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来訪者は敵か味方か、どちらです?

 



 足をかけていた窓べりを蹴り部屋の中へと言葉通り舞い降りた。

 拍子にサイドで緩く編んである三つ編みがふわりと後ろに弾む。

 背後には窓から覗く大きな月。降り注ぐ月の光がぼんやりと輪郭を輝かせている。



「昼間、あの調子だと会ってもらえないような気がしてね。悪いんだけど強行突破させてもらいました」



 にっこり、悪いことなんてしていないですよと言わんばかりの笑顔を浮かべる。



「...笑顔で丸め込められませんよ。不法侵入です」

「まぁまぁ、とりあえずお話しましょう?そうしたらちゃんと帰りますよ」



 話すって何を?昼間話したじゃない。それでおしまいでしょ?


 こちらの考えが読まれたのかクスクス目の前で笑われる。



「あれで全てだと思ったんですか?」

「お話すべきことは話したと思いますが」

「そう?じゃあなんで君の魂がたまにぶれて見えるんだろうね」

「...え?」



 魂がぶれる?なんだそれ?



 -...りぃ...。多分このお方、私たちのこと何となく分かっているかもしれません。

 -え?!なんで?!

「それは俺も闇魔法保持者だから、かな?...そうか、魂がぶれて見えるんじゃなくて、2つ、なのか...」



 この人は言った、2つと。

 興味深いと昼間見たギラギラとした目のままこちらとの距離を更に詰める。思わず後ずさる。



「...あぁ...。別にとって食おうって訳じゃないので安心して。あと軽く結界魔法陣発動してあるから人を呼んでも来ないよ」



 隣りの部屋にいるであろうドロシーちゃんを呼ぼうと思っていたことを見透かされる。



 -どうしましょうか…?

「まぁとりあえず座ってお話しましょう?」



 ドカリとソファーに座り込む。この男、遠慮ってものがないのかしら?



「...シャーレめ...。遠慮なくぶん投げやがって...もし窓空いてなかったら詰んでたぞ...」

「なにか?」



 ボソボソ膝を擦りながら喋られても聞こえない。思わず聞き返すがまた笑顔で何もないと突っぱねられてしまった。



「さて、この距離であればもうひとつの魂の声も拾えるみたいだな。えっと初めまして、リード・ソシリアです」

「知ってます」

「あぁ、君じゃなくて中の人に話しかけてるんだよ」



 誤魔化しても無駄だと瞳が雄弁に語る。

 この人が敵か味方か分からない以上はこちらの手の内を見せるようなことはしたくないんだけど。



 -りぃ、多分無理です。ある程度説明しないと彼は帰っていただけないと思います。

「はい、その通りです。あなたのお名前を伺ってもよろしいですか?」

 -ひっ...く、クルーシャ・カルフェーネでございます...。

「...ではいま前に出ているのは?」

「はぁ、ルーシャ。本当に平気?」

 -は、はい...。同じ闇魔法保持者ですから、きっと誤魔化しは効かないです...。

「...本田李奈です」

「ホンダリイナ...」



 聞きなれないフレーズの名前だからだろう。何回か口に出して確認している。

 ついに他の人に私のことが知られてしまった。これからどうなるのだろう?



「...ホンダリイナさんは...どこから来た?」



 やはりその質問が来るか。



「...私は別の世界の人間です。そして死にました」

「?!で、では転生世界に...?!」

「みたいですね」

「どうやって?!」

「ち、近いんですが...」



 向かい合って座っていのにも関わらず額がぶつかりそうになるほど近づかれる。これにはクルーシャも驚いて怯えている。

 人が怖い節はあったし、悪意...とは違うけどここまで感情を向けられるのが恐怖なのだろう。

 私がしっかり守らなきゃね!



 とりあえず、私が理解していることを話すことにした。

 やっぱりクルーシャのように上手く説明は出来ないが必死に頭の中を整理しながら順を追って一通り話す。



「...なんてことだ...」



 話を聴き終わったリードはソファーに深く沈み頭を抱えた。

 憂いを帯びた表情もこの人は絵になるなぁ。ブロマイドとか出したら売れるんだろうな。と検討違いのことをぼぅと考える。



 -りぃ、説明ありがとうございます。

 -ルーシャもう平気なの?

