3、海の都ヴェネツィア①
イタリアの旅に出たのは三月だ。冬の終わりだが、まだまだ冬だった。
初めて見たイタリアの地は雨が降っていて少し寒そうだった。
ヴェネツィアのマルコポーロ空港は、そこまで大きな空港ではなかった。
ドバイでは迷子になりかけたのに、ヴェネツィアの空港ではなんとなく歩いているうちになんとなく出口に行けた。
前回心配したロストバッゲージはなく、実弟に借りた私のスーツケースはきちんと私の手に戻ってきた。泣いたりしたくせにスーツケースあってよかったよお〜〜という安堵はさほどなかった。
ヴェネツィアは曇り空だった。途中から少し雨が降り出した。
私は『地球の歩き方イタリア』に書いてあった通り、ヴェネツィアの街の近くまでバスで向かった。
ヴェネツィアは干潟の上、海の上につくられた都市である。その全景はそこまで広くはなく、空港も海の上につくるなど出来はしない。ヴェネツィアの街までは船かバスで行く必要があった。
私は先にホテルに行く事にした。ホテルは、ヴェネツィアにはとらず、本土にあたるメストレ地区というところで予約してあった。どこかでヴェネツィアのホテルよりメストレのホテルの方が安いと聞いていたのでそのまま鵜呑みにしたのだ。のちのち調べたところ、そうとは言い切れないようだが。
メストレ駅は電車でヴェネツィアの駅サンタルチア駅から一駅のところにある。道路か電車でイタリア本土からヴェネツィアまで行ける。私はそのメストレ駅の近くにホテルをとった。
バスに乗るのも、なんとなく前の人の真似をして運賃を支払ったりして、ごとごと揺られながらメストレ駅前へ。
昼間の三時は過ぎていたと思う。
雨が降り出していたので、バスの窓ガラスに雨滴が流れ、ぼんやりとそれを眺めていた。
メストレ駅はわりとこじんまりした駅だった。近くにヴェネツィアという高名な観光都市があるわりに駅周辺も目ぼしい建物はなく、人気もあまりない、静かな町だった。
事前にプリントアウトしてきたホテルの地図を手に、私はスーツケースを引っぱりながら歩き始めた。
途中、地元民に愛されるリストランテ、みたいな飲食店があったがお上りさんの観光客の入れるような空間ではないように感じられた。たぶん、実際そうだったと思う。
私の予約したメストレのホテルは、駅から五分かそこら歩いたところにあって、さほど迷わず見つけられた。
ヨーロッパやなんかの街には、どの通りにも名前がついていて、地図に書いてある通りの名前を探せば簡単に目的地を見つけられると分かった。
ホテルの名前が合っている事を何度も確認したあと、私はドキドキしながら初めての海外のホテルに足を踏み入れた。
フロントの方が顔を上げて口を開く。
「Buonasera〜」
夕方四時を過ぎたぐらいだった。まだ外は日が暮れてもない。
よくイタリア語会話の本では「こんばんは」と訳されている「ボナセーラ」を使われて、私は「ああ、そっか! この時間はもうボナセーラか!」と思った。
「ぼ、ボナセーラ〜」
私もきちんとボナセーラで返した。「Buonasera」は昼間の三時四時くらい(人によって感覚がちょっと違うらしいが)から夜にかけて使われる挨拶だ。日本語ではぴったりくる言葉がないし、夜も使うので「こんばんは」と訳しているのだろう。でも昼間でも使うのだ。そう習っていた。
そう、私はイタリア語に、まったく触れてこなかったわけではない。仮にもイタリア美術史を専攻していたのだ、イタリア語を学ぶ事の重要さを知らなかったわけではない。しかし、だからといって身につくかどうかは別問題だ。
というか私は語学が得意ではない。苦手意識たっぷりというのでもないのに、ろくろく勉強もしてこなかったのがいけなかった。
とりあえず私はこの旅のために覚えた数少ないイタリア語「予約した神無月(名字)です」を使った。
何かパスポートかクレジットカードを見せたような気がする。
そしてチェックイン時のお約束、ホテル利用にあたっての注意事項を、イタリア語でされた。
もう、分かっておいででしょう。そうです、私はイタリア語で話すホテルの方が何を言っているのか二割か一割くらいしか分からなかったのです。まったく分からないわけではない、でも何が言いたいのかは分からない。
そしてここで「colazione」とか言われて私の顔は「???」と分からない顔でいっぱいだったのだろう、ホテルの方は「breakfast」と英語で言い直した。
「朝食」ですって、朝食の話をしていたんですって奥様。そんなのちっとも分かりませんでしたわー。
という事で途中からホテルの方は英語を使ってくださった。優しい。
ありがとうございます、英語の聞き取りの方がまだ可能です。ぜんぶは分からないけど。
この時対応してくれた方、感じのよいおじさまだった。
とりあえずなんとなく分かったような分からないような説明を受けて、私は鍵を手に自分の部屋へ。
三階か四階だったかな……? 荷物ゴロゴロしながらエレベーターでのぼる。
私のとった部屋はというと、ここのホテル自体が歴史ありすぎず最新の近未来的すぎないほどよい感じの(どんなよ)建物だったので、部屋もそんな感じだった。清潔感があって、ベッドカバーは花柄で、アメニティも揃っていて、なによりベッドが大きくふっかふか!
