念願叶いましての入浴タイムです
さて、色々あったが何とか人払いは終わった。
とは言ってもドロシーちゃん、リリーを残して、だけど。
だって今から念願のお風呂ですから。
-念願の割に、すっかり忘れてたけどね。
-まぁ、あれだけの騒ぎでしたからね。
「クルーシャ様、まず何からいたしましょうか?」
「そうですね、では先日作った洗髪剤や石鹸は持ってきてくれましたか?」
「はい。私がお持ちしました」
リリーがバスケットの中から瓶に入った液状の洗髪剤とハーブ石鹸を取り出す。
灰から作った石鹸のひとつは削り、ハーブ水と塩をよく混ぜて液状化した。
ハーブ石鹸は新たに作った石鹸を乾燥させる前に細かく砕いたハーブを混ぜ込んでかしっかり乾燥させたものだ。
素人にしてはまぁまぁよくできた方じゃないだろうか。
服を脱がしてもらい、洗い場の椅子に座る。
うん。椅子の高さもちょうどいい。座り心地もいいしこれは頼んでよかった。
「クルーシャ様、お湯おかけいたします」
「お願いします」
たらいにたっぷり注がれたお湯をゆっくり肩から背中に掛けてそっとかけてもらう。
ん、ちょっと熱いくらいだけど、気持ちがいい。
「このまま髪も濡らしてよろしいんですよね?」
「えぇ、以前お話した通りです。お願いしますね」
貰った髪留めは既に外してあったが、ひとまとめにしているリボンはそのままにしてきたので解いてもらう。
クルーシャの髪は長く背中まで伸びているのでゆっくり毛先からたらいにつけていく。襟足部分まで浸かったらあとは頭のてっぺんからゆっくりお湯をかけてもらう。
リリーが髪を濡らしながら軽く汚れを落としてくれている間にドロシーちゃんが洗髪剤を取り出し、ゆっくりと髪に馴染ませていく。
カモミールのいい香りが辺りに漂う。
-やっぱり泡立ちはそこまでしないね。残念。
-そうですね。でも、とても気持ちがいいですね。
-うん、頭皮のマッサージも兼ねてるし、ドロシーちゃんすごく練習してくれてたみたい。
そう、うっとりするぐらい気持ちがいい。
ある程度だが泡も立ち、それであまり擦らないように洗ってもらってからまたお湯で流してもらう。
塩が混じっているから洗髪剤は目にしみるので要注意だ。
「…いかがでしょうか?」
「うん、凄く頭がスッキリしました」
「よ、よかったです…。あとはこの香油を馴染ませますのでお待ちください」
同じカモミールから作られた香油を、濡れた髪に馴染ませてもらう。
トリートメントなんて、どう作っていいのか分からなかったのでここはオイルの力に頼るしかない。
-トリートメントあればグッと髪質良くなるんだけどな…。
-す、すみません。私がもう少し髪に気を使っていればこんなに傷みは少なかったですよね…。
-仕方ないよ。確かに毛先はバッサバッサで痛みまくっているけど、それ以外はそこまで酷くないし、多分なんとかなる!と思う!
クルーシャの髪質はとても素晴らしいものだった。プラチナブロンドで、光加減によって紫に発色する。手触りもよく、くせもほぼない。常人からすると垂涎物の髪質だ。
ただ、本当に、ダメージが酷いだけ。涙が出るほどに。
「このままお身体も洗いますね」
オイルを馴染ませるため緩くひとまとめにされた髪はタオルで包まれた。お湯で温められたタオルで包めば少しはスチーム効果あるんじゃないかなという私のなんとなくのアイディアだ。
そのまま放置している間にハーブ石鹸で身体を洗ってもらう。
こちらはミントのようなハーブを使ってあるのでさっぱりして気持ちがいい。
2人がかりで洗ってもらい、またお湯をかけてもらう。
湯桶にたっぷりお湯を沸かしてもらってよかった。
よし、髪はまだ流さなくてもいいでしょう。
ではと椅子から立ち上がり湯桶の前に立つ。
-さ、さすがに緊張しますね。
-なんでだろう?以前は毎日入っていたのに今はルーシャ同様緊張しちゃうね。
恐る恐るつま先をお湯に入れそのままいえやと、とぷんっとお湯に肩まで浸かる。
最初は浸かるには熱いかもなと思っていたが身体を洗ったりしていたらちょうどいい温度になっていたみたい。
思わずほっと息が漏れる。
「いかがですか?温度、少しあげますか?」
「大丈夫です。本当にちょうどいい温度です。…気持ちいい…」
「それはよかったです…!」
湯沸かし担当したリリーが安堵の声をこぼす。初めてだし緊張するよね。
-ふあぁ…これがお風呂ですね。本当にほっとする。身体の芯から温まりますね。
-うん、みんなが頑張ってくれたからこうしてお風呂に入れるようになったね。本当に感謝しかないよ。
-えぇ、本当に。
私なんかのために申し訳ない、と以前のクルーシャなら発言していたかも知れないが、最近のクルーシャは周りに対してあまり卑屈にならなくなった。
