これからのこと、少しづつ動くこと。
夕飯も済ませ、半身浴も終わり今は髪をドロシーちゃんに拭いてもらっているところだ。
おじい様から貰った手鏡覗きながら手馴れたドロシーちゃんの手さばきをぼぉっと見ている。
「お疲れになりましたか?」
「そんなことは無いんですけどね、ちょっとどうしようかなぁと思うことがあって考え込んじゃいましたね」
訓練所からの帰り道、軽く、本当に触り程度に入団出来ないか聞いてみたら、否という明確な答えではなく、とんでもなく渋い表情をされた。
多分なにかきっかけがあれば認めて貰えそうなんだけどな。
そのきっかけがクルーシャと悩んだが分からなくて今に至る。
順調に痩せてきてはいるものの、停滞期が長引くと帰りまでに間に合わなくなってしまう。
それだけは避けないと。
「あ、あの、わたくしめなんかが烏滸がましいかとは重々承知しておりますが、お困り事があれば相談してください」
死ぬ気で何とかしますと櫛を持つ手を固く握り締めるドロシーちゃん。そんな決死の覚悟を決めなくていいのに…。
でも、相談してみようかな?
-訓練の件ドロシーちゃんに相談したいと思うけどいいかな?
-え?えぇ、私は問題ないですがどうしてですか?
-今回はあんまり時間もないし、もし相談ぐらいならいいかなーと思ってね。
今まではクルーシャと答えが出るまで相談して色々と決めてきたので、ドロシーちゃんに頼るという選択肢に少し戸惑いをみせる。
「ではドロシー、相談しても宜しいですか?」
「!はい!勿論でございます!」
「ではこちらで作戦会議いたしましょう」
ソファに移動しローテーブルを指で小突く。
「では飲み物を今ご用意いたしますね」
「それは後でお願いするので、今はこちらに」
傍らに立つドロシーちゃんをじっと見つめ、視線に気づいたドロシーちゃんをソファに座るよう促す。
主人のお部屋でくつろぐ訳にはまいりません。わたくしめはこのままで結構でございます。とわんわん拒否っていたが、最終的には「お願いよ、ドロシー」で勝負はついた。
今私の隣にはカチコチに身を固めたドロシーちゃんが鎮座している。
「さてと、では落ち着いたところで本題ですが」
「わ、、わたくしめは落ち着かないので立たせていただ」「ん?」
「いえ、どうぞお話お願いいたします…」
「実は私おじい様の訓練所に入りたいの」
ガタンっと音を立てて立ち上がるドロシーちゃんの手をそっと握り座るように引っ張る。
よろりと椅子に座ったドロシーちゃんは少しだけ息を整えているようだ。
「そんなにおどろきますか?」
「失礼しました。今まで部屋から出てこなかったクルーシャ様が最近お外に出るようになったと思っていたら、く、訓練所だなんて」
「寮に入ったり、とかじゃなくて、少し剣を習いたいの」
「なぜです?護衛は付きますしクルーシャ様が剣を振るう必要はありません」
やっぱりそういう反応だよね。分かっていたことなので特に気にする事はない。むしろ、まずはドロシーちゃんをひっくり返すだけの口実がなければね。
私の話術が光る時が来たわね!
「えっと、今どき一令嬢だって護身術ぐらい必要なものよ。自分の身ぐらい守らないと…ね?」
「そのようなものでしょうか?護衛が居れば問題ないのでは?護身術を身につけるより他に令嬢としてすべきことがあるのではありませんか?」
ぐっ!私の話術が聞かない!むしろドロシーちゃんの正論!これは手強い!
あっはい、結局いつものように甘える作戦に移行しました。
「ねぇ、ドロシー…、私の望みなの…協力して欲しいな…?」
「かしこまりました。フェルト様だろうが王子だろうが国王だろうが何とかします」
秒だった。
結局どうすればいいのか明確な答えは出なかったが、ドロシーちゃんの一件で光が見えた。
うん、甘えよう。クルーシャとも意見が合致した。
甘え方の演技に夢中になっていたらいつの間にかクルーシャが寝てしまっていた。
ひとりぼっちになってしまい、寝台にボスンっと横たわる。
さて、そろそろ彼は来るかな?
