千年従者と紅い竜
「ル、ルル、ルベルトさまぁ!!だ、だだだ誰ですかその女!?」
グライスナー屋敷の門の前で、今か今かとルベルトを待ち構えていたエリーは、その姿を見つけるなり、それまでの心配そうな表情を一転させて、大声で叫んでいた。動揺し過ぎて、滑舌もひどいことになっている。
「エリー、ど、どうしたんだ?何をそんなに焦ってる?」
エリーのあまりの動揺ぶりに、ルベルトにも若干、動揺が伝染した。
「へえ、あんたが千年従者。出迎えなんて、ご苦労なことね」
レナーテも、先ほどまでのにこやかな表情を一変させ、目を細くして、威圧するようにエリーに言う。
「おい、レナーテ、きみまでどうしたんだよ。この短い間でなにがあったんだ?」
「ルベルト様!この女、なんだか偉そうで腹が立ちますぅ!」
「言ってくれるわね、小娘。あんたこそ、その金切り音のような耳障りな声はなんとかならないの?」
ルベルトの言葉を無視し、ふたりの少女は一触即発状態。
どうしたものかと考えたルベルトは、咄嗟にエリーが無視できないであろう言葉を思いついた。
「エリー、とりあえず空いてる部屋のベッドを貸してくれないか?さすがに腕が疲れたよ」
昔からエリーは、ルベルトが疲れたと言えば無視できない。それは、千年従者としての血がそうさせるのか、エリーがルベルトを思う気持ちがそうさせるのか。
咄嗟に思いついたとはいえ、その言葉は、神殿から町までの一時間ほどの道のりを、その両腕に巫女を抱えて歩いてきたルベルトの本心には違いない。
「ああっ、そうでした!巫女様をお連れになったのですね。ただいま用意して参ります!」
ルベルトが言うなり、その両腕に抱えてる巫女を見て、慌てたようにエリーは屋敷へと戻ろうとした。が、すぐに立ち止まり、ギギギと音が鳴りそうなほどぎこちなくルベルト達の方へ振り返ると、
「そこの、お、きゃ、く、さ、ま、も!どうぞ、中にお入りになって下さい。詳しいお話はのちほど、ゆっくりと」
幼馴染みのルベルトさえ初めて見る、本来の表情を隠すため、顔の筋肉を総動員させて作った笑顔(というか、頬がひきつって上手く笑えていない)を見せて、今度こそエリーは屋敷へ戻っていった。
「ホント、騒がしい小娘ね。ルベルト、あたし、あの子なんだか嫌いだわ」
人間ではないだけに、気を遣うということを全くしないレナーテの言葉に、ため息をつきながらも、ルベルトはレナーテを先導し屋敷へ入っていった。
それからは、エリーの案内で屋敷の一室に入り、未だ目覚める様子のない巫女をベッドに寝かせ、夕食の時間には少し早いこともあって、ふたりは他の客間へと通された。
ルベルトとレナーテが、備え付けの丸テーブルを囲んだ椅子の対面に座っていると、手にトレイとティーセットを持ったエリーがやってきた。
エリーは無言のまま、ルベルトとレナーテに紅茶を出し、ルベルトの横に立つと、改めてレナーテに告げた。
「そ、れ、で、あなたは一体誰なのですか?」
相変わらず穏やかでない口調のエリーに、むっとした表情をするレナーテ。
(ダメだ…何故かは分からないけど、ふたりとも気が合わないみたいだ。こんなときはどうすれば…)
緊張で手を震わせながら、ルベルトはエリーの淹れた紅茶を一口飲んだ。いつもと変わりなく美味しい紅茶だが、環境次第ではリラックス効果は見込めないことを、ルベルトは初めて知った。
「あたしはレナーテ、竜よ」
「はあ?わたしが田舎者だと思って馬鹿にしてますね。竜っていうのは、あなたみたいにちんちくりんじゃなくて、もっともっと大きくて恐ろしい生き物です」
ピキッ、という音が、ルベルトには聞こえた気がした。レナーテが小さく低い声で、ちんちくりんだと、と呟いた。
