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Player  作者: 工藤将太
序章
4/20

004話 大地の契約


「―うんと指を歯で切って

 ちょっとで良いんだけど…」


育斗は桜にそう言われるがまま歯で

左手の人差し指の皮膚を噛み千切ると

たらっと血は地面に流れ落ち桜はそれを見て次の段階へと移る。


「次に…あなたの左手を私の右手に、

 右手の傷口につけて。

 えーと…名前は…」


「草童歌…育斗。

 草木の草に、童謡の童に歌。

 育てる斗星で育斗。」


「育斗……くんかぁ。

 契約するのに名前…ずっと聞いてなかったね…」


桜は少し笑うと育斗に自分の名前を呟く。

これから一緒になるかもしれない自分の名前を敢えて

相手からの質問を待たずに自分から。

黄泉の国の、黄泉。

月光の月に桜の花びらの桜。

黄泉月桜はそう改めて育斗に名前を伝えそして続ける。


「育斗くん、左手を…」


育斗は左手を突き出すようにそっと伸ばすと

桜は迷いもなく自分の右手の人差し指を噛みちぎり

血を垂らすと育斗の左手の人差し指に合わせ

目を瞑り詠唱を始めた。

育斗には何語なのかよく分からない。

でもその紡がれる言葉に少し安堵を覚えていた。

やっと死ねる?いや。

そんな気持ちは突拍子もない現実いま

跡形もなく塗りつぶされたいた。


―――僕の覚悟はその程度だったんだろう。


―――死にたいと考えたのは自分のためではなかったのかもしれない。


そんな風に育斗は見えないように

歯をぎゅっと噛み締め目を瞑る。

桜の詠唱に合わさった手のひらからは

徐々に光が漏れて行っているが育斗はそれに気づかない。

そして光は徐々に…徐々に二人の周囲を包んでいた。

気持ちを落ち着かせて目を開けた育斗は思わず

自分の周囲を取り囲む光にギョッとして一瞬後ずさるが、

すぐにその光に敵意も感じられないと分かると

安心したようにそのままの姿勢でその包まれる光を眺める。

しかし反対に桜が詠唱を一通り終えたのか目を開けて驚く。


(えっ…こっ…こんなの…?!)