そんな成長が嬉しくて思わずくすくすと笑ってしまった。
「クルーシャ様?如何しましたか?」
「いえ、…本当に気持ちよくて…。後で2人も入ったらいいわ」
「よ、よろしいんですか?」
美容大好きリリーが一瞬で目の色を変え食いついてきたのでもちろんだと答えておく。
「石鹸なども使っていいですから。せっかくのお風呂楽しんでください」
「ありがとうございます!」
「そんな、よろしいんですか?」
「ええ、それに洗髪剤もハーブ石鹸の作り方も2人とも把握しているでしょう?」
「えぇ、これからはクルーシャお嬢様のお手を煩わせなくても作成しておきます」
ずっと一緒に試行錯誤してくれた2人だからね。私がいなくたって作れてしまうだろう。
まぁ、石鹸作りは楽しかったのでまた機会があれば一緒に作りたい。
けど正直、ざまぁするまでに時間が足りないような気がするのでおまかせすることにする。
「さて、そろそろ髪を流してしまいましょう」
ざぶんとお湯から出てまた椅子に座る。
顔にかからないようにオイルをお湯で流してもらい、余分な油分を落としていく。
そしてそのままお風呂場を後にしてふかふかなタオルで体と髪の水分を拭いてもらう。
-はぁー、気持ちよかったー。
-本当にさっぱりしましたね!身体中が解れたような、少し身軽になったような気がします。
-それに香りもいいし、リラックス効果もあるよね。庭師ちゃんにも感謝だね!
ポカポカ身体のままドレスを着せてもらい、湯上りにと果実水をもらう。
くぅ!これがたまんないのよね!
火照ったからだに冷たい飲み物、サイコーです。
「利用してみていかがでしたか?何かあればわたくしめからお伝えしておきます」
「大満足の仕上がりです。特に不満等もないのですが、ひとつだけ」
多分私が入ったあとメイドさん達はお風呂を使うだろうから、あまり湯冷めしないように蓋なんかあると便利だよね、と注文しておくようにお願いする。
あと、蓋を机替わりにして半身浴中にものがおけるようになるといいな、と併せて伝えておく。
「かしこまりました。その旨お伝えし発注まで完了させておきます」
「えぇ、よろしくお願いしますね、ドロシー」
いつの間にかとっくにお昼を過ぎていて、太陽が少しづつ傾いていた。
-随分のんびりしてしまいましたね。
-だね。せっかくのお風呂だからって堪能しすぎたかな?
でも仕方がない。だって私のために作られたお風呂だもん。ゆっくりのんびりしたいじゃない?
部屋に戻り、遅めのお昼とあっさりスープとパンを用意してもらう。
ちょっと量は少ないけど、もう少ししたらおじい様が戻って来るので夕飯にするらしい。
だったらご飯抜いてもいいかな。とかちょっと思ったがお腹から切ない音が聞こえたので準備してもらったご飯を有難く頂くことにする。
-ちょっと時間もできたし、これからのことについて相談したいんだけどいいかな?
夕飯までごゆっくりと部屋に残されたので、つかの間だが時間が取れたので有効に使っていく。
-はい、なんでしょうか?
-お風呂もできたし、なんと言っても少しだけかもだけど痩せたじゃない?で、ここから停滞期もしくはリバウンド期が来るはずなの。
-痩せずらい、ということですか?
-そう。普通はその時期も耐えて痩せるんだけど、今回は時間が無いの。だから、辛いかもしれないけど強行突破しようと思うけど…平気かな?
そう、停滞期を乗り越えて再び痩せていてはあの第3王子に会う時までに綺麗になるという目標が達成できない可能性がある。
-強行突破ですか?…なにをなさるのです?断食とか?
-そんなことはしないよ、栄養摂取大事だからね!食事に関しては料理長やドロシーちゃんのおかげで改善されたしこのままで問題ないと思う。
たまにお腹すいて辛い時もあるけど、私自身が飢えに強いので何とかなってる。クルーシャはちょいしんどそうだけど。
-だからもうちょっと運動量を増やそうと思ってるんだ。基礎体力も随分上がったし、体幹も良くなったし。
これは本当に日々の訓練の賜物だ。
階段登るだけでゼイゼイ言ってたのに今じゃ駆け足で登ることも出来る。
…まぁ、まだ息は切れるけどね。
-今よりも…ですか?
-そうだな、運動時間は今までと変わらないかもしれない。けど、負荷をかけて運動量は増やしたいんだよねー。
-負荷を…。
-そうだな、例えばー。
本棚から分厚い本を適当に3冊ほど持つ。
それを持ってカーペットの上に寝そべり上半身の上に置いて、落とさないようにグッと抱きしめる。
-こんな状態から、いつもやってる腹筋をする…と、ぐっ…、こんな風に筋肉を、多く使っていく!感じかな?
