声で返す。
「面白い、だが!」
大柄な方は一気に距離を詰め、大皇寺愛杏に殴りかかった。
「それは叶わん!!」
―これは…先が思いやられるな…。
キャラ紹介
黒場夢唯
偽名。連続殺人犯。獲物は刀子。ただし血が苦手。人より少し耳が良く、本人曰く「それなりに助かる」との事。
ヴァイズ『論証定義』
ある程度の根拠がある仮説であれば、その論理、論証を固定する事ができる。
大皇寺愛杏
刑事。逮捕のためには手段を選ばず、何人もの容疑者を病院送りにしているらしい。通称''警察の問題児''。ずば抜けた身体能力を持つ。人よりも筋肉の密度が高いらしい。
ヴァイズ『望まぬ不死』
身体が幾ら傷つこうと、切り落とされようと、瞬時に再生する。例え肉片になろうとも。