003話 燃焼し始めた気持ち
僕は影だ。
影は明るいものの背後につく。
僕の周りは明るいものばかりで
昔から影だった。
絶対に日が当たる場所には出なかった。
―――出たら壊れそうだったから。
―――自分自身が崩れそうだったから。
だからずっと日陰にいた。
これからもとそう願っていた。
だけれどそれに手を
差し伸ばしたのは唯だった。
唯は日陰者の僕を日向に出した。
思えば唯は幼馴染みで家の同居人でもあり、
すごく仲良くしてくれた。
そして手を引いてくれた。
明るい彼女の眼差し。
明るい彼女の笑顔、白く光る肌の色。
時々見せる表情は自分が一番に独占していた。
光輝く天使が堕ちた者を掬い上げるように。
彼女は天使と崇められても納得はいく。
それくらいの素質と美貌を唯は持っていた。
いつのまにか僕は恋を
してしまっていたのかもしれない。
幼馴染みだとしても無謀だ。
僕のような弱いやつが付き合えるわけない。
だから僕は最後の頼みの綱も切り離した。
―――そう僕自身が僕自身の手で切り離した。
そして………今日が僕の命日になるんだと、
草童歌育斗は立ち入りが
禁止されているエリアへと入る。
ここのエリアは今だ住まう
魔物が複数潜伏しているため、
素人が入れば死んでもおかしくはないという。
おかしくはない、というのは人を
食べてしまうケースがあるという点だ。
食べられた人間は魔物の胃の中で
ゆっくり溶かされて骨へと変わる。
そんな魔物が今もいるエリアに
僕は死ぬために真っ直ぐと進んだ。
だが一向に何も出ない。
それが目の前に出たとしてもすぐに逃げてしまうし、
銃声のような音と悲鳴のような高音が聴こえる。
その音に耳を向けようとしたその時だった。
「少年。ここで何をしている。」
「………?!」
と後ろを見やると20代なかば、かと
思われる青年が刀を育斗の首に突き立てていた。
「狩人……?
いや君のような狩人は見たことがない。」
「あっ……ああ…えと……」
不思議と突き立てられた
刀に恐怖は覚えなかった。
「それに何故驚かない?
……慣れていないようにも受けるが……。」
「え……えーと…」
と反論しようとしたとき不意に
言われて反射的に刀から首をよけ後ろに下がる。
それを見た狩人はニヤッと笑うとまたそれを言う。
「ああ、自殺……か。
まぁ丁度お前が立っているとこがよく
魔物に引きちぎられ喰い殺されている場所だ。
君がどう反論しようが構わんが
……君には待つ人が本当にいないのか?
幼馴染みも含め君には大事な人がいないか―」
とそこで言いかけたときその狩人は
さっきから僕に向けている刀を見て疑問符を浮かべる。
そしてそれが何か分かった瞬間、
僕をその狩人は自分の後ろに
突き飛ばし持っている刀を斜め前に投げる。
するとその刀は姿を変え翼の生えた人間に姿を変えた。
「従順になったフリか……」
「"神の剣"での契約に大事なのは
そいつらが互いに信頼できるかだ。
嘘でも冗談でもそれが出来れば
てめぇの刀になっただろうよ。」
「……そうか、ならまた納刀させるまでだ。」
後ろに突き飛ばされ後ずさりをする
僕は必死に逃げていた。
死ねるはずなのに。
なのに、
「今更死ぬのが怖くなったのか?」
そう狩人に言われ戦いの最中なのに
その狩人は刀ではなく言葉を向けた。
「死ぬのが怖くなったならそれでいい。
一番怖いことは生きることをやめようとしたときだ。
そのとき人間何をするかわからん。
少年、またどこかで会おう。」
そう言うとその狩人は僕の方に
技らしきものをかける。
頭めがけて飛んでくる時速何㎞もの
岩石を僕は何故か反射的に避けることができた
―――だが崩れる大地が育斗をまた飛ばす。
崩れていき姿が見えなくなった先を見た霧島は
疑問を感じるも答えを得てかすぐに戦いになおる。
「今のは…?