「へえぇ、言ったわね。それじゃあ見てなさい。こんな屋敷なんか、1分で壊滅させてあげる」
「ちょ、ちょっと待ってくれレナーテ!エリーも、少し落ち着いて!」
マナを全力で取り込もうとしたレナーテを、寸前のところで止めることに成功したルベルトは、今日あったことや、レナーテから聞いた話をかいつまんでエリーに伝えた。
「…それでは、この子が本当に竜で、さらには、いつもルベルト様と戦っていた紅い竜だっていうんですか?」
「そうだよ。間違いない」
驚きの表情で固くなるエリーを見て、レナーテは、ふふん、と鼻を鳴らした。
基本的にエリーはルベルトの言葉を疑わない。一般的に信じられている竜の姿と、目の前にいるレナーテがこれほどまでに違っても、ルベルトが肯定すればそれは真実として受け入れる。
拳を強く握り、わなわなと震えるエリーに、大丈夫かと問いかけるため、ルベルトが席を立とうとすると、エリーはそれを制し、レナーテを睨み付けた。
「ルベルト様はお座りになってて下さい。レナーテさん…ルベルト様が連れてこられたからこそ、お客様として、あなたをおもてなしさせて頂いておりましたが、あなたが紅い竜だというのなら、話は別です」
「そう、一体何をしてくれるのかしら?」
レナーテが紅い竜だと説明することで、ふたりの間の不穏な空気を取り除こうとしたルベルトだったが、結果はどうやら裏目に出てしまったらしい。
(どうしてこうなるんだ…)
為す術もなく、途方にくれるルベルトを横目に、ふたりは更にヒートアップしていく。
「あなたは、ルベルト様をたくさん傷つけました。生死をさ迷ったこともあります。三日三晩目を覚まさなかったこともありました。そんな相手を目の前にして、どうして正気でいられましょうか!わたしは、あなたが大嫌いです!」
レナーテにとって、エリーの眼差しは、懐かしく思うほど久しぶりに感じた、人間からの憎悪の視線だった。
ルベルトと話すうちに、もしかしたら人間とも上手くやっていけるのでは、と思っていたが、どうやら思い違いだったらしい。
表情には出さずに、心のなかで落胆しながら、レナーテはルベルトと共に町に出てきたことを、後悔しつつあった。
「奇遇ね、あたしもだわ。大体、そんなに怒らなくてもいいじゃない。あたしはどうせすぐに居なくなるんだから。元々、ルベルトを町まで送り届けたら、別れるつもりだったし」
それは本当でもあり、嘘でもある。
本来ならば、神殿から出てくるルベルトを、巫女の目を欺くために普通の少女のように待ち、目覚めた巫女を一目見て、そのまま別れるつもりだった。
しかし、巫女は目覚めてはいなかった。
「それでは、なぜ屋敷にまで上がってきたのですか!別れるつもりなら、なぜそうしなかったのです!」
「あんたが、中へどうぞ、って言ったから入ったのよ、何も文句はないでしょ?」
エリーとの言葉の応酬を交わしながら、レナーテは尚も考える。
あのとき、巫女が目覚めていないと知って、嬉しかった。
ルベルトと話すのは、予想を遥かに越えて楽しかった。千年という苦しい時間を耐えきって、ようやく手にした憩いのひととき。
この時間がずっと続けば良いとさえ思った。
千年間、ただ孤独に耐えたレナーテは、ルベルトともう少し話したいという誘惑に勝てずに、こうして町まで付いてきて、グライスナーの屋敷にまで立ち入ってしまった。
それが、やり過ぎだったのだ。
「きいぃ!そもそもルベルト様に近づく女ってだけでも気にくわないのに、なんて不遜な態度ですか!」
この少女が自分を毛嫌いする気持ちも、ぼんやりとだが、わかる気がした。
