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12:俺と彼女とデート(前編)





「俺が行きたいデート?」


 突然そんなことを言われても困る。


「そう!」


 響花は立ち上がり窓とカーテンを閉めると、電気をつけた。月明かりが差し込んでいた部屋はたちまち文明の利器の光で満ちる。


「光太郎さん、お仕事忙しいしストレス溜まってたりしない? 気晴らしに行こうよ!」


「気晴らし……ねぇ」


 そういえば最近そういうことをしたのは何時だっただろうか。


 何が映るわけでもないのに、麦茶が入ったコップを持ち、睨むようにして水面に視線を落とす。


 もう長いこと、気晴らしとか考えて出掛けたことはない気がした。


「どこか行きたいところとか無い?」


「行きたいところ……」


 考える。


 考えて……ハッと思い出す。


「そうだ、ドラッグストア」


「…………え?」


 響花の目が点になった。


「トイレットペーパーが切れそうだったんだ」


「光太郎さん、ひょっとしてギャグで言ってる? 面白くないよ?」


「ギャグじゃないけどひでぇ言われようだな」


 大真面目に言った分、ちょっと傷ついた。


「そういう生活必需品買うような場所じゃなくて! 気晴らしだよ?」


 響花がテーブルを挟んで俺の対面って頬杖をつく。


「なんか、ここ行ってみたかったなーとか、この映画見たかったんだよなとか、ここのご飯食べに行きたかったとか」


 どうなの? とその目が問うてくる。


「うーん……」


 俺は腕を組み、考える。


 行ってみたい場所? 桜はとっくに散って青々しい葉が見事に生い茂り花見なんて季節ではなく、かといって海に行くなんて季節には遠い。


「ううん……」


 眉根を寄せる。


 映画とか十年以上見に行っていない。時たま土曜のロードショーを見るぐらいでたいして興味もない。


「…………」


 とうとう眉間にを押さえる。


 食べに行きたい店? 某男一人で食べに行くドラマは惹かれるものがあったが店が近場にあるとは思えないし、ドラマの影響で繁盛しており並ぶとも聞いた。


 最終的に俺は指を組みそこに口を押し付ける形で黙ってしまった。


 そもそも俺が行きたいかもわからない場所に連れていって、響花は楽しめるんだろうか?


「ほ、本当に何も思い付かないの?」


 戸惑うような、心配するような声が向かいから聞こえる。


「思い付かん。というか、お前が楽しめるのか全くわからん」


 呻くようにそう言うと。ため息が聞こえてきた。


「光太郎さん」


「うん?」


「どこか見に行けば、その土地の事を話せるし、映画を見に行けば、面白くてもつまらなくてもネタになるじゃない。ご飯を食べに行けば、食べ比べしたり、美味しくても不味くても、やっぱり話のネタになるじゃん?」