-こんばんわ、クルーシャ、リイナ。今日もいい夜だな。
-こんばんわ、リード。本当に毎日くるわね、貴方。今日もルーシャはお休み中よ。
仕事忙しいって聞いたけど、本当にリードはほぼ毎日闇魔法を使って話に来る。
たいがいクルーシャが寝てしまっているので主に私とたわいない会話をしてるだけなんだけどね。
-そうか、クルーシャは相変わらずか。何をそんなに魔力を使っているんだろうな…。
-…うん、そうだね。
魔力を失うと睡眠というより冬眠のような、強制的な眠りに陥る。
そのため最近のクルーシャはお休みを言う前に眠りにつくことが多くなってきていた。
ふぅ、と一息着く。
何となく私はその理由を知っていた。
でもリードに言うことでは無いので黙っている。
私が知っていることをクルーシャに知られたくないからだ。
-ねぇ、リード。ちょっとルーシャに内緒で教えて欲しいことがあるんだけど。
-なんだ?この時間は休憩時間としてシャーレに無理やり時間を取られているので俺が教えれることなら教えるよ。
-文字、教えて欲しい。
-?読み書き出来るだろう?
-うん、クルーシャが起きてる間は、ね。最近気づいたんだけどクルーシャが寝てると文字読めないのよ。
-そうだったのか。確かにリイナはクルーシャを介してこの世界に接触している。
-なのかな?よくわかんないけど1人になった時に文字読めないのちょっと不便で…。物覚えの悪い学校の成績も宜しくなかった私だけど、よろしくお願いします。
-ふふん、俺に任せろ。勉強は得意中の得意だ。そうなるとどこかで会って教えた方がいいな。どうするか…。まぁ、また隠蔽の魔法陣使えばいいか。
気軽に大量魔力消費するという方法は選ぶな、この人。どれだけ底なしなんだろう?倒れたりしないといいんだけど。
まぁ、令嬢が夜年頃の男性を部屋に招き入れてると噂されるよりいいか。
-じゃあ明日から早速お願いします。
-わかった。何かわかりやすい本でも選んでおくよ。それにしても、クルーシャに教えて貰えばいいんじゃないか?
やっぱりそう思うよね。普段なら私もクルーシャにお願いするけどさ。
んー、どう言おう。
-…ルーシャに秘密にして驚かせたいんだ。だからこっそり、絶対内緒よ?
-まぁ、確かに驚くだろうな。でも驚かせてどうする?
-サプライズプレゼントみたいな?喜ばせるために秘密にしていざワっとさせるみたいな?こういうのない?ルーシャこういうの好きみたいなのよね?
-ない…と思う。が、さぷらいず…か。よし、覚えておこう。
そういう声はいつも以上に柔らかい。恐らくリードもサプライズをしてみようと思っているんだろうな。
そっと心の中だけで謝罪する。
クルーシャが好きっぽいリードにバレるとクルーシャにもバレそうな気がしてさ。
-じゃあ明日来る前に一応闇魔術飛ばしてクルーシャが寝てるか確認してから来るからそのつもりでいてくれよ。
-えぇ、頭空っぽにしてちょっとでもお勉強できるようにしておくわ。
軽口を言いながらおやすみなさいと別れた。
正直クルーシャに隠し事をするのはしんどい。
でもこのまま、私の思う通りに進んでしまった場合、クルーシャが現時点で何かをするかもしれない。それが怖い。
あの子私大好きだからね。
机の上に置いてあった鏡を覗き込み、赤く煌めく虹彩色の瞳を見つめる。
私も大好きだから傷ついて欲しくない。
だから、隠し事するよ。
その日の朝方だった。
突然なにかに起こされた。
-りぃ!りぃ!!!
クルーシャだ。子供のように泣いている。
子供が起きたらお母さんがいなくてびっくりして泣くような、何度も何度も私を呼びながら泣いている。
-ルーシャ?どうかしたの?...嫌な夢でも見た?
ビクッと反応するのがわかった。それが肯定を意味することは直ぐにわかった。
-あぁやっぱり。昨日映画の話が出てたからね。そろそろかな、とは思ってたけど今日だったのね。
-りぃ...りぃ...。
-うんうん、大丈夫よ。今はもうどこも痛くないし、悲しくもないよ。平気って訳じゃないけど、ルーシャと一緒だし、もう平気。
-でも、でも!あんなに、あんなに…血がいっぱい流れて、誰も助けてくれない...そんなのって!
確かにあの時は夜遅くに帰っていて、辺りに人気はなかったからな。
だからこそ、助からずに死んでしまったんだろう。
-ねぇ?ルーシャ。私はあの時誰にも偲ばれずに死んでしまったんだけど、今こうしてルーシャにいっぱい泣いてもらえて救われた気持ちになったよ。
-...うん。
-でもさ、私はいつもみたいにルーシャと過ごしたいな。泣いているより笑ってるルーシャが好き。ね、笑ってよ?
しゃっくりあげて泣いてるよりずっといいよ。
最後までクルーシャには笑って欲しいな。