006話 個々なる決意
カタログにあって服に着替えて
僕と桜さんは霧島さんが向かい合うように席を
回転させた車で移動している。
霧島さんは持っているタッチパネル式のタブレットで
何かしらを書いているようだ。
窓から景色は見えなかった……というか見せるつもりはないのだろう。
桜さんはというと車の中をあちこち、
見ながらひっきりなしに僕の手を掴んでいる。
この方が安心するようだった。
だが僕の今の問題はそれだけでなかった。
カタログの服に着替えるとき採寸してから着た。
…そのはずだ。
パンツやブラジャーといった下着類もある。
だが何故だ。
隣にいる桜さんの夢のγ谷が見えてしまっている。
抱き締められたときも思ったが彼女は
その…胸が巨の方らしい。
そのため彼女が何かを聞いてきたりしたときに
目をどこに合わせるかが大変なのだ。
胸以外に、と下に目を合わせれば彼女は
カタログのなかでもおしゃれ重視だったのだろう。
スカートなのだ。
そのために白いすらりとした足が見えてしまっている。
顔を見ればすごく美人で、だが幼い印象がある。
そう。
僕が言いたいのはつまり。
横にひっきりなしに僕の手を掴んでくる
美少女がいるということだ。
だからといって目の前にいる霧島さんとも
目を合わせたくはない。
嫌いとかそういうのではない。
ただこれ以上に心配はかけさせたくないんだ。
とそう自分のなかの葛藤と戦ってるうちに
木並家に辿りつく。話は通しているらしく、
着くなり木並家の前には護衛と見られる狩人が
複数配置された。
黒い車から僕と桜、霧島さんが降りた。
「君達は入らないでくれ」
そう護衛の人に話し家の中には育斗と桜、霧島の3名が入った。
居間には今回の事件を知った3人の姿があった。
木並家の父、母。そして娘である幼馴染みの唯だ。
唯は今回の事件を知ってすごく後悔したと語っていた。
あのとき止めておけば、と。
あの事件前に僕は唯と確かに話している。
そのために流してくれた涙と強い感情は
一生忘れることはないだろう。
そんな気がした。
「……でも良かった。
生きていて。……黄泉月さんだっけ?」
「あ、……はい。」
唯が桜さんに対して呟いた。
桜さんの顔は初対面だからなのかすごく赤面していた。
「これから…よろしくね。」
「すっ、すみま…」
「謝っては駄目。
これはあなた個人の問題じゃない。
手を取り合って一緒に乗り越えましょう、ね?」
と唯が立ち上がって桜さんの前に握手を求めた。
桜さんはどぎまぎしたがすっと握り返した。
それを見て唯も満足したようにえへへと笑った。
その後は今後について話された。
寮に入ること、そして狩人研修専門学校に入るに
当たって二人一組でペアで試験に当たること。
試験は基本実技らしい。
なお霧島からの情報で、
神の剣の臨床試験みたいなデータをとりたいのだという。
今まで契約できたものは僕以外いないらしく
かなり重宝されてしまっているようだ。
すると霧島さんが声を掛ける。
「少年、黄泉月桜と木並唯を連れて
この場から席を外してくれないか。」
ここは唯に言うんじゃないか…と思っていたが
二人は二人で談笑している。
桜さんは女子の同居人となる訳だしそれは確かにそうか、
と納得した。
僕は桜さんと唯と一緒に席を外して二階へと移動した。
軽く積荷はしたい。
そのためにまとめておくか。と考えながらであった。
「さて娘さんがいなくなったところで
重要な話があります。」
霧島は答えた。
それに木並家の夫である木並哲也は答える。
引き取ったとはいえ息子である育斗くんのこともある。
それなのにそれを今重要なときに
置いといて娘のことを話すのだ。
確かにそちらにも気になってしまう。
「娘が…何かされたのですか?」
妻の洋子が呟く。
それを見て霧島は続けた。
「身体的な異常や何かをした、ということはありません。
ですが…能力検査に陽性がありまして
能力があることが分かりました。」
ひとまず木並夫妻は安心した。
だがまだ問題がある。
それがどんな能力なのかと言うことだ。
能力によっても種類がある。
種類によっては危険視されることもあるからだ。
「二つ見つかりました。
一つは自分ではなく他者に見惚れさせることのできる
洗脳系能力、【他者恍惚】というものです。
今のところ危険性はなく無意識的な発動のようですが、
これが意識的にまた攻撃性を増せば
危険視されるようになります。
そして二つ目なのですが…質問があります。」
「な、…なんでしょうか?」
「娘さんは一度心肺停止状態などの
仮死状態に陥っていますか?」
少しの沈黙。
これは当たりだと霧島は確信した。
車に乗りながら見ていたデータにはそれが書いてあった。
まだ世界でも指で数えるくらいしか
いない二つ能力を持つ者。
そのどれもが一度仮死状態であることが
判明しているからだ。
結果は見事YESだった。
「昔小さい頃海水浴で溺れてしまったことがあって…
育斗くんが助けなかったら今頃は死んでいたでしょう。」
「あの少年が、ですか?」
「はい。人工呼吸までもしていち早く行動を
起こした勇敢な…息子です。」
と重く深く頷いた。
霧島はなかなかやるなと少年に関心を持った。
まぁ命に危険性が出てきたときだけか。
しかし、と霧島は考える。
能力は何も後天的に兼ね備えられるものじゃなく
必ず産まれた時に秘めている力だった。
能力の覚醒が起きればそこから能力者として能力が目覚めるのだが…
ではあの少年は一体いつ目覚めたのだろう?
