かつての夢でも私が叶えてみせましょう
夕食の準備が整ったとドロシーちゃんが呼びに来るまでそんなに時間はかからなかった。
正直まだお腹は減っていないがここで食べておかないと夜中お腹がすいて酷い目に合いそうなのである程度食べておかないと。
「クルーシャー!」
「おじい様、お久しぶりです。お怪我などありませんか?」
「わしは特に問題ない。それよりクルーシャだ。もう、大丈夫か?」
父親来訪からおじい様は遠征の任務のため屋敷を空けていた。そのため私の様子が気になってしかな方がない様子だ。
「えぇ、皆に良くしてもらいましたので平気ですよ」
「だが…こんなに痩せてしまって…。万が一、次に顔を見せたら二度と会えないようにしてやるからな」
二度とって、それは安易に殺…ンンっ!そんな事しないよね!だっておじい様英雄なんですよね?!孫溺愛だけど、害をなすからってそこまで…しないですよね…?
ちょっと怖い考えを頭の隅に押し込め、話題を明るい方へ持っていく。
「ショックで、とかではなくいっぱい努力して痩せたんです」
「なんと!?」
「おじい様1度持ち上げて頂けませんか?前と重さが変わってると思うので、っきゃ!」
「おお!本当だ!随分軽くなっておる!」
言い終わらぬうちに、たかいたかいされるように抱き上げられた。
さすがおじい様と言うべきか、まだ余分なお肉はついているはずなのにそれをものともせずに両腕だけでしっかり支えている。
-相変わらず、なんと見事な上腕二頭筋でしょうか…。
どうでもいいがクルーシャが筋肉の部位の名前を覚えていて面白い。
ってか、私がちらっとしか見ていないトレーニングの本に記載されてたらしいんだけどその情報だけでガッツリ覚えてきててホント情熱を感じるよね。
「なぁクルーシャよ、こんなに痩せて大丈夫なのか?」
「もちろんです。今まで太り過ぎてて健康に害も出ていましたし、この調子でまだ減らしていくつもりですよ」
心配するほどまだ減ってないはずだけどな。まだまだ減らすつもりなのでちゃんと説明する。
心配されすぎて制限とかされたら困るし。
「もちろん食べずに痩せる、などと不健康な事は致しません。運動して筋肉付けて代謝を良くして健康的に痩せるつもりです」
だから安心してね!私がクルーシャを完璧にマネージメントするから!
…ん?マネージメント…?なんだろう?なにか引っかかった。
クルーシャを痩せさせようプロジェクトのためマネージメントするなんて当然な事だ。何がそんなに引っかかるんだ?
「そうか、…あまり無理はせんようにな」
「はい。ありがとうございます」
優しく頭を撫でられて考えていた事を置いておく。考えてもわかんないんだもん。だったら一旦放置でいいよね。
「そう言えば欲しいって言ってた風呂場完成したんだな。評判もいいみたいじゃないか」
「はい、おじい様のおかげです。一度おじい様にも入っていただきたいほどいい出来ですよ」
「そうかー。うんうん、じゃあわしも入れるよう男用としてもうひとつ作ろうかの」
凄いな、結構高価なものなのにポンとまた建てようとしてる。
でも使うのはおじい様の私財らしく、持ってても仕方ないモノはさっさと使って経済回した方がいいじゃろ考えなので特に止めない。私もその考えに賛成だし。
食事を進めながら、頃合を伺ってそっと本題に入る。
「それで、なんですがお風呂場できて早々で図々しいんですがまたお願いごとがありまして…」
「なに?!まだあるのか?!それは早く言いなさい!わしが全て叶えてあげるからの!」
「まぁおじい様ってば、それは私に甘すぎませんか?」
「可愛い1人だけの孫だからな。それにお前には返せないほど大きなモノを貰っておる。その恩返しもあるから、当然じゃ」
恩?クルーシャが何かやったのかしら?
でもクルーシャ自身もなんの事か分かってない様子だ。
-私、なにかしましたっけ?
いや、私に聞かれてもこちらに来て間もないんですからね?
クルーシャの中で私はいて当然なポジションになってて、それこそ幼い頃から一緒みたいになってるな。
でも何をしたんだろう?気になるな…。それとなく聞いてみようかな?