光は優しく包み桜の頬を撫でそれに桜はその光に少し涙を落とす。

育斗は光を眺めながら桜を見て別の意味で驚き気遣うと

桜は言われて初めて自分が感動していることに気付いた。

涙を拭いながら育斗の方に笑顔で向かいなおると

驚いた衝撃で放した血の垂れた手を強く繋ぐ。

育斗は左手を、桜は右手を。


「…本当に成功するなんて…信じられない。

 でも育斗、あなたにとって…私にとっても

 辛く苦しいナニカが待っている気がするの。

 それでもあなたは…力を望む?」


訪れる静寂にずっと遠くから聞こえる切れる風音。

いつの間にか夜になった月が優しくその場所を照らしていた。

育斗はそこから差し込んだ光にも負けない

ぎゅっと握りしめたことによってより一層の光が増した

この場所と桜を眺めて当の前に覚悟したであろう勇気を振り絞る。


「ああ…望む。望むよ」


この状況を打破出来るのなら。

と僕は簡単に思ってしまった。

命を一度投げ出そうとしたやつが怖いって

言うのはこういうことだな。


―――所詮そういうやつだったということだ。


例え自分と相手の命が掛けられていたとしても構わない。

そういう謎の自尊心が心に焼き付いたのを感じる。

傲慢な自分は…今はそういう風に思わないと

逃げ出したくなる。

でもこの子はきっとそれを幾度となく

挑戦せざるを得なかったんだろう。

そう桜の決意を質す目に頷くと桜はもう一度深く

詠唱をはじめて小さく何かを呟いて淡い光は一層強さを増す。

すると光は先ほどまでの優しい光とは違う強靭な鞭のような

光へと変わりその光は二人を痛めつけるように何度も何度も

触れては消えを繰り返す。

そうして繋いだ左手の甲にはいつの間にか見たことのない紋章が

浮かびまたそれが青く光り輝いていく。

直感的に今それを契りを結んだことを育斗は感じた。

その刹那、今までのよりも濃く深い見たこともない光が辺りを

散らしながらまた桜と育斗を包む。

光は更に巨大に洞窟の屋根を吹き飛ばすまでの力をそこに表した。


「これは……!?」


そしてその光は龍のような形に、

渦を巻いてうねり声のような衝撃を上げ

その龍は契約した左手を包み込む。

キリキリという痛みが全身を伝わり思わず

右手をぎゅっと握りその痛みを堪えると

すぐにその痛みは消え赤子が親に抱き抱えられるような

安心と暖かみが変わり二人を包みこんだ。

光は上へ上へと上がり思わず育斗はその手を放す。

だが光は消えずに桜だけを包み込んでいた。

桜の身体は上へ上へと上がるかと思えば

光を身に纏い赤い瞳で眼下の育斗に両手を差し伸べる。


《 手を……握って…… 》


先ほどまでの"黄泉月桜"とは違う何かを身に宿した桜に

育斗は少し躊躇いながら左手で桜の右手を掴む。

するとキィィィィンという鋭い音が耳を貫通し

思わず耳を塞ごうとするが音はどうやら外からではなく中から

身体のうちから響いている気がした。

握った手にするっと握り返しお互いが一瞬空中に浮くと

二人はそれぞれの感情が見える目を合わせた。

育斗は不安と後悔が見える覚悟の目、桜は安心したような目で笑う。




《 さぁ、行きましょう。―――"地の神の剣"に選ばれし者 》




白い結晶のような透明な光。

その束が何本も重ね合わさり二重螺旋と天使のような輪。

それらが頭上に浮かぶと不思議と我を忘れることができた。

また不思議と不安じゃなかった。


―――この剣に身を任せて斬ればいい。


桜の肢体は一つの剣へと刀へと

―――"龍王星"という神剣に姿を変え

育斗はその剣を天高く上げる。

すべてをのせて。

光を放つように神の剣を天高く上り

そこから放たれる光は

何重何本もの音と輝きを運び見る者を圧倒した。

そのとき世界は一筋のはっきりと見える光に

あるものは敬意を。

あるものは畏れを。

あるものは驚きを。

そしてある者には 共鳴 を。

無我夢中に走り出す背中に

神の剣を持つ者としての証は見えない。

だがその目は最早人間ではなかった。

育斗の瞳はそんな覚悟と自信と形容しがたい何かに溢れていた。







『緊急事態。緊急事態。

 繰り返す。地の神の剣が覚醒した模様。

 衝撃に備えよ、繰り返す。

 地の神の剣が覚醒した模様。

 速やかに臨時体制に入れ。』


霧島は膝をつき息切れをする天の神の剣を前に、

その光に見とれた。

なんと美しく棘のある光なのだろうか、と。

光は龍を描いていた。

だがそれだけじゃない。

光のその龍はたくましく我々人間を見下している。

それほどの力があるからだ。

力のあるものは見下すことも、いとも容易い。

それこそが自らが求める力。

誰が契約した?

……先程の少年?

いや。

大人複数で契約実験をして全員が

血を吹き出し倒れ死んだんだ。

同年齢も試した。

なのにどれも失敗に終わっている。

おかしい。

だが


「―――今はそれだけではないようだ。

 おい!天の神の剣。」


「……。」


「……ほう。無言と来たか。

 それほどあれがショックか。

 身内が先に契約し囚われの身になるのが怖いか。

 ……我々はこれから地の神の剣を

 討伐せねばならんだろう。」


そう言うと天の神の剣に背を向ける。

これなら天の神の剣は

いつでも俺を殺せるはずだ。

だが動揺している。

だからこそ背を向けても問題はない。


「……!なんで背を向ける?!」


ここでやっと声を上げる。

そして霧島はニヤッと笑うと天の神の

剣に向かいなおる。


「本来であればお前と契約したい。

 だがこの状況では無理なようだ。

 だからお前に条件を提示する。」


「条件?だと―」


「―良い気になるなよ小僧。

本気を出さないだけマシだと思え」


霧島は今まで、ただ相手の攻撃を避けては流し

時には刀で強く鋭くだが痛みのない衝撃波を繰り出して圧倒させていた。

眼前の"天の神の剣"もとい黄泉月鷂をそうやって

牽制していたのだがそれでもまだ自分が勝てるという大層な

自信を持つ鷂の前に音もなく現れ鳩尾に肘を入れる。

涎と血反吐をまき散らす鷂に霧島は依然変わらない

瞳と表情で見下す。


「―…それを俺が実行するとでも?」


しょうがない、そんな様子で従わざるを得ない鷂に

ふふふと笑う霧島は天の神の剣に、

左の指をピースの形にさせた。


「条件は二つだ。

 お前が今ここではなく、

 また別の機会にでも地の神の剣を"奪還"すること。

 もしくは二つ目。

 今ここで契約し向かうこと。

 どうする?

 一つ目に従うのなら、」


と一瞬間を置いて話す。


「今ここでは見逃してやろう。

 条件をクリア出来ないというのなら

 今ここでお前を殺しても、

 無理やり契約しても構わないんだがな。」


「……はははっ…笑えねぇな…

 どうやって無理やり契約してるかは

 謎だが今は生きることが重要だよなぁ…分かった。

 一つ目に従ってやるよ。」


と天の神の剣はニイッと笑うと

初めて霧島に背を向け尻尾を巻いて逃げ出した。

霧島はやっと邪魔者はいなくなった、と。

安堵し光の方向に歩き始めた。

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