お風呂場計画始動です
ガチャンガチャンと音がするぐらい手足を硬直させながら後ろを歩く御一行を連れ、ドロシーちゃんに先導をお願いしクルーシャ達はとりあえず外に出る。
「ドロシー、先程の敷物なんですかもう少し大きなものもしくは複数枚ありませんか?」
屋敷の裏手は井戸やかまど小屋などがある下働きの人たちがよく行き来する場所。
ここにはちょっとした休憩スペースや東屋なんかもある。
その一角、綺麗な花壇やきちんと手入れされた木が生えたスペース。そこにドロシーちゃんに持ってきてもらった敷物を数枚敷き、ティーセットを並べる。
「お話し合いはこちらで行いましょう?今日は天気がいいですし」
「はぁ…」
突然の私の行動に何がしたいのか分からないといった様子で、躊躇いながらも敷物の上に座り私に習ってお茶を飲んでくれた。
「あらあら?クルーシャ様、こんな所でお茶会ですか?いい天気ですからねー」
「えぇ、綺麗なお花が見えたのでここでお話伺いたいと思いまして」
「それは手入れした庭師が喜びますね。伝えておきますね」
「あ、クルーシャ様。ちょうど菓子が焼きあがったんです!今お持ちしますね!」
「ありがとう、少し小腹が空いていたから助かります」
「かろりーおふ?そこはよく分かりませんが、バターを少なめに代わりオリーブ油、甘さにはちみつを使ってみたんですが物足りない気がしたのでナッツを入れてみたんですがこれが会心の出来でして!」
「まぁ!是非食べさせてください!」
入れ代わり立ち代わり洗濯物を抱えたハウスキーパーやフットマン、コックなどが現れてカチコミ動きの業者さん達に挨拶をした後、私に話しかけてくる。
「ごめんなさい、少し騒がしかったかしら?」
「いえ…、お嬢様は皆に好かれているのですね」
「ふふ、だったらいいんですけど。あっ宜しければこちらも召し上がってください」
「ありがとうございます…うま…」
よしよし、屋敷の中だと完全アウェーだし、場所が変われば多少気分も変わるかと思って外に連れ出してみたけど良かったみたい。
3人で仲良くお菓子を頬張って美味い美味いとテンション上がってる。
「今回は急な呼び出しでご迷惑ではなかったですか?」
「あっ!?あぁ、大丈夫です?…でした!」
「そうですかそれは良かったです。…言葉遣い、気にしなくてよいですよ」
クルーシャから聞くところこういった業務的なやり取りは基本従者さんにたのんで主人自らは交渉しないそう。
でもさ、完成形のお風呂場知ってるのが私かクルーシャしか居ないんだもの。
だから緊張させちゃうけど、そちらの言葉遣いおかしくても気にせずガンガンお話させてもらうからね!
「早速本題で申し訳ないのですがあそこにあります井戸の傍に小さくても構わないので小屋をまず建てていただきたいのです」
「小屋…ですか?そんなのお易い御用ですが…」
ドロシーちゃんにお願いして紙とペンを受け取る。みんなが見えやすいように敷物の上に広げてカリカリと小屋っぽいイラストを描く。
「実は屋敷の中にあるバスルームをその小屋に入れたいのです」
「はい?!風呂を?!…ですか?」
「ええ、お屋敷に立派なお風呂がありますが私は出来れば湯船に浸かりたいんです」
「あぁ、なるほど。それで排水の関係で外に新しく小屋を建てたいと言うことですか」
1番クッキーを、貪っていたちょび髭おじさんが鋭く察してくれた。
あっこの人頭の回転早いんだと思わず感心してしまった。…ちょび髭なのに…は偏見ですね、すみません。
「えぇ、屋敷の中で湯船の水を抜こうとすると汲み取って捨てに行かなければなりませんので。ですので湯船の底に排水のできる穴とその水が通る水路が必要なんです」
「ほぅ!栓を抜けば勝手に排水されるから汲み取る必要がなくなるってことか。そうなると湯船は特注しないといけないだろうな」
「特注だと今から作り始めても季節がひとつは変わるぞ」
「それなんですが、屋敷の中にあるような陶磁器でなくていいのです。木を組んで作れませんか?桶のように」
「…面白いアイディアだな」
3人があれやこれやと話し始める。どういうものかは知っていてもどうやって作るかなんの木材を使うかという会話には入っていけない。調べたことないから私もクルーシャもお手上げだ。
でも、流石おじい様のお眼鏡に適う人達だわ。井戸の近くと言っただけだが、生活動線などを考えて少し離れた場所に建築予定となった。また、建物の大きさもお任せしたが、エントランス、脱衣場、洗い場、湯船と大体の大きさを決めてササッと建築場所を決めて言った。
ちなみにこの辺りの土地は空いていれば好きに使っていいよとおじい様からお許しも得てる。
「それと、これは1番大切な事なんですが…できる限り早い完成をお願いしたいです」
「まぁ、これくらいの小さな建物だ。しかも俺ら3人も居れば2があれば作れるだろう」
「本当ですか!?」
-よかったですね、りぃ!