「それで、何をお願いしたいんじゃ?」
「あ、はい。実は運動のために乗馬を初めてみたくて…」
「ほう、馬か。確かにあれはいい運動になるじゃろうな。でも、落馬とか怪我しないか心配だの」
しまった、まごついている間におじい様に何をしたのか聞くチャンスを失ってしまった。
まあ、また機会があれば聞いてみればいいか。今は乗馬ともうひとつの事を認めてもらわなきゃ。。
「そうじゃなぁ。わしがつきっきりで指導出来れば1番いいんじゃが、また遠征任務がきておるし…、よし、断ればいいか」
「あ、ありがとうございます。お気持ちだけでも嬉しいです」
いや、断っちゃダメだ。
さすがは英雄様と言うべきか、引退している身でありながらこの辺りの魔物討伐や各種牽制のため依頼が次々に舞い込んでいる。
更に自分の騎士団養成所もあり、あまり屋敷には居ないことが多い。
でも、ずっと屋敷勤務のリリー曰く、私が来てからは頑張って帰宅しているみたい。
なんか、私のためというのがちょっと嬉しいよね。でもそのためにあんまり無理はして欲しくないけどね。
「ふむ、ではピーターを指導役に任命しておこうかの。やつなら乗馬の腕も間違いないし、何よりクルーシャに害がない」
あっという間に乗馬の先生はピーターになった。
よろしくね、と部屋の入口に控えるピーターを見るがこちらの会話は聞こえないらしく、私の視線に気づいてくれない。
むしろ給仕してくれるドロシーちゃんばかり見てますよね。はいはい、いいですけどね。
「あと、もうひとつ。おじい様の騎士団の訓練に混ぜていただけませんか?」
「…クルーシャよ、なんでも良いとは言ったが流石にそれは難しいぞ」
「…何故ですか?」
そう、騎士団で剣を振るってみたい。
これがクルーシャの願いだ。
「第一に危険だ。剣を振り回す、体術で吹き飛ばされる、訓練として野営もある。そんな中にクルーシャを放り込むことは出来ん」
「出来ることだけでいいんです。危険なことはしません。ただ、…剣を習いたいんです。おじい様のように」
-おじい様のように、守りたいものを守れるようになりたいんです。
クルーシャはクルーシャのやり方があるんじゃないか、とは思った。でも、その言葉は出て来なかった。
あまりにもクルーシャが真剣で、この願いに一途だったから。
「しかしな…」
「おじい様の言うことちゃんと聞きます。危険なことは絶対しません。だから、お願いします」
「うぅー…、そこまで言うなら…でも、でもな…」
「何がそこまでダメなんでしょうか?私が改善出来ることなら何でもします」
「いや、クルーシャの問題じゃない。…あそこは男の群れじゃ。そんな中可憐なクルーシャを入れたらどうなる…?だ、ダメじゃ!無理無理ー!」
過保護だったわ。
でもそれなら何とかなる、かも。
「では、訓練する時に信頼出来る人と一緒にいればいいですか?」
「…そんなやつおらん」
「ピーターとか、ジェイとかは?」
「ピーターは騎士団員では無いからいかん。ジェイか、ジェイなら…んー」
太い腕を組み頭を傾げて悩み出したおじい様。ジェイなら信頼できるし、私も仲良くしてるし問題ないと思うんだけどな…。
よし、ここまで来ては仕方がない。私のとっておきを出そう。
対面に座っているおじい様の元へ駆け寄り、しゃがみこむ。
椅子に座っているおじい様より頭の位置はぐっと低くなる。
そこから上目遣いで涙で目をうるうるさせて…。
「おじぃさまぁ…お願いします…」
どうよ!私のこの演技力!すぐ泣く演技、めちゃ練習したからね。そもそもそんなに泣かない子なので、すごく苦労して他に入れたスキルなのだ。
だから、ここぞ!という時にしか使わない。
今はクルーシャのため、ここぞ!という場面でしよ?
「く、クルーシャー!分かった!わしが何とかしよう!だから泣くな、な?」
よしよしと頭を撫でられる。髪はぐちゃぐちゃになったが、満足感でいっぱいだった。
演技が上手くいったからというのもあるのだが、おじい様の優しさがすごく嬉しい。私にもおじいちゃんがいたらこんな感じだったのかな?
-りぃ!ありがとうございます!
-ふふー、すごいでしょ?あとはお試しが上手く行けば問題なしね!
でもやはり孫に甘いが危ない目には合わせたくないおじい様。
直ぐに許可は下ろさず、まずはどのようなものか私自身で確認して、本当に危険は無いのか、やって行けるのかを確認してから問題なければ訓練に混ざって良いことになった。
何しろ半歩位は前進しただろう。
クルーシャも嬉しそうだし、必殺泣き落としを繰り出したかいありました。
-それにしてもクルーシャが剣なんて、ちょっと意外だったよ。
-幼い頃からやりたかったんですよ。
食事も終えてのんびりお部屋でくつろぎタイム。いつも通りクルーシャとたわいない会話をするんだけど、今日はやっぱり気になってたこの話題だよね。
-そうだったんだ。じゃあどうして今までやらなかったの?引きこもってたからとか?
-それは、私が引きこもりだったことも大きいんですが、婚約者がいる身で剣を振り回すなど恥だと言われてまして。
-あのバカ王子に?
