命の旅
ふと思う。特別な存在とはどういうものなのか。平凡な存在とはどういうものなのか。
私はこの問いに対する答えを持ち合わせてはいない。それは私自身が今までこの問題に興味が無いからだ。考えようともしてこなかった。
私がこの作品を書いてみたのは書いていく途中でこの話の中に生きた者たちの人生を覗いてみたいという下心である。
私は今の私以外の人生を体験は出来ない。ここで私は私には起こらなかった、もしくは起こる事は無いであろう人物になったつもりで話を書いて見ようと考えた。
この物語に出てくる人物は全て私であると言っても過言では無い。それは私が私の中での疑問とそれに対する私の回答を書いたに過ぎない。
だからこそこの物語は私自身であり、それをこの場で公開する事は私という人間の内面をさらけ出そうという行為に他ならない。
なのでもしかしたらあなたには私の浅い人生観の押し付けに捉えられるかも知れない。もしく自分とは違い世の中にはこの様な下らない事をする人間が存在するのだと思うかも知れない。そう思っても最後まで目を通して頂ければ幸いである。
風の中に湿り気を帯びた暑さが混ざるある日の昼下がりである。一滴一滴と黒い土の上に輝く雫が降り注ぐ。雨なのか?空を見上げればそこには小さく影を作る1人の老父である。
老父の口からはかすかに音となるのかならないのか定かではない息が漏れでており、小さく左右に揺れながら上がらぬ脚を器用にも浮かせ大地に落としている。そのまた目には不釣り合いな質量感のある鈍い音が地面を震わせる。
何年もこの男に踏み固められたのであろうか、それともこの男を労っているのであろうか、この男の前の前後にはこの男のためだけに敷かれた草の生えない道が伸びている。この男の行く道を指し示しているのであろうか、讃えているのであろうか、細くも荘厳なこの道の先にこの男の目指すものがあるのであろう。
この男こそパブ爺さんその人である。この老人、何を隠そうただの農夫。生まれてこのかた生まれ育った村を出ず、家を継ぎ、近所のこれまた平凡な村娘を娶り、俗世に疎く、酒も女も博打もしない、真面目を絵に描いたような男である。この男が何か特別かと言えばこの真面目さと偏屈さであろう。
この男、家業を継いでからというもの毎日欠かさずに畑へと出向く。収穫を終えて何も無い時でさえ畑へと出向く。嵐の日も妻が死んだも彼は毎日欠かさずに畑へと出向いた。彼にとって畑に行くという事は食事することや寝ることと同じなのだ。
武勲もなく、誰かに褒められるということもほとんどないこの男にとって畑とはなんであろう?
男はそんな疑問など全く持っていないかのように真っ直ぐ伸びる道を歩いて行った。
この話はまずあらすじから完成していたものを装飾したものである。なので話の本筋に凝るというよりは表現に重きをおいた。そのために表現が無駄に重くなったのでは無いかと思う。
これは私がこの物語にリアリティが欲しいと思ったからである。思考実験をする中で描写を細かくする事で精度の良いパブ爺さんとオニオンとの会話を生み出したいと思ったからである。この2人の会話は後から付け加えられた付属品である。なのでゴールは決まっていた。しかし決められた道に沿ってただ中身のない会話にしたくは無かった。なので彼らの人生観から私の人生をできる限り切り離し、独立させながらもその解答にいたる最もシンプルで重みのある言葉が欲しかった。
私の経験上喋っている中で思いもしない言葉が飛び出す事が多々あった。その中にはなぜそんな事を言ってしまったのか後悔するものもあれば私のレベルでは考えられない程優れた表現が生まれたこともあった。この作品に制作での2人の会話はこの私の霊的な直感の可能性を信じたからこそやろうと考えた。その試みが上手くいったかどうかはあなたにも判断をしていただきたい。
この作品は私がある青年にした軽口から生まれた。その人物がモデルとしたのはこの話の登場人物であるオニオンである。パブ爺さんにはモデルはいない。そもそもパブ爺さんとはオニオンを成長させるための装置として考えられた空想上の理想教師という立場だった。なので私の説教じみた心の一部であるとも言えなくは無い。しかし私はオニオンだけだ成長する物語にはしたくはなかった。私は私自身を成長させたかったのかも知れない。老い先短く成長を期待できない老人でさえ成長して欲しいと思う願望がわいたのた。
実際の老人は人の話を聞かず成長もしない存在であるとはしたくはなかった。それは私のどうしようもない祖父母への期待の表れだったのかもしれない。祖父母はすでに他界をしている。なので実際のところの老人が成長や変化を起こせるのか目の前で検証出来ていない。なのでこの話に出てくるパブ爺さんのような老人はいないとなるかもしれない。その点においてこの話は多大なる注意を払う必要がある。
私はこの話の登場人物全員が愛おしく尊い。それは私の中にあるオニオンという存在とパブ爺さんという存在に気付きを与えてくれた。そして私の世界を少し明るく照らしてくれた。この経験を与えてくれたオニオンのモデルになった青年やその青年をきっかけに出会えた多くの私の友人らにより私の世界は広がりを見せた。その彼らの影をこの作品の中に忍ばせたのは私にとってこの作品を一段と特別なものにしてくれた。この場を借りて感謝の言葉を彼らに送りたい。本当にありがとう。
そしてこの駄作に時間を割いて読んでもらったあなたにも大変感謝する。
願わくばこの作品より良い作品により多く出会える事を祈る。