再会の親子と王都復興への道程
「おとうさま!」
「おぉ…セリス…本当に、セリスなのか…よくぞ、戻ってきてくれた…」
先行し、完全に集団から孤立していたレナーテが、案の定道に迷っているのを保護してから、ルベルト達は先日も訪れたシルヴィアの隠れ家にたどり着いていた。
ルベルトが扉を開けると、セバスティアンがシルヴィアを守るようにして屹立しており、その姿を見た途端に、もう会えることはないと思っていたセリスの喜びと、セバスティアンの歓喜の声が部屋に響く。
二人が再会を喜ぶのも束の間、セリスが思いつめた表情で外套を脱ぎ捨て、もはや服と呼ぶこともはばかられるようなボロ布に身をまとい、一部が竜に変わったその姿をさらけ出すと、明るい雰囲気はすぐに影を潜めた。
「おとうさま、このような生き恥を晒すような体になり、それでもなお、未練がましく帰ってきてしまいました。より一層ご迷惑をお掛けすることは承知しています。どうかこれからも、お側に置いて下さい」
「…セリス、お前が悪く感じることではない。私は、お前が帰ってきてくれただけで十分だ。私こそ、守ってやれなくて、助けに行ってやれなくてすまなかった」
セリスの変わり果てた姿を見ても、セバスティアンに動揺はなかった。その目には涙が浮かんでいたが、それは悲しみからではなく、また娘と会えたことを喜ぶ、父の情の表れだった。
しかしすぐにその涙を拭い払い、セバスティアンは普段通りの引き締まった表情に戻ると、毅然とした態度で周囲を見回す。
「…皆様失礼しました。歳を取ると涙脆くなっていけませんな。セリス、積もる話もあるが、また後でゆっくりと話すとしよう」
「はい、承知しました、おとうさま」
最後に「本当によく帰ってきてくれた」と、セバスティアンはセリスの両肩に手を置いて微笑む。
「…セバスティアンさん、本格的な話をする前に確認しておきたいのですが、陛下は大丈夫なのでしょうか? 具合が優れないとお聞きしていたのですが」
セリスとハリエットは研究施設から連れ出すことができたが、ドラゴニュートにされてしまった他の犠牲者を救うことはできなかった。ルベルトだけは目通りのできなかった国王もまた、当然この事態を気に病んでいたことだろう。
国王自らも毒を飲まされ衰弱し、リガレフの所業を憂いながら苦しんでいたはずだ。脅威が一時的に去った今、果たしてセバスティアンとシルヴィアがこのような場所にいて良いものだろうか。
「ご心配には及びません。リィナ様とこちらへ向かう際に、信頼できる部下に陛下をお守りするよう言いつけて参りました。もちろん、ここに長居するわけには行きませんが、この後すぐに姫様とご一緒に、陛下の元へ参るつもりでございます」
セバスティアンがそう言い切るなら心配は不要だろうと、ルベルトは肩を撫で下ろした。そんなルベルトに、セバスティアンは改めて深く頭を下げる。
「改めましてルベルト様、この度はセリスを助け出していただき、本当にありがとうございます。心から感謝いたします」
「礼には及びません。僕がしたくてやったことですから。 …ところで、ベッドなどお借りできればありがたいのですが」
「ベッド、ですか…? 承知しました。姫様、大変申し訳ございませんが、少しだけお立ちいただいても?」
「ええ、もちろん」
セバスティアンはシルヴィアを立たせると、テーブルと椅子をずらし、奥にあるベッドのシーツを数回撫でる。しわが伸びたのを確認し「どうぞこちらをお使い下さい」とルベルトを迎え入れた。
「ありがとうございます、普段から鍛えているつもりなのですが、さすがに辛くなってきたところでしたので」
ルベルトは外套を脱ぐと、背負っていたハリエットをゆっくりとベッドに降ろした。ルベルトの行動をいち早く察したエリーが介助に入り、ハリエットをゆっくりとベッドに横たわらせる。
「まさか…ハリエット!?」
「ええ、意識は失っていますが、まだ息をしています。この状態に至るまでの状況を考えると、このまま安静にしておくだけで目覚めるとは思えませんが…」
ルベルトは、研究施設で起きた一連のことを順を追って説明する。
「ということなんだけど、リィナ、ハリエットさんを見て何かわかるかい?」