そうか…君は……まあそれより今は
逃げることをオススメするよ。
ではな。」
・
「…お兄ちゃんまだかな……」
そう黄泉月桜は兄である鷂を待っていた。
土砂崩れのようなゴゴゴという音に徘徊するナニカの臭いと音。
研究所で体験したあの記憶がキィンと頭を貫く。
いつになっても私はあの研究所で捕らえられてる。
産まれたときは私には普通の家庭、家族がいた。
子供の頃触った銅像が神の剣だなんて知らなくて、
触ったとき何かが自分の中に
入ってくるのを最後に私は家族を見ていない。
見ているのは姉弟だけだ。
そして気がつけばあそこにいた。
真っ白な無機質な空間は何もない。
ただ真っ白で無機質な箱に私は
ガラスを張られ手足を拘束され
知らない人達にそれを見られ笑われ言われた。
化け物と。
「…お兄ちゃん……やっぱり私は、
私たちは産まれてこなくても良かったのかな……」
一体何が悪かったのか。
道なんてものも踏み外してないし
何よりまだ私は……生きたい、
そんな感情がずっと心の中で
木霊しているのを感じ気付き涙が
ポロポロと零れ落ちてしまっている。
夢中で桜は声にもならない嗚咽交じりの叫びを上げる。
すると外でナニカの気配とは違うじゃりっ…という
確かに人が砂利を踏む音が、誰かが叫び声に反応したのを
桜は気付くとその瞬間誰かが桜の前に姿を表した。
ここは洞窟だ。
後ろはもう岩石だけで
私自身も体力が残っていない。
迎え撃つか……
「あっ……えっ…えと……」
追いかけてきた狩人とは違う。
でも見たこともないし敵意も一切感じられない男
…育斗は桜の目の前でしどろもどろになっている。
お互い見たことも聞いたこともない初対面だ。
桜は目に溜まった涙を拭くと気まずそうにその男を見つめた。
男といっても同い年には変わらない、そう桜は感じた。
ずっと見ていたのを睨んでいたと誤解させたか
その男はあははと笑うとそんな睨まなくても……と呟く。
「あっ……雨だ…また降ってきたんだ。
ねぇここにいても大丈夫かな?」
「……」
桜は無言になりながら見るのをやめて少し態勢を崩す。
育斗の方はまた微笑しながら
困ったように人差し指で頬をなぞると
洞窟の奥、桜のいる方ではない入口付近に座る。
「君はあの人みたいに逃げているの?」
育斗は何気ない会話みたいに桜の方を向きながら
少し真顔で呟く。
桜はそう不意に言われたせいか驚いて腰を上げる。
「どこにいたの?!」
「どこって……分からない。
でも狩人の人と戦っていた
……契約とか言ってたけど…」
「うそ……」
契約を重ねた?どうして?と
私はそこにうなだれる。
契約すれば自分と相手は共有関係となって
どうにかして契約破棄をしないとまたも
狩人に縛られていたころと何ら変わらなくなる、
桜はそのことについて知っていた。
兄である鷂は姉と私を連れて逃げていた、
というのにそんな決断をするような
愚兄ではないことは知っている。
つまり、捕まったと言ったら正しいだろう。
だからこそ桜はうなだれてどうして良いか分からなくなってしまった。
桜はそんな何気ない雰囲気で質問を投げかけた男を見て
何気なく質問をぶつける。
「あなたは…なんでここにいるの?」
とんでもなく場違いな場所でなぜこんな男が?
桜は気になっていた。
だが予想の返事とは違くそれを言われたことで
育斗は一瞬顔が強張り、見つめる桜に諦めたように話始めた。
「ここには――しにきた。」
「何をしにきたの?」
「自殺…しようとした。」
そう言うと桜の顔は同じように驚き強ばる。
育斗はそれでも桜の顔を見ないまま外を見つめる。
「ここは…自殺にはとっておきの場所なんだって、
すれ違った狩人に言われた。
だってまだ魔物がうろついてて死んだあとの
死体も食われて処理にも困らないから。」
「そんな…あなたは
……誰にも必要とされていないの?」
「両親はいない。
幼馴染みはいるけどもう僕は
彼女らに迷惑はかけられない。
自分の進路だって決められない。
もう生きることも考えてない…
だから死のうとした。
理由が曖昧でごめんね?よく分からなくなっちゃって…
何もできないならさっさと死んでやろうって思ってさ。
でも…何をしたら良いんだって迷っちゃって
…ごめん。こんな話をして……君には関係ないのに…」
「その気持ち分かる気がする。
私ももう生きられないもの。
この世界で。
あなたはこの世界が間違ってると思う?」
「…世界…魔物がいること?
いいや、僕は逆に正しいって思ってる。
でも何が間違ってて何が正しいかなんて僕には…」
「…そっ…か…。」
その後沈黙が続くと桜の方から育斗に近付いた。。
そして桜色の、桃色の長髪が洞窟の隙間の
光からキラリと輝き、
赤いような目で彼女は僕を見やる。
「ねぇ、もしも。
もしもの話だよ?
あなたと私が抱えている悩みを、困惑を、
すべてすっ飛ばして一から始めることができたら。
運命を変えることができるとしたらあなたはどうする?」
桜には自分が何を言っているのか把握できた。
だが育斗にとっては意味の分からない突拍子もないことだ。
そしてそれを育斗に顔を近付かせて言った。
育斗は少し照れた様子をちらっと見せ呟く。
「え?え?どういうこと?」
「今心に抱えるもの全部、捨てて生まれ変わるってことよ。」
「具体的には…?
「命の保障は無いけれど…それは私もだわ。
私が持つ力は世界に確変をもたらす力…
あなたに言いたいのはその力を
私と一緒に使ってくれるのか、ということ。
名前で呼べば……―――契約。」
契約…その言葉をさっきすれ違った狩人もその対峙する
相手も言っていた気がする。
育斗は自分と同じように虚ろでどこか影があって
そして困惑する少女を見つめる。
―――命の保障が無い。
その言葉が喉に引っかかったのを感じ唇を噛みしめる。
俺は何のためにここに来た?
元より死ぬために諦めるためにここに来たんじゃないのか?
でもそんな自分よりもっと苛酷になっているであろう人が
目の前にいる。
なんで僕はそんな人に手を差し伸べられているんだ?
手を取る?死ぬかもしれないのに?
どうして、いやなんで僕は、それを恐れてる?
……分からなくなってきた。この気持ちが何なのか。
でもやろうと、やりたいと思ってきたものはある。
たまには自分らしくないことをやって死んだら。
そんなの傍から見れば予測できない未来だ。
でも僕にとってそれはカッコいい過去になる。
やろう。一度何も考えずに吹っ切れてやってみよう。
―――どうしてか僕はそう思ってしまった。
「…やる。」
「…え?」
諦めていたのかそんな言葉をもらした。
けれど育斗の言葉に唖然とする桜。
育斗の目に浮かぶのは薄く見える、
脆く今にも壊れそうな決意だった。
桜はそんな育斗を見て唇を噛みそしてこみ上げる思いを
振り切り呟く。
「始めよう。」