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人竜戦争と千年騎士  作者: むるふ
第1章
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千年騎士と千年巫女Ⅱ

「だってそうだろう? 原因はどうあれ、集落の人々を手にかけたのはレナーテじゃない! 例え両親がやったことだとしても、その罪を全てレナーテが被るなんておかしい! それも、最後には自分も殺されるだなんて、そんなことあって良いはずがない!」


 語気を荒げるルベルトの言葉に同調するように、エリーだけは頷いたが、レナーテは何も言わず、リィナはルベルトを見つめたまま、身じろぎひとつさえしなかった。


「レナーテは十分に苦しんだ! 確かに他の竜は僕ら人族を殺したかもしれないけど、それはレナーテではない! 君だけがおかしくなってしまった全ての竜の責任を負うことを、強要するなんて、ヴィリバルト=ヴァイゼンボルンは何を考えているんだ!」


「…ルベルト」


 レナーテは、自分のためにこんなにも怒ってくれるルベルトが、心の底から、とてもいとおしく思えた。長い孤独と苦悩の中でいつの間にか濁っていった心が、真っ白に洗われていくような、そんな感覚だった。


「僕ら人間の為に、千年という長い孤独に耐えてくれた君を、ただ殺させはしない。リィナ、もしレナーテを殺すというのなら、この血もまた同様の罪を背負っている。その時は僕も一緒に殺してくれ」


 ルベルトの心意気に感極まるレナーテ。そして、色々な意味で絶句するエリーだったが、リィナの表情からはどんな感情も読み取れることはなく、淡々とルベルトに言い放った。


「ルベルト。あなたは何もわかっていない」


「なにがわかっていないって言うんだ! 僕は…」


「ヴィリバルトは、決してそんな浅はかなことを言うような人ではない。そして、千年の時を孤独に過ごしたのは、コハクだけじゃない。私もまた、孤独だった」


「…え?」


「私が止められていたのは、物体の時間だけ。精神は、一瞬にして時を越えることは出来ず、あの神殿の中にあった。だから、私も孤独。千年の間、白くぼやけた景色の中で、眠ることも許されずに、ただ時が過ぎるのを待っていた」


「…そんな…こと」


 そう言われて、ルベルトはようやく、神殿の棺の前で見た青白い光の正体に気がついた。あれは、千年もの間神殿内で虚空を眺め続けた、リィナの精神そのものだったのだ。


「千年盾は鍵。棺に置くことで、止まっていた神殿の時間が動き出す。盾のマナによって、私の精神と肉体が繋がる。目覚めるのに時間がかかったのは、盾に蓄えられているマナが、思っていたより少なかったから」


 千年盾に残っていたマナが少なかったのは、千年前と比べて、自然界に存在するマナが少なくなっていることと、直前のレナーテとの戦闘が原因であることは、想像するに難くなかった。


「ただ千年を過ごすのは、余りにも苦痛だった。でも、数十年、数百年経つ内に、段々と何も感じなくなっていった」


 そして、リィナは感情を忘れてしまった。孤独に耐えきれない心は、自らの感情を封じることでしか、千年の時を乗り切ることができなかったのだ。


 レナーテが部屋に入ってくる前、ルベルトを初めて見た時に流した涙や、紡いだ言葉がどれほどの重さであったか。感情を欠落させた彼女にとって、どれ程の激情であったのか。もはや想像することさえできない。


「むしろ、千年騎士と定期的に対峙できたコハクの方が幸せ。私は本当にただ一人。千年間、一人きりだった」


 恨みや憎しみではない。悲しいという感情だけが、リィナの言葉から滲み出ている気がした。  


「私は千年巫女、全ての竜を滅ぼす者。その為だけに千年を越えた者。故に、コハク、あなたの存在を許容することは難しい。全ての竜は等しく、滅ばさなければならない」


「そんなことわかってるわ。あんたが目覚めたら、こうなると思ってたもの。元々、あんたの顔を少し見たら、すぐにいなくなるつもりだったし」


 レナーテはとうの昔に覚悟を決めていたのだろう。真実を告げられたルベルトは、渦巻く心情を整理できずに、ただ茫然とするより他なかった。


「そう。じゃあ、この場から今すぐに消えて。あなたはいずれ殺す。ただし、千年の時を守ってくれていたことには感謝している。だからしばらくの間、延命してあげる。あなたのところへは一番最後に行く、それまでの間、自由にしてなさい」


