1 何もない俺
「もうあなたとは付き合えないわ。さようなら」
と言い捨て、恋人の成美が俺のアパートから出て行って一週間が過ぎた。
八畳一間の部屋からは成美の私物はすっかり姿を消し、妙に片付いた空間だけがそこに残った。
あるのは丸いちゃぶ台と、二十インチのテレビだけ。
こうして見ると、この部屋にあったのはほとんどが成美の物だったんだと気づくと同時に、いかに俺が空っぽの人間なのか、この部屋が語っているような気がしてくる。
そんな俺の名前は門山音寿。
歳はいくつだっけか?確か二十七くらいだった気がする。
今は定職にも就かず、適当にバイトしてはその日の生活費を稼ぐ、文字通りその日暮らしのしがない男だ。
これといった人生の目標もなく、やりたい事もなく、趣味もなければ生きがいもない。
ただただやって来る毎日を、無感情にダラダラとやり過ごしている。
そんな俺に嫌気がさして、成美も出て行ったんだろう。
俺だってこんな自分が嫌だし、誰か代わってくれるなら、代わって欲しいくらいだ。
が、そんな事は無理な話だし、自殺するような勇気(それを勇気と呼んでいいのかはわからんけど)もないし、まあとりあえずは、この世にダラダラと居続けている。
そうそう、さっき俺の部屋に残ったのは丸いちゃぶ台と、二十インチのテレビだけって言ったけど、他にもあった。
安い素材の布団と、俺がいつか成美と一緒に行ったゲームセンターのクレーンゲームで取った、クマのぬいぐるみだ。
全長約三十センチで、毛並みはモフモフというよりもモサモサで、顔は何処となくヌボーッとしていて、決して可愛いぬいぐるみとは言えない。
俺は元々ぬいぐるみなんかに興味もないけど、それを差し引いても、このぬいぐるみは可愛いとは言えないだろう。
成美のヤツは結構気に入ってたみたいで、よく抱っこしてたけど、流石に一緒に連れて行く気にはならなかったみたいだ。
こいつも俺と同じだ。
成美に捨てられて、誰からも必要とされず、ただ無感情に日々を過ごしている。
それでという訳でもないけれど、俺は成美が出て行ってからというもの、何となくこのぬいぐるみに妙に同情するようになり、可愛がるというほどでもないけど、ヒマな時はボーっと眺めたり、夜は一緒の布団で寝るようになった。
そうこうしているうちに段々愛着も湧いてきて、このぬいぐるみの事が可愛いと思えるように・・・・・・
は、ならなかったけど、それでもまあ、一応同じ屋根の下に住む同居人として、大事にはしている。
名前も考える事にした。
いくつか候補を考えたけど、結局は日本的で分かりやすくて男らしい名前がいいという事になり、
『太郎』
に決定した。
「お前は今日から太郎だ。よろしくな、太郎」
と、壁にもたれかかる太郎に声をかける俺。
その名前が気に入ったのか気に入らなかったのかはわからないが、太郎がそのままゴロンと床に転んだのは、ただの偶然だろう。
まあこんな調子で、俺と太郎は新しい人生のスタートを切った。