思い出話
いつも読んでくださりありがとうございます。
今回の話ですが暗い話、暴力的な話が苦手な方は飛ばしてください。読まなくても問題はありません。
以上、注意事項でした。
母親に次いで父親も死んだ。
母は闘病の末、父はかさんだ医療費の支払いため昼夜関係なく働き尽くし、最後は工事現場の事故で呆気なく旅立った。
本宮李奈、8歳のときだった。
損害賠償金?慰謝料?生命保険?よく分からないが父親が亡くなった際に多くお金が入ってくるらしい。
そのおかげでか、今まで存在すら知らなかった親戚に会うことになった。
「李奈ちゃん、ひとりぼっちになって可哀想に」
「うちにおいで」
「いいえ、私が引き取ります」
式の間、親戚達が揉めているの遺影を抱えながら遠くに聞いていた。
母の時は1人も来なかったのに。
父が亡くなって1週間も経たず、引き取り先が決まった。母親の親族だと紹介され、その家で暮らすようになった。
今までの貧乏暮らしが嘘のように豊かな生活を手に入れた。しかし義父母は共に冷たい目をして、私を決して受け入れてはくれなかった。
「おはようございます」
「いってきます」
「ただいま」
「おやすみなさい」
返事はなく、食事も机の上に用意された冷たいご飯をひとりぼっちで食べる。
父親は仕事で忙しくはしていたが1日に1回は必ず話をしたし、食事もした。
父親が恋しく泣きそうになるが、この家でのルールに父親の話をするなとあったため、ぐっと歯を食いしばって悲しみをたった1人で耐えた。
でも大丈夫だった。
「李奈ちゃん、今日も1人かい?」
「李奈ちゃん、うちでお菓子でも食べていくかい?」
「李奈ちゃん、気をつけてお家までかえるんだよ」
通学路の老夫婦、公園で子供を遊ばせているママさん達、交番の警官のお姉さん。
学校から家までの通学路、外を歩けば色んな人から声をかけられた。おかげで寂しさに捕えられずにいた。
「今日はヒロアキが帰ってくる日だ。早く家に来なさい」
義母達がたまに話しかけてくる時があった。主に彼らの息子のヒロアキについてだった。
彼は25歳ぐらいでお医者様らしい。普段は病院の寮で暮らしているが、こうやって月に数回帰ってきていた。
その日だけは学校まで義母が迎えに来て寄り道することなく家に戻る。
「これに着替えなさい。ヒロアキが用意してくれたんだ」
お礼を言うように、と念をおされ普段着ないワンピースを着せられた。
「ただいま」
「おかえりなさい、ヒロアキ兄さん」
そして彼を出迎えるのは私の役目。にっこり微笑んで彼を「兄さん」と呼ぶ。
「ただいま、李奈」
彼もにこりと微笑んで私の頭を撫でてくれる。そしてそっと抱きかかえられ居間へと入る。
居間では義母が忙しそうにお茶の準備をし、義父が落ち着かない様子で汗を流しながら既に席についていた。
「ただいま、父さん母さん。変わりはない?」
「も、もちろんだとも」
抱えられたまま席に着いたため、私は彼の膝の上に座らされた。
「李奈も何も無かった?」
「うん、毎日楽しいよ兄さん」
「そうか、それなら良かった」
整えられた髪を長い指で梳かれる。そうしながら彼の近況を聞く。
話しぶりから若いながら幹部候補らしくエリートらしい。この辺りはよく分からなかった。
ただ義父が目をキラキラさせながら話を聞き、義母は目を潤ませながら何度も相槌を打っていた。
「あれ…?李奈。この傷は…?」
和やかに進んでいた会話がビシッと音を立てて固まったかのようだ。
彼の手はスカートから伸びた足の膝にあった。
「こ、れは、転んでしまって…」
「どこで?」
「…学校の帰り道で」
そう、と返事をすると義母に視線を向ける。
「ねぇ母さん。李奈が怪我をしていたの知っていた?」
「!…知らなかったわ」
「そうだよね。知っていたら手当ぐらいしてくれるよね?それとも俺の時のようにあえて放置したの?」
「違うわ!」
「そうだ、ヒロアキ!そいつは何も言わない!そのせいで知らなかったんだ!」
「李奈をソイツと呼ぶな」
「ひっ!す、すまない…」
「に、兄さん、ヒロアキ兄さん!見てこの服!」
あまりの剣幕に何とかしなくてはと思い、膝から降りくるりとスカートをひらめかせながら一回転して見せた。
「ヒロアキ兄さんがプレゼントしてくれた服だよ。似合うかな?」
「…あぁ李奈。似合っている、可愛いよ」
「本当?!ありがとう兄さん!」
ギュッと兄に抱きつく。ニコニコと場違いな笑顔を浮かべながら。
「よしよし、本当にいいこだね、李奈」
頭を何回も撫でられる。そんな様子を怯えた瞳で義父母が見ていた。
これが、この家の日常だった。
普段は居ないものとして扱われ、たまに帰ってくる兄に愛でられる。
そんな日々が1年ほどすぎた頃だった。
今日はヒロアキ兄さんの帰宅日。いつものように学校の校門で義母の車を待っていた。
