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魔法に魔物にって本当に別世界に来たって感じですね。




 騒々しかった広間から一変、人気のないけど立派な建物へ足を踏み入れる。まだ就学時間内だから余計に人がいないみたい。


 ってことは、これはサボりになるのかな?いや、でもあの状況…。


 帰るに決まってるよね!


 いくつか階段を上り廊下を歩き突き当たりにあるダークオークの扉を開け、ぜぇぜぇ息を乱しながら私室に入る。

 第1印象は特徴のないシンプルな部屋。カーテンも締め切ってあって少し薄暗い。



 -おお広い!ホテルの部屋みたいね。机とかベッドとか本棚があるにテーブル、ソファーまである。

 -ホテル…よく分かりませんが個人の部屋なので好きにお使いください。



「はー…一体何が起きてるのさ…」



 ちょっと固めなソファーにぐったり体を預けたら、思わず声が漏れた。

 頭の中で相変わらずクルーシャがさっきから謝り倒している。



 -わ、私がモトミヤリイナ様を無理やり…!ご迷惑をお掛けして…!!

 -たしかに無理やり連れてこられた感はあったけど…。一応確認なのだけど、この体はクルーシャので間違いないのよね?

 -はい。…このような醜い姿の中に入れてしまい…本当に申し訳…

 -大丈夫!なのか、よく分からないけどもう謝らなくていいよ!とりあえず今の現状とこれからを相談したいな。

 -モトミヤリイナ様…。



 クルーシャは私と出会ったあの場所で、身体に引き戻される感覚を覚えて恐怖した。恐らく引き戻したのはあの元婚約者が水をぶっかけたからだろう。

 現実世界、辛い世界に1人で戻される勇気はなく、身の前にいた私に縋り、無理やり掴んで抵抗した。

 その結果、何故か私までクルーシャの身体に入り、挙句身体の主導権、主立っているのが私ってことみたい。



 -恐らく闇魔術保持者だったことも由来するかと思うのですが、今までこんな症例文献で見たことありません。そもそもあの世界で意思疎通の出来る魂に会ったという例も何百年か前ということでしたし…。

 -…何となく現状はわかった。これ以上難しい話をされると私無理です。頭悪いの。それで、私はここから出られるのかな?



 何度か出ていくことができるか試そうとしたが、そもそもなにをしたら魂が離れるのか分からない。

 それはクルーシャも一緒だった。



 -私のいる場所を意識の奥と表現いたしますが、ここからですと魔法は使えないようで、闇魔法で魂抜けは出来きませんでした。

 -どうにかならないのかな?…私はさ、死んじゃったしどうなってもいいやと思ってたけど、クルーシャは違うじゃない?



 この身体はクルーシャのものだ。

 出会ったばかりの人間に操られ、自分は意識の奥に閉じ込められているなんて気分が悪いのではないか。


 この身体の主導権が私だと気づいた時から気になっていたことを問う。

 まぁ、この状況なので嫌だと言われてもどうしようもないんだけど。とりあえず気が済むまで謝ることは出来るし、私が自我を消してさっきみたいにクルーシャの意識を真似すれば多少気が晴れたりするんじゃないかな?



 -…意思疎通は出来ても考えていることまでは通じないようですね。

 ではお伝えします…情けないお話なのですが、私はここから逃げたいとしか考えていないのです。



 もう十何年も悪意に晒され続けて、なぜ生きていかなければいけないのか。そう、考えるほどに。



 -だから、こんな身体に入れてしまったモトミヤリイナ様への謝罪の気持ちはあれど、それ以外の感情はございません。

 -クルーシャ、それは…



 コンコンッ


 私の言葉はドアを叩く音で遮られた。



 -え?誰?!

 -恐らく側仕えのドロシーかと思います。入室許可の返事をしてください。



「は、はい!どうぞ!」



 入室許可の返事ってなに?!慌ててたせいで素の私で返事しちゃった。



「し、失礼いたしますクルーシャ様…」



 ちょっとこちらを不審がっている様子でドアが開かれる。

 ドアの先にはいかにも「メイド」といった服装の女の人がいた。

 メイド喫茶みたいなコスプレっぽいのじゃなくて、ヨーロッパの昔にいたような感じ。

 ヴィクトリア調のロングスカートに清潔感漂う真っ白なエプロン。髪は控えめなメイドキャップでまとめられている。

 ぱっちりお目目にぽってり唇がチャーミングだ。

 年齢は恐らく私と同じぐらいかな?