 辛辣な言葉を投げつけるリィナにも、レナーテは動揺せず、むしろ挑発するような笑みを浮かべた。


「ちゃんと話を聞いてた? あたしは、いなくなるつもりだったって言ったのよ。さっきも言ったけど、あたしはあたし、行きたい場所に行って、やりたいことをするの。今のあたしは、ルベルトと一緒に過ごして、色々なところに行って、色んなことをしたいの。だから明日まで時間を頂戴。あたしは直ぐにでも旅立てるけど、一緒に旅に出るルベルトの準備がまだだから」


 どうやら、話の風向きが変わってきたようだった。その証拠に、レナーテの言葉が終わる瞬間、ルベルトの視界の隅には、微かだが高速でエリーが動いたのが見えた気がした。


「ルベルト様とふたり旅だなんて、ぜえっ…たいに不許可ですっ!」


 今まではシリアスなムードに口を挟まないようにしていたエリーだったが、ルベルトの今後を左右しそうな話題になるや否や、電光石火のスピードで、いつの間にかレナーテに詰め寄っていた。


「ルベルト様は、レナーテさんとのけったいな戦いを終えて、ようやく安息を得たんです。これからはわたしと一緒に余生を過ごすって、もう決まってますから、あなたは引っ込んでて下さい!」


 シリアスな雰囲気はどこかに吹き飛んでしまったが、自分のこれからがかかっているルベルトも黙ってはいられない。


「ふたりとも、僕はそんな話なんて一言も聞いてないんだけど…」


「けったいなんて、言ってくれるわね。あの戦いは千年間も続いた由緒ある戦いなのよ。こっちの苦労も知らないで、ルベルトの後ろにひょこひょこ着いてきてるだけの小娘が、口を挟むなんて心外だわ」


「きぃ~っ! 相変わらず腹が立つ言い方ですぅ!」


「やっぱり、僕の話は聞いてないんだね…」


 扱いがおざなりであったことは、まあ想定の範囲内ではあったのだが、先程の客室の時とは違い、今この場にはリィナがいる。後天的ポーカーフェイスであるリィナは、やはり無表情のままふたりに近づくと、詰め寄ったままのふたりを両手で引き離し、両名を鋭く睨み付けた。


「コハクも、グライスナーの子孫も、話にならない。ルベルトは千年騎士だから、私と共にあるべき。当然、竜を滅ぼす旅に同行してもらう」


「「はぁ!?」」


 ルベルトが期待していたような仲裁には程遠いものではあったが、ひとまずレナーテとエリーの言い合いは収まった。しかし、ふたりは完璧なシンクロを見せて、今度はリィナを睨み付けることになってしまった。


(あれ、これは、ふたりの争いが3人になって、むしろ悪化したんじゃないか…?)


 冷や汗を流すルベルトを無視し、更に争いは激化していく。


「大体、あなたこそなんなんですか! わたしとルベルト様の間に割り込んできたのが、一億歩譲って、幼い頃からルベルト様を見てきたレナーテさんならともかく、急にしゃしゃり出てきて!」


「そうよ、あんたは昔から、少しマナの扱いが他の人間より上手いからって、ちやほや甘やかされてきたみたいだけど、今回は自己中心も甚だしいわ! そんなだから性根まで腐ることになるのよ! 少しは我慢することも覚えなさいよね!」


「私がルベルトと共にあることは、千年前からの既定事項。その為にコハクはルベルトを鍛えてきたはず。それを後から覆そうとしているのは、あなた達の方。よっぽどそっちの方が性根が腐ってる」


「むきーーっ! 腐ってるとはなんですか! わたしは産まれたときからルベルト様の伴侶として、それこそ千年前から定められた身です! ぽっと出のあなたにとやかく言われる筋合いはありませんっ!」


「ルベルトはあたしに、自分にできることは何だってするって言ってくれたわ! あたしが安息の地を見つけるまで、共にいるとも! 第一、あんたがそんなネクラだから、ヴィリバルトをヒルデなんかにとられちゃったんじゃないの?」