 俺は顔をあげて響花を見る。少し心配げな瞳がそこにはあった。


「言ったでしょ? 光太郎さんが行きたいデートだって。だから自由に選んで良いの。迷うようだったら相談に乗ってあげる。そういうのも含めてデートの醍醐味だと思うな」


「そう言うものか?」


「そういうものなんです」


 すっぱりと言い切られてしまった。


「光太郎さんが主役のデートなんだから、私はただの賑やかし。でも私は私で楽しんでやるし、もしダメだったらイジってやるんだから」


 と、彼女は自信たっぷりに笑って見せた。その笑顔が眩しくて、俺はつい目を逸らす。


「凄いな長島は。流石イマドキの女子高生は経験豊富だな」


「……ソ、ソンナコトナイデスヨ?」


 変な片言が聞こえてきて視線を戻すと、響花は明後日の方向を向いていた。


 まさか今まで言ったこと全部経験ゼロで言ってないだろうな? とジト目で見つめ、しかしまあ良いかと息をひとつ吐く。


 ただ、気になったことがある。


「長島。どうして長島はまた急にデートしたいなんて言い出したんだ?」


 聞くと響花は視線を戻し、少し迷うように「んー」と喉を鳴らすと、


「んっとね……あー……そう。少しでも恩返ししたかったんだ」


「恩返し?」


「うん。見ず知らずの私を置いてくれる恩」


「それについては対価払ってもらってるだろ。掃除とか、飯とか作って貰ってるし」


「そうかもしれないけど、私的には足りないと思ったのです。まる」


 ……さて、どうしたものか。


 響花はそう言うものの、多少なりとも恩義を感じているのはこちらも同じである。なるべくなら少しでも彼女が楽しめる場所でありたい。


 何かないものかと辺りを見渡し、レシピ本が目に入る。そこに書いてあった(おん)という文字が目に入り、ひとつ浮かんだものがあった。


「そうだ、温泉にいこう」




◇  ◇  ◇




 日本は全国色んな所に日帰りの温泉施設がある。特に関東は数も種類も多く、人々は癒しを求めてそこを訪れる。


 埼玉も例外ではなく、車で数十分走らせれば色んな温泉を選べる。


 勿論、埼玉からならばもう少し遠出して北上すれば草津他栃木の温泉があるし、南下すれば箱根、熱海を望める。日帰りもできなくはないのだが、出来なくはない程度で案外遠いため、行って帰るだけで疲れてしまう。


 しかし、有名な温泉街は無くとも、埼玉にも東京にも温泉はあるのだ。


 といっても俺は温泉マニアという訳でもないので、この温泉がいいとか、この温泉に行きたいなどの拘りは無い。だからウェブサイトで見つけた適当に星の高い温泉を目的地に定め、俺は響花を乗せ車を走らせた。


 場所は自宅から大体ナビの計算で一時間ほどの60km先の場所だ。


 空は生憎の曇天だったが、雨が降ってないだけマシだろう。


「光太郎さんって温泉好きなの?」


 何十個目か数える気にもならない信号に捕まったとき、スマホの画面から顔を上げ響花は聞いてきた。


「うーん……嫌いじゃない」


「わー、曖昧な答え」


「好きとか嫌いとか意識したこと無いな……。まあどちらかというと好きなんじゃないか? 温泉が嫌いな日本人ってそう居ないだろ」


「うーん、光太郎さんの主張が薄いコメントだけど……」


 やかましい。


 信号が青に代わり、俺はアクセルを踏む。年期の古い軽の愛車はアイドリングストップから復帰し、軽いエンジン音と共に踏み込んだアクセルに合わせて前に進む。


 四車線の国道は周りにも車は多く、右車線から高そうなセダン車が軽快に抜き去っていった。


「私は好きかも、光太郎さんが選んだ温泉」


 そのセダンに気を取られながら、耳にするりと入ってきた言葉に違和感を覚える。


 しかし、直ぐにその正体に気がついた。


「調べてたのか? これから行くところ」


「うん。凄いね。露天風呂だけじゃなくて、壺湯とか薬湯とか色々あるんだね」


「屋内にはたぶんジャグジーとかもあるんじゃないか」


「へぇ……光太郎さんよく行くの?」


「そういうお前は?」


 思わず質問に質問を返してしまい、しまったと気づく。だが言ってしまったものは仕方がない。


 しかし響花は気にもとめず答えてくれた。


「んー、私は小さい頃お母さんとお父さんに連れられてなんだっけ、お台場の……」


「大江戸浴場?」


「そう、そこ! でもそれぐらいかなぁ? あとは旅行先のホテルの大浴場とか」


「なるほどな。たぶん大江戸浴場よりはこじんまりしてるけど、ホテルよりは色んな種類の風呂があるかな」


「へぇー……で、光太郎さんはまたなんで温泉とか?」


「……デスクワークしてると肩とか腰とかよく凝るんだよ」


 肩を揉むと、骨なのか肉なのかよく分からない感覚が手に返ってくる。


「だからたまーに行って体を解すんだ。普段はもっと近場だけど」


「ふーん……──ん?」


 チラリと横を見れば響花は首を捻っていた。


「なんでいつも行くところにしなかったの?」


「む…………」


 追求の視線から逃れるように俺は前に視線を向ける。


 だが引いてくれない響花からの視線が俺の横顔に突き刺さる。その視線からさらに逃れるように前方の遠くの山に視線を移した。


「じぃー……」


 口で言うのやめなさい。


 俺は口の端をへの字に曲げると、


「……まあ一応デートだから。少しでも良さそうなところにしたんだよ」


 信号に捕まり、隣を見る。


 にっこにこ顔の響花がそこにいた。


「ふふ、ありがとう。光太郎さん」


「いざ着いてガッカリしても知らねえぞ」


 見栄を張るように俺はため息をつく。


 青に変わった信号と共に俺は再び前を向く。


「こ、光太郎さん!?」


 その俺に響花が慌てたような声を出す。


 なんだ、何かあったのか。


「ここの温泉、混浴無いよ!?」


「あるわけねぇだろっ!!」


 突っ込みをいれると彼女は舌を出しておどけて見せた。


 

 

 


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