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美味しいものは全てを救う

 



 まだ雨は止みそうにない。これは夜になっても止まないだろうな。


 泣き続けるクルーシャを胸の中で感じながらぼんやりと窓の外を眺めた。


 こちらの世界でも普通に雨も降るし、風も吹く。優しくされると嬉しいし、嫌われると傷つく。



「ねぇ、ルーシャ。朝言ってたパンケーキ、作ろうか?」



 子供に言い聞かせるように優しい声でそう囁く。クルーシャの声は少し低めだ。この声でゆっくり喋ると落ち着く。大好きな声だ。


 私自身は、高い声だったせいで耳障りだと嫌がられた事があった、はずだ。

 …はず?

 いや、そう言われた。確か、少し年上の同じ事務所の先輩だった人。だんだん私の方が売れ始め、その頃から良く嫌がらせをされたな。

 あの時は少し落ち込んでいたけど、どうやって私は乗り越えたんだろう?



「今日はさ、カロリーとか気にしないで食べよう?私も久しぶりに甘いものふわふわなパンケーキ食べたいな。ルーシャと一緒にね」

 -…はぃ、一緒に、食べましょ…。

「じゃあ、ドロシーちゃんにも相談しよう。材料とかあるし、ベルで呼べば良かったよね」



 グズグズ鼻を鳴らしながらそうだという返事を聞いてベルに手を伸ばした。チリン、チリンと2回だけ音を鳴らす。



「クルーシャ様!!!」



 ドアの開く音がとても大きく鳴り響く。

 心配顔のドロシーちゃんがこちらをじっと見ている。

 多分、先程のことはもう知っているよね。

 あえて話題にする必要はないよね?でも、心配しないでと微笑む。



「ねぇドロシー、少しだけ厨房を借りれないかしら?」

「もちろん可能です。…またなにかされるんですか?」



 ドロシーちゃんもこちらの表情と会話を読んであの話をしないでくれる。有難いね。

 ちょっと、今は私の精神上、あの男を思い出したくない。



「えぇ。えっと、以前どこかで読んだことのあるパンケーキを作りたいんです」

「パン、けーき?」

「ふわふわなオヤツです。出来たらドロシーにもあげますね」



 ドロシーちゃんには先に準備してもらうため、厨房に行ってもらった。

 着替えを手伝いたそうだったけど、まぁこれくらい自分でできるし。

 今回袖を通したのはネイビーのドレス。

 レースなど装飾は少しでスカートの裾に少しだけ着いているような、シンプルなデザイン。

 ドロシーちゃんが注文した服は出来上がりに時間がかかると聞いて、別でジェイに女物の服屋さんだと連れて行って貰い買ったものだ。



 -うん、スカート丈も短すぎないし、広がりすぎてない。やっぱりいいデザインだな。

 -えぇ…あまりこのような色の服は着たこと無かったのですが良いですね。

 -ね、今度ジェイにお礼持っていこう。



 そう、ジェイにも一緒に選んでもらったのだ。

 一応お店の外で待っていてもいいと断ったが、妹の買い物で慣れていると一緒にドレスを選んでくれたんだ。

 クルーシャと並んで、同じぐらい大きな2人がかわいい服を見てあーでもないこーでもない言う姿は周りから見ると面白く写ったかもな。

 思わず思い出し笑いしてしまった。



 -ふふふ、あの時のお店の方の反応面白かったですよね。



 良かった。クルーシャが笑ってくれた。



 -ね、どちらがお召になるのですかって質問されたからね。

 まったく、今は私の方が身体大きく見えるし、ジェイは案外美青年だから混乱するかもしれないけどさ!失礼しちゃうよね。

 -本当ですよね。ジェイはかっこいいのに。

 -ルーシャは可愛いのに。

 -そ、そんなことないです!

