6、古の都ローマ①
古の都ローマ、知っての通りその歴史は古く紀元前までさかのぼれる。古代ローマは世界の広い範囲を支配し、今でも「そんなところに?」と思うような地域にまでローマ時代の遺跡が残っている。もちろんローマのまちなかにも遺跡はゴロゴロしている。
ローマは、晴れていた。
私を海外旅行なんて余裕だよとそそのかした友人Aは、一ヶ月ほどローマにホームステイをしていた。Aがローマ・テルミニ駅まで迎えに来てくれる事になり、私は何日かぶりに人間らしい生活が出来るようになった。彼女の功績はとても多い。
まず、Aは改札がないイタリアの駅だからホームまでやって来てくれた。ローマ・テルミニ駅に着いたのは昼ごろだった。
ローマはイタリアの首都で、そんな首都のテルミニ駅もそれなりに大きかったが、東京駅と比べたら小さなものだった。たぶん東京の路線が多すぎるのだと思う。
とはいえ、ローマの街は広かった。
私はAがローマに慣れているから、到着直後から彼女についていくだけでよかった。とりあえず先にホテルに荷物を置きに行こうと、二人で私の宿を目指した。
ローマの宿は、テルミニ駅に近い場所にとった。ドアのすぐそこにフロントがあったヴェネツィアの時とは違い、ビルの上の階にフロントがあるホテルで、呼び鈴を鳴らすと「誰?」と聞かれた。私が答えたのか忘れたが、「予約した者です」というような事を言えば鍵が開く、そういう入り方だった。
友人と共にフロントの階へ行くと、私が語学力を持たないヘタレと知っているためか、Aはフロントに英語で私の事をホテル予約者でチェックインしたいという旨を、英語で伝えた(強調)。英語圏に留学経験のあるAは英語ペラペラのバイリンガルだった。ちなみにイタリア語も習得したのでトリリンガルになった。
という事で私はチェックインもほぼ友人にしてもらった。ワーオ、英語が出来るってすごいね。英語圏ネイティブの人以外とも話せる素晴らしいものなのだ。だから、勉強しろっての私。
ローマのホテルはわりとこじんまりしていた。それでも必要最低限のものは揃っていた。アメニティは、小さな石鹸と歯磨き粉だけだったけど。自分でもシャンプーなどのお風呂セット持ってきたからいいけど。
荷物を置いて、Aと出かける。Aは二ヶ月か三ヶ月はイタリアに滞在する計画で、その中間期間ぐらいに居たのがローマだった。他にもたくさんの都市に赴いたり泊まったりしていたそうだ。
正直、ローマ滞在中の事はあまり覚えていない。友人についていくだけだったので、自分で何かをした記憶がないのだ。初日は確か、バスでサンピエトロ大聖堂まで行ったと思う。
バスのカードみたいなものをキオスクで買わなくちゃならないのだが、それも自分で買ったか定かではない。という事は、買ってもらったのだろう。
友人はローマのバスは運賃に厳しくはないよ、と言っていた。オブラートに包まないで言えば、「キセル乗車出来るよ」という事だ。内緒だ。実際私はバスカードを買った以外、何かした記憶がない。友人についていくだけだったし、ローマのバスの運賃支払いシステムは未だによく分からない。
ローマを流れるテヴェレ川の近くを歩いたのは覚えている。サンタンジェロ城が遠くから見えて、とてもテンションがあがった事も。ただ初日は通りすぎた。
サンピエトロ大聖堂は、言わずと知れたカトリックの総本山だ。かの有名なミケランジェロのシスティーナ礼拝堂の天井画やらもそこにある。
このあたりは映画『天使と悪魔』でも見てもらえれば雰囲気が分かると思う。詰め襟ユアン・マクレガーが萌える映画である。
大聖堂はさすがに入場までに時間がかかるほど行列が出来ていた。友人と話して過ごしたからさほど苦ではなかったが、一人であったら行列嫌いの私には苦行だっただろう。私はトイレすら行列が出来ていると並ぶ気をなくす行列嫌いなのだ。
道中、「ここのジェラートおいしいんだよ」とすっかりローマ慣れしたAについて行ってジェラート屋でジェラートも買った。まだ冬で寒かったけど、たしかに美味しいジェラートだった。
あと、道中の店先に法王のブロマイド写真がちらほら売っていたのがすごくヴァチカンだった。
サンピエトロ大聖堂の中では、なにやらたくさんの絵画彫刻を見た。もちろん建物自体も素晴らしかった。ミケランジェロの有名なピエタも見た。ちょっとカラフルな制服のスイス衛兵の姿も見られた。
時間も足りなかったし予約も必要だったかして、システィーナ礼拝堂には行かなかった。美術を研究する者のくせにあのミケランジェロの天井画を見ないとは不届き千万である。ただ、言い訳をさせてもらえるなら、ローマは本当に広すぎた。見るべきところが多すぎて、私の滞在期間二日ではとても名所を見きれなかった。
いや、思い出したが丁度コンクラーヴェをしていたと思うぞ。今の法王を選出する時期だった。次期法王誰にしようかなと候補者が集まる場所は、システィーナ礼拝堂なのだ。
ローマで行きたかった名所はたくさんある。しかし行けたところはあまりにも少ない。
外から写真を撮っただけのヴィットリオ・エマヌエーレ2世記念堂、ガイドブックに付箋までつけたフォロ・ロマーノにコロッセオ、エトセトラエトセトラ。数え上げたらきりがない。
ヴァチカンの雰囲気を楽しんだ私たちは、パンテオンに行った。ラファエロの墓とかがある。たしかこの近くで馬車を見たような。
その頃はもう夕方頃だったが、観光客で人気は多かった。ローマはどこも、それなりの人気があって常に賑わっていた。
パンテオンを見終わって、近くでだらだら話しをしていた時、ローマの石畳をぼけっと見ていた。正方形のタイルみたいな石畳が、長い間ローマ人の足元を支えてきたのだ。
その石畳のでこぼこは、バスに乗った時にも感じられて、きれいに舗装されたアスファルトの道路と比べると快適とは言い難いかもしれないが、歴史の道にときめきを感じたのは確かだった。
でも歩く時つまずきそうになった。まあ私、舗装された道路でもよく転ぶんですけど。
夜は、友人Bと合流して三人で食事をした。これもAの知っている飲食店だったと思う。Aはローマの事はなんでも知っていた(もちろん誇張だ)。翌日は三人でローマを観光しようと、ざっくり計画も立てた。
私はこの時、日本を離れ実に四日ぶりのマトモな食事を口にした。欠食児童はスーパーのパサパサしたサンドイッチ以外のものを久しぶりに食べた。
私はディナーに何らかのパスタを食べた。友人と共になら飲食店にも入れるし、なんなら注文も一緒にしてもらえる。完全なるおんぶに抱っこである。
帰りはテルミニ駅までバスで向かい、友人と別れた。