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お見舞い先で事件です?

遅くなりました!

 



 困難かと思われたドロシーちゃんの説得は肩透かししてしまうほどあっさり終わった。

 何故かリードのことを気に入っていなかったし、その彼の元に遊びに行くなんて許可ら中々降りないと思っていた。



「よろしいですよ。...クルーシャ様がお元気になられたのも、たぶん彼のおかげでしょうから...」



 朝から泣き後たっぷりの目を見られていたし、その事で随分心配かけていたんだろうな。



 そんなわけでドロシーちゃん協力の元、パンケーキの材料と、クルーシャおすすめの本を数冊籠に詰めて、身支度もちゃんと整えいざお見舞いだ。



「ようこそ、クルーシャ様」

「先程ぶりですが、お邪魔させていただきます」



 ドロシーちゃんを引連れやってきた私たちをシャーレ様が出迎えてくれた。

 挨拶をして館内に入り、真っ直ぐリードの休んでいる部屋に案内された。

 朝から場所が変わっていない。ちゃんと安静にしてるみたいだね。よかった。



「リード様、お加減はいかがですか?」

「あぁ、クルーシャか。本当に来てくれたんだな。ありがとう」

「もちろんですよ」

「足の方は捻挫と診断されたよ。とりあえず軽いものだし2、3日安静と言われたよ」



 私たちが去ったあと、入れ替わるようにカルフェーネ家お抱えのお医者様がいらっしゃってちゃんと診てもらったそう。



「クルーシャの応急処置について褒めてたぞ」

「昔何度か捻挫をしてその度に注意されながら手当てしてもらったので、その事を覚えててよかったです」

「昔?」



 しまった、昔ってあっちの世界の事だからと慌てて声に出さず「向こうの世界のこと!」っと視線で伝える。



「あっリード様!お腹すいてません?!言っていたパンケーキ作ってきますよ」



 取り繕うように別の話を切り出す。リードもこちらの意図を読んでくれたのか、是非お願いしたいと合わせてくれ、近くに控えていたメイドさんにキッチンに案内をお願いしてくれた。


 うぅ、助かりました。飛びっきり美味しく作らせて頂きます。

 メイドさんについて入ったキッチンはうちにあるのキッチンより少し小さいぐらいだが綺麗に整えられてあり、予め必要な調理道具などは準備してあった。

 あと、3人ほど頭を下げて私の到着を待っていたみたいだ。



「あら?」

「わたくしめがこちらの料理長にお話通してあります。火を使う時だけはこちらにいらっしゃる方が行うことになっておりますのでお願いします」



 あぁ、一応貴族令嬢ですからね、今の私。

 何されるのか分からないから警戒しているのか、ただ怪我をされると困ると思っているのか、表面上は隠しているようだがピリッとした目を向けられた。

 人の機微によく気がつくタイプなので、こういう視線にもよく気がつく。なので、対応の仕方もよく知っている。

 ニコリと笑みを作り、頭を下げる。



「今日は私のわがままで大事なキッチンを利用させて頂いてありがとうございます。何があっても自己責任、あなた達に迷惑のかからないよう配慮しますのでよろしくお願いします」

「あっいえ...こちらこそよろしくお願いします...」



 こちらの料理長はうちにいる料理長と違って、物静かなタイプみたいね。

 とりあえず敵視のような視線は消えたし、まぁいいでしょう。


 籠から出してもらった材料を確認しながら前回同様な手順で材料を混ぜていく。


 カチャカチャと卵白を泡立てながら先程の失敗を思い出す。



 -はー、失敗した。ナチュラルに前の話しちゃったよ...。気が緩んでるのかな。

 -そんなに気にするとこではないと思いますが、確かにりぃがこういったミスすることは珍しいですよね。

 -だよね。なんでかあの瞬間に自分が怪我した時のこと思い出しちゃって、思わず、ね。

 -そんなことありましたか?