 クルーシャじゃなくて、本宮李奈のほうね。



「このようなお時間に帰寮されるとは…何かございましたでしょうか?お召し物も濡れておりますし…」



 クルーシャの現状確認をすると直ぐに部屋の奥にあるタンスからタオルと簡単な着替えを出してくれる。さっきのクルーシャらしくない言動はスルーしてくれたみたい。

 でも私が喋るとまた不審がられちゃうし、クルーシャにお願いしましょ。

 そう思い、早速クルーシャの振りで返答をする。



「えぇ…後に分かることですが、殿下から婚約破棄のお申し出がありました」



 タオルを受け取り頭に被る。ついでに、髪をまとめていたリボンをシュルっと解く。

 目を覆うほど長く伸ばされていた前髪から気づいていたけどこの子、ブラチナブロンドだ!

 色素薄い!髪の毛細い!!!しかもうっすら紫味がある!?なにこの髪色は!!素敵すぎる!


 

 でもどうしてこんなに傷んでいるの?!



 そんな…と目の前でクルーシャの話を聞き、我が事のように悲愴感たっぷりのドロシーちゃんを横目に、私も悲愴感たっぷりに必死で髪の水分を拭き取る。


 乾かして分かったが枝毛、切れ毛、ごわごわ手触り、絡まり、結び目、ダメージヘアーのオンパレードだ。



 -いやぁ!なにこれ!?せ、せっかくの天然プラチナブロンドがぁ!

 -モトミヤリイナ様?と、とりあえずドロシーを退室させましょう。



「うぅ…ドロシーちゃん…悪いのだけど1人きりにさせて貰えないかな…」

「は?ドロシー…ちゃん…?あっいえ!畏まりました。お茶だけお入れして失礼させていただきます」



 真似っ子出来るほどメンタルに余裕が無い。

 傷んだ髪を呆然の見つめていたらいつの間にドロシーちゃんがお茶を入れて居なくなっていた。



「クルーシャ!この髪はなに?!手入れは?!」

 -ひぃ!すみません!手入れとはなんでしょうか?!

「はぁ?!髪を洗ったりトリートメント、ヘアオイルしたり!メンテナンスよ!」

 -せ、洗髪はしていますが、トリートメント?ヘアオイル?はわかりません!



 な、なんてこと…もしかしてこの世界にはヘアケアする行為がないの?

 思わず両膝を付き蹲る。

 こんな髪をもって手入れできないとか神への冒涜か…。

 あっ別に「髪」と「神」を掛けたりしていない。決して。



 -モトミヤリイナ様!ひとまずこれから先どうするか決めましょ?身体から出ていくことはお互い出来ないようですし。

「それは決まっているよ!クルーシャをバカにしてた奴らを見返す!」



 ふんっと鼻息荒く宣誓する。



 -そのお話、本気だったのですか?

「もちろん!少ししか見ないけどクルーシャに対する態度!なにあれ!?」

 -申し訳ございません…。

「クルーシャは悪くないでしょ?人の悪口を言う人が悪なの!」

 -いえ、…事実ですので…。

「事実って、巨女とか、マモノとか、オーク?とか?」

 -えぇ、醜い私にはピッタリな名です。



 相当自信を失っている。それもそうだろう。さっきの人たちを見る限り悪口を言い慣れていて、クルーシャもそれを受け入れている。

 この精神状況じゃ何も分からない私が何を言っても聞き入れられないだろう。

 よし、まずは現状把握からだね。



「ねぇ、鏡ってどこにある?」

 -鏡…は、この部屋にはございません。



 鏡がなかった。

 マジで?!じゃあ毎日どうやって身繕いしてるの?!