 -お母さん譲りのこの瞳もこの髪も全部全部ルーシャのもので、全部可愛いよ。

 -りぃ…ありがとうございます…。



 おっと、また泣き出しそうになっちゃった。でも、あえてきちんと言葉にしないと私たちの間でも伝わらないものもあるからね。



 -さて、髪の毛軽く結んで厨房行こうか!

 -えぇ、そうしましょう…!



 ブラシを取り出して長いプラチナブロンドの髪を梳かしていく。朝運動したせいもあり、ちょっと絡んでる所も多く一苦労だが丁寧に毛先から梳る。



 -ふぅ、いつ見ても綺麗な色合いだよね。こんな光の加減でラベンダーカラーにも見えるなんてすごいよね。

 -確かに、りぃの世界ではあまり見た事ないですね。

 -こっちの世界でもだよ。でも相変わらず毛先とかボソボソだー。結構丁寧にケアしてるんだけどやはりオイルだけでは復活は難しいかな。



 トリートメントとか、ヘアパックとか、切実に欲しいよぅ。でもなんの成分なのかも分からないし、そもそも手作りできるのかすら分からないから何も出来ない。…歯がゆいよぅ。

 苦労しながらもいつものようにリボンでひとまとめにしてくるりとお団子を作ってピンで止める。


 いつか可愛いヘアアレンジもしたいものだ。



「失礼します」

「クルーシャ様、お待ちしておりました。おひとりでお着替えできたようで安心しました」

「ふふ、大丈夫ですよ。でも一応変なところないかしら?」

「1片たりともございません!…そのお色落ち着いていてクルーシャ様によくお似合いです。…ジェイのくせに…」



 最後は口ごもって何を言っているか分からなかったが、聞かれたくないことだろうと察し。

 用意してもらったエプロンを着ると周りが少しザワザワと騒がしくなった。

 なんだろうと辺りを見渡すと仲良くなった料理長が1歩前に出てきた。



「なんでしょう?」

「あ、あの!クルーシャ様!本当に、ほんとーに貴女様がお料理をなさるのですか?!」

「ええ、そのつもりですが…ダメでしたか?」

「ダメでは無いんですが、だ、大丈夫かな、と思いまして…」



 ん?どういうことだ?



 -多分、私が料理したことがなく、厨房に入っとことも無く、お湯さえ湧かせなかったので心配しているんだと思います。

 -そっか。普通お嬢様は料理しないか…。今からでも止めた方がいいかな?

 -ダメです!こほん、いえ、大丈夫です。多分また婚約破棄のショックで何とかってなります。あと…更に父親ショックも重なったとでも言っておけば平気ですよ。

 -…そうだね。よし!美味しいの作るぞ!

 -おねがいしますね!



 さて、心配する人達の視線は気になりつつもとびっきり美味しいのを作らなくては!

 この世界に小麦粉、卵、牛乳があってよかったー。

 ベーキングパウダーみたいなのはないみたいだけど、うん、なんとかなるでしょ。



 材料を図るものなどは無いのでこれまた目分量で頑張る。

 ボウルに卵黄3個入れてざるみたいなものがあったのでそれも借りてふるうように小麦粉も投入。

 よく混ぜて馴染んだところで少しずつ牛乳を入れていく。

 この牛乳、朝酪農家さんか売り歩いているのを購入したものらしい。

 牛乳があるなら、ヨーグルトとかもあったたりするのかな?あったら欲しいな。今度聞いてみよう。


 牛乳入れすぎたみたいでゆるゆるになっちゃったので追い小麦粉をする。やっぱり量の調整が難しい!後で入れた小麦粉がダマにならないようこれまたよく混ぜて、とりあえずこれは置いておく。



 -さて、ここからは戦いよ…。

 -りぃ?何をするんですか?



 腕まくりをして気合いを入れ、残っていた卵白と砂糖の入ったボウルを抱える。

 泡立て器なんてないので木でできたフォークを2本紐で括ったものを握りしめる。



 -ぐわぁぁぁ!



