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幕間

 月高く『竹笹も寝静まる》』頃、竹切り屋の窓から薄明かりが漏れた。


「……やーっとだよ。ったく、忙しい一日だったねぇ」


 竹畳にどっかり腰を下ろすと、プティーはさっそく竹煙管を取り出した。

 竹上アップタウンの拳闘で勝利宣言を受け、アヅマとプティーは旅に備えると称して家に引き返してきていた。

 海を跨いでトーキョーを目指す。メリアによれば追手つき。楽な旅程ではない。地図に手形に木賃やら、考えうる旅の道具はジャックが用意してくれるらしいが、


「……トラップ・バンブー……アテはあるか?」


 アヅマの心配は旅よりもむしろ、メリアが生やしたデビル・バンブーの処理だった。中庭のトラップ・バンブーはあらかた伐っておいたが、明日、明後日と数日にわたって伐りつづけなければ竹を殺すことはできない。

 パチン、と火打を鳴らし、プティーが細く、長く煙を吹いた。


「とりあえずビスキーには言っといたし、紹介もしといた。ほら、前に手伝ってもらった連中、覚えてるかい?」

「……忘れた。だが、頼んであるならいい」


 苦笑するプティーには目もくれず、アヅマは布団を敷き始める。明日は早い。旅に出る前に家の周りの竹止めを厚くしておきたいし、畑の様子も見ておかなくてはならない。もちろん、刀とプティーのククリの調子も確かめたいし、十分に休息を――、

 カンッ、と小気味良い音を立て、プティーが煙管の灰を捨てた。


「さて――と、だ」


 プティーは背後の棚から小さな竹行李たけこうりを引き寄せた。


「アヅマ、こっちに来て手ぇ見せてみな」

「……手当なら受けたが」

「だぁーめだって。オークスの手当なんざ信用できるもんかい。見せなよ」

「……分かった」


 アヅマは右手に巻かれた布切れを解き、プティーの前に腰を下ろした。手の甲のちょうど中心あたりに赤黒い点があり、触れば分かる程度に腫れていた。


「あーあーあー、ほら見ろ言わんこっちゃない。まったく……無茶すんなって」


 ぶつくさ言いつつ、プティーは白っぽい軟膏を指で掬い取り、傷を覆うように塗りつけた。デビル・バンブーが竹稈に溜め込む雫で作った薬で、打ち身や擦り傷、切り傷に発熱にと、症状に合わせていくつか常備されている。