 -ふ、普段は先程のドロシーが身支度を整えてくれています。



 驚愕に言葉を失っていると察したクルーシャが説明してくれた。

 でもだ!



「だめだよ!自分で現状確認しなきゃ!」

 -申し訳ございません。…自分自身で姿を見るのも嫌になり、もう数年確認はいたしておりません。



 クルーシャはまた重い空気で、ズーンっと効果音がお似合いな程落ち込んでいた。

 そこまで自分を否定する姿ってどんなの?


 逆に興味湧くわ…。



 -代わりに、と言ってはなんですが先程皆様が仰っておりました魔物なら本に姿絵がございますよ。



 そう、魔物。あんまり詳しくはないんだけどゲームとかに出てくるやつだよね?

 とりあえずこの世界に魔物なんて存在することにビックリだ。

 そう言えば魔法もあるっていってたし。

 ファンタジー。



「ねぇ、クルーシャは魔法使いなの?」



 部屋の一角にある本だなに手を伸ばす。天井まである棚全てぎっしりと本で詰まっている。

 その中から指示されたとおりに背表紙が水色の本を取り出す。



 -魔法使い…という表現かよく分かりませんが魔法は使えますね。



 持ってるだけで腕が疲れそうな本を横の机に広げペラペラめくりながら眺める。面白いことに、ひらがな漢字などでは無いのに何故か理解出来た。



「さっき会った時に闇魔法が何とかって言ってたものね。」

 -モトミヤリイナ様と出会った世界、転生世界には闇魔法を利用しないと行けませんからね。

「闇魔法以外にもあるの?その魔法はこの世界のみんな使えるの?」

 -えっと、闇魔法以外にも光、火、水、風がございます。あと魔法が利用できるのは1部の人間のみが使える程度です。だいたいが貴族ですが、まれに平民の中には使い手がいると聞いたこともあります。



 貴族!

 以前の生活では聞かない単語だ。おとぎ話みたい。



「クルーシャってば貴族ってやつなの?お金持ち?」

 -お金持ち…かは…。一応子爵家、貴族ですね。

「ししゃく」



 それが何を指しているのかわかんないけどとにかく凄そうだなーというのが私の感想。正直気になったから聞いたけどお金の有り無しは別にどうでもいいし。あればラッキー、なければ稼ぐだけだ。



 -あ、このページです。



 ペラペラめくっている手を止めじっと観察する。写真みたいなのはなく、写実的なイラストが乗っているだけだったが、どういうものかは理解した。



「…バケモノじゃん」

 -…ええ、バケモノですね。



 はぁ?!そんなのを女の子に付けるあだ名みたいにするかね?!

 がっしりとした体躯、ふとましい手足。顔は恐ろしくぶよぶよで肉が垂れ下がり眼光鋭い。

 手書きのメモで、動き鈍く魔法に弱い、大集団で行動せず2、3匹のグループで行動と、特徴が書かれていた。



 -ちなみに緑色をしています。

「ちなみに、じゃない!なんでこんなものに例えられているのに冷静なの?!」

 -もう言われ慣れてしまいました。あと、自分で言うのもなんですが言い得て妙だな、と。



 例え、この魔物に似ていたとしても明らかに人を侮蔑する表現だ。

 先程から怒りで全身が震える。



 -ちなみに、この次のページに乗ってるトロールにも似ていると最近言われ始めました。



 ペラリとめくるとオークよりも随分大きく、1つ目の魔物のページだった。

 確かに前髪で片目しか見えないからそこが似てるのかな?って!違う!!!



「さっきより酷くなってる!」

 -オークは下位の魔物ですがトロールは中位で風魔法も利用するのですよ。動きは鈍く足元が弱点なのです。ただし、周囲の木を引き抜きそのまま殴りつけてきたりするので迂闊に近づいてはいけないのです。色はなんと青色なんですよー。



 ドヤっと魔物解説をしてくれるクルーシャさん。

 いや、その反応違う。なぜ私にそっくりな魔物なんですーって紹介してくるのさ?

 なにかい?『 私ーなんかー犬っぽいってよく言われちゃうんですー。そんなに従順そうに見えますかー?えぇ?人懐っこくて愛想がいい所が、ですか?やぁだー!』

 とかいってた以前の同業者みたいな考えかい?