飛び込むよね。でっかいベッドあったら飛び込まないと礼儀に反するよね、ベッドへの。
一部屋しかないとはいえざっくりお部屋探索して、一息をつく。ドバイで買ったデーツをつまみつつ。
外は曇り、時刻は夕方であった。
行こうと思えばこれから観光にも行けた。ヴェネツィアの街は近い。だが旅慣れぬ私は心身共に疲れていた。時差ボケもあったかもしれない。
よし、今日はもう休もう。あっさり決めた。
ヴェネツィア滞在はまだ二日間はある。最初に疲れ過ぎてあとで調子を崩しても事だ。
というわけでおやすみなさい。
私の初イタリア上陸は、ホテルに来て終わった。
次の日はちゃんと、なんとなく聞いた朝食の時間に間に合うように起きた。
相変わらず空は曇っていた。
イタリアではほとんど朝食付きのプランで予約したので、食いっぱぐれてはいけない。食堂では私以外に何人かの宿泊客がいた。
ちなみに日本人の若い男性が二人でいたので、一人ぼっちの私は彼らが少し恨めしくなった。
私が食堂に入ると、ホテルの方がイタリア語で「コーヒー淹れようか?」というような事を聞いてきた。コーヒーより紅茶派、むしろほうじ茶派の私は、ちょっと迷ったが断った。
本場のイタリアのコーヒーを楽しまないなんて、とお思いになる方もいるかもしれないが、その時は冬で、私はコーヒーの利尿作用が気がかりだったのだ。なにしろイタリアではトイレが少ないみたいに聞いていたし。公衆トイレなど、お金を支払うのだとも聞いていた。
実際は私の目的地が美術館ばかりだったので、そういうところには(無料の)トイレがつきものだから、さほどトイレに困る事はなかった。
ここのホテルの朝食は、各都市のホテルの中でもけっこうよかった。だいたいどこもビュッフェ形式だった。
イタリアの朝食は甘いものが定番らしい、とどこかで聞いていたが本当にそうだった。
食感がクロワッサンに似た、しかし三日月形ではなく楕円形の甘いパンがあった。その甘いパンはシロップとかそういうもので表面がコーティングされていて、パン生地もどこか甘いパンだったにも関わらず、中にはジャムが入っているか、チョコクリームが入っていた。どこもかしこも甘い。いやでも、おいしい。
他には食パン系の平たいパンがあって、私はサラミっぽいのとチーズをのせて食べた。カットフルーツの盛り合わせもあって、ヨーグルトのカップもあった。
甘いパンがけっこう気に入って、何個か食べたし翌日もよく食べた。
飲み物はコーヒーではなくオレンジジュースにした。ミルクもあった。コーヒーはホテルの人がわざわざ淹れてくれるらしいが、他の飲み物はジュースバーからご自由に、だった。やはりコーヒーはイタリア人にとって大切な飲み物だからだろうか。今となっては一杯くらいいただけばよかったなと思う。
余談だが、この食堂にはテレビがあって、その時はアメリカの若者受けするみたいな曲が流れる番組をやっていた。やっぱイタリア人もアメリカの曲聞くんだ、と思った。
それに加えて、当時私はアメリカの流行りの曲が聴けるラジオを家で流して聞いていた。
このイタリアの食堂で、聞き覚えのあるアメリカの曲が流れて、私は耳慣れた曲になんだかほっとしていた。
英語の歌詞は何を言っているのか分からないくせに、日本の曲でもなく、耳に慣れた音楽なら懐かしさを感じるのだなと思った。
これはローマでも同じ事があった。
おいしく甘い朝食に満足した私は、ついにヴェネツィアの街に出る事にした。
メストレ駅まで歩いて行き、初めてイタリアの電車に乗る。ガイドブックや経験者によると、イタリアでは自動券売機もあるが駅にあるキヨスクで電車のチケットを買うのが普通らしい。私もキヨスクに向かう。
私の知る数少ないイタリア語を使って、「サンタルチア駅まで」と言ったつもりだった。それは通じたのでチケットをもらえた。ただなんとなく、キヨスクのおじさんはムスッとして見えた。
思い出されるのは、昔聞いた、同級生がイタリアに行った時の話。
「イタリア人は大きなお金出されるの大嫌いみたいね。いちいち小銭出すの面倒だから。大きなお金出したら、スーパーの店員にすごく嫌そうな顔された」
その時私が出したのは、それなりに高額紙幣だった。一駅分のチケットを買うには小銭で足りるのに。まあ、大きなお金を崩したかったのもあるけど。
キヨスクのおじさんが私に嫌な顔をしたかどうか、もともと無愛想なのかは分からないが、ついそんな話を思い出してしまったし、自動券売機もあるしで、それ以降の私は自動券売機を利用する事になる。早速ヘタレ発動である。
とにかく電車に乗らなければ。
イタリアの駅には日本のように改札がない。改札代わりにその辺の壁に設置してある、チケットになんらかの印をつける機械を自分で探してチケットを入れなければならない。印がついたチケットを持っていれば車内で怒られる事はない、というわけだ。まあ改札とさほど機能は変わらない。
乗り込んだ電車は、なんとなく日本のローカル線に似ていた。山手線みたいな新しい感じではない。親しみが持てた。
五分かそこらのうちに、電車はヴェネツィアの街にあるサンタルチア駅に到着。
そこに広がっていたのは、霧にけむる幻想的なまでの海の都、ヴェネツィアだった。