42話 夢へまた一歩ですわ
リリアンナは早速執事喫茶の開店に向けて動き出した。用地を押さえ、人員を押さえる。それはめろでぃたいむ開店の時のノウハウが役にたった。しかし、リリアンナはここに来て行き詰まっていた。
「……なかなか難しいですわ」
「リリアンナ、顔色が優れないぞ。働き過ぎじゃないか?」
「うーん」
「また人が集まらないのか」
メイドカフェを作った時に一番苦労したのはキャスト集めだった。その時はハルトが奴隷商人を使ってまで人を集めたのだった。
「それならまた……」
「いいえ、人は集まっております」
「それじゃあ、何に困っているの?」
リリアンナはハルトをじっと見た。それでも黙っているリリアンナの手をハルトはそっと握った。
「僕らは夫婦だろ? 困った事は共有しないと」
「そう……ですわね」
リリアンナはハルトの言葉に頷いてようやっと口を開いた。
「実は、執事の教育に困ってますの」
「ほう」
「悔しいですけど……私のおもてなしの知識はメイドちゃんのものなのです。女の私から言っても伝わらない部分もあるみたいで……」
「そうか……でもリリアンナ、それはそんなに心配する事じゃないよ」
「……?」
話をきいたハルトが自信満々に答えるのを、不思議に思って首を傾げた。
「ほら、いい見本が後ろにいるじゃないか」
そう言ってハルトは片目を瞑った。
「こほん」
「……エドモンド!! そうだわ、どうして気づかなかったのかしら」
「私めは常に影に徹するのが職務ゆえ……」
「それでは執事喫茶の接客の監修をお願い出来ないかしら」
「奥様の頼み事でしたら喜んで!」
と、いう訳でこの道何十年のベテランが接客の教育係として協力する事になった。これで執事喫茶のオープンも問題なく行えそうである。
春を迎える頃、執事喫茶がワーズの街に誕生した。
「おひさしぶりね!! リリアンナ!」
早速知らせを受けてやってきたのは、リリアンナの親友ヴィヴィーである。
「あら、いつもの殿方は?」
「そんなもの、めろでぃたいむに置いてきたに決まってるわ! ……だってここは女性の為のお店でしょ?」
「まあそちらがメインですわね」
ヴィヴィーは店内を見渡した。執事喫茶の執事達は厳しい面接を経たイケメン揃いである。
「よく揃えたわ。リリアンナ」
「それはどうも」
「ふふふ、目の保養をしておきましょう」
「信望者の方々がそれを聞いたら泣きますよ」
「それなんだけどねー」
ヴィヴィーはふっとため息をついた。しかしすぐにはにかんだ笑顔を見せた。
「そろそろ一人に絞らないといけないみたい」
「あら、社交界の花が……」
「いい人よ。お金もあるしね」
「おめでとう、ヴィヴィー」
かつて王宮の社交界の百合と薔薇と呼ばれたリリアンナとヴィヴィー、そのどちらも落ち着く所に落ち着く時期が来たようだ。娘時代はかくも短く、そして美しかった。
「結婚式には呼ぶから来てね」
「ええ」
ヴィヴィーはイケメン執事に傅かれて満足げに執事喫茶を去っていった。
「まったく目まぐるしいこと、今生は」
仕事しかしてなかった前世と比べて、今は幸せだとリリアンナは思った。
「奥様、お便りが届いております」
「――は!?」
リリアンナは帰宅すると、エドモンドにそう言われて耳を疑った。リリアンナに手紙を寄越すモノなどヴィヴィーくらいだ。それも今日会ってきたばかりだし。
「なんでしょう……こ、これは……」
手紙を開いたリリアンナは息を飲んだ。
「どうしたリリアンナ」
「ハルト様……その……支援の申し出のお手紙ですわ」
「支援?」
「ええ、このワーズに劇場を作りたい、ひいては営業の許しと協力を仰ぎたい、と」
「げ、劇場……?」
この話にはハルトも度肝を抜かれた。ワーズに劇場を作ってどうする気だ、とも思わなくもない。
「なんで……?」
「ほら、漫画の。それを原作にした劇を専門に上映する劇場を作りたいそうですの」
「なるほどメディアミックスか」
「そう!! そうですわ!!」
リリアンナもそれを考えなかった訳ではなかった。しかし、メイドカフェ、書店を三店舗、さらに執事喫茶の経営と重なるなかで、そこまで手が回らなかったのである。それに劇場経営のノウハウもなかった。
「お申し出としてはとてもありがたいのですが……」
リリアンナは封筒をくるり、と裏返した。そこに印されているのはジョージ・コルビュジエ男爵という人物であった。
「知っている人かい?」
「うーん、名前くらいは……。広く事業やスポンサーをされている方ですわ」
とにかく会ってみない事には、となりリリアンナは返信をした。すぐにその返事が来て、コルビュジエ男爵みずからこのワーズに来ることになった。
「劇場……それが実現すれば……」
リリアンナの夢のエンターテインメント都市に向けて一歩近づく。
「旦那様、奥様。コルビュジエ男爵がお越しです」
「来た……」
ハルトとリリアンナは頷いて、男爵を出迎える為に立ち上がった。




