2 僕の知らない君-1
社殿から飛び出したその煌めきは僕の視力を一瞬だけ奪い取った。
その強烈な光は全てを包み込み、暗くなり始めていた境内を一瞬だけ明るく照らした。
僕はその光のまぶしさに思わず目を瞑る。
僕が目を開けた時にはそこから眩しさは消えていて、代わりに辺りを美しく照らす穏やかな光がそこにはあった。
その真ん中に、あの銀髪の少女はいた。いや、少女なのかもわからない。よく見ると背丈は僕と同じくらいだ。美しい顔、長い髪をしているからなんとなく少女だと思っていたが、美少年と言われても納得してしまう。
性別不明の彼女は僕に向かって口を開く。
「会うのは2回目かな」
僕は一瞬で彼女が人間でないことを理解した。彼女は確かに口を開いているが、その声は僕の耳には入らなかった。いや、耳を介さなかったというべきか。その声は僕の体に直接入ってきた。当然だが、僕は体に直接音が入ってきた経験などない。ただ、僕は、その音が耳ではなく僕の体に向けて発せられていることを本能的に理解した。
僕は震える声で答えた。
「いいえ、3回目です。今までに2度、貴方を見たことがあります」
彼女は何かを理解したように頷く。動作一つ一つが美しすぎる。目を奪われて思考が追い付かない。
「そうか。あの時はもう見えていたのか。申し遅れた、私は紙矢と申す。このあたり一帯を仕切る神だ」
僕は彼女の言葉を信じざるを得なかった。彼女は僕が今まで見た全てのモノの中で最も美しく、僕は彼女が動くたびにその美しさに目を奪われた。これが神ではなかったとしたら、果たして何だというのか。
彼女は口を開く。
「お前は、白から〈ユガミ〉のことを聞いているか?」
ユガミ? 歪みのことか? 何のことを言っているのかわからない。
僕の内心を読みとったように彼女は言う。
「そうか。知らないか。では、彼女は今……」
待て。僕は彼女と約束をした。そのことについて聞くわけにはいかない。
僕は声を絞り出す。
「待ってください。それを聞くわけにはいきません。僕が白とした、約束なんです」
それを聞いた銀髪の彼女は、何かを理解したように頷き、言い放った。
「それが、彼女、泉白を救うことにつながるとしてもか?」
僕は戦慄した。
彼女は今なんと言った。救う? 白を? 白は今助けが必要な状態だということか?
僕は頭がこんがらがっていた。考えるべきことが多すぎて、脳での処理が追い付かない。
僕はその言葉を聞いて5秒ほど硬直した後、彼女に言った。
「すみません。少しだけ時間をもらえませんか。話を聞くべきか否かを考えたいんです」
彼女は首を縦に振った。
「わかった」
「ありがとうございます」
僕は彼女にそう言って頭を下げると、混乱している頭を整理し、思考を巡らせた。
さて。僕は約束は必ず守る男だ。白とした約束は、「神社で起こる超常現象のことは金輪際聞かない」だったはずだ。言葉通りに「聞く」を捉えるなら、約束をした主体である白にのみそれは適用され、神様にそのことを聞いてもその約束に抵触はしないと考えることもできる。
だが、その言葉尻には「白以外にも」がある。卑猥な話でもあるまいし、話したくないことがあるが他人の口からならその情報を伝えて構わない、なんてことは考えにくい。となると、ここで神様の話を聞く選択をとることは、約束を破ることになると捉えてしまってもいいだろう。
大事なのはこの後だ。約束は破ってはならない。それは僕の信条でもある。でも、もし今この瞬間、彼女が危険な状況に追い込まれているとしたら。それは約束を破棄してでも聞くべきことではないのか。くそ、結局どちらをとっても僕も白も嫌な思いをする可能性がある。どちらをとればいい。
落ち着け。最悪のケースを考えるべきだ。もし約束を破ったら、白に嫌われるかもしれない。僕の「約束は必ず守る」という信念も傷がついてしまう。それは嫌だ。
でも、もう一つは……。白が危険かもしれない。
僕はハッとした。
僕は何を迷っているのだ。嫌われるだとか、信念に傷がつくだとか、そういったことを気にしている場合ではない。ならここで僕がとるべき選択は……。
僕は深く深呼吸をして、こう答えた。
「聞かせてください、白のこと、彼女の状況のことを」
神様は笑みを浮かべ、透き通った声で答えた。
「いいだろう」