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2、飛行機と経由地ドバイ

 飛行機である。

 既に修学旅行の飛行機に乗った時の記憶はない。

 搭乗待ちのロビーには日本人がたくさんいて、日本語が聞こえ、私はただなんとなく航空券を手に搭乗する人々のあとをついて行って飛行機に乗り込んだ。

 座席は真ん中、通路側からひとつ離れた場所だった。キョロキョロしながらも、座っていればいいのだから私は大人しく座っていた。

 そのうちに離陸する。離陸前から、隣の席の旅慣れた感じの男性が各座席に置いてあるイヤホンを耳に突っ込み、映画を見始めていた。大の映画好きの私は、なんだここパラダイスかよと思った。もちろんそんな事はなかったのだが。

 反対側の隣には誰もおらず、そのひとつ向こうには女性が座った。彼女にひとつ席があいてよかったですね、なんて言われた。はあ、と生返事をしたがのちのち彼女の言葉が正しかったと知る。なにしろエコノミークラスは狭く、座っているだけで疲れるのだ。隣に人がいないだけでスペースが生まれいくらか足も伸ばせる。

 そしてついに離陸する。

 最初はそわそわしたり機長の名前が放送されるのをきちんと聞いたりしていたが、当然暇になる。私はスマートフォンは使うつもりがなく、メモ帳と本を持ってきていたのでそれらで暇をつぶすつもりだった。

 だが私たちには映画やゲームやニュースが見られる、座席備え付けのテレビのような機械があった。

 隣の男性にならってイヤホンを使い、画面をいじりながら見たい映画を探す。

 映画は洋画派、そして吹き替えではなく字幕派の私は洋画かつ字幕の映画を探すと意外にも見られる数が多くないと知った。日本発の飛行機だからさもありなん。

 どういう順番で見たかは忘れたが、邦画もひとつ見たがあとは洋画だった。

 中でも忘れられないのが『トイ・ストーリー』という名作だ。2と3しかなかった気がする。

 これまでにこの映画を見た事はあったが、この時ほど感動した時はない。何故って私は行きの飛行機で既にホームシックにかかっていたから、心温まる家族向け映画がとても心にしみたのだ。それは優しい世界だった……。

 ウッディやバズが力を合わせて仲間のためにがんばる、アンディが大学へ行く年になってもおもちゃたちを捨てたりしない、彼らの気持ちが、初めての海外一人旅に怯える私を優しく包み込んだのだ……。


 行きの飛行機で私に優しくしてくれたのはおもちゃたちだけではない。子供好きの私の座席の前に、まだ乳飲み子であろう幼い子供が母親と一緒に座っていたのだ。

 私はなんでかは知らないけど子供が好きで、町で見かけては勝手に癒やされている。猫かわいー、とかそういうたぐいと一緒だ。

 その赤ちゃんは、私が座席の隙間から手を振ると後ろに座る私を見つけてくれ、手を伸ばしてくれた。かわいい。

 とにかく癒やしてくれた。ありがとう名も知らぬ赤ちゃん。途中で寝ちゃったけど!


 それから映画は『007スカイフォール』も見た。これはもとから見たいと思っていたけど字幕版が何故かなくて仕方がなしに吹き替えで見た。個人的にはダニエル・クレイグのボンドの中では、スカイフォールが一番好みであった。

 あとはあんまり好みではなかった邦画と、もう少し何か見たかもしれないが覚えていない。


 そして機内食は噂にたがわぬ微妙な味であった。

 それは行きも帰りも同じであった。同じ航空会社を使ったのだから当たり前だが。

 その他に飛行機での体験といえば、とにかく肩がこるとか狭い座席に座り続けるのはとても疲れるという事ぐらいだろうか。

 これは国内線でも同じではあるが、国際線だと搭乗時間が長いために余計に疲労感は増す。身体を伸ばせるトイレに行くのが楽しみのひとつとなったが、通路側の席でないといちいち他人を蹴散らすのも面倒だし、機内のトイレにはよく行列が出来る。それでも飛行機のトイレは素晴らしいところであった。


 そして、行きの飛行機でかかったホームシックは乗り換えの空港ドバイで悪化する事となる――。




 ドバイ空港に着いたのは、現地時間で明け方よりも早い夜中だった。待ち時間は四、五時間あったと思う。

 最初は日本人の乗客に途中までついて行けばよかったが、途中から何故か人がばらけはじめる。なんなら人気がなくなりはじめる。

 何が起きたのか……私には分からなかった。

 アラブ首長国連邦はアラビア語が使われており、英語もあるものの、アラビア語のいかにも異国! という雰囲気に圧倒された。

 ちなみに私が着いたのは到着ロビーであり、出発ロビーの方に行かなければならなかった。しかしながら、しつこいようだが当時の私は海外旅行素人、文字も読めない空間でどこに行って何をすればいいのかさっぱり分からなかった。

 しかも、不安がある中でも初めてのイスラーム圏に胸をときめかせ、キョロキョロと雰囲気を楽しみ、周りに人気がなくなってもすぐには気付かなかった。

 そしてよく分からない地下鉄に似た乗り物になんとなく乗り、なんとなくそれっぽい場所に移動した。

 そこがどういう場所だったのか未だに私には分からない。航空券を持ってフラフラしてると、それっぽい係の人にあっちだよ! みたいなジェスチャーをされた。

 すんません、ちっとも分かりません。でもたぶん搭乗口を指してくれてるのかな……?

 そうこうするうちにドバイで降りる人向けの、預けた荷物が帰ってくるターンテーブルが、私の目の前にあらわれる。

 ところで……私の預けたスーツケースって、今どうなってるの……?

 もしかして、私もターンテーブルから自分の荷物を取り上げなければいけないのでは?