思った以上に早い完成だ!思わず飛び跳ねたいところだがそこは抑える。クルーシャも私につられて嬉しそうな声を上げてる。
「井戸があってもそこから湯にしないといかんだろう?それをどうするかだな。井戸の近くにかまどを4、5個作ってそこで沸かすか?」
「あっお湯の件ですが、薪を燃やしてお湯を沸かす方法はどうでしょうか」
いわゆる薪風呂というやつだ。
昔入ったことがあるから何となく知っているがマジでなんとなくだ。
私の理解してもらえるんだろうか…。
「湯船の側面に2つ穴を上下に開けます。…こんな感じに…」
ペンを走らせながら必死に思い出す。たしか、穴は金属の管で外側でコの字になっていて、そこを薪で温める。
温まったお湯が上の穴から出る。あまり専門的な知識はないけどなんとか伝わらないかな?!
「そうか、湯は水より上に昇る」
「そうだな、それで水が増えることは無いから下の穴から水が入りまたお湯になって上の穴からでる…」
「そうか、それで上手いこと循環するんだな」
はぁと深いため息が誰ともなく漏れる。え?やっぱり説明わかんなかったです?なんか理解出来たみたいな空気じゃなかったですか?
そんな肩をガックリ落として哀愁漂わせないでください。
「す、すみません。昔読んだ本で知った知識なので説明が下手で…」
「いや、お嬢様!これが本当に出来れば革命が起きるかもしれないですよ!?」
「鍋みたいに火にかけることなく大量に湯を沸かすことが出来るのか」
「しかも薪ストーブぐらいの大きさで問題ない」
3人が合わせて声を上げる。
異様にテンションが高く、ちょび髭おじさんもスキンヘッドのおじさんもお腹丸々なおじさんも皆楽しそうに私の描いた設計図のようなものに色々と書き足し始めた。
「ただそうなるとある程度の火力に耐えられる金属が必要だぞ」
「そうだな、ずっと直火に耐える必要がある部分だ。なんの金属を使うか…」
「ミスリル鉱石ぐらいしか思い浮かばんぞ?」
「え?ただの金属で問題ないと思いますよ?」
一斉にこちらを見られるのはちょっとだけ怖いね。合計6個の瞳が爛々とじっとこちらを見つめる。
どんな方法だ?そう言ってる気がする…。
でもさ、これ普通だよね?
「えっと中に水が通るじゃないですか、そうすると金属が溶ける温度まで行かないんですよ」
「…おい、分かるか?」
「いや、わからん。金属は高温で熱すれば溶けるだろう?」
「ははは、きっと鍋やフライパンと同じだと思ってるんじゃないか?」
「あれはかまどの火がそこまで高くならないから出来るんだ。でも直ぐに湯が沸くほどの温度となると無理だぞ」
んー、なかなか伝わらない。これは実際に見てもらった方が早いかな?
「少しこちらに来て貰えますか?」
調理場に案内する。ここなら常時火があるから実践できるね!
-確かに実際に見てもらった方がいいですよね。こちらではあまり常識的なことではないのです。
-そうなの?実験とかしないんだ。
-えぇ、そもそも平民が学校に通うなんてことは本当に少ないんです。
そうなんだ。まぁ世界違うし仕方ないけど勉強は必要だよね。
私頭悪い上高校はほとんど仕事で通えなかったんだけどさ。
「かまどの火をお借りしますね。ドロシー紙と桶に水を汲んできて貰えますか?」
料理長に断ってから用意してもらった紙を箱に折る。
折り紙も知らないようで厨房の従業員やドロシーちゃんまでも興味津々でみている。
「凄い紙で箱ができたぞ」
いや、すごくないからね。クルーシャもりぃは器用ですね!って無駄にキラキラしないで。
「かまどの火の上に網を乗せて貰えますか?」
「わかりました!」
仲良くなった料理長が素早くお肉などを焼く網を載せてくれる。
その上にそっと紙で作った箱を置く。
「お嬢様。それは紙が燃えちまいますぜ?」
「ええ、ですからここに水を入れます」
ゆっくりと桶から水を注ぐ。
「紙に水なんて入れたら紙がダメになりますよ?」
「いや、その前に紙が燃えてしまうぞ」
様々な憶測が飛び交う中、紙に入った水は少しづつ温度を上げて、数分後にはお湯に変わった。
「嘘だろう?なにかの魔法か?」
「水が特別なのか?それとも紙か?」
「いえ、わたくしめが用意したものは一般的な、どこにでもある紙にそこの井戸で汲んだ水でございます」
ふふ、実験楽しいよね。私も勉強好きじゃなかったけど理科の実験とかは真剣にやったもの。あと体育と家庭科。
「どうしてですかクルーシャ様?」
「水がお湯になる温度と紙が燃える温度が異なるからです」
「…そうなんですか?」
「あまり理論的なことを言いますと分からなくなりますので割愛しますが、水がお湯になり蒸発する温度の方が紙が燃える温度より低いんです。だから水が中に入っている間、紙が燃える温度には達しないんです」