-ふふ、そうです。あの、王子にです。
ったく、本当に人の毒にしかならないやつだな。
-でも仕方ないのです。女の身で騎士よろしく剣を携えたいなど、思うことすら異質なんです。こちらの世界は。
-うん…。
-だから、この夢は直ぐに蓋を閉めて鍵をかけてずっと奥に閉まっていたんです。
確かにこの世界に来てから騎士の人は見かけたことがあるが全て男の人だ。
-でも、りぃにと出会って、りぃの世界を知って、この夢を諦めきれなくなりました。夢のを叶えたりぃ自身がとても自由で輝いていたんです。
私は確かに夢を叶えた。悔いの残る結果だったがモデルにもなれた。そこから新しく役者になる夢を持ち、叶えることができた。
そう思うと私は恵まれていたんだろう。決して私だけの力ではなかったけど、輝けていたんだろう。
-そっか。うん、いい事だ。
-はい、だから私もりぃみたいに努力して夢を叶えたいんです。
-おじい様みたいに、だっけ?
-はい。おじい様のように守りたいんです。私の力で。
記憶を辿るように、取っておきの話をするようにクルーシャは穏やかに語り出した。
お母様が亡くなったころ、私はおじい様に預けられていました。
そしておじい様はお母様を悼む時間もなく、英雄としてこの土地を守るため各地を巡っていました。
幼い私を1人で留守番されるわけにも行かず、また、今思えばあの父親に会わせる訳にも行かず、私はおじい様の旅に同行していました。
色んな土地で色んな人と会って色んな経験をして、日々新鮮で楽しかったです。
おかげで、私はあまりお母様の死を引きづる事がなかったんだと思います。
そんな中、魔物退治をするおじい様にくっついて出かけた際、魔物に襲われていた人達を見つけたんです。
私は魔法発動が早かったので、火魔法を駆使したがらあとから駆けつけたおじい様と一緒に助けに入りました。
でも結果は散々でした。
おじい様がいなければ誰も助けれなかったかも知れません。
その時の悔しさがたまらないかったのです。
結局女の子の両親は既に手遅れで女の子1人しか助けられなかったこと、私にもっと力があれば救えたかもしれないと。
でも、親が殺されたのに、その女の子は年下の私に泣きながら「ありがとう」と言ってくれたんです。
親に守って貰った命を失うところだった。ありがとうと。何度も何度も。
-そんなことが、あったんだ。
-はい、それこそまだ婚約するより前ですね。幼心に、強くなって全てを守りたいって思ったものです。
-うん、立派な考えだ。
-ふふ、でも王子と婚約させられ、自由が無くなり、虐げられることが多くなり、…真っ暗になっちゃいました。
-だね。でも今は違うでしょ?
-はい。今はりぃと一緒で、なんでも叶う気がしているんです。
全てりぃのおかげです、なんて言ってるけど違うよ、クルーシャ。
私はきっと、きっかけを作ってあげただけだ。
そしてこれからも。
私はクルーシャの力になって上げれない。
私はもうこの場に居ない人間だもの。
いっぱい話して満足したのか、疲れたのかクルーシャは眠ってしまった。
クルーシャの気配を感じながら考える。
私は、この子に何がしてあげれるんだろう?あの王子に復讐することはもちろん力になれるだろう。
でも、このクルーシャの夢は?この夢は私ではなく、クルーシャが叶えないと意味が無い。
「頭混乱してきた…」
やりたいこともやらなきゃいけないことも分かっているのに、どうしていいのか分からない。
考えるのは苦手だと逃げている場合じゃないが、どうしたらいいんだろう…。
-お、今日もクルーシャは寝てるのか?
頭に響く明るい声に涙が出そうになった。
このまま1人でグルグル考えてたら気が触れそうな気がしたから。私が、クルーシャのお姉さんとしてしっかり者の役を演じられなくなりそうだった。
-リード…。
-ん?どうした?元気ない感じか?
-ちょっと、今直ぐで申し訳ないんだけど、相談乗ってくれない?
姿は見えないのでまた魂だけでこちらに来ているのだろう。
こんな時だからこそ可愛いリードを見て癒されたかった。
-よく分からないけど、クルーシャ抜きで話がしたいってことだな。
-そうね。ここから話すことはクルーシャに黙っていて欲しいの。
ぐっすり寝ているクルーシャが起きる気配はない。
でも、少し声を落として相談する。
-ねえ、リード…。私、いつまでこうしていられるんだろう。
いつまで、クルーシャの中にいられるんだろう。
いつもお読みいただきありがとうございます。
今回は説明回ということもありあまり登場人物がいません。
次回も…かもしれません。ちょっと暗い雰囲気ですよね。すみません。
ブックマーク、評価等、応援ありがとうございます。励みになっております。これからもどうぞよろしくお願いします。