 -だいぶですが、落ち着いてきました。



「まずクルーシャ様が婚約破棄の末瀕死になっていて魂抜けで転生世界。そこにたまたま死んでたどり着いたリイナ」

「そこでルーシャに引っ張られこちらの世界、ルーシャの中に閉じ込められた」

 -そして私は精神の深い部分に閉じ込められ動けなくなり、りぃに協力してもらいながら...。

「今に至る、と...。聞いたことの無い話ばかりでどうしていいのか...」



 それは私もですと、当事者のクルーシャが諦めたように笑う。

 このリードは魔術騎士団、ということもあり魔術・魔法に特化しているらしいがそれを持ってしても分からない現象らしい。



「...クルーシャは彼女リイナに支配、操られているということでは無いんだな?」

 -えぇ!むしろりぃに迷惑を掛けている張本人です!

「迷惑をかけられている気はしないんだけどね。むしろ死んでお終いの所、ボーナスステージを貰ったみたいなものだし」

「よく分からないが、リイナも閉じ込められた、今すぐ助けて欲しいと言った訳でもないと...」



 あっ、説明の最中に各自の呼称を改めてある。クルーシャ、リイナ、リードと各自呼んでいる。

 めちゃくちゃ童顔だけどリードがこの中で1番年上だと思うがまどろっこしいと提案してきた。



「もうお互いが納得していればいいか」

「あっいいんだ」

「もう俺にはわかんない次元なんだよ」



 ため息を深くつき頭をふる。お手上げ状態、みたいだ。

 案外あっさり許可が降りた。いや、別に許可がなくても離れられないし関係ないんだけどね。



「ただ、今後俺が常時監視に着くから」

「え...なんでですか...」

「こんな事例は初めてだ。しかも闇魔法保持者絡み」

 -でも、魔術騎士団の団長様ですよね?お忙しいのでは?

「...第1王子からの命だから、これもある意味仕事だ。気にするな」



 第1王子...あのバカ王子のお兄さんか...まともな人なの?思わず怪訝な顔をしてしまう。



「...心配するな。あのバカとは違い立派に第一王位継承権を持ったお方だ」

 -そうですね。何度か城内でご挨拶しましたが私なんかを気遣ってくださるよいお人柄でした。



 まぁ、クルーシャがそういうならいいし今のところ私に関係することじゃないからいいか、と頭の中の考えなきゃいけないリストから速攻削除した。



「監視は別にいいんですが、私達これからとある作戦決行のための準備しかしませんよ?」

「なんだ?!それは?!なにか企んでいるのか?!」

「はい。企む...という程では無いですけどちょっとしたことを」

「何をするつもりだ?!説明しろ!」



 そんな警戒心むき出しにしなくても...。

 あっでも毛を逆立てて威嚇するまん丸黒目が可愛い猫ちゃんみたいになってる。思わず撫で回しそうになるが自重する。男の人、年上、ほぼ初対面。オーケイちょっと落ち着いた。



「ルーシャの元婚約者さんをぎゃふんと言わせるんです」

「ぎゃふん...」

 -そうです。ぎゃふんです。



 なぜか理解してもらえなかったので詳細説明する。

 まぁ、見た目綺麗になって見返してやる!ってことなんだけどね。



「...はぁ、面白いことを考えつくな」

「いえいえ、それほどでは」

「あのバカ王子は今独断で婚約破棄したから罰として城に幽閉されてるぞ」

「まぁ…大変ですね」



 だからなにさ。正直他の人から罰を与えられても意味が無い。私が、いいや、クルーシャが復讐することに意味がある。



「あくまでも自分で、か」

「はい!話が早くて助かります」

「で、休暇中は領地に籠って体型調整…」

「ですので、別に見張りなんて要らないのです。勝手にやって勝手にやっつけるだけなのです」



 危険なことは無い、無害です。闇魔法使って復讐なんてしないですよー。そうアピールするが首を縦には振らない。



「こちらとしては、正直こんな事例見たことがない。思う存分調べさせてもらいたい。なので見張り兼観察させてもらう」

「...正直に言いましたね」



 昼間は濁したくせに。



「仕方ないだろう?!こんな研究対象が居てどうしてほっておける?!しかも闇魔法関連!なおかつ異世界人の魂だぞ?!」



 できることなら俺にも入って欲しいと言われるが、何言ってんだこいつ状態である。



 -私は少しリードさんの気持ちわかります。魔法学に携わって…いえ、少しでも魔法を習ったものであれば興味は湧きます。

「だろう?!だから何を言われてもお前のそばを離れない」



 ドキンっ

 ...とするセリフなんだろうけど、覚悟しておけとニヤリと口元を歪ませて笑うリードにときめく要素はなかった。


 まぁ可愛いんだけどさ。



「さて、夜もだいぶふけてしまったな。俺はそろそろ失礼するよ」

「…どこから帰ります?あれなら玄関まで送りますけど?」

「勝手に入ってきたのがバレるだろう?このまま窓から失礼するよ」



 立ち上がり窓辺へと向かう。2階とはいえ伝って降りるような場所はないけども...。

 もしや魔法?!

 ワクワク様子を伺っていると窓の下にあの目つきの悪いのが居た。どうするんだろう。



「ではまた明日、会いに来るよ...」

 ドゴンッ!

「クルーーーーシャーーー!無事かぁ?!?!」



 突然の轟音と共にドアが破られ、部屋の中に幾人かなだれ込んでくる。

 な、何事!?ドア木っ端微塵なんですけど?!



「クルーシャ様!フェルト様が結界にお気づきになり、今になり...!申し訳ございません!すぐに駆けつけれず...!わたくしめはなんと不甲斐ない...!!!」

「ド、ドロシーちゃん!?だ、大丈夫ですよ!」

「きっさまー!?ここで何をしていた?!」



 もう何が何だかよくわかんないけど、どうやら結界の存在に気づいたおじい様が激おこで、ドロシーちゃんが泣き崩れ、他の執事さんとかが慌ててリードにぶん殴り掛かりそうなおじい様を止めている。



「おやおやこんばんわ、フェルト子爵様。お邪魔させていただいてました。しかしもう失礼しますのでどうぞご安心ください」

「なにが安心だ!!!こんな夜更けにいたいけな少女の部屋に、無断で侵入しやがって!」



 -いたいけな、なんて...皆の前で恥ずかしいです...。

 -るーしゃー、多分今はそんなこと恥ずかしがってる場合じゃないぞー?リード殺されるんじゃない?

 -はっ!そうです!お助けせねば!



「おじい様。私はなんともございません。楽しくお話させて頂いだけです」



 おじい様とリードの睨み合いの中お互いの視線を遮るように割って入る。にこりと頬がひきつりながらも笑顔で。



「クルーシャ?!なぜそんなに野蛮な男を庇うんじゃ?!」



 いや、おじい様本気でリードを再起不能になるまでぶん殴りそうな雰囲気なんで、つい。



「じ、実は昼間お話したいと言われてまして、いけないとは思っていたのですがお部屋にお招きしたのです」

「クルーシャから...?いや!違う!!引きこもりで人が嫌いで初対面な人間ほど警戒する可愛いクルーシャがそんなことを許可するはずがない!よし殴る!」



 わぁ...おじい様、よくクルーシャのことを知ってるー。

 じゃない。なんとかリードを五体満足でここから逃がさないと..。



「クルーシャ、今日はお招きありがとう。また明日会いに来るよ」



 背後の気配が強くなったと思ったら肩に腕が回ってきて、そのまま後ろ、少し下に引っ張られる。


 なんですか?!と思う暇もないほど気づいたら真横に可愛いお顔が来ていてそのままリップ音だけのキスをされた。


 は?



 そしてバランスを崩された私はそのままおしりから床に座り込んだ。



「な、なななな?!」

「クルーシャ大丈夫か?!っ貴様!!!まだわしはお前を婚約者候補として認めておらんぞ!?」

「ははは、それではまた」



 座り込んだ私を助け起こすためおじい様が駆け寄り抱き起こされる。

 その隙をついたようにリードは窓からすっと頭から落ちていった。


 真っ逆さまじゃない?!

 慌てておじい様の腕から離れ窓に駆け寄る。


 窓の下を見たがリードの姿も、先程まであったあの目つきの悪い人も影も形もなかった。



「クルーシャー、いいんじゃあんなやつ、地面にぶつかってグッチャリしててもいいんじゃよー」


 グッチャリ…思わず想像しかけて頭を振る。

 いや、姿がないってことは無事に逃げれたんだろう。

 とりあえずよかった、のかな?もう疲れてたよくわかんないや。



 ドアが壊れたせいもあり今日は客間で寝ることになる。部屋の片付けなどはドロシーちゃん達に任せてさっさとお暇させてもらう。


 パリッとしたリネンに潜り込んでとりあえず今日はもう休もう。





「...ん?婚約者候補ってなんだ...?」




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