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こんなに頼りになる温もりが近くにあったんですね

 




 なんで、私がモデルだった事を忘れたんだろう?



 今は思い出せる。

 うん、私、本宮李奈は前の世界で死ぬまでの間で、読モからティーンモデルになり、挫折し女優になった。

 しっかり思い出せる。


 でもどうしてあの一瞬だけ、何も思い出せなかったの?



 背筋が寒くなりぶるりと震えたので両腕で肩を抱く。なにが起きているのか分からない。



「おぉクルーシャ!可哀想に!こんなヤツらに取り囲まれて怯えておって…」



 いつの間におじい様の背後にいた私は恐らく皆から表情は見られていないだろう。

 よし、立て直さないと。不安を顔に出すな。態度に出すな。…クルーシャに勘づかれるな。不安にさせるな。お姉ちゃんだろ?



「おじい様ありがとうございます。皆様とても親しげに接してくださるので私嬉しいんですよ」



 トンと優しくおじい様の大きな背中に手を置く。体温が伝わってきて温かい。こんな季節にこんなにも手先冷たくなってしまったのか。

 気づかれたくなくて素早く手を引っ込める。



 近くに人の気配を感じ振り返ると、思ったよりも近くにジェイの顔があった。



「クルーシャ嬢様…、あんた体調悪いんじゃないか?」



 他の団員さんと話しているおじい様に気づかれないほど小声でそう囁かれる。

 …どうしてバレたんだろう?


 キョトンと顔を見返すと、少し照れた様子で後頭部を掻きながら、「馬車酔いしてた時の表情に似てる」と教えてくれた。


 そうか、あの時演技できるほど調子よくなかったから、表情みられていたんだ。



 -そうなんですか?!大丈夫ですか?りぃ?

 -うん、ちょっと暑さで立ちくらみしたかも。でもルーシャも気づかない程度だし、こんなの訓練見ながら座って休んでたら平気だよ。

 -確かに、私には不調は伝わって居ないのでそこまで、なんですかね?でも気をつけてくださいね?



 了解了解とクルーシャに返事をして、ジェイの耳元に顔を近づけ耳打ちする。



「せっかくおじい様が連れてきて下さったのでこのまま中止にしたくありません。少し休んでいれば問題ないので座れる場所、案内して貰えますか?」

「それはいいけど、本当に無理してないな?」

「はい!このままおじい様に強制送還される方が体調悪くなりそうです」



 心配性のおじい様だもの。お前らのせいだとイチャモンつけて、私は二度とここに立ち入らせて貰えなくなる可能性が高いわ。それは避けなくては!



「じゃあ案内するよ」

「あっ、訓練見えるところがいいです」

「はいはい、じゃああっちだな」



 一応話に夢中だったおじい様にジェイに休める場所を案内してもらうとは伝えた。

 が、聞こえていない可能性は高かった。何せ孫自慢真っ最中で吟遊詩人かと勘違いするほどペラペラと私の賛辞を講釈していた。

 恥ずかしいし、早く立ち去ろう。


 ドロシーちゃんがこちらを見ていたのでおじい様の代わりに伝えて置いたので問題ないだろう。



「お嬢さん、こっちです」

「ありがとう」

 