やはりあの勝負のとき…?まぁ今は話すことが重要だ。
「さて言った二つ目の能力ですがこれについては
陽性反応がでただけでどんな能力なのかは
分かっていません。
まぁ様子見くらいで大丈夫ですよ。」
「もしもその能力で何かあった場合は…」
それは聞かなくとも分かるはずです。
とそう答えて二階にいる3人を呼んだ。
そして一先ず宿はこの場にしておき
明日迎えに来ると言いさらに
明日の実技試験のために英気を養っておけ、
と霧島は最後に締めくくった。
・
狩人、霧島勇吾との話の最中3人は
二階へと上がっていた。
僕はそのまま自分の部屋へ荷物の整理を、
唯と桜さんは2人で唯の部屋に入った。
ごちゃごちゃとした物をどけ
机の上にある遺書を手に取る。
あのとき…家を出た後に遺した物だ。
僕はそれを手にかける。
するとその下に紙がはらりとおちた。
「…?」
封筒の中には僕個人の全財産と遺書本体がある。
だから何かあった場合にと封筒は
開けたままにしているのだが…
「あっ」
唯の手書きメモだった。
「"どうしてあの時素直に言ってくれなかったの?
育斗お願い生きて-"
…僕こんなにも心配かけてたのか…」
続きは所々水に濡れたかのような染みがある。
いつも幼馴染みとして養子とはいえど
僕を兄妹として見てくれた唯のある意味
本音を交えたそのメモだった。
『入っていい?』
唯の声が扉の前に聞こえた。
僕は涙を拭くと目の前の荷物を片付け始めた。
いいよ、とだけ答えて。
「メモ…見てくれた?私も情けないよね。
あのとき見てたならって思っちゃう。
でも彼女をみてると…桜ちゃんを見てると
良かったなんても思う。
流石は私の王子様だよ。
海で溺れたとき覚えてる?」
僕はその問いに軽く頷いた。
今では少し恥ずかしい思い出でもあるし
…それにみんなの気持ちも知らずそれを無駄にした
思いに対する悔しさが心を駆け回っているからだ。
だから今唯の前に顔を出せない。
出したくない。
怒っているのか、喜んでいるのか悲しんでいるのか。
分からないから聞きながら整理をする。
「あのとき…だもんね。
でもまぁ私の初めてをそんなのに
奪われたのかって思うと情けないというか
何でそのタイミングなのだろうかなぁってさ。
…まぁ私は応援するよ桜ちゃんのこと頑張ってね。
自分の部屋に戻ってるから。何かあったら…ね。」
メモを拾い上げた唯は褐色の良い少し白めの
肌色に唇を綻んで無理やり微笑を浮かべた。
そしてメモを机の上に置くとそのまま部屋を後にした。
「…唯。」
メモにはすごく擦れた文字で書いてあった。
それだけで何が言いたいのかは分かっていた。
“大好きだよ育斗 お願い生きて帰ってきて”
・
唯は扉を閉めてその場でうずくまった。
そして褐色の良い肌に赤色を浮かべて
それを隠すように両手を額につける。
(どっどどどどうしよう!!?)
確かに遺書を見て驚いた。
でも驚いた後は後悔だけが募った。
学校であの目については少し引き気味というか
何かあったという気持ちはあったからだ。
だからといって…私はメモ用紙に何を記入したの?