「そう。それじゃあ、あまり迷惑をかけるのも悪いし、出ていくとするわ。紅茶ありがとう」
だから、レナーテは静かに立ち上がった。
(どうせ、早いか遅いかの違いだわ。思ってたより少し長くて、望んだより少し短いだけ)
巫女が目覚めれば、千年騎士であるルベルトは彼女と共に旅立つのだろう。他でもない、自分たち竜族を滅ぼすために。
その時、自分は敵となる。ただ竜族というだけで、今までとは違い、本当にルベルトと命の取り合いが始まるのだろう。
それが嫌だった。きっと、耐えられない。
だから、ルベルトの元を去ろうとした。役目を終えた自分は、誰も来ることのない地で、ひっそりと死を待つと、そう決めていたのだ。
「レナーテ、きみはここを離れて、どこにいくんだい?」
突然、ルベルトがふたりの会話に割って入った。レナーテの悲しそうな表情を見て、いてもたってもいられなくなったからだった。エリーも、ルベルトが発言すると、借りてきた猫のように大人しくなる。
「どこって…それは…」
レナーテは、その問いに対する答えを持ち合わせていない。誰にも迷惑がかからない、どこか遠い場所、ということしか考えていないし、神殿の近くで千年の時を過ごしたレナーテには、今世界がどのように変わっているのかもわからない。
言い淀んだレナーテを見て、ルベルトは、やっぱり、とため息をひとつ漏らした。
「レナーテ、僕はきみに、自由に生きてほしいと言った。それは、きみが本当に望むことをして欲しいという意味だ。そんな悲しそうな顔で向かう先に、きみの望みがあるとは思えない。違うかな?」
「……………」
ルベルトは、わかっているのだろうか。
わかってて、自分を引き留めようとしてくれているのだろうか。
「レナーテ、僕は言ったよね、協力は惜しまないって。レナーテの望みはなんだい?僕には到底叶えられないような、難しいことかな」
違う。そんなはずはない。
レナーテが望んでいるのは、ルベルトともっと話がしたい、もっと一緒にいたい、そんな些細なことばかりだ。
まず、ルベルトがいなければ叶わない望み。しかし、自分は竜。人間の敵。
「っ……うぅ………」
ああ、駄目だ。
こんなに優しくされては、もう、抑えられない。
千年間続いた長い孤独の日々が、ルベルトの優しい声によって、セピア色に塗り替えられていく。終わった過去として、洗い流されていく。
抑えきれずに涙を流すレナーテを見て、エリーは下唇を噛み締めた。
その涙で、悟ってしまった。この竜の少女は、自分と似ているんだ、と。
「さあレナーテ、きみの望みを教えてくれ。僕が一生をかけてでも叶えよう。最後の千年騎士として、きみと過ごし、守られた十年の、恩返しとして」
「…あたしが、望んでいること、きっと叶えられないよ。聞いたら、後悔するかもしれないよ。それでも、良いの?言っちゃっても、良いの?」
「後悔なんてしないよ、僕は」
さあ、ともう一度促すルベルトに、意を決し、顔を強張らせたまま、レナーテは言う。
「あたし、もっとルベルトと話したい。もっと、ルベルトと一緒にいたい。あなたと、殺し合いなんかしたくない。理不尽に、死にたくない」
この願いを聞いた瞬間、エリーはレナーテを一人の人間として認めた。こんなにもルベルトに対して強い気持ちを抱けるのなら、種族が違っても、例え竜であったとしても、レナーテとは上手くやっていける。
「きみの願いは聞き届けた。その願い、僕が叶えよう。きみを理不尽に死なせはしない。いつかきみが、安住の地を見つけるその時まで、共にいよう」
ルベルトの言葉に、流れる涙を気にもせず、レナーテは最高の笑顔で頷いた。
2017.11.01 誤字修正&一部表現の変更(極微)