 レナーテの言葉を聞いて、明らかにリィナの表情が変わった。出会って日が浅いルベルトですら、その発言が禁句だとわかってしまう。


「聞き捨てならない…。コハクも、グライスナーの子孫も、今ここで消滅させる…」


「ちょ、待った! リィナ、待ってくれ!」


 ルベルトは、禍々しいマナを放出させようとしたリィナを慌てて止めると、どうにか女性陣をなだめすかして、数分の後に落ち着かせることに成功した。


「みんな、まずはお互いの主張を整理しよう。正直、僕なんかが争いの焦点になっていることが理解できないけど、客観的に、発言内容を確認するよ」


 今だ煮えきらない感情を奥底に宿しながらも、三者ともルベルトの提案には、異を唱えなかった。


「まずはエリー。エリーは、千年騎士の役目を終えた僕と、余生を過ごしたい、そうだね?」


「はい、ルベルト様」


「次にレナーテ。きみは、ヴィリバルト=ヴァイゼンボルンとの約束を果たし終えて、これからは自由に生きていく。僕と共に色々なところに行って、色んなことをしたい。これで合ってるかな?」


「ええ、それで間違いないわ」


「最後にリィナ。千年巫女として、竜を滅ぼす為に僕と共に旅をする。ただし、レナーテを手にかけるのは、千年間拘束した対価として、一番最後にする。間違いないかな?」


 コクリ、とリィナは頷いた。


「3人の意見はわかった。ただ、この中に僕の考えは反映されていないから、僕の考えもみんなに聞いて欲しいんだけど、いいかな?」


 全員が頷いたのを確認して、ルベルトは話を続けた。


「僕は、リィナやレナーテの話を聞いて思うんだ。千年前、各地で一斉に人々を襲った竜達が、なぜそんなことをしたのか、まずはその原因を突き止めなきゃいけないって。原因がわからなければ、リィナがいくら急いで竜を倒していっても、数年程度で出来ることではないと思うから、いつどこで、また千年前のような事件が起こるかわからない」


「竜は確かに、僕たち人にとっては驚異になり得るけど、レナーテの様に人を襲わない竜もいる。僕ら人族と共生していて、未だに人に必要とされている竜も、どこかにいるかもしれない。だからまずは、この町から出て、今世界がどうなっているかを知らなきゃいけないと思うんだ。エリーは余生を過ごすために、レナーテは色々なものを見るために、リィナは竜を滅ぼすための情報収集に、4人で旅をするのは、どうだろうか?」


「ルベルト様と旅ですか!?良いですねっ!」


「まあ、あたしはそれでもかまわないけど」


「…………………」


 ルベルトの提案は、エリー、レナーテの賛同は得られたようだが、リィナだけは納得できていないようだ。


 ルベルトにとっても、それは想定済みだった。彼女が千年を越えた理由を覆すほどの根拠となり得ない提案であることは、自覚の上で言った。


 それを踏まえた上で、更に用意していた言葉がある。


「リィナ。君の気持ちは、全部とは言わないけど、少しはわかっているつもりだよ。だから敢えて言うけど、人と竜の共生を誰よりも願ったから、竜であるレナーテに、ヴィリバルト=ヴァイゼンボルンは、君の命を託したんじゃないのかな」


 どういうこと? と、リィナの瞳がルベルトに語りかける。


「さっきは、頭に血が上ってああ言ってしまったけど、僕は、彼が君の言うような聡明で尊い精神を持った人であったと信じたい。きっと、レナーテの落ち込んだ姿を見ていられなくて、贖罪という言葉で、レナーテの心を救おうとしたんじゃないかな。レナーテを人族のためだけに利用した、卑劣な人間ではないと、僕は思いたいんだ」


 ルベルトの真っ直ぐな言葉を、頭の中で反芻し、しばらく考え込むリィナ。


 ルベルトも、レナーテも、そしてエリーも、固唾を飲んでリィナの出す結論を待った。


「…わかった。今すぐに竜を滅ぼすことはしない。でもそれは、あくまで保留。私も、ヴィリバルトが聡明で気高いと、信じている。まずは彼の真意を私なりに確かめることにする。そしてルベルト、あなたはとてもいい子。それがよくわかった」


「あーーーっ! なにちゃっかりルベルト様の頭を撫でてるんですか! ずるいです、許せません!」


 かくして、リィナが目覚めたことによる一連の騒動は、保留という形ではあるものの、一端の終わりを見せることとなった。


 行き先や準備などに関しては、夜も更けてきたため、翌朝話し合いを行うこととして、その場は解散となった。


 ちなみに、レナーテはルベルトと一緒に寝ると言って聞かなかったのだが、エリーに引きずられながら、ルベルトとは別の部屋に連行されていった。


2017.11.01 誤字修正

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