 -初舞台の時緊張しすぎて袖で転んで捻挫したことがあってね。幕が閉じた後だったから良かったものの、その時に随分注意されたよ。

 -...私それ知らないかもです。

 -そうなの?てっきり夢で見てると思ったよ。「李奈は案外ドジなんだから気をつけてね」って初めて言われたし。この人なんて失礼なこと言うんだろうってずっと覚えてたんだよね。



 私はスポーツは得意だったので案外ショックを受けていたんだよね。

 言った本人は私がショックを受けているなんて気づきもしない様子で手際よく手当してくれた。

 それからもいつも怪我をするとすぐに駆けつけてくれて、手当てされたな。



 -やっぱり見た覚えがないです。誰に手当てされてたんですか?

 -えっ誰って...。



 誰だっただろう?何故か顔すら思い出せない。性別も、何もかも。



 -んー、ど忘れしちゃったみたい...?

 -まぁ、りぃってば。もし思い出したら教えてくださいな。



 卵白は真っ白のふわふわに変わっている。もうドロシーちゃんが混ぜてくれている種と併せても大丈夫だろう。


 忘れてしまったのはそこまで重要な人じゃなかったからかな?とぼんやり思いつつ、パンケーキのタネが出来た。

 あとは焼いて貰うだけね。


 くるりとこちらの様子を伺っていた料理長達に向き直り、ボールに入ったタネをわたす。



「これをフライパンで焼いて貰えますか?バター多めでよろしくお願いします」

「...畏まりました」



 持ってきたバターをドロシーちゃんから渡して貰ってあとはおまかせだ。かと言えどうしていいのか分からないと言った様子だ。



「あっまぁるくなるように焼いてくださいね」



 ちょっと戸惑いを感じたので思わず声をかけたが余計な事だったかな?でもせっかくだからきちんとしたものをリードのお見舞いにしたいし。



「あの、大変申し訳ありませんが、私共このようなもの見たことがなく、ご教授いただけませんか?」

「もちろんです。...ではドロシー、お願い出来ますか?」



 なんとなくだけど、貴族のお嬢様が好きそうじゃない感じなのでここは経験者のドロシーちゃんにおまかせした方が良さそうだろう。



 -じゃあ私たちは一足先に戻っていようか?

 -そうしましょう。



 かまどの前に立つドロシーちゃんに部屋に戻る旨伝えてキッチンを後にする。

 やっぱりうちの屋敷の料理長が特別寛大なんだよね。あっという間にダイエットフードのコツみたいなものを掴んでいたし。おかげでメイドや侍女に囲まれてニヤニヤしてたな。



 -りぃ、籠の中に本が入りっぱなしでは無いですか?

 -あっ。



 籠ごとキッチン持って行ってしまったのでリードに貸す本が入ったままだ。

 まだ戻れる距離だし、取りに帰りましょう。



「…!?」

「ですから...!」



 キッチンまでたどり着いたが中が少し騒がしい。何かあったんだろうか?

