案外近くにあるものなんですよ?
カッポカッポと馬が蹄の音を鳴らしながらのどかな田園地帯を馬車を引く。
大分日も登り、もう少しでお昼ぐらいかなといった時刻。
-気持ち悪い…
わたし、李奈は初馬車で盛大に乗り物酔いしていた。
-りぃ、大丈夫ですか…?
-こ、こんなに馬車って揺れるのね…。ってか舗装とかしてないんだね、道路。
-そうですね…街中、大きな街だけですが石畳が引いてあるところもありますが、大体はこのような道かと。
-ぐぅ…アスファルトが恋しい!
-アスファルトですか!先程聞いたものですね!りぃの世界は色々すごいですね!
馬車に乗り始めた時は絶好調だった。
そのため夢で見かけたものについてクルーシャから質問責めにあったけど、ご機嫌で回答して言ったけど。
-あー…ダメかも…。1回外の空気吸いたい…。揺れない地面で休みたい。
-そろそろお昼の時間帯ですし、ちょっと早めに休んでも平気かと思いますよ。
クルーシャからもお許し頂き、御者さんに声をかける。
馬車前方についてる小窓を明け、休みたい、止めて欲しいとお願いする。
「ぐぅー!空気ー!!!地面揺れない!」
馬車から降り、ちょっとした草原のような場所でペタンと座り込む。
-りぃ大丈夫ですか?
-ちょっとしんどいかも。このまま休んじゃダメかな?ルーシャお嬢様だし、怒られたりする?
-いえ、大丈夫かと思いますよ。ドロシーもやって来ましたし。
私が乗っていた馬車の後ろに荷馬車が止まり、ドロシーちゃんが物凄い速度で歩いてくる。
おお!素晴らしいスキルだ!多分走ったらダメなんだろうな…。
「クルーシャ様?!いかがいたしましたか?」
「ドロシー!すみません、少し気分が悪くなり早めに休憩させてもらうことにいたしました」
「左様でしたか。普段でしたら馬車でご気分を悪くされることもないのですが…なにか…はっ?!大変失礼しました!そうですか、そうですよね?!」
これはお決まりの婚約破棄ショック症状と診断されたみたいね。
今は喋るのさえしんどいし、そのままにしておこう。
ドロシーちゃんが持ってきてくれたつばの広い帽子を被り、敷いてくれた布製の敷物に座る。
しかもブーツまでぬがせてくれた。
ありがとう、ドロシーちゃん。大好きです。
-むぅ私だってなにかして差し上げたいのに。
-ありがとう、ルーシャ。いつも色々教えて貰って助かってるよ。ルーシャも大好き。
-りぃ!わ、私も、私も大好きです!
うんうん、本当にクルーシャは可愛いな。多分私と話しているクルーシャが本来の性格なんだろう。
「クルーシャ様、少し早いですがこのまま昼食にいたしましょう。ご準備いたします」
お昼ご飯かぁ。食べれるかな?乗り物酔い独特な気持ち悪さを抱えて食べるのはしんどい。
でも私が先に食べなければドロシーちゃんも御者さんも荷馬車の方の御者さんもお昼食べられないんだって。
じゃあ食べるしかないじゃん。
ドロシーちゃんが持ってきたお皿の入っているバスケットと食べ物がたっぷり入っているバスケットを敷物の上に広げる。
お皿に取ってくれたのはバゲットに肉のみ挟まったこってりサンドイッチだった。
-ルーシャ…あなたこんなにお肉好きなの?
-いえ…。美味しいとは思いますが好物ではないのです。何故か私の食事はお肉中心ですね。
見ただけで胃の中が気持ち悪さ悪化するサンドイッチを前に絶望すら感じる。
「…ドロシー、悪いのですがまだ気分が悪いのですがもう少しであっさりとした、フルーツのようなものはございませんか?」
「も、申し訳ございません!ご準備がございません…!」
「あぁ、大丈夫ですよ、こちらこそわがままを言いすみません」
ポットから暖かいお茶を注いでくれていたドロシーちゃんがドシャリと崩れ落ち地面に伏せる。気が回らず申し訳ございませんと謝り倒している。
ドロシーちゃんって普段クールな感じなのに、結構感情に揺さぶられるよね。見てて楽しいけど、さすがに草むらにドシャリはスカート汚れちゃう。
「ドロシー、気にしないでください。そのお茶頂けます?ドロシーの準備してくれたお茶は美味しいですから」
「クルーシャ様ぁ!で、でも、わたくし、自分が不甲斐ない…!」
「あ、あの…どうかなさいましたか…?」
馬の面倒を見ていた御者さんが何事かと声をかけてくれる。
遠目に見てもドロシーちゃんが地面に伏せてどんどんと腕を振り下ろしているのは何事かと思うよね。
実は…と事情を説明し、あわよくば近くに市場があれば連れて行ってくれと必死に懇願する可愛い侍女。
詰め寄られた御者さんズは少し2人で相談し、無情にもこの辺りには市場がないことを告げる。
「そ、そんな…わたくしめは主人のささやかな望みすら叶えられないの…」
効果音がズーンと聞こえそうなぐらい落ち込むドロシーちゃん。
こっちは正直食べなくても平気な感じだけどな。
-ねぇ、ルーシャ。あなたの体は3食きっちり食べないと支障がでたりする?