-ほ、本3冊、程度で随分辛いですね…。
-でしょ?ただ本だと万が一落とした時に傷めちゃうかもしれないから他のもので代用したいな。
3回ぐらい腹筋をしてお腹がフルフルしてきたのでやめておく。これだけでもいつもの腹筋より効果が出ている感じがする。
あとはと、本の背表紙を両手で1冊づつ持ち腕を真横に水平になるように上げる。そしてそのままキープ。
-ひぃ!う、腕がじわじわ痛くなって来ました…!
-でしょー?ちょっとした重りでいい運動になるんだよねー。
30秒ほどしたらクルーシャからギブアップの声が聞こえたので本を落とす前に本棚に戻しておく。
-こんな調子でいつもやってる運動を変更しようと思うの。
-いいと思います…、最初私の泣きごとが増えるかもしれませんが…。
-ははは、それは随分慣れたから平気ー。
ですよねー、って思わず笑ってしまった。
確かに運動開始時大丈夫、気にするなと豪語していたクルーシャはちょっと運動すると足が痛い腕が痛い、息が苦しいとちょいちょい泣きごと言ってたものね。
-あとは、なにかスポーツしたいんだよね。ただ運動するだけじゃ飽きちゃうし、少しでも楽しみながらやりたい。
そうこれだ。運動だけ淡々と行っていると途中で挫折しそうで怖い。
諦めが悪い、根性で乗り越えて行くタイプの私だけどダイエットは初めてだ。どうなるのか分からない状況で何が起こるか分からないし、ちょっとでも保険は作っておきたい。何か運動自信にも目的をつけたい所なんだよね。
-スポーツですか?りぃがやってたテニスみたいなものですか?
-そう、だけど、私テニスなんてまともにやってたっけ?
学生時代部活動もせず、お仕事ばかりしていたから突然クルーシャからテニスというワードが出てきて驚く。
全然覚えてないけどテニスの本とか読んでたのかな?
-え?りぃ、ドラマでテニス部員という役を貰っていたじゃないですか?
-ドラマ…?
なんだっけ?えっと、ドラマ…。初めてテレビに出させてもらった時のやつか!
-そうだった!すっかり忘れてたよ!ヒロインの同級生役の本当に小さな役だったやつだ!…あれだけ必死になってた役なのに、すっかり忘れてた。
-そうですよ?りぃ、役が貰えたのが嬉しくてテニスのルールはもちろんテニス教室まで行って個別に指導してもらってたじゃないですか?
-そう、だったっけ?…うん、そうだった気がする。
そこまでやってたっけ?
でも夜私の記憶を見ているクルーシャが言うのだから本当なんだろう。
でも自分でも驚くほど記憶にない。
テレビ放映されるドラマの、初めて貰った役のことをすっかり忘れてたなんてショックだ。
-いや、今はショックを受けている場合じゃなくて話し合い。うん、そんな感じ?に、スポーツ出来たらなって思うんだけど何かいいアイディアないかな?
こちらの世界に何のスポーツがあるか分からないし、ここはクルーシャに任せた方がいいだろう。
-りぃの世界みたいなスポーツ競技は無いですね…。強いて言うなら乗馬…とかですか?
-馬!いいね!乗馬は腰周りと脚にいいんだよー。
それに一緒にここまで来た馬車の馬達も可愛かったし、乗馬ありだな。
ふむふむ、今夜おじい様に聞いてみよーっと。
-あ、後、私が少しだけ、興味があるものがあるんですけど…。
-おお!ルーシャが?!なになに?言ってみ?
実は…と、告白された内容は意外といえば意外だったが何故かしっくり来た。そうか、クルーシャはこういうことがしたかったのか。
知らなかったし、分かってあげれなかったな。
察してあげれなかったのは悔しいけど、こうしてやりたいこと言ってくれるのは嬉しい…よね?
うん、嬉しい。こうやって自分でやりたいこと見つけて実行出来るようになればクルーシャはクルーシャとして生きていける。
そうしたら、私は?ワタシはどうなるの?リイナとして、ワタシは?
-りぃ?どうかしましたか?
-んーん、なんでもないよー。今日早速乗馬とあわせておじい様に相談してみよ?
-うぅ、反対されないといいですけど、ドキドキしちゃいます…!
-ふっふっふー、そこら辺は私に任せておきなさーい。上手いことやってあげるよ!
-はい!本当にりぃがいてくれてよかったです!
だよね。私がいて良かったよね?じゃあこれからも、私は必要だよね?
でも、これは、この関係は、歪、ではないだろうか?
いつもお読み頂きありがとうございます。応援もありがとうございます。アクセス数、ブックマーク、評価など全てが創作活動の励みになります。
記念SSですがようやく形になってきましたので今週の土曜日に上げさせてもらおうかと思っています。
どこにあげるかは検討ですので次回更新日までには決めておきます。