 よく聞き覚えのある声が聞こえたので思わずドアを開ける。



「確かに態度は悪かったかもしれないが、相手は魔物の姫だろ?!何されるかわかったもんじゃないから警戒ぐらいするさ!」

「先程からのその暴言!いい加減になさってもらえますか!?」



 騒ぎの中心にはドロシーちゃんと、料理長についていた若い男の人がいた。


 話題的には、私のことか。



「...ドロシー」

「クルーシャ様...」



 バツの悪そうな表情をしているドロシーちゃんに目配せし、そのまま中に進み相手の前に立つ。

 クルーシャより頭1つ小さい彼を上から見下ろす形で見つめる。



「すみません、先程のお話聞こえてしまいました」

「...」



 相手、私は貴族だ。途端顔を真っ青にさせたが、すぐに反感の視線を向けてくる。



「そうですか、では俺を罰しますか?」

「いいえ、確かに魔物姫と呼ばれているのは確かですからそんなことでいちいち罰は与えません」



 そもそも一人一人罰を与えれるなら学校のやつらもあのバカ王子も全員罰を与えてやれるのに。



「でも、私はあなたの言葉に傷つきました。魔物ではなく、人間です。ただ少し背が高いだけのただの女です」

「それは...!」

「私は人に害をなしたことも無く、貴方とは今日が初対面ですよね?そんな人に魔物呼ばわりされ傷つかないとでも思いましたか?」

「...」



 なるべく感情の籠らないよう、淡々と語りかける。演技っぽく言ってその場の空気で同情されては行けない問題だ。



「カルェーネ家のものとしてでは無く、私個人として貴方に謝罪を求めます」

「...申し訳、ございませんでした...」



 途中からの彼は再び顔を真っ青させ、私の言葉を受け止めてくれた。

 だから、この謝罪もきっと本心だろう。



 -許してもいいかな?

 -えぇ、私は問題だありませんよ。



 ちょっとだけ嬉しそうな声のクルーシャ。

 ちゃんと話して理解して貰えたのが嬉しいんだろうな。今までは言われっぱなし、そのまま泣き寝入りだったし。



「謝罪を受け入れます。私こそ、あなた達の職場に急に入ったので迷惑だったんですよね。こちらの配慮も足りませんでした」

「いえ!」



 すると先程からのこちらの様子を伺うだけだった料理長が口を開いた。



「こちらこそ、貴族令嬢が何ができると失礼なことことを思っていました。申し訳ございませんでした」

「ふふ、やっぱりですね」

「...お気づきでしたか」



 あからさまでしたからね。

 笑って肯定を示すとバツの悪そうに帽子を脱ぎ頭を下げてくれる。



「お嬢様がお作りになられたもの。私どもの全く知らないものでした。そのせいで負けたような気分になり、コイツが余計なことを言いました。申し訳ございません」

「す、すみませんでした!」

「謝罪は受け入れましたのでもうその件は問題ないですよ」

「...そうですか...。それで、こんな私たちではありますが...引き続き作業を続けさせていただいてもよろしいんでしょうか?」



 まぁ、確かにこんなふうに思われてたら嫌な気分になるかもだけど、私もクルーシャもそこまで気になってないし、問題ないでしょう。



「えぇ、私たちよりよっぽどフライパン裁きは上でしょうし、期待しています」



 ホッとした表情を見せ今一度頭を下げる料理長達。

 じゃあと、籠の中から本を取りだし部屋に戻ることにする。


 和解かな?は出来たけどあのままいたら気になっちゃうよね。とりあえずドロシーちゃんにも謝罪して貰えたし、本当にあとはおまかせしちゃいましょ。



 数人のメイドさん達とすれ違いながら部屋へと戻る。



 -...あんなふうに言えばよかったんですね、私も。

 -言える人、言えない人がいるからね。私の行動が正しいっていうわけではないよ。ただ、クルーシャがああいう言われ方をされるのがやっぱり私は1番嫌だったから。

 -それは、私もです。どうして魔物と呼ばれなければならないのかと、何日も何日も泣いて過ごしました。



 結果、魔物についてとことん調べ尽くして、魔物のいい所を見つけて気持ちを納得させていたって。それはそれですごいことだと思うけどね。



 -今日のりぃを見てたら、私も今度からはちゃんと言えそうです。...傷つくからやめて欲しいと。

 -そうだね、嫌なものから逃げるだけじゃだめなのよ。



 ...嫌なものから逃げるだけじゃダメだ。ちゃんとなんで嫌なのか考えて、それからもどうすべきか李奈自信で決めないとダメだ。じゃないと...



 じゃないとなんだったっけ?

 そもそも誰に言われたんだ?



 -りぃ?



 クルーシャからの言葉も耳に入らず、そのセリフを思い出そうと必死になったが、結局思い出すことは出来なかった。




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