 その時私は乗り換えしたとしてもいちいち荷物を受け取ってふたたび預ける必要なんてない、と知らなかった。それぐらい事前に調べておいてほしい、と今では思う。

 知らなかったからロストバッゲージを心配しはじめる。

 あのスーツケースがなかったら、相当にやばい。無理。どうしよう。私の荷物どこですか?! イタリアにこの機内持ち込みした小さな鞄だけで降り立つの?! むり!

 そして、ドキドキしながらインフォメーションセンターみたいなところにいる人に、聞いてみる事にする。

 しかし皆、思い出してほしい。

 最初に述べた通り、私には英語を話す能力がない。イタリア語よりは分かるだろ、よく洋画を字幕で見てるし。みたいな軽い考えはドバイ人に一蹴される。

「私の鞄どこですか?」

 私は、なけなしの拙い英語でそう言ったつもりだった。乗り換えの時ってふたたび預ける必要あるのですか? とか長文など思いつけもしなかったから、簡単に言ったつもりだった。

 そのインフォメーションセンターみたいなところに空港の人は二人いた。男女で、どちらも空港の仕事には慣れてるみたいな顔をしていた。

 ところが、彼らはどちらも、私を怪訝な目で見るだけだった。私の英語ともいえない英語どころか、私が困っている事すら伝わらなかった。

 たしか、航空券を見せるような事を言われ、あっちに行けばいいと言われたような気がする。

 それっきり彼らは、私にはもう用がないかのように振る舞って、私の事は気にかけなかった。

 いや、私の鞄。

 私の鞄!!

 私はホームシックと鞄を失ったという思い込みと、何より英語とコミュニケーションがまったく出来ない自分に恥ずかしくなり、トイレで泣いた。

 トイレでびーびー泣いたのでちょっとスッキリして、「もうなんとでもなれ」とヤケ気味に開き直った。

 そしてあっちに行けばいいと言われた方角にフラフラと搭乗口を目指した。なにしろ明け方頃に着いたので人気がなく、分かりやすい道のりでもなかった。


 なんとか辿り着いた搭乗ロビーのある空間には、たくさんのお店が並んでいた。そしてたくさんの人がいた。

 最初から早くこっちに行けばよかったと思った。私はお店の立ち並ぶ空間を知らずに、手前の何もない空間で時間をつぶしたりしていたのだから……。

 お店を見るのは楽しかった。やはりアラビア語が新鮮かつ楽しく、アラビア語でスターバックスコーヒーと書かれているらしいスタバもあった。飲食店も異国の空気が漂っていた。いかにもなお土産売り場にはラクダの模型みたいなものやランプや水タバコなどが売っていた。

 この頃私は、ふんわりモロッコを舞台のモデルにした物語を書いたり、アラビアンナイトな世界観の物語を執筆中だったので、それはもうテンションが上がった。

 憧れていたナツメヤシの実を干したもの――デーツもたくさん売っていた。

「これが、あの伝説の……!」

 という感じである。

 気になるものはたくさんあったが、まだ行きの乗り換え地だ、お土産ばかり買うわけにはいかない。とりあえず自分用のお菓子もかねてデーツを一箱買うのみにとどめた。

 それはオレンジピールを挟んだデーツだった。何も挟まってないデーツもあったし、いろいろなナッツののったデーツもあった。ナッツの方は帰りに買ったと思う。

 飛行機用お菓子を持ってくるのを忘れた私には、久しぶりのお菓子だった。

 ベンチに座りながら、生まれて初めて食べるデーツを満喫した。デーツは、噂に聞く通りどこか干し柿に似た食感と甘さだった。しかしその濃厚な事。なんというか、すぐに喉が乾く。そして、甘みが深い。爽やかなオレンジピールともよく合う。

 実は私、前述の通り以前書いたモロッコモデルの物語にデーツを登場させている。つまりその頃から食べたかったデーツなのだ。念願叶ったというわけだが、やはり実物を口にするのと資料で知るのはわけが違う。モロッコ風の話では私はデーツの描写をあやまったと感じたほど。

 とにかく私はおいしいデーツに出会えたわけだ。そのあと、イタリアに着いてからもしばらく残っていたのでデーツはお菓子どころか大事な栄養源となってくれた。


 鞄の事で泣いたりしたけど、お土産売り場やデーツに励まされた私はドバイを経つのが寂しくなり、しかし本来の目的地への希望がわいてきた。

 搭乗口のあたりにあった窓からは、日がのぼったあとのため、砂っぽいドバイの土地が見えてやはり心が浮き立った。砂漠とかそういうものにロマンを感じときめく年頃であった。今もだが。

 そしてドバイを経ち、ふたたび飛行機へと乗る。今度は窓側の席だった。隣に席がひとつあるだけの。

 そこでも途中まではアラブ首長国連邦の砂に覆われた大地が見下ろせた。うっかりはしゃいで写真を撮った。

 アラブ首長国連邦発イタリア行きの飛行機では、もう日本人などほとんど見当たらなかった。

 当然隣の席も欧米系の男性だった。英語とアラビア語とイタリア語が機内では流れていたと思う。座席備え付けの動画を再生させる機械でもアラビア語のニュースやアラブ諸国のものらしいテレビ番組や映画が多かった。そして何故か映画は自分で選べず、地上波のように再生されているのを途中から見るしかなかった。

 その時途中から見たのは『スマイル、アゲイン』で、あらすじをなんとなく知っていたはいいけど、最初の二、三十分くらいは見れなかった。

 あとは意外にもイタリアが近かったため(日本からアラブ首長国連邦までに比べたら)、映画は他に見なかったように記憶している。


 イタリアはヴェネツィアのマルコポーロ空港に着いたのは、現地時間で三時くらいの夕方だった。

 これから、私の本来の旅がはじまる。

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