 うん、多分違うんだろうなー。



「くしゅんっ!」

 -ああ、濡れっぱなしでしたね!お着替えください!



 いや、決して寒さで震えていた訳じゃない。以前の、犬っぽい私可愛いでしょ?うふふんって言っていた彼女を思い出し寒気がしたんだ。


 ふぅと溜息をつき、言われた通り着ていたしっとりと濡れたワンピースを脱ぎ、ドロシーちゃんが用意してくれた服に着替えることにした。



 ローテーブルに置かれた服を手に取る。

 …サイズ大きいなー。

 しかもこのデザイン。布地は高級だろうが切り替えのないワンピースは健康ランドとかにありそうなシルエット。それに無理やりつけたようなレースにフリル、リボンの多いこと。

 しかもベビーピンク。

 思わず着る前にガックリ肩を落としてしまった。



 着ていたワンピースを脱ぐが案外湿っていたが下着みたいなのは大丈夫みたい。布地の多いキャミソールにかぼちゃパンツ。思わずダサっと思ってしまったが、これがこの世界の文化なのだろう。受け止めましょう。

 でも今まで着ていた制服…なのかな?紺色の布地だから濡れているのが目立つ。しかも結構いい生地だからこのまま濡れっぱなしだと傷んじゃいそう。

 キョロキョロと辺りを見渡すがハンガーとか服をかけるものとかはこの辺りにはなさそうだ。



 コンコンっ



 再度ノック音が響く。



「どうぞ、お入りになって。」



 よし、今回はちゃんと演技出来た!用意してもらったお茶の前に座り、落ち着いて出迎える。

 失礼いたします、と先程のように入室したドロシーちゃんは何故か部屋の中をキョロキョロと見渡している。



「いかがなさったの?」

「失礼いたしました。クルーシャ様のお話し声が聞こえましたのでご来客中かと…」

「…ふふふ、変なことをいうのですね。私一人きりですよ?」



 クルーシャとの会話、声に出してた?!

 背中に嫌な汗をかきつつ、へらりと笑って誤魔化そうとする。

 その途端、ビクッと体を震わせたドロシーちゃんはこちらをじっと凝視している。

 ん?変なところがあったかな?



「ドロシー?」

「はっ!?申し訳ございません!…微笑まれるのを何年かぶりに見ましたので…思わず…」



 うっと涙を堪えるように片手で口元を抑える。

 微笑んだリアクションがそんななの?!まったくクルーシャったらどんな生活してたのよ?!



「あぁ泣かないでドロシーちゃん…。なにか用事があって来てくれたのでしょう?」

「は、はい…。あるふれっど様がいらっじゃいましだ…」



 ぐすっぐすっと嗚咽混じりに頑張って伝えてくれた努力は認めるが聞き取りづらい。

 えぇっと、クルーシャに会いに誰か来たのかな?



 -えぇお義兄様です。

「おに…」

 んんっ

 -オニイサマ?兄弟がいるの?

 -えぇ、義理ですが5つ年上のアルフレッド兄様です。



 義理…なんか複雑な家庭環境なんだろうか?とりあえず今は置いておいてどうしたらいいか尋ねる。

 寮内は男性禁制なので、いつも玄関にあるロビーにそのお義兄様は待っているよう。

 とりあえず来てるなら会わなきゃダメだよね?



 -クルーシャ、身内相手だからバレる可能性もあるから全力で演技するから、いつも通りに振舞って。

 -は、はい!頑張ります!



 ふふ、クルーシャってば張り切ってるけど、演技頑張るの私なんだけどね。

半泣き状態で私の脱いだ服を片付けてくれているドロシーちゃんに了解の返事をし、部屋を後にする。

 家族といえ、2人きりで会うことは出来ないみたいでドロシーちゃんが付き添ってくれる。お貴族様ルールみたいなものかな?




 さて、この階段を降りるとロビー。そこに新登場のお義兄様は待ち構えている。


 ボロを出さないように引き締めて行かなきゃ!




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