「おばあさん?」
門の近くにいつも挨拶をするおばあさんが座り込んでいた。
「おや…李奈ちゃん。学校はおわったのかい?」
「そうだよ。おばあさんはなにしているの?」
「買い物に出たんだけど帰り道で転んでしまってね…ちょっと休んでいるんだよ」
おばあさんは長い裾のスカートの上から膝を撫でた。たぶん、怪我をしているんだろう。血が滲んでいた。
「おやおや李奈ちゃん大丈夫だよ、心配しないで。ちょっと休すめば歩けるようになるから」
おばあさんは私が何度かこうして義母を待っていることを知っていた。だから気にしないようにと配慮してくれたんだろう。
でも、今の時期夕方に差し掛かっているとはいえ日差しはキツい。熱中症とかになってしまうかもしれない。ここは日陰すらない、アスファルトの上なんだから。
「おばあさんのお家まで近いし送っていくよ!おかあさんにはあとでちゃんと説明するから大丈夫だよ」
遠慮するおばあさんの大きな荷物を抱えて手を取る。
多分、平気だ。きちんと謝れば許してくれる。兄さんにも謝って、いつも通りだ。
たまにふらつくおばあさんを支えながらおばあさんの家へと着いた。
「おばあさん、荷物家の中に入れておくね」
「本当に助かったよ、ありがとうね。でもあとは大丈夫だから早くお戻り」
まだ足を引きづっているおばあさんが気がかりだった。手当とかしてあげたかったが、義母がどうなっているか気になった。
「ごめんね、おばあさん!またお見舞いにくるから!またね!」
慌てて玄関を飛び出して元の道を走る。
おばあさんの家まで10分程度。往復だと20分ぐらい。
汗まみれになりながら門まで来たが、そこにあるであろう車はなかった。
「…あれ…?まだ、来てない…?」
はぁはぁと息を整えながら辺りを見渡すがやはり見当たらない。
ハンカチで吹き出る汗を拭きながらさらに待ったが義母来る気配はなかった。
おかしい、と思いながら家に帰ることにした。もしかすると先に帰ってしまっただけかもしれない。
そう思いながら早歩きで、いつもの公園に差し掛かった頃辺りから誰かの声が聞こえた。
揉めているのかな?随分大きな怒鳴り声だ。
公園を抜けた先交番からその声は漏れていた。
「だから!義娘がいなくなった!早くさがしてくれ!」
「早く見つけないと!ヒロアキが…!」
「分かりましたので…!我々で辺りを確認しますのでお待ちください」
「早くしろ!早く早く、見つけないと…」
「お義父さん?お義母さん?」
怒鳴り声の主は義父母だった。
真っ青な顔をして警官のお姉さんとおじさんに縋るように助けを求めていた。
私の声が聞こえたんだろう、ピタリと動きを止めた2人がゆっくりとこちらを振り向く。
「この…りいな!!!」
パンッ
音がしたと思ったら、次の瞬間には道路の上に転がっていた。
頬からは強烈な痛みがする。
「お前がァ!!お前がいなくなったりするから!」
「りいな!お前!逃げたのか?!そうなんだろう!?」
転がっている私に飛び乗ろうとする義母を既のところで警察官に止める。
「…ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
怒り狂う2人を前に痛みをこらえ私は謝罪するしかなかった。
そこから落ち着いた義父母に連れられて家に帰ったが、待ち構えていたのは兄だった。
「ねぇ…李奈。僕から逃げようとしたの?それともこいつらが嫌になって逃げたの?」
「…ごめんなさいごめんなさい」
「謝ってばかりじゃ何も分からないよ?大丈夫、何があっても僕は李奈の味方だから」
いつものように抱き締められる。安心する温もりではない。いつもは抑えれるのに今日は無理だ。ガクガクと震えて止まらない。
「うん…よっぽど怖い思いをしたんだね、可哀想に。殴られたんだね、アイツに?」
甘い声で私の耳元で囁きながら視線は玄関でずっと立っていた義父母に向いていた。
「ソイツが逃げようとしたんだ!それを父さんお母さんは必死に止めたんだ!」
「そ、そうよ、ヒロアキ!父さんも、母さんもお前のために…」
「それで、殴って止めたの…?」
背筋がゾクリとした。兄が怒っている。義父母が怯えている。私は、震えることしか出来なかった。
「あぁ…大丈夫だよ、李奈。あとは僕が全部何とかしてあげるからね。可愛い…可愛い、僕の、李奈」
持ち上げられ、階段を上り兄の部屋に入れられる。階下からは許しを乞う声が聞こえる。
ギィっと音を立てたドアは続いて鍵をかける音がして、全ての音はなくなった。
その後のことはよく分からない。
何日なのか分からなくなるぐらい、部屋に閉じ込められた。
部屋には兄しか入ってこない。
部屋を出る時は兄と一緒。離れることは許されない。
そして呪いのように囁いた。
「可愛い李奈。私だけの李奈。ずっと一緒だよ…」




