【理解不能殺人】
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♂3︰♀1︰不問1
冷静な男 ♂ セリフ数:6
狂った罪人 ♂ セリフ数:9
妖艶な同僚 ♀ セリフ数:7
気弱な後輩 ♂ セリフ数:8
ナレーション 不問 セリフ数:7
[あらすじ]《6分程度》
某日未明。とある殺人事件の犯人に関する資料を読んでいた男はどうにか犯人の思考を理解しようとしていた。そこへ新たな資料を持った同僚が入室してきた――。
【ナレーション】
男は古びた日記を開いた。
遠くで聞こえる喧騒を遮る為にヘッドフォンを付け、そこに並べ立てられた言葉を読み上げた。
【冷静な男】
7月19日、水曜日。
暑い日だった。これから夏本番といっても過言ではない。拭いても拭いても湧き出る汗に嫌気が差していた。
7月21日、金曜日。
向かいの家に人が越してきた。
若い夫婦のようだ。
7月25日、火曜日。
向かいの家はよく喧嘩をしているようだ。
泣き叫ぶ声や皿の割れる音がよくしている。
近所ではDVなのでは、なんてウワサが立っていた。
【ナレーション】
男は少し顔を上げる。
お世辞にも上手いとは言えない文字が書き綴ってある日記は乱暴に扱えば頁が破れてしまいそうだった。
【冷静な男】
7月26日、水曜日。
向かいの家の奥さんとスーパーで鉢合わせした。顔に大きな湿布を貼り付けていてこちらを見ると気まずそうにペコリと頭を下げられた。
【ナレーション】
そこまで読み上げた所で部屋のドアが開けられる。男はヘッドフォンを外して部屋に入ってきた人物を見遣った。
【妖艶な同僚】
これ、追加分ね。
っていうかそれ、まだ読んでるの?
【冷静な男】
どうにかあのおかしい奴の思考を理解しようと思ってな。
【妖艶な同僚】
無理じゃない?
だって被害者は身元がわからないくらい滅多刺しにされてたのに犯人はこう言ったのよ。
【狂った罪人】
そうした方が美しいと思って。
【妖艶な同僚】
・・・・・・。理解するなんて諦めた方がいいわよ?
【冷静な男】
・・・・・・日記を読み終わったらそっちを読む事にする。
【ナレーション】
そう言った男に同僚はああ、そう。と興味なさげに返事をして部屋を出ていった。
部屋に残された男は頁の少ない日記を捲った。
【冷静な男】
7月30日、日曜日。
向かいの家の奥さんはユリさんと言うらしい。綺麗だ、美しい。まるでガラス細工のように繊細で触れるのも烏滸がましい。
追記。
ユリさんは夫のDVに耐えているようだ。
どうにかしてやりたい。
どうにかしてやりたい、と思う気持ちもあるが湿布の下にあった痣に興奮したのも事実だ。
【ナレーション】
男は日記を閉じると同僚が置いていった『自供資料』に目を通した。そこには犯人と同僚と気弱で少し頼りない後輩とのやり取りが記されていた。
*
【狂った罪人】
最初はね、純粋な好意だったんだ。
【妖艶な同僚】
そうなの?
【狂った罪人】
そう。勘違いされやすいんだけどね。
ほらよくあるじゃないか。狂ってるやつは最初からおかしい、みたいな目。あういうのやめて欲しいよね、皆が皆、そうじゃないから。
【妖艶な同僚】
いつからそんな風になったの?
【狂った罪人】
いつからだろう。・・・気が付いたら、かな? いや、だってさ。
とても綺麗な人だったんだ。
とても繊細な人だったんだ。
とても傷付きやすい人だったんだ。
【気弱な後輩】
に、人間はみんなそうだと思いますよ
【狂った罪人】
ユリさんはね、違った。
精神的な傷つきじゃない。物理的な、肌の傷つき。かすり傷や打撲、痣。
夫にされてたDVの他にも傷が沢山あったよ。
それも美しいと思うようになったのは、むしろ必然かな。
【気弱な後輩】
こ、殺そうと思ったのはいつですか。
【狂った罪人】
うーん、あの瞬間だけかな。
ナイフを振り上げていた時はただ、傷をつけたいとだけ思ってたんだけど。そのナイフが彼女の心臓を刺した時、『殺してもいいかも』なんて思っちゃったんだ。
【妖艶な同僚】
(少し間を空けて)
そう。・・・殺してしまった後、後悔した?
【狂った罪人】
どうだろ。ああ、死んじゃったな。とは思ったけど・・・。後悔、か。・・・それは盲点だったな。
【気弱な後輩】
被害女性が――
【狂った罪人】
違うッ! ユリさんだッ!
美しい彼女の名を呼ばないなんて許さないッ!
【気弱な後輩】
ひ、ひぇ・・・!
え、えっと。ユリさんが死亡した後、身元も分からないほどにナイフで滅多刺しにしていますよね・・・?
その行動に、意味はあるのですか・・・?
【狂った罪人】
死んだ彼女が最も美しいと思って、だけれど物足りないと思ったんだ。
そうして『気がついたら』ナイフを持っていたから、最初に少しだけ傷付けてみたらね・・・。
納得したよ、英断だと思ったね。
繊細なガラス細工に小さな傷がついたようだった。完璧なものが一気に歪になったみたいだった。
【気弱な後輩】
あの、それでですね・・・。そのユリさんが――。
【狂った罪人】
爪の色も唇の色もどんどん変わっていくんだ、どんどん歪になっていくんだ。でもまだ足りないと思ったから『知らずのうちに』持っていたナイフで傷をつけたんだ。
【気弱な後輩】
せ、先輩・・・。
【妖艶な同僚】
聞こえてないわね・・・いいわ、ここで資料は終わりってことで。
【気弱な後輩】
は、はいっ
*
【ナレーション】
男は資料をテーブルへ投げつけると鼻で笑った。
そしてまた部屋のドアが開けられる。
資料の中で犯人に怒鳴られていた気弱な後輩が入ってくるところだった。
【気弱な後輩】
せ、先輩・・・。なにか分かりましたか?
【冷静な男】
・・・。
狂ってるやつは最初からおかしいよな。
【ナレーション】
男は既に理解する事を諦めていたのだった。
STORY END.