初対面の家族がこんな人なんですか?
部屋を出る前にボサボサだった髪をドロシーが職人の手際で編み上げリボンで止める。あの傷みまくった髪をここまで自在に扱えるなんて…と少し感動してしまった。
でも相変わらず前髪は長いまま顔を隠すように垂れ下がっている。
前が見にくいことこの上ないのでどうにかしたいんだが、今は今までのクルーシャのように過ごすためぐっと我慢する。
まぁ、何かあった時に表情があまり他の人から見られないのはいいかも。
この世界に慣れてないせいで、私が何に驚くのかわからないからね。
何人同時に通るのだろうと疑問に思う広い階段を降りると、そこはまた何人収容出来るのだろうと疑問に思う広い広いロビーでした。
その広々とした空間に何席かテーブルセットが置かれ、観葉植物で飾られている。
上を見ると見たことも無い大きさのシャンデリアがぶら下がっていて夕方に差し掛かっているが室内を明るく照らしている。
そんな煌びやかな中より輝く人がいた。
紅茶を飲む仕草も美しい。艶やかな紺色の長めの髪を後ろでくくり、髪色と同じ紺を基調とした服に身を包んでいる。
-…あの人?
近寄るのすら億劫になるほどのキラキラオーラが出ているのだけど、あれがお義兄様のようだ。
「クルーシャ!」
「お、お義兄様、わざわざ足を運んで頂きありがとうございます」
立ち上がりこちらに歩いてくるお義兄様は足の長さも充分らしくあっという間に距離をつめた。
オーラに当てられて少し演技が遅くなってしまったが、スカートの端を持ちゆっくりとお辞儀をした。おお、映画で見た事ある挨拶だ。
この義兄、間近出みてもキラッキラ。ネイビーの前髪からは透き通ったブルーの瞳。
こんなキラキラ、日本じゃあまり見かけなかったな。
ハリウッドスターとかそのレベルの人じゃないの?貼り付けたクルーシャの演技が一瞬剥がれそうになったわ。
そしてそのまま片手を手に添えられ、テーブルへと案内してもらう。
いつの間に用意したのかドロシーが私の分のティーセットも準備してくれていた。
席に着いたお義兄様に促されて、まずは1口紅茶を含む。うん、程よく温かくてほっとする。
あと、義兄のそばで控えていた男の人、従者…かな?がジャムがたっぷり乗ったクッキーをお茶請けにと勧めてくれた。
ここで断るのは無理だろうけど、…カロリーすごそー…。
サクリッ
咀嚼して分かるお砂糖の多さ。これまたたっぷりだ。これは…確実に太るね。
「お前が王子から婚約破棄されたと聞き慌てて様子を見に来たんだ」
「…申し訳ございません、私からご報告したかったのですが…」
「気にしなくていい。大変だったな、各自への報告は私の方からしておくからお前は何もしなくていいよ。お義父さまはこの婚約に賛成していたから厄介だろう」
「…ありがとうございます」
「不幸中の幸いだが明日から学園休暇になるし、ゆっくりと領地で静養しておいで」
キラキラの顔には心配する兄の表情。さすが家族というか、妹の事心配しているのが分かる。
優しい人…なのかな?あれだけ周りが敵だらけみたいなものだから余計に優しさが身に染みる。
それに、お義父さま、領地、学園休暇…重要そうなワードがぽんぽんっと出てるけど今はクルーシャに聞けないよね。
忘れないようにしてあとでちゃんと確認しなきゃ。
「それにしても王子もあのような場で告げることではないだろう。大勢のものに聞かれ羞恥に晒されたと報告受けている…大丈夫か?」
「…はい、特に問題はございません。それに、婚約破棄についてもいづれは…と思っておりましたので」
「そうだな、お前のような醜い見た目では王子の相手は務まらないからな」
慰めるような声色は変わらない。
でも、このお義兄様「醜い」ってクルーシャに言った…よね?
クルーシャはビクリと身体を震わせたが直ぐに先程の調子に戻っていた。
これは、考えたくなかったがお義兄様からも暴言言われ慣れてる…?
