7 そして太郎は・・・・・・
その日の夜。俺がバイトから戻ると、
部屋に、成美が、居た。
「お・・・・・・」
扉を開けるといきなり居たので、俺は言葉が出てこなかった。
ただ目を点にして、マヌケな顔でその場に立ち尽くしていた。
そんな俺に、成美は太郎を両手で抱えて言った。
「ほら、ちゃんと直しといたからね。まったく、もっと大事にしなさいよ?今のあんたには、この子しか一緒に居てくれる相手が居ないんだから」
「あ、うん・・・・・・」
どうしよう、目の前に成美が居るのに、全く言葉が出てこない。
身体も動かない。
もう、これが本当に最後のチャンスかもしれないのに。
成美は本当に、俺の前から居なくなってしまうかもしれないのに!
「じゃあ、帰るね」
成美はそう言って太郎をそっとその場に置くと、立ち上がって俺の横を通り、靴を履いて部屋から出て行こうとした。
その成美を、俺は後ろからガバッと抱きしめた。
気がついたら、そうしていた。
「何よ?私の用事はもう済んだでしょう?」
冷たい声で成美が言う。
俺は、俺は、静かに、でも、心の底から、言った。
「成美、一緒に、居たい、好きだから、一杯働くから、だから、頼む、お願い、します・・・・・・」
自分でも、何を言っているのか、何を言いたいのか、よく分からなかった。
ただ、心の底からあふれる想いを、何とか言葉にして口から絞り出した。
すると、成美は一言、言った。
「いいよ」
こうして成美は、再び俺のアパートに戻って来てくれた。
その後俺は隣町の鉄工所に就職が決まり、成美との結婚も決まった。
あれから太郎が俺の夢の中に現れる事はないけど、現実の世界では相変わらず俺の部屋でゴロゴロし、成美に抱っこされている時は、心なしか顔がニヤついているようにも見える。
その様子は若干イラッとするけど、まあ、太郎のおかげでまた成美とヨリを戻せた訳だから、そこは大目に見てやっている。
次に太郎が俺の夢の中に現れるのはいつになるんだろう?
また俺が成美と喧嘩して、成美が実家にでも帰っちまった時だろうか?
それとも、また神様の当番が回ってきた時だろうか?
そんな事を考えていると、ある日の夜、ひょっこり太郎が俺の夢の中に現れて言った。
「音寿よ、電球が切れかかっているから買ってきてくれ。あと、サーモンのお刺身もだ。ノルウエー産の高級なヤツを頼むぞ」
こいつはどうやら、俺をパシリに使いたい時に現れるつもりらしい。
まあ、いいけど。