 アヅマは肌に感じるピリピリとした刺激に口中で唸り、プティーの顔色を窺った。形の良い眉は不機嫌に寄り合い、傷を見つめる瞳は険しい。怒っている。

 怒りたくなるのも分かるが、納得はいかない。


「……無茶というなら……プティー」


 一度もしたことがない応用をいきなりの実戦で試す。たしかに無茶だ。しかも素手でできやしないかと試した。ふたつ重なれば文句の言いようもない。だが――、

 王への一撃。ジャックにククリを投げつけるのも無茶がすぎる。美しい飛剣ではあったが、首を刎ねていれば、今頃ふたり揃って墓の下ということもないではない。

 プティーは鼻で息をつき、煮沸した笹葉をアヅマの手の甲に巻いていく。


「まぁ、言い訳のしようもないやね。躰が勝手に動いたってやつさ」

「無念無想か。ならば仕方ない」


 頭は余計なことを考えすぎる。保身や、理想や、欲望や――本当にすべきこと、したいことは躰が一番知っている。

 あっさり説教を切り上げたアヅマに、プティーは片頬を膨らし胡坐に手を突く。


「……なんで断ったのさ」

「上手くやれと言ったのはプティーだ。上手くやれると思った。それだけだ」

「そういう意味で言ったんじゃないんだけどねぇ……」

「では、どういう意味だったんだ」


 アヅマは真っ直ぐプティーの瞳を見つめる。いつも挑戦的な茶色い瞳がしばらく視線を受け止め、ふいに竹細工の行灯あんどんへと逃げていく。


「別にいいさ。終わったことだしね」

「そうか」


 アヅマは笹葉の上に巻き直された包帯に視線を落とし、また顔を上げる。


「ありがとう。プティー」

「……はいはい、礼だきゃ受けとっとくよ」


 プティーは躰ごとくるりと窓を向き、ふたたび煙管を取った。


「ま、無事で良かったよ」


 フーッ、と滑るように伸びる煙。ゆっくりと窓辺へと流れ、やがて消える。

 アヅマは窓の格子へ吸い込まれている煙を見つめ、呟いた。


「ジャック・王……話には聞いていたが、面倒な男だな」

「……だねぇ。しかも、あれで腕も立ちやがる。気づいたかい? あいつ――」

「ああ。目で追っていた」


 プティーがククリを抜くのも、投げるのも、そして飛んでくる刃も。アヅマを狙った銃撃にしても、寸分違わず額を狙って撃ってきた。


「姓からするとバンブーズのようにも思えるが……」

「ビスキーから聞いた話じゃ、妾の子らしいけどね。そっから、あすこまで昇りきったんなら、好きゃあしないが大したもんだ。化け(もん)って言ってもいいやね」

「うん。底が知れない」


 オークスとバンブーズの間の子(バスタード)は多いが、大抵はバンブーズの側にくくられる。まして姓がバンブーズ由来のものとなれば、いかに見た目が違えど、竹の内側に居つづけるのは難しい。

 それが、竹の内に暮らすどころか、名ばかりの長とはいえ市長すら手玉としている。

 はたして、メリアを置いてきてよかったものか。

 闇夜に乗じ、すべてを無かったことにしやしないだろうかか。

 アヅマの前に、濃密な煙が漂う。


「流石に手ぇ出しゃしないだろうさ。手前ぇの商いにも関わるだろうしね」


 迷いを見透かすような一言に感心し、アヅマは瞼を落とす。


「うん。となると――」

「明日からの道筋かい? 悩みが尽きないやね」

「……考えすぎか?」

「追手があると言われちゃあね。あたしだって人なんか斬りたかないさ」


 翌朝、バンブー・ヒルを通る蒸気機関車ロコモーションに乗る手筈になっている。特殊な竹炭を使う車で、竹藪を突き抜ける専用の道を行くということで、人夫や馬車より遥かに早いとされている。

 逆に言えば、通る場所も時間も予想しやすい。

 まして身内に裏切り者がいて、追手があり、バンブーズは信用できないとくる。


「どこまで伝わっていると思う?」

「ジャックがねぇ……ああも大ぴらにやられちゃ、必ずどっかで伝わるだろうね」


 アップタウンでの大騒ぎ。メリアは玉座の傍らに座らされていた。あの場にいたバンブーズは全員、彼女の顔を認識していたはずだ。トーキョーを目指しているであろうことはすでに知られているとして、ロコモーションを使うと気づくだろうか。


「……車内ではプティーに任す。いいか?」


 聞く限り、ロコモーションの車内は刀を振り回すに適さない。

 プティーは知っていたと言わんばかりに頷き、腕を組んだ。


「もちろんさ。守るにゃ守るつもりだよ。けどね――」

「けれど、なんだ?」

「ホントのホントのいざってときにゃ、なにを優先するべきか――ってね」


 カッ、と灰を落とす音が響いた。

 アヅマはプティーの腕を認めているし、逆もまた然り。竹切りでは互いに目を光らせるが、余人の護衛となると話も変わる。

 メリアは、自分自身を守ることすら覚束ない。

 ビスキーとて同じだ。

 ふたつの大荷物を背負って旅に出るとは、ぞっとしないものだ。

 窓へと抜けていく煙をしばし見詰め、アヅマは腰をあげた。


「そんな時、こさせるつもりはないが……もしそうなれば、己に従ってくれ」

「……そいつぁ、ちっとばかしズルかないかい?」

他人ひとに決めさせるほうが卑怯だ」


 アヅマは包帯の巻かれた右手をひと撫でし、薄ぺらい布団に潜り込んだ。


「……が、卑怯に勝る剛胆もない。俺には、生きてくれ、としか言えない」

「嬉しいこと言ってくれるじゃないのさ」

「立場が逆なら、プティーもそう言う」


 ふたりでひとつの竹切り屋。どちらが欠けても先はない。

 姿勢正しく寝床につく相棒を一瞥し、プティーが小さく鼻を鳴らした。


「今日は冷えるねぇ……メリア様のご相伴にゃ預かれなかったことだし、一杯ひっかけてから寝ようか」

「……酒は寝覚めを悪くする。この時間だ、やりたければひとりで頼む」

「……この、いけず」


 不貞腐れるように言い、プティーは行灯の火を吹き消した。

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