「…これが鉄でも一緒ってことか」
「これは面白い!早く作ってみようぜ!」
「そうだな!お嬢様もう作業に取り掛かっても問題ないだろう?!」
「えぇ、もちろんですけど」
「じゃあ俺らは準備や材料なんかを手配しないといけねぇから先に失礼するぜ!…します」
「ふふ、いつも通りで問題ないと言いましたので気にしないでください。あまり無理のない程度でお願いします。これは私のわがままな要望なので」
最後にそう伝えたがあまり聞いて貰えない。3人であーでもないこーでもないと話しながら去っていった。
「おや、昼食も召し上がって行かれれば良いのに」
「申し訳ありません、大変盛りあがったご様子でお声がけ出来ませんでした」
「まぁ、少し気持ちわかる」
目の前に興味のあるものがあると周り見えなくなるよね。私も経験あるわとドロシーちゃんと料理長の会話を聞いていた。
「ではクルーシャ様も昼食にいたましょう」
「そうですね。あの、先程のクッキーを多く頂いてしまいあまりお腹がすいていないので量の調整お願いできますか?」
あのクッキーほんとに美味しかったのよね。業者三人衆に紛れて結構食べてしまった。しかもナッツのおかげで腹持ちもすごくいい。
おかげで昼食が満足に入らなそうだ。
せっかく用意してもらったのに、悪いな…。
「気にしないでください。最近のクルーシャ様のお食事はメイド達の注目の的でして、もし余らせるってことがあれば奴らに全部食べられるだけなんで」
「そうなんですか?」
「ええ、お痩せになられるための食事。気にならない女性はいないみたいですよ」
厨房の入口辺りでこちらの様子を伺っているメイド達を見る。どうやら彼女達は特に用もないのに食事の時間になると私のご飯のあまりがないか探しに来るらしい。
思わず笑ってしまった。
-ふふ、…私はこの屋敷でも嫌われていたのに今はこんなに色んな人と関わっているなんて信じられないです…。
-違うよ、ルーシャ。今まで嫌われていた訳じゃないんだ。
-でもりぃがいなければこんな風にはならなかったです。今まで通り嫌われ魔物でしたよ?
-私より数倍頭いいのにわかんない?
私だからというのは違う。私が行動している事も多いが人と関わる時はクルーシャの真似を続けている。
確かに私と一緒にいることでクルーシャの性格が少し明るくなったかもしれない。でもそれは元からだ。
明るく人懐っこく、人思いの優しい子。
ここは変わらない。
魔物姫と呼ばれ続けて傷ついて、その部分が隠れてしまっただけだ。
-みんなね、ルーシャの事気になってたんだよ。だからきっかけが欲しかったんだ。でも、みんなルーシャは引きこもっている方がいいかと思ってあえてそうしていたんだと思うよ。
-そうでしょうか…?
-そうだよ。じゃないと王子に婚約されて帰ってきた時、あんなふうに出迎えないよ?
今思い返しても少し恥ずかしいけど、旗まで振って歓迎してくれた。あれは多分少しでも気分を明るくしたかったんじゃないかな?
-真実はさわかんないけどさ、そういう風に思っておこうよ?プラス思考って言うんだ。嫌われてるって思うよりずっといいよ!
-プラス思考…ですね…わかりました。そうします!
-そうそう、魔物だって言ってくる人にはそう言わせておけばいいんだよ。「あっそう見えるんですねー愉快なお目目をお持ちですねー」って。
-ふふふ、まだそこまでなりませんが。そうですね、人がどう思うと私は私ですよね。
-うん、私の大好きなルーシャだよ!
-!はい!私はりぃの大好きな私で、りぃが大大大好きな私です!
花がほころんだかと思うほど、にっこりとクルーシャが笑った。
今までも笑うことはあったけど今回はきっと特別だ。吹っ切れた、感じかな?
良かった…。魔物姫なんて呼ばれ続けて心に大きな傷をつけられて、死をも望んだ彼女が、いま少しだけかもしれないが明るい方に進んだ。
本当に嬉しい。良かった。この調子で本来の、今は私だけしか知らないクルーシャになればいい。
だから、心の底でゴトリと音を立てて何が動いたが、今は気づかない振りをしよう。
このまま、全てが上手く行くことを祈って、音がした辺りを全て閉じ込めておこう。クルーシャに見つからないように…。
いつもお読みいただきありがとうございます。
だいぶ登場人物も多くなってきまして、何か一覧とかあった方がわかりやすいでしょうか…?ちなみに私はたまに混乱しています。
ちなみに今回登場した業者さん三人衆は、ちょび髭がトム、スキンヘッドがトーマス、お腹ぷっくりがスチュワートです。
よろしくお願いします。




