こうやって楽しく過ごせるの素敵でしょう?
「クルーシャ嬢様、もうすぐ街ですよ。あと少し頑張ってください」
コンコンと馬車前方の小窓をノックされジェイが励ましてくれる。
あっジェイって言うのはこの馬車の御者さん。あの昼休みの一件からだいぶ打ち解けちょっとづつ話すようになった。
あと私が直ぐに気持ち悪くなるせいで休憩も多く、もう1人の荷馬車の御者、ピーターとも仲良くなってる。
「ジェイありがとうございます。あと少し…はぁ…しんどいですね」
「ははは、あと三日も馬車とかクルーシャ嬢様大変ですね」
そうなのだ。領地への道のり、馬車で3日だって。クルーシャから聞いた時本当に絶望したわ。
「でも大分慣れてきましたし、ジェイとお話できるのもいい気分転換になります。ありがとうございます」
「いや、こっちこそ。まさか貴族令嬢様と楽しく会話できるとは思ってもみませんでした」
ジェイとピーターは平民の出でカルフェーネ家に運転手兼護衛として雇われており、普段接することの多いアルフレッドとはこのような会話は一切しないようだ。
でもクルーシャは自分に優しくしてくれた彼のことが随分気に入った様子だし、平民暮らしにも興味深々で乗り物酔いで気持ち悪がる私を放って質問しろとうるさく騒いでいた。
そんなクルーシャは絶賛、
-…りぃ…大丈夫ですか…?わたし…りぃにいっぱい辛い思いさせましたよね?…私最低ですよね…?嫌いなりましたか…?
ネガティブモードだ。
-大丈夫よ。言ったでしょ?ルーシャが楽しくしているならそれが一番嬉しいって。
-じゃあ、嫌いじゃありませんか?
-好きよ好き。嫌いになんてならないわ。
-りぃー!!!
この子ってばちょっと子供っぽいよね?
ジェイとの会話でも気づいたけど、随分世間知らずの箱入りお嬢様。
しかも金庫とか厳重にしまってあるタイプのやつ。嫁に出すために綺麗な箱に入れるんじゃなくて、もう厳重保管ですっていうレベルだ。
「今日泊まる街が見えましたよ」
ジェイから希望の声が掛かる。思わず窓に張り付いて外の様子を見る。
先程の森、草むらという景色から大分家が増えてきた印象だ。
夕刻前ということもありまだ農作業中の人達がいるが、道路には荷馬車も多く通っている。この先の門を目指しているようだ。
-街だー!今日ここの宿で泊まるんだよね?
-はい!学園都市リジェートに比べると小さいですが綺麗な街ですよ!
-ふふふー楽しみー!まだ明るしい、観光とかしていいかな?
-観光…街見物ですか?いいと思いますが…。
-どうしたの?
-いえ、この見た目のせいかジロジロと見られることもありますから…。
そっか。クルーシャにとって学園でも街でも一緒なんだ。
奇異な目で見られる視線で刺されるって言うのは精神から傷つく感じだからね。
クルーシャが嫌がるなら行きたくはないが、私には街で調べたいことがあるんだよな…どうしよう…。
-あの、私のことは気にしないでください。りぃにはこちらの世界、少しでも楽しんで欲しいです。
-ありがとうルーシャ。じゃあお言葉に甘えて出かけるけど辛かったら絶対言って。すぐ帰るし、何か言ってくる奴がいたら言い返してやるからね!
-まぁ!りぃってば!
カポカポと馬車は進み、クルーシャと話している間に街の中、宿の前まで到着していた。
途中で先行したドロシーちゃん達の荷馬車が既に宿の外に止まっている。
ガチャンと小さめな馬車のドアが開く。
「クルーシャ嬢様、到着ですよ」
「ありがとうございます」
ドアを明けジェイがこちらに手を伸ばしエスコートしてくれる。
何回目かの休憩の際乗り物酔いと相まって体重支えられない事件があり、数段しかない馬車の階段を踏み外したことがあった。そこから下車する際は必ずジェイが手を取って支えてくれている。
クルーシャは力も体力もなくって私の根性でなんとかしている点もあって、男の人の力を借りれるのは本当に助かっている。
最初のうちはドロシーちゃんが渋い顔をしていたが、世間的には婚約破棄もしているし、私が助かる有難いってな感じことを告げたら黙認してくれることになった。
ほら、今も宿のドアの前で大人しく待ってくれている。
「クルーシャ様、お疲れ様でした。お部屋は整えてございます」
「ありがとう、ドロシー。お部屋に行く前に少し待ってもらっていい?」
くるりと振り返り馬車の前方、馬に近づく。
「今日は一日ありがとう。また明日もよろしくね」
ヨシヨシと首筋を撫でると右側の子も撫でろと言わんばかりに身体を擦り寄らせてくる。
わたしってば昔っから動物に懐かれやすいんだよね。動物大好き、出来れば撫で回したい私としてはウィン・ウィンの関係だと思ってる。
もう一頭も気が済むまで撫でてお別れするとそんな様子を見ていたピーターが声をかけてくる。
「本当にクルーシャ様は馬に好かれていますよね。荷馬車のやつまでこっちを羨ましそうに見てますよ」
「ふふふ、じゃああっちの子も撫でてあげないと」
「いいえ、甘やかしすぎはいけませんのでまた明日よろしくお願いします」
「わかりました。ではピーター、ジェイももうひと仕事よろしくお願いね」
「かしこまりました」
ドロシーちゃんに連れられお部屋に通される。大きなベッドにテーブルや椅子なんかの調度品もアンティーク調でかわいい。
「夕食までお時間ありますのでごゆっくりお休みください」
「あっでは私少し街を見て歩きたいのですが」
「マチヲミテアルク…」
どうしたドロシーちゃん。
壊れたロボットみたいになってるよ?