こちらの様子などお構い無しに優雅な仕草で紅茶を飲み更に言葉を続ける。
「この調子だと嫁ぎ先はないかもしれない。今回の婚約破棄の件、騒ぎが大きかったからか容姿醜く婚約破棄されたと社交界に知れ渡ってしまったのだからな」
「申し訳…ございませ…ん」
「あぁ問題ないよ、クルーシャ。そもそも我が家はクルーシャに政略結婚しなければいけないような財政はしていないよ?」
ふふっと励ますように微笑む姿からは演技は感じない。
あぁ、この人は嫌悪とか嫌がらせではなく、本気で醜いって言ってるんだ。
「どうした?やはり顔色が悪いな…」
カチャリと少し音を立ててお義兄様はカップを置きこちらの席に歩み寄る。
すっと伸ばされた腕。こめかみあたりを大きな手のひらで包まれ軽く撫でられる。
どうしてだろう。こんなにも愛情を感じるのに。
どうして…こんなにもクルーシャを傷つけるんだろう。
ひとしきり撫ぜ、指で前髪をかき分けられる。前髪の隙間から覗いていただけの彼の顔が思った以上に近くにあることに気づく。
「お、にいさま?」
「…こんな時だ。昔のようにアルって呼んで甘えてくれていいんだよ?」
じぃっとクルーシャの瞳を見つめられる。
そして撫ぜていた手を離しクルーシャを抱きしめるように両腕を伸ばした。
透き通った水色の瞳に怪しげな光を灯しながら。
その瞬間、激しい恐怖が湧き上がってくる。
怖い怖い怖い怖い!!!!
ドンッ
思わず近かった肩を押し、後ろに数歩下がり距離を置く。
カタカタ震える身体をぐっと抱え込んで抑えるが暫くは止まらないかもしれない。
-モトミヤリイナ様?!
「クルーシャ?どうしたんだ?」
「あっいえ、ごめんなさい。す、少し体調が悪いみたいで…」
「大丈夫かい?大変なことがあった後だ。もういいから部屋に帰っておやすみ?」
「あ、ありがとうございます」
ペコッと頭を下げると挨拶も早々に逃げるよう階段を登って一目散に部屋へ向かった。
-いかがされたのですか?!
-ごめん…ちょっと…気分悪い…
クルーシャの真似なんて出来ず慌てて逃げ出したからクルーシャまで心配してる。
うぅ情けない。トラウマはこの身体だろうが関係なく発動するのか。
そんな知りたくもなかった情報を新しく手に入れ、一目散に部屋へと戻っていった。
■
ドロシーは同じくアルフレッドの従者と、いつものように主人の会話がギリギリ聞こえない位置で待機していた。
すると突然席を立ったクルーシャが走り去ってしまった。
恐らく部屋へと戻ったのだろう。
「どうしたんだ?」
思わず隣りから驚いた様子で声がかかるがそれどころでは無い。
びっくりしたのはドロシーも同じだった。
礼節重んじるクルーシャがあのような態度を取るのを初めて見た。
これはただ事ではない。
側仕えが自分の主人以外に直接お声掛けするのはタブーだが緊急事態だと自分を叱責しアルフレッドに声をかける。
「恐れ入ります、アルフレッド様。主人を追いますので…わたくしめもここで失礼いたします」
「…ではこれをクルーシャに渡しておいてくれ」
返ってきたのは冷たい、聞きなれた声だ。
先程クルーシャに見せていた笑顔は消え失せ、いつも通り鉄面皮という言葉がピッタリな表情を浮かべたアルフレッドは自分の従者へと軽く視線を送る。
その意図を読み従者が用意していた箱を取りだしドロシーに手渡す。
その箱を両手で抱え、感謝を述べ失礼のないように腰を折り深く頭を下げる。
「もし、クルーシャに何かあれば直ぐに連絡を飛ばせ、よいな?」
「…仰せのままに」
本来であれば立場の上の方が退出されるまで下の者はこの場にいなくてはいけないが、先程のただことでは無いクルーシャの様子からアルフレッドもドロシーが立ち去ることをそのまま許可する。
箱を抱えスカートの裾を捌きながら立ち去ったクルーシャの後を追い階段を登る。
そのため、ドロシーは残されたアルフレッドがなにかを大切そうに胸ポケットにしまっていたことにはまったく気づかなかった。
投稿開始から1週間ほど経ちました。
読んでくださりありがとうございます!初評価も頂き嬉しさのあまり書くスピードが上がった気がします(笑)
どうぞ拙作品ですがこれからもお楽しみいただければ嬉しいです!