8、花の都フィレンツェ①
イタリアに行ってイタリア美術史を学ぶ者がフィレンツェを避ける事など出来ようか。いや出来ない。
フィレンツェはイタリアが最も輝いていたルネサンス期に、最初に輝きを放ちはじめた花の都だ。フィレンツェなくしてルネサンスは語れず、ルネサンスなくして美術史は語れない。
私はヴェネツィアもローマも大好きで素晴らしい。しかし美術史上の重要さではフィレンツェは譲れまい。
つまり美術史を学ぶ私にはフィレンツェに行かないという選択肢はなかった。たとえ研究対象の画家がフィレンツェにはいなくてもだ。
かの有名なレオナルド・ダ・ヴィンチも、ミケランジェロ・ブオナローティも、ラファエロ・サンティもボッティチェリも日本では名前が有名じゃないあの人もこの人もその人もルネサンスのフィレンツェで活躍した。
画家の名前にぴんとこなくても、絵画だけなら見た事あるという方も多いのではないかと思う。なんならどこかのファミリーレストランの壁に使われてたりする絵画が、実はフィレンツェで活躍した画家の絵だったりする。
とにかく、フィレンツェは誰がなんと言おうと花の都で芸術の都なのだ。
ローマからフィレンツェまでは、やはり電車を使った。二時間くらいだったか。
フィレンツェで中心的な駅はサンタ・マリア・ノヴェッラ駅だ。駅に着いてからすぐ、先にホテルで荷物だけ預けてこようと思った。
が、このフィレンツェだけは宿選択を間違えた。ネットでテキトーに調べて予約したホテル、私はサンタ・マリア・ノヴェッラ駅の近くにあるホテルを望んでいた。だが実際は遠く離れた場所にあるホテルをとってしまった。別の駅をサンタ・マリア・ノヴェッラ駅と思い込んでしまったのだ。
徒歩で三十分は歩いただろうか。フィレンツェという町の狭さと、サンタ・マリア・ノヴェッラ駅から観光名所までの近さを考えれば、徒歩三十分はとても遠かった。
とはいえ、この時利用したホテルは部屋の内装も素敵で、ホテルの人も感じのよいおじさまだったし、朝食もホテル内で食べられて美味しかった。食堂もなんだかお洒落な内装でムーディな照明も素敵だった。
でもとりあえず初日はスーツケースをゴロゴロさせて遠くまで運んだ。段々と観光客が姿を消し、住宅街のようなところに入りこむのはなんだか奇妙な感じがした。それでもフィレンツェは近代的な建物が多くはなく、住宅街ですら素敵だった。
気を取り直して、フィレンツェ観光だ。まずはこの町の中心であるサンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂へ。
フィレンツェの街並みが写真や映像で出てくる時には必ずこのサンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂があらわれる有名な建物だ。
名前を知らない人でも、ここの円蓋は目にした事があるはずだ。聖堂に洗礼堂にジョットの鐘楼に、ギベルティの扉に……とにかく美術史を学ぶ者にはネタの宝庫だ。周りを見てぐるぐるするだけでも学ぶところが多い。実際私は何回かぐるぐるとうろついた。
このサンタ・マリア・デル・フィオーレの近くには、シニョーリア広場というこれまたネタの宝庫な広場がある。この広場にはヴェッキオ宮殿や彫刻廊があって、かの有名なミケランジェロのダヴィデ像(複製)が置いてあり、少し行くとウフィツィ美術館まであって、とにかく見どころ盛りだくさんなのだ。
ローマは広すぎてあちこち移動しまくらないといけないが、フィレンツェは見どころが比較的狭い範囲にいてくれて助かる上に一気にテンションがあがる。どこから見たらいいのかという幸せな悩みにひたれる。
とはいえ、やはりじっくり見ようと思うと私の滞在日数二日では足りない。ガンガン先に進む。
この頃は少し、旅慣れてきた気持ちになった。ヴェネツィアにいた時より気持ちに余裕が出来たのだ。
ジョットの鐘楼にはのぼらなかったくせに、ヴェッキオ宮殿では塔の方までのぼった。私は高いところが大好きなのだ。
高所からのフィレンツェの眺めは素晴らしく、少し離れたところにある美しいサンタ・マリア・デル・フィオーレも目にする事が出来た。
三時頃の遅い昼過ぎに、ウフィツィ美術館に行った。少し並んだが、大変な混雑というほどでもなかった。
しかしながら、天下のウフィツィ美術館である。たいていのルネサンス絵画はここにあるし、ボッティチェリやラファエロやレオナルド・ダ・ヴィンチなど名だたる画家の作品が所蔵されている。私が授業で学んだ絵画の多くはウフィツィにあった。
もう、名画中の名画がありすぎて途中から贅沢さに慣れてしまった。どれも素晴らし過ぎるのだ。
覚えているのは、けっこうボッティチェリを持っているウフィツィなので、私はボッティチェリ好きだなと改めて思わされた事と、レオナルド・ダ・ヴィンチの師匠の絵も好きかなーと思ったような気がする。というか見た絵みんな好きになったかな!
