ふじわらしのぶのソロキャンプ入門
私の名前はふじわらしのぶ、都会の喧騒に疲れたちっぽけな社会人だ。
北海道石狩市のどこが都会かと尋ねられれば返答に困るが私が疲れているのだからそこに何も問題はない。あるはすがない。
そういうわけで私は疲れを癒す為にキャンプ地に一人で来ている。
流行のソロキャンプというヤツである。このわずか一泊二日にも満たない冒険の中で必ずや私の孤独な魂は癒されることだろう。
とりあえず私はキャンプ場の駐車場にマイカーを停める。そしてドライバーシートを後方に倒してから目を閉じる。
このまま寝てしまうのが最良の答えというものだろう。実際に私もそう思う。
仮にキャンプ道具一式を盛って外に出かければどうなるかシミュレートしてみるといい。
ホラ、出した道具は元通りにしなくちゃいけないんだ。バーベキューはやらなくても金網は一度使えば洗わなければならない。
私は金属たわしで自分が金網の焦げを落としている姿を想像してゲロを吐きそうになった。
駄目だ、やっぱりこのまま車中泊で済ませよう。私はリュックに入っている携帯ゲーム機の電源を入れた。
翌日、私は持ってきた自作の梅干しのおにぎりを食した後家に帰った。
要点だけを説明すれば、車でキャンプ場に出かけて駐車場の中でゲームをして帰っただけである。
今回のソロキャンプは失敗以外の何物でもなかったが私はそうは思わない。
ゆえに私は確固たる自信を持って断言する。万全の準備をしても失敗をするという経験をした、のだと。
周囲の人間からどう思われても構わない。
だが私は今、心の底から満たされているという事だけは動かしがたい事実であるはずだ。
これは誰にも否定させない。私はソロキャンプに失敗したのだ。
そういうわけで私は家に帰って家族に事の顛末を伝えることも出来ずに悶々として過ごしている。
リベンジせねば。私は次の旅の為に入念な計画を練った。
一月後、意外にもリベンジの機会は到来した。
日帰りならば出かけても良いと家族から許可が下りたのだ。
私は少年のように心を躍らせながらキャンプの支度をする。そして私は二回目のソロキャンプに出発した。
まずは駐車場に愛車を停める。ここで注意しなければならないのが、自分との戦いだ。
仮にここで負けてしまえばそれまで。またゲームをして、おにぎりを食って帰るだけになってしまうだろう。
私はリュックからファミ通を取り出してページをめくる。
なぜファミ通を読むか?熟練のキャンパーたちも疑問に思ったはずだろう。
答えは意外にも身近なところに隠されているから現実というものはおそろしい。
そう私が読みたいのだ。私はページをめくっているうちに睡魔に襲われる。
同乗していた私の友人は眠そうな声で「寝たら駄目だ」と後部座席で横になっていた。
そして寝息。私は私を気遣う友人の言葉に愛おしさを覚えながらファミ通を読む。
そして水筒に入れてきたコーヒーを飲んだ後、車のドアにカギをかけて眠ってしまった。
その夜、私は友人に怒鳴られながら家に帰った。
結局、私と私の友人は車の中で寝ていただけなのだが収穫はあった。
車の窓を締め切った状態で寝ても蚊は入ってくるのだ。友人が気を悪くしているのはその為だ。
私はセブンイレブンで高めのアイス(200円くらいのヤツ)を買って彼の怒りを鎮めた後に帰宅した。
ファミ通はコンビニのゴミ箱に捨てられたがやはり私の心の中には形のない宝物が生まれていた。
そうもうキャンプに心をときめかせるような年齢ではない、ということだ。
こうして二度目のソロキャンプも失敗に終わった。痛ましい事件ではあるが私の心は満ち足りていた。
これから家でゆっくりとファミ通を読んだり、ゲームをして遊べるのだ。
二歩下がって、三歩進む。私のような凡夫にはそれぐらいのペースが相応しい。
私はキャンプ道具を物置に戻して、用意した食事やおやつを胃の中に収める。
その時、大変な事に気がついてしまった。おにぎり、チーズ、きゅうり、これらの食材は別にキャンプ場で食べなくてもおいしいのだ。目から鱗が落ちるといはこの事だろう。
仮に心無い人は、むしろ目が鱗で固まってない?とか言われそうだが私の意見は違う。
光の存在とは常に闇の存在がより対照的に際立てているものだ。ゆえに私はソロキャンプという非日常の中にこれらの食べ物の新しい可能性を見出そうとしていたが、それこそが甘美なる思考の罠。
やはりおにぎり、きゅうり、チーズはどこで食べてもおいしいのだ。
私は得心しながら食べ物を平らげ、ベッドで眠る。ファミ通もゲームも結局手つかずだったが、私には明日というものがある。今やる必要がない、とは先ほど学習済みだ。私はまた人間として躍進的な成長を遂げた。
そして最後のソロキャンプの機会が訪れる。
秋も深まった頃、その時は前触れも無く私の前に現れた。
”結局キャンプ行ってねえだろ!”私がぶしつけな若者の言葉を聞いて愕然とする。
そう私はキャンプに行っていない。だからこうしてご飯を食べている。今さらながらどうしてキャンプに行かなければならないのだろうか。
若者は私の手を引いて庭に連れて行った。
そして家の庭にテントを張ってキャンプをしろと言うのだ。
冗談じゃない。それは私のソロキャンプじゃない。
誰かにやらされてやるなんて、それは最もソロキャンプから離れた行為だ。
私は鉄の意志で断固反対したが、結局は強引に押し切られてテントを張ることになった。
そしてバーベキュー、談笑。どれも私が決して歓迎したくない苦行イベントが続き、最後はテントで寝ることになった。果たしてこれはソロキャンプなのだろうか。五人くらいの男がテントで横になっているのが私のソロキャンプなのか。
私はそっと一人でテントを脱出して部屋に戻る。
見慣れた机の上には携帯ゲーム機。梅干しのおにぎりと麦茶は持参している。
私はおにぎりと麦茶を交互に飲食しながらふと気がつく。
「そうか。これが私のソロキャンプというものか」
私の人生は続く。