-恐らく、私が外に出たいと言ったから驚いたんでしょうね。
-こんなに驚くの?!ルーシャってばどれだけ引きこもってたの?!
-できる限り、ですね。
ドヤっとしないの!
「マチアルキ…街歩き…。もちろん…大丈夫…。気分転換…気分転換ですね!!!いいと思います!色々見て回って楽しい思い出でいっぱいにしましょう!」
「ありがとうドロシー!ではいってきます!」
早速とドアを開けて宿の玄関に向かおうと思ったがドロシーちゃんがドアを通せんぼしている。
「わたくめもついて行きます。お待ちください」
有無を言わせず、部屋にステイ命令が発動された。
必死の剣幕のドロシーちゃんに気圧されて大人しく待つ。
-お買い物とかできるかな?ルーシャはお金とか持ってるの?
-ドロシーが持っていますよ。
-ルーシャのお金は?
詳しく聞くとクルーシャ自身で買い物とかしたことが無いんだって。いつも必要なものなんかは侍女や従者に買い物に行ってもらって、服とかは全ておじい様とお義兄様からの贈り物らしい。お嬢様だなー。
-街歩きは…やはり少し怖いですがりぃと一緒ですから。ちょっと…楽しみです。
-うん!2人で色々見て回ろう!
メイド服から軽装に着替えたドロシーちゃんが準備が出来たと予備に来てくれて宿を出た。
宿は街のほぼ中心にあり、お店なんかもこの辺りに集中してるんだって。
あまり歩かなくてすむのは助かるな。クルーシャの身体に慣れてきたとはいえ、体力なしに加え重たいものは重たいのだ。
「クルーシャ嬢様!」
宿屋の前に同じく着替えたジェイとピーターがいた。
「どうされたんですか?」
「街歩きをなさるんでしょう?護衛ですよ」
と、ジャケットの内側に忍ばせてあったナイフを見せてくれた。でも2人は道中の護衛が仕事だからこれは業務外労働では…?
「仕事が終わったあとなのに…付き合わせてしまってごめんなさい」
「いや!俺らも街ぶらつこうかって話してたところでしたし」
「そう!ピーターがうまいもん食いたいって」
「おい!ジェイもだろうが!」
楽しく掛け合ってはいるがやはり私の護衛のためについてきてくれるんだろう。申し訳ないな…。
「いいんですよ、クルーシャ様。彼らはそれが仕事ですから存分にこき使ってやりましょう!荷物持ちには最適ですよ!…それにどちらか1人にとお願いしたのに2人揃ってついてくるって言い出したのはあちらですし」
クルーシャ様とご一緒したいそうですよ、とこっそり教えてもらった。
そうなの?なんか、ちょっと嬉しいな。私が嬉しいって思うんだもの、クルーシャはもっとだろうな。
「じゃあ参りましょう!」
ドロシーちゃんの手を取り颯爽と歩き出すと後ろから2人が着いてきてくれる。
身長差のせいでドロシーちゃんが振り回されているようになっちゃうけど気にしない。
街を歩くとクルーシャの言った通り街の人の不躾な視線が痛かったけど、クルーシャ程じゃないけど身長高めなジェイや、ガタイの良いピーターが自然にカバーしてくれてそこまで気になることは無かった。
おかげで欲しかった暗めな色ダークグリーンのちょっと長めの上着も買えた。いや、サイズが合わなすぎてめちゃめちゃ歩き回ったけどさ。
あと食材を買い出しするドロシーちゃんのおかげでどういった物が売っているのかなんかが分かった。そのついでにオリーブ油と蜂蜜を買ってもらった。
この世界にもあるんだと思いつつ、案外異世界っていっても変わらないことが多いことに改めて安心した。
それから飲み屋に行くというジェイ達と別れ、私もクルーシャも大満足な街歩きで幕を閉じた。