-どうでしょうか?欠かすことなく3食でしたので経験がないのです。それにお義兄様にも欠かすことないようと命令されています。
-まぁ…それはなんというか…。
-お優しいのですよ。ただ病気で休んでいる際にビーフシチューを持ってこられた時はさすがに困りましたけどね。
うふふ、じゃないよクルーシャ!
私お義兄様の優しさが分からないです!え?優しさがビーフシチューなの?!もう優しさって何?よく分からないです!
「お口に合うかわかりませんが、俺…私の持ってきた果物を召し上がりますか?」
頭の中で混乱していると馬車の御者さんが布に包まれた小さな緑色をした林檎のようなものを差し出してくれた。
「よろしいのですか?」
「も、もちろんです」
ドロシーちゃんはちょっとまだ落ち込みモードで会話できる状況じゃなかったので自分で答える。
なんの果物だろう?
-あぁそれは甘酸っぱい果実ですね。
-じゃあちょうどいいかも!さっぱりしたものが良かったし!貰っても平気かな?
-大丈夫だと思いますけど、このようなことをされたことないので私もどうしていいのか…。
ちらりとドロシーちゃんを見るがまだ別世界だ。
まぁいいや、くれるって言うものを断るのも失礼になるかもだし。
「ありがとうございます。あっでもわたしが貰ってしまったら貴方の昼食が無くなってしまいますね」
「いえ、私は食べなくても平気ですので」
「馬の面倒とか馬車の運転とか肉体労働でしょう?良ければ私の昼食を代わりに貰っていただけないですか?」
「とんでもないです!」
ちょうど良いとサンドイッチを差し出すが何故か拒否される。このままだと肉サンドは無駄になっちゃうし、個人的に食べ物を粗末に扱うの嫌だしなー。
「ねぇ、ドロシー。私が食べれない昼食を彼にあげて欲しいのだけど、お願いできますか?」
「?!はい!もちろんできます!クルーシャ様のお願いですから!ではどうぞこちらをお受け取りくださいまし。さぁさぁ!!!」
「と、言う訳で召し上がっていただけますか?」
ドロシーちゃんを復活させ無理やり仲間にし、彼に食べさせよう作戦成功。
手ずから渡されたら断れないよねー。
返って申し訳ないといいながらも今度はちゃんと受け取ってくれた。
「こ、こんな立派な肉の入ったサンドイッチなんて食べたことない…」
小声でボソッと呟いて1口ガブリ。みるみる表情が明るくなり、ちょっと感動している感じだ。
うんうん、美味しく食べれる人が食べた方がサンドイッチも報われるものよ。
微笑ましく様子を伺っていたが、自分も貰った果物食べなきゃね。
スカートで軽く拭き私もそのままガブリと果物をかじる。
「美味しい…!」
林檎っぽいけど林檎よりも酸味があって香りもいい!しかも瑞々しくて喉も潤う!
-ルーシャ!これ美味しい!
-私も果物久しぶりに口にしたので美味しく感じます!
「クルーシャ様…?」
もしゃもしゃと食べ進めていたが慌てる声でふとドロシーちゃんを見ると、手には小ぶりのナイフを持っていた。その横には食べかけサンドイッチを片手に呆然と私を見る御者さん。
もしや、かぶりついちゃダメだった?!
「ごめんなさい!そのまま食べるのはダメでしたか?!」
「いえ、少し驚いてしまって…大丈夫です。ご自由にお食べ下さい」
「お貴族様のお嬢様もかぶりついて食べたりするんですね…」
ドロシーちゃんはフォローしてくれたけどやっぱりマナー違反だったよね…。思わず食べるのをストップして緑色の果実を見つめる。次回、もしこんな機会があったら気をつけよう。
「あの!その果物はそのまま食べるのが1番上手んです!だから大丈夫ですよ!気にせずそのまま食べてください!」
「そ、そうですよ!クルーシャ様は幼少のころからマナーを気にして食事なさっておりましたし、こんな機会ですし、気にせず好きに食べたらいいんですよ!」
「ここにいるメンツでお嬢様のマナーがどうのこうのっていうやつ一人もいないですし!」
しょんぼり反省会を心の中で行っていたら3人ともすごくフォローしてくれた。
-みんないい人ね。
-…はい。今まで気づかなかった自分が恥ずかしいくらい、優しい方はちゃんと近くに居たのですね。
-そうだね、嬉しいね!
-~!はい!
クルーシャが嬉しそうに返事をする。周りは敵だらけと思っていたクルーシャにとってよい発見だったんだろう。
思わず私まで嬉しくなり頬の筋肉が緩む。
「ありがとう、皆さん」
にっこり微笑むとちょうど優しく爽やかな風がサラリと前髪を揺らした。
「!?」
「クルーシャ様…!」
どうしたんだろう?ドロシーちゃんはうるうる泣きそうだし、御者さん達は顔真っ赤だし。
まぁ、私はこの果実を食べきることに集中しましょ。
案外お腹にたまるから、まだちょっと気持ち悪い私としては全部食べ切れるか不安だし。
そんな感じに不安がっていたのに結局綺麗に食べきってしまった。
食後のお茶までいただいてのんびり食休みを挟み、再び馬車に揺られて宿場町を目指すのだった。