控えめに言ってもウフィツィ美術館は最高でした。
フィレンツェ滞在はまた二日間だったので初日か二日目の記憶かは定かではないが、フィレンツェでは心に余裕が生まれたのと、単純に必要だったので、服屋にも寄った。
服がというか、靴が欲しくて。穿いていたブーツがキツくて足が靴ずれしていたのだ。
イタリアで服屋なんて、高級ブランド店しか思い浮かばないかもしれないが、私が選んだのは「ZARA」だった。
ZARAはスペイン発祥のお手軽なお値段が売りのファストファッションの店だよ。イタリアも高級も関係ないよ。
実はローマにいた時に、友人Aが寄った店だったのだ。日本にもあるが入った事がなかった私は、庶民に優しい店があると知り、一度入った事のあるZARAなら違う店舗でも入れるぜ、という自信をつけていた。そんなのなくてもどこでも入れるようになってほしいが。
そんなわけで、とりあえず歩きやすそうな靴を購入。ついでになんとなくスカートも購入。でも靴はしばらくしたらこっちも穿きにくいと判明し、スカートも自分のワードローブに合わないと気づき、現在使われておりません。
買い物といえば、ウフィツィ美術館を出たあとに近くにあった店で自分用のお土産を買った。心に余裕が出来たから、買い物も出来たのだ。
買ったのは、サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂の小さな模型が入ったスノードーム。とてもかわいい。
ホテルに帰って、取り出して見ようとしたら…………落とした。割れた。捨てた。悲しい。
そんなちょっと落としたぐらいで割れるなんて相当安物だったんだろうね……。悲しみのあまり、すぐ捨てたしね。いやまあ壊れた割れ物持ち歩いても危ないし。
もっと丁重に扱えばよかったかもしれないが、せっかくがんばって買い物したものがすぐに壊れて、旅先買い物恐怖症が悪化した。これ以降勉強に関係ないお土産は買わなかった。
またまた買い物といえば、ヴェッキオ橋。この橋はお買い物が出来る橋だ。ヴェッキオ橋は遠く離れた場所からの写真が有名だろうし、私もウフィツィ美術館から見えたヴェッキオ橋を遠くから撮った。それもまた美しい。
アルノ川にかかるヴェッキオ橋は、ヴェネツィアのリアルト橋同様に、橋の上に建物がある。こちらもお店が多いがリアルト橋と違ってちょっとお高い彫金細工や宝石が売っている。
庶民の私には関係ないと思い橋の上の風景だけ楽しんだ。お店を覗き込むようなウィンドウショッピングさえしなかった。
ルネサンス時代に描かれたヴェッキオ橋の絵を見た事があるので、五百年以上も昔から変わらない風景なのだと思うと歴史のロマンに震えた。
そして買い物といえば、恒例の飲食店入れないから行くスーパーマーケット。
もちろんフィレンツェでも夕飯はサンドイッチとかその手のたぐいの味気のないスーパー飯だ。
ただ、朝ご飯はホテルで食べたので、例の甘いパンがあったりハムとかチーズを食べた。ただ、それだけで生きていた。欠食児童は続く。