 謎な叫び声とともにすごいスピードで卵白を泡立てる。

 ガチャガチャものすごい音を立ててフォークでひたすらかき混ぜて、これでメレンゲを作るんだ!



 -りぃ?!大丈夫ですか?!凄く腕痛いですよ?

 -ごめんねルーシャ!貴女も痛いだろうけど頑張って!こ、これもダイエットの一環!腕痩せ!美味しいものも作れるし、痩せれるし一石二鳥!

 -い、痛いのは大丈夫です。我慢します!で、でも、このままだと右腕だけ痩せませんか?



 確かにね!

 でも利き手以外は無理。ただでさえフォークですよ?そんなに器用に出来ない。



「く、クルーシャ様大丈夫ですか?わたくしめが代わりましょうか?」

「だいじょーぶですよ、どろしー。これぐらい私でも出来ますから」

「でも、」

「ごめんなさいね。今回だけは1人でやりたいの。また、機会があればその時はお願いしますね」



 うずうずしていた厨房のみんなにも聞こえるようにちょっと大きめな声でお願いしておく。

 これは、李衣菜がクルーシャに作ってあげてるんだから、他の人に手伝って貰いたくなかったんだよ。



 ひたすらかき混ぜることどれくらいだろう。段々と白くなり、もったりとしてきた。



 -そ、ろ、そろ…いいかな…。

 -ず、随分、変わりましたね…。元々卵白だなんて分かりませんよ…。



 よし、メレンゲ完成としておきましょう。

 これをさっき作ったタネとざっくり混ぜるぞ、と一旦メレンゲの出来たボウルを台の上に置くと恐る恐る覗きに来た料理長。

 な、なんですかね?変なところありましたかね?



「…これは…ムラング…?」

「え?なんですか?料理長?」

「いえ、…こちらは噂に聞いただけですが、最近王領の1部で流行りだしたと聞いたメラングではありませんか?」

「そ、そうです…ね」

「やはり!卵白を使うことは噂で知っていたのですがこのように作るのですね…!ありがとうございます!」



 勉強になりますとまた目をキラキラさせてる。そんな料理長の様子を伺っていた周りの料理人達も自分の作業を放ってメレンゲを見に来た。



 -…ルーシャ、知ってた?

 -いえ、全くです。

 -でも、まぁ、ちょうど良かった。この世界にある方法なら不審に思われることも少ないよね。



 ダイエット、お風呂、石鹸と最近色々行ってるから変に思ってる人もいるだろうし、これで私の知識じゃなくて、どこかにある知識だろうと思ってくれないかなーと少し甘い考えを持つ。



 せっかくの泡がヘタる前にタネと混ぜる。うん、見た目はまぁまぁいいんじゃない?


 これでを油たっぷりのフライパンの上に垂らす。

 ジュワァと、生地が焼ける音を聞きながら別で用意しておいたお湯をほんの少しだけ周りに落とす。



「クルーシャ様?!そんなことをしては!」



 思わず口が出てしまった料理長に構っている暇はない。直ぐにフライパン蓋をして弱火の所に移動させる。



「大丈夫ですよ。軽く蒸すみたいな感じで焼くんです」

「は、はぁ」



 おっ納得してないみたいだね。ふふふ、後でびっくり顔が思い浮かぶぞ。


 お湯の蒸発する音が聞こえなくなった頃そっと蓋を開ける。



 -わぁ!すごくふくらんでます!

 -よしっ!成功だ!



 でもここで気が緩んではいけません。フライ返しもどきのヘラを構えてそっと生地の下にいれこむ。油多めにしておいたおかげか、普段フライパンの手入れがいいのか、すんなりとヘラが入り込みペチンとひっくり返すことにも成功。


 これには周りで見ていた皆さんもおぉっと歓声をくれた。



 -これでまたお湯を入れて蓋してもう片面もちゃんと焼いて…と。



 出来上がったたら用意してもらったお皿に盛り付けて、仕上げにバターと甘さ控えめだからその分たっぷりハチミツをかけて。



「出来た!」



 スフレパンケーキ、もどきの完成だ!