 ジェイに案内された場所は訓練場が見渡せる観客席のような所、イメージとしては野外ドームのような所で、観客席には屋根があり涼しい風が吹き込んできている。



「ここで座って休んでてください。俺ドロシーに飲み物用意してもらいに行きます」



 そのまま立ち去ろうとするジェイの服の裾を咄嗟に掴んでいた。



「…どうかしましたか?」

「いえ、どうかしたんでしょうかね」



 自分でも分からない。このよく分からない状況で1人きりになるのが寂しかったのか、ジェイの後ろ姿を見た瞬間に手を伸ばしていた。



「お疲れですね。分かりました、俺が近くにいるんで休んでくださいよ」



 そっと裾を掴んでいた手を解かれ、そのまま手を握られる。



「さっき階段とこで気づいたんですが、指先冷たすぎでしょう?俺、体温高いんで不快じゃなければこのままちょっと温まってください」



 階段の所、あぁエスコートで手を出されたところか。あんな一瞬でバレてしまうほどなんだろうか。

 握られた手は本当に暖かく、冷たくなった指先と共に不安すら解れていくようだった。

 異性と手を繋ぐ経験なんて李奈時代にもなかった事だ。いや、役としてはあるけれども。


 そう思い、少しほっとする。前世のこと忘れてないみたい。

 じゃあさっきのはなんだったんだろう?流石の私もド忘れってことは無いだろう。

 そうなると…1つ思い浮かぶことがある。



「クルーシャ様、お飲み物と肩掛けをお持ちしました」

「ドロシー」



 レース編みされた肩掛けを羽織らせてもらい、暖かいお茶を差し出される。

 いつもの、ドロシーちゃんの紅茶だ。



「ありがとう、ドロシー」

「いえ…。ところでジェイ、あとはわたくしめが付きっきりでお世話しますから、貴方はそろそろ訓練に戻られたようがよろしいのでは?」

「まぁ、そうだな。じゃあ俺は行くとするよ」

「ジェイもありがとうございます。引き止めてしまい申し訳ございません」

「いや、また何かあれば頼ってくれて構わないからな」



 少し躊躇ったような手がぽんっと頭に置かれた。先程まで繋がれていた暖かな手とジェイ優し差が伝わり、なんとも言えない気持ちになる。

 なんだろう?ほっとするというか、安心するというか…。

 そんなことを考えていたら、隣りにいたドロシーちゃんが素早くジェイの手を払い除けた。正確には払い除けられる前に避けた。



「危なっ」

「チッ。…ジェイ皆様がお待ちですよ?早くお行きなさい」

「舌打ちしたな…、ん?皆様?」



 確実に舌打ちしてたね。そんなに一撃食らわしたかったんだね、ドロシーちゃん。

 そんなドロシーちゃんは中央にある広場、訓練で使う運動場みたいな場所を手で示す。

 示されたままジェイと一緒に視線を動かすとそこには、腕を組み仁王立ちしたおじい様と、おじ様。その後ろには恐らく訓練兵の皆様がいっせいにこちらを見ていた。


 あぁ、これは…。



「どうしよう?腹痛くなってきた」

「心を強く持ってくださいね…応援だけはしています…」



 顔面蒼白のまま階段をとぼとぼ降りていくジェイをそっとごめんね、頑張れという気持ちで見送った。

 せめておじい様が暴走したら止めに入ります。



 -ジェイ…大丈夫でしょうか?

 -うん、無事だといいね。

 -りぃも大丈夫ですか?

 -あぁ、うん、随分大丈夫になったよ。温かいお茶も美味しいし。



 ドロシーちゃんが用意してくれた紅茶はちょうど良い温度まで下げられていて、冷えた身体に染みるように美味しく、少しづつ味わって飲んだ。



 -それにしてもジェイ様、とてもお優しいですね。

 -…うん、助かっちゃったね。

 -確か、お忙しいお姉様の代わりに妹様のお世話をされていたんでしたよね?そのせいかとても手馴れてらっしゃいましたね。

 -お兄ちゃんってあんな感じかな?

 -どうでしょう?私のお義兄様とは随分異なりますね。

 -あぁ確かにあの人はそんなタイプには見えないね。私もお兄ちゃんが居たらあんな感じだったのかなー?いたら良かったのに。

 -え?りぃ?お義兄様って…。

 -ん?

 -…!いえ、なんでもありません。あっジェイとおじい様のお手合せが始まるみたいですよ。



 慌てて広場に目を落とすとお互い剣をもって構えている。

 両刃で持ち手もしっかりしている随分重そうな剣だ。



「よし、どこからでもこい!」

「…それでは!」



 一礼した瞬間ジェイはおじい様との間合いを詰めた。物凄いスピードだ。



「ほう」



 右から振り下ろされた剣はいとも簡単におじい様に防がれた。だが次の瞬間には左足元に剣を薙ぎ払っていた。



「すごい!」



 おじい様が1歩下がり、剣を構え直す。その間にもジェイは間合いを詰めつつ剣戟を与え続けている。



「おぉ!これはなかなか!だがまだ軽い剣だの!」



 そう一言発したおじい様が何をしたのか目では追いきれなかった。

 双方動きが止まった瞬間に、ジェイの握っていた剣は遠く飛ばされ地面に転がってた。



「そこまで!」

「はぁはぁ…ありが、とう、ございました!」

「ほほほ、よい身のこなしじゃ。剣戟の訓練と、剣は少し重いものを使うとよかろう。将来有望じゃな」

「ありがとうございます!」

「うむ、ただの…、決して認めたりしている訳では無いのでそこら辺を履き違えるでないぞ」


 よいな!と目を連れあげて威嚇するおじい様。なんて大人気ない。

 でも2人の手合わせに身が震えた。

 私?クルーシャ?おそろく2人とも。


 なんて素晴らしい身のこなしなんだろう。なんて素敵な剣技なんだろう!


 気づたら立ち上がり1人で拍手を送っていた。



「クルーシャーおじい様はどうじゃったかの?」

「はい!とてもかっこよかったです!」

「むほぅ!そうかそうか!じゃあもっと見せてやろうな!」

「はい!!!」



 そんなふたりの会話を聞かされた訓練兵たちはいっせいにげんなりだ。


 だって、フェルト様がいい所を見せるために俺らボコボコにされるんだろう?わかってるさ、日々訓練は欠かさないがそれでも英雄フェルトだ。

 叶うはずなんてない。



「さぁ次は誰だ?」


 ニヤリと笑み、誰でも良いかかってこいと挑戦的な視線を向ける。



「はい!俺が行きます!」

「俺が行きます」

「私に行かせてください!」

「いえ!僕に!」



 次々に声を上げる。負けると分かっていても、普段忙しくなかなか顔を出さないフェルト様が模擬戦をしてくれるんだ。


 あるものは技を盗むため、あるものは己の実力を図るため。



 そんな光景を目の当たりにし、やはり当初の目的から変更はなかった。むしろ強くなった気がする。



 訓練に参加したい。



 どうにかあの過保護おじい様を納得させるだけの口実を作らねばならない。


 圧倒的な剣技の前に次々と倒されていく訓練兵達を見つめながら、クルーシャと脳内会議を行うのだった。




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