法術を使ったことで、一時的に気を失っていたリィナも既に回復し、この場に同席している。ここにいるメンバーの中では、マナや法術に一番詳しいのはリィナだろうと、ルベルトは問いかける。
「マナが枯渇している。それも、水のマナだけ」
リィナは相変わらずの無表情で椅子に座っていたが、話には耳を傾けてくれていたようで、彼女の答えもまた、ルベルトの考えと同じだった。
「マナが枯渇、ね。あたしも小さい頃にそんな経験があるわ。マナが足りなくなってきたら取り込めばいいだけなんだけど、そこまでになると取り込むことも難しいのよね」
「レナーテ、その時はどうやって助かったんだい?」
「竜の姿にならなきゃいいのよ。竜の姿でいれば、それだけでマナを使ってしまうけど、人間の姿になれば、本当にゆっくりだけど回復していくわ」
「やはり、根本的な問題はセリスさんと同じなんですね。人の姿に戻らなければ命が危ない分だけ、ハリエットさんの方が重症と言えますが」
レナーテとルベルトの会話を、エリーがそう結論付けて締めくくる。
「それでセリス、僕が言っていた、セリスやハリエットさんを助ける方法の話になるんだけど…まずはレナーテ、あれを出してもらっていいかな?」
状況の整理を終え、落ち込んでいるセリスの気を晴らすべく、ルベルトが努めて明るく言うと「わかったわ」とレナーテがアクセサリーを取り出し、ルベルトに手渡す。
「その首飾りは…?」
「これは、僕が故郷を出るときに、お世話になった武具店の知り合いからレナーテが貰ったものなんだ。初めはただのアクセサリーだと思っていたんだけど、これにはどうやら、火のマナの流れを著しく阻害する効果があるようでね」
「マナの流れを、阻害する…?」
「そう。今のセリスやハリエットさんは、何らかの薬、もしくは実験による副作用で、体の中にある水のマナを強制的に使って、常に竜化しようとしている状態にあると考えられる。この首飾りは火のマナに限定した物だけど、同じような方法で水のマナに限定した物が作ることができれば…」
「竜化が治まり、体内のマナを使うこともなくなる。人の姿に戻れる、ということですか?」
「そのとおり。試しに僕が、一度火のマナを取り込んでからこの首飾りをつけて、火の法術を使おうとしたんだけど、全く上手くいかなかった。リィナが言うには、この首飾りに使われている魔石が、内外構わずマナの流れを阻害するみたいなんだ」
リィナは、出されたカップに手をかけながら、ルベルトの説明を補足する。
「この魔石は、体の表面に集まるマナを吸収し、霧散させる性質がある。竜の体とはマナの塊のようなもの。身につけたまま無理をして竜化をし続ければ、何れ体内のマナを使い果たす」
「ですが、その魔石は火のマナに限定したものですから、私達には使えないのですよね。水のマナで同じ効果のある魔石は、どこで手に入れるのでしょうか?」
「ルベルト様、それについては私から説明させていただきます」
セリスの言い分は最もだ。すかさず、話を聞いていたセバスティアンが一歩前に出て進言すると、ルベルトが「わかりました、お願いします」と会話の主導権を預ける。
「先日ルベルト様方には謝罪と共にご説明したところですが、セリス、その首飾りは元々、私がルベルト様がおっしゃる武具店の店主に依頼し、作っていただいた物だったのだ。密偵による潜入調査でわかったことなのだが、研究ではある石を核とし、特別な材料を用いて加工することで、竜化を抑えられることまで突き止めていたようでな」
「竜化を抑える方法も、研究していたのですね。もしかすると、私が人としての心を失っていないのも…」
セリスは、ハリエットが身代わりとなってくれたことで、その研究もまた進展したのだと思った。そばにいなくても、姉はやっぱり、ずっと自分を守り続けてくれていたのだ。
「リガレフ様…いや、リガレフの研究施設より、私は偶然その魔石の核となる石、この『魔原石』を手に入れた。伝承によって、千年巫女様がお目覚めになる時期が近いこと、王国周辺の集落や村が火の竜によって焼き尽くされたこともあり、万が一を想定してレナーテ様の竜化を防ぐべく、名うての職人である彼に、手に入れた情報とその石を託し、魔石の作成を依頼していた。まさか、レナーテ様本人が、その魔石を身に付けてやