気を取り直していきましょう
さてと…うん!午前中のことなんてすっかりしっかり忘れて楽しく買い物するぞ!そう!わたしは頑張って忘れるぞ!
領地としては北の方にあるとはいえ季節は夏。日差しは紫外線ですからね、なるべく避けなくてはなりません。
でもそこは大変優秀なドロシーちゃんがいますからね。バッチリ唾の広い帽子、ボンネットを被らせてくれた。真っ白なボンネットは細かく刺繍が入っていて良いデザインで気に入った。
「こちらフェルト様がご用意してくださいましたよ」
鏡といい、おじい様の趣味は私と合いそうだ。今日は1日仕事で不在との事だけどいつか一緒に買い物したいものだ。
「あら?もしかしてピーターですか?!」
「クルーシャ様!」
エントランスまで出ると用意された馬車が止まっていた。御者台に見知った後ろ姿を見かけて思わず声をかける。
声をかけると慌てたピーターが御者台から降りてきて目の前で何故か膝をついた。
何が起きてるのか分からずに思わずキョトンとしていたらちょっとだけ苦笑したピーターが説明してくれる。
「実はフェルト様に願い出まして、今後はクルーシャ様専属になりました。よろしくお願いします」
「…え?!そうなのですか?!」
「ええ、クルーシャ様は命の恩人でもあります。今後はクルーシャ様ただ1人に仕えたいと思っております」
「え?それは、私は嬉しいですが、…よいのですか?」
正直戸惑う。多分クルーシャ個人っていうより、今まで通りカルフェーネ家に仕えていたほうがメリットは多いんじゃないだろうか?
すると後押しをするようにドロシーちゃんまでピーターの横で膝まづく。なんで?!
「わたくしめも、改めてクルーシャ様にお仕えさせていただくと誓います。…2度も命を救っていただきました…。この御恩、必ずやお返しいたします!」
「ふ、2人して頭を下げるのをやめてください…!わかりましたから!よろしくお願いします!」
そう叫ぶように言うとようやく頭を上げて立ち上がってくれた。さすがに玄関先でこんなことされるのは人目がなくても恥ずかしいわ。
でも、この2人似たもの同士なのかしら?
私から許可を得れたことでほっとしたのかお互いで良かったですね、これこら共に頑張りましょうと声を掛け合っている。…仲良しか。
それにピーターはジェイが言っていたようにドロシーちゃんに気があるみたいだな…ちょっとだけ顔赤い。
思わずニヤニヤと二人を眺めていて思い出す。
「そうです、ジェイです。あの、お買い物に行く前にジェイのお見舞いに寄りたいのですがよろしいでしょうか?」
手土産にとおやつで出されたクッキーもちゃんと持ってきた。
寮に行けば会えるのかな?さすがにまだ訓練に参加してないだろうし、部屋で退屈してないといいけど。
「あー、…クルーシャ様。そのジェイですが…」
「ここにいますよ」
「…は?」
「…あ、どうもクルーシャ嬢様」
馬車の中から腕に包帯を巻いたジェイがそっと顔を覗かせていた。
「いやね、フェルト様から訓練に参加出来ない間クルーシャ嬢様の警護をしろと仰せつかりまして…」
「でも、怪我…」
「えぇ怪我していますし、護衛はピーターがいるのでほとんど問題は無いのですが、恐らく男避け…のようなものですかねー」
-まぁおじい様ったら…私が異性から声をかけられるなんてあるわけないのに…。
そんなクルーシャの独り言が聞こえたが理由は違うが同意する。男避けであればピーターもいるし、怪我人をわざわざ働かせるのもどうかと思うし…。
ゴホンっとわざとらしく咳をつくピーターがそっとジェイに近づき耳打ちをしている。
声が小さすぎて聞こえない…。
「…クルーシャ様が出かけるって聞いて、心配でついていけないか俺に相談してきたのは誰だったか?そのことお伝えしていいか?」
「?!いいか?!絶対そのことは言うなよ!?」
ジェイの焦りっぷりから何か脅されてる…みたいだな。
でも私に聞かれなくないことだろうと察したのでこの話題は変えよう。
「怪我もそんなに酷そうじゃなくて安心もしましたが大丈夫なのですか?無理はしないでくださいね?」
「へ?!あぁ、ご心配お掛けしてすみません…。それとフェルト様に直接掛け合ってくださってありがとうございます。おかげで訓練所に入ることが出来ました」
「いいえ、お礼を言われるほどのことじゃありませんよ。でも少しでもジェイの役に立てたならうれしいです」
「…その恩返しって訳じゃないてますけど、荷物持ちぐらいと男避けぐらいは出来ますので…まぁあんまり役に立たないですけどね…」
「いえ!ジェイが来てくれて助かります!…聞きたいこともありましたし…」
にっこりと微笑む。そう、ジェイには作戦上必要な情報を貰いたいと思っていたところだったんだ。
馬車はキルクル領で1番大きな街に着く。屋敷から感覚10~20分って所だろう。
話に聞くと国境に1番近い街で交易が盛んとの事。
馬車を止めてくると離れたピーターを待つ間思わず街の中心部辺りでキョロキョロしてしまう。
「…わぁ」
-学園のあった街も大きかったけどここも活気があっていいね!
-えぇ、おじい様を慕って各地から人がやってきますのでいつも賑やかでいいところですよ。…少し田舎っぽいですけどね。
-そう!?私こう言う雰囲気好き!
外国の市場みたいに広場にテントがいくつも連なり、その下でお野菜、お肉、日用品のようなものが売られている。
思わずワクワクして近くの店を覗いてみる。
「おや?貴方様フェルト様のお孫様じゃないかい?!」
「え?!…そ、そうです」
「まぁまぁ!お戻りになっていたのかい!?しかも出歩くなんて…!式典でも祭りでもない日なのにどうかしましたか?!」
「…クルーシャ様も普通にお買い物を楽しまれます…。あまり失礼なことを言わないでいただきたい…」
静かに後ろに仕えていたドロシーちゃんが前に出て会話を遮る。
別にお店のおばさんは悪気があって言ってるんじゃないから気にしなくていいのに。あぁ、おばさん凄く萎縮しちゃってるじゃない。
「す、すみません…そういうつもりで言ったのでは…」
「ドロシー!…気にしないでください。こちらは…調味料のお店ですか?」
怯えてしまったおばさんに微笑みかけて品物を手に取らせてもらう。
木の箱に入っているのは塩のようだ。
しかも、結晶の粒は細すぎず、大きなザラザラとしている。
ものは良さそうだ。
「あの、こちらはどこから?」
「あ、えっと、…隣りの領地から仕入れています…。あちらは海に面していますからね、いい天然の塩が取れるので」
「まぁ!天然ですか?!ドロシー!私これ欲しいです!」
「え?!」
おばさんが唖然とする。貴族のお嬢さんが突然塩買うって多分無いんだろうな。
でも、以前旅の途中で寄った店で油やら蜂蜜やらを購入したことを知っている、いつの間にか戻ってきたピーターを含めた三人は特に気にしていないようだ。
「塩だと麻袋がいるな」
「申し訳ありません、ピーター。雑貨屋で購入してきてください」
「了解。どれくらいの大きさだ?」
「沢山あって困るもんじゃないし、適当に大きいものでいいんじゃないか」
「そうだな…じゃあ一応大きめの袋、何枚か買ってくる」
「頼みました」
ね、息のあった感じで手際よく事をすすめてる。
こうなると私はちょっと暇で呆然としたおばさんに話しかけることにした。
「おばさまのお洋服はどちらで購入されたんですか?」
「え?!はい!?…そこら辺にある服屋ですが」
「そうなんですか、ちなみにどこにあります?」
「あの角を曲がった先ですが…まさか、お嬢様が着るような服は売ってませんよ?!」
「あら?お洋服は好きなものを着るんですよ?お嬢様とか関係ないです」
こちとらティーンだったけどモデルはモデルだ。服についてこだわり…というかモットーみたいなのがある。
自分の体を綺麗に見せたければそのようなシルエットの服を、お洋服のデザインが好きであれば似合う似合わない関係なくその服を好きなように着ればいい。
だから男の人がスカート履いてもいいし、女の人がメンズスーツ着ててもいい。
そうやって生きてきた人と何人も仕事をして尊敬しているんだ。
-りぃの世界は自由な国だったんですね。
-…そうかも…。変な目で見てくる人もいたけど、それでもこっちより窮屈ではなかったかもしれないな。
この反応だと服屋さんでも一悶着あるかな…。
無事に塩を購入して、おばさんに教えてもらった服屋に入る。
「いらっしゃい…ませ…」
うん、店員さんの動揺が見てわかるよ。
所狭しとか服が飾られている。生地も薄く、普段私が着せてもらっているドレスと比べると随分と質が違う。
「ねぇ、ジェイ。貴方ならどういう服を選びます?」
「んー…そうですね。この辺りなんて動きやすそうでいいですね」
吊るしてあったパンツとシャツを手渡してもらう。
白いシャツは首周りが、大きく空いており鎖骨辺りで紐で結んで閉めるタイプのよう。
パンツは思ったより生地しっかりしている。ベルトで閉めるタイプのようでベルトホルダーもしっかり着いている。
「…これなら私が着てもサイズ的に問題なさそうですね」
「は?」
「これください。あ、あとベルトもいただけますか?」
塩購入とは違ってさすがに戸惑うジェイとピーターをおいて、ドロシーちゃんは服一式を受け取り店員さんの所へ。更に同じようなデザイン、サイズのものを何着か購入してくれている。
「お嬢様、いいんですか?あれ男物で更に平民向けですよ?」
「えぇ。でも別に私が着たっていいと思います」
「まぁ、そうですけど…」
「あと、ジェイが普段履いているような靴も欲しいんですがどこで買えますか?」
「はい?!」
「今の靴だと少し走るだけで足痛くなるんですよ」
クルーシャはやっぱり身長を気にしてるからだろう、ヒールのないぺったんこな靴をいくつか持っていた。だけどつま先のラウンドの形が綺麗でツヤツヤな皮の靴。私も気に入ってはいるけど、硬い革なので激しく動くとつま先が痛くなっちゃうんだよね。
「クルーシャ様、もしかして作戦に関係あることですか?」
「あぁピーターはあの宴会の場にいたんですね、それでしたら話は早いです。そういうことです」
「…おい、ピーター。宴会って?作戦って?」
後で説明するとジェイを軽くあしらい、購入の終わったドロシーちゃんの元に駆け寄りさっと荷物を受け取るピーター。
私と会話してたのにドロシーちゃんもちゃんと見てたなんて…さすがだわ。
ちょっとだけ仲間はずれな気分を感じているっぽいジェイに案内され靴を購入する。
ここでも店員さんにびっくりはされたけど、ピーターとドロシーちゃん、あとジェイのおかげでいいものが買えた。
ジェイとは背丈が同じぐらいって言うのと、護衛の任も着いていたしおじい様の訓練所に入れるぐらいの人物ならそういった道具にも詳しいって思ってたのよね!
-よぉし。これで身体を動かす事も出来るね。
-運動…最も苦手なことですが大丈夫でしょうか…?
-大丈夫だと思う!多少大丈夫じゃなくても大丈夫にする!
-うぅ…不安です…!
「さて、クルーシャ様。ここまではクルーシャ様の欲しいものでしたが、ここからはお嬢様として必要な物を購入しますので」
そうニコッと笑いかけたドロシーちゃんに連れられドレスサロンという所であちこち採寸されまくってドレスをオーダーすることになった。
「あのっ出来ればウエストとか多少でいいので調整出来るようにして欲しいのですか…」
唯一リクエスト出来たのはこれだけだった。
私の作戦が上手く行けば大きく体型が変わるだろうし、今あまり新しいドレスとか作りたくないんだよね…。
でも、「王子を思い出して悲しい思いをしている主人」を放っておけなかったドロシーちゃんの優しさは伝わってきたので良しとしましょう。
-ドロシーは優しいですね。
-うん、いい子。でもルーシャの服、私が選びたかったな…。
-ふふ、では、例の作戦が上手くいったらその時、素敵なドレスをくださいな。
-そうだね、楽しみにしてて!
きっと遠くない未来で喜ぶクルーシャ様が楽しみだ。