生きて帰ってきてと書いたはずなのに。
ただの願いでもきっと帰ってくると思ったから?
だから…告白したの?
(溺れたときは確かに擦れ擦れに覚えているよ?
そっその唇と唇を重ね合わせて人工呼吸…)
そう思うだけですごく赤面してしまう。
養子に来ると言ったときよりも前から
物心ついたときから好きだった人に
人工呼吸という形でファーストキスは奪われている。
しかも好きだった、いや好きな人に!!!
「はぁ…やっと専門学校に行って諦めようって思ったのに…」
倫理上、養子とはいえど家族だ。
身内の結婚や付き合いなんて子供の冗談なんて
受け止められることが多い。
だから私はそれを考慮して考えを外そうと思ったのに…。
「どうしよう…。また好きになっちゃうよ
…でも本当に生きてて良かった…。」
後半はすごく途切れ途切れになる。
なぜだろう?
どうしてそんなに生きてて欲しいと願ったのか?
そんな疑問を他所にその答えはすぐ、思いつく。
それはだって…家族として義兄として
幼馴染みとして愛しているから。
これだけの理由では駄目なのかな?
『唯ちゃん?まだかな?』
はっと、我に返る。
そうだ、なんで私は立ち尽くしているんだ。
そう涙を拭いて自分の部屋にいる
桜ちゃんの所に行こうとする。
そのとき後ろの扉が開いた。
「唯。」
「いっ、育斗…。」
その場に硬直してしまう。
そのまま育斗になおったせいでその後ろの扉も開けられる。
桜ちゃんが様子見で開けたのだろう。
「唯ちゃん?あれ…どうしたの?2人とも…」
「唯!」
と育斗が唯の前に手を取り出す。
唯の妄想も止まらない。
とはいっても予想なのだが。
(だっ、抱き締めるの?!)
すると結果は意外だった。
遺書と書いた封筒を目の前で破ったのだ。
メモ用紙は含まれていない。
真新しい服のポケットに入っているのを見る。
中にあったお金ももちろん無い。
多分どこかに仕舞ったのだろう。
ただ遺書と書いた封筒と中にある本体を目の前で破り捨てた。
「こんなにも生きてて欲しいと願う人がいる。
その人のためにも生きなくちゃならない。
ごめん!唯の気持ちも考えずに
…これからは自分のためにも僕を応援してくれる
人のためにも生きると誓うよ」
と育斗は決心した目をした。
その目は濁っていなく純真な青い瞳をしていた。
(あっ…)
そっか育斗は考えていないんだ。いや。
気付いていないだけだね。
それでいい。
それで。
「うん。なら桜ちゃんのためにも自分のためにも
生きて頑張ってね。」
涙を拭いて答えた。
桜ちゃんは?マークを浮かべていたが二人を、
交互に見て微笑した。
・
「-それで、実技試験で2人でペアを組むんだ。」
と唯は育斗と桜を前にして話す。
遺書を破り捨てたあと育斗は桜さんから桜と呼び
桜は育斗くんから育斗へ…
唯も交えてくん・さん付けをやめて言い合うようになった。
「そうそう。唯はなんか聞いてるか?」
ちなみに育斗は唯と違って荷物整理は終わっていない。
そのため扉を開けて喋っている。
荷物を整理しながら受け答えをするような感じだ。
会話をしながら荷物を整理し終わるとタイミングよく
下から3人を呼ぶ声が聞こえた。
降りるとき桜は唯に何かを渡された。
「話は通しておくし霧島さんにも見せてあげて。
その……私からのお守り。」
そうニコッと唯は笑った。
ピンクの布生地の小さいひも付き巾着袋といった感じだ。
中には石が入ってあった。
「あっ…ありがとう!」
うんうんと笑みを浮かべながら唯は満足しそうにした。
そして育斗になおる。
「明日はお互い頑張ろうね。」
「ああ。唯も頑張ろう!」
と僕もニコッと笑った。
そしてお守りを霧島に見せると霧島は苦笑しながら
「宿は取っていないからここで泊まりなんだよ。
明日迎えに来るから英気を養っておけ。」
そう笑った。
それに対して唯、桜、育斗も笑う。
そしてその夜はとても楽しいパーティーになった。
生まれて初めてかもしれない。
とても楽しかった。
唯の親父さんに怒られたが…
それは自分のせいなので反省するとしよう。
そして…夜が明ける。
日が顔を出す。
試験日、当日。
そのときがきた。