 分量とか、本当によく分からないまま作ったが見た目は完璧だ。



「ドロシー、とりあえず出来たこれを今食べてもいいですか?」

「はい、問題ございません」



 スっとお皿を持ちダイニングに運ばれる。その後をエプロン外して着いていく。



 -お、美味しいかな?あれだけ見栄を切って作ったのに美味しくなかったらどうしよう?

 -絶対大丈夫です!あんなにいい香りで!見た目も凄く綺麗で!…りぃの世界で見たままです。



 椅子に座るとカトラリーを出される。

 ありがとうとドロシーちゃんを見るとお茶を用意している真っ最中。さ、さすがです。



 カチャリと暖かい紅茶が用意されて場は整った。



 -よし!食べてみるよ!

 -はい!楽しみです!



 ナイフで1口大に切り分ける。ふわっとした感触が伝わり、メレンゲは一応成功したようだ。

 心配していた生焼けも見た感じ平気、かな?


 たっぷりハチミツを絡ませて、いざ口の中へ。



 シュワっとした生地の感触が心地よい。味も、うん、以前お店で食べたスフレパンケーキに比べたら全然だけども、美味しいんじゃないかな…?



 -ど、どうかな?

 -~!!!!りぃ!これ凄いです!なんですか!?すっごくすっごく美味しいです!!!



 美味しいと言われてようやくほっと出来た。

 もっと食べます!早く!と急かしまくるクルーシャの反応が凄く嬉しい。



 -うん、いっぱい食べよう。まだ焼けばあるし。

 -はい!あと、ドロシーにも、料理長様たちにもお分けしましょう?こんなに美味しいものみんなで食べなきゃダメです!

 -うん、そうだね。みんなで仲が良く食べよう。



 ひと皿ペロリと食べたあと、また厨房に戻る。

 エプロンを再度装備して、今度は手伝う、というか、このパンケーキを会得しようとギラつく料理長も一緒にパンケーキを焼く。

 1回コツを教えると料理長の方がフライパン使いも火の調整も上手く、私より綺麗にしかも素早くパンケーキを焼いていく。

 さすがです。

 結構残っていた生地もあっという間に焼きあがって、あとは遠慮するみんなを説得しながらみんなでテーブルを囲ってパンケーキを食べる。

 最初は戸惑っていたけど、みんなが美味しい美味しいと食べてくれた。


 うん、この光景いいな。


 ドロシーちゃんなんか勿体なくて食べれないと泣きそうになりながらも、料理長じゃなく私の焼いた分を死守していたので思わず笑ってしまった。



 -あっ、リード様にも食べさせる約束してませんでしたか?

 -あ。



 そういえばそうだ。

 まぁ、この調子だと残らなそうだし、スフレパンケーキは出来たてを食べなきゃ美味しさも半減だ。



 -仕方ない。また作ってあげましょう。

 -嬉しい!食べれますね!…でもメレンゲ作りは大変ですけどね。

 -あはは、そうだね。ね。じゃあメレンゲ作りはお願いしちゃおうか?

 -ふふ、そうですね。それくらいならきっとお手伝いしてくれますよ。



 ダイニングの大きな窓から外を見ると、変わらず雨が降り続いていた。

 でも部屋の中で聞いた雨音とは違い、今は優しくその音が耳に入ってきた。




いつもお読み頂きありがとうございます。


実は私事ではありますが拙作が皆様のおかげで100Pいきそうです。本当にブックマーク、評価ありがとうございます…!

そのお礼に、ということで100P達成しましたら記念SSを書かせて頂こうと思っています。内容は…まだ未定ですがドロシーちゃん視点でなにか…とは思っています。


宜しければこれからも応援頂けたら嬉しいです。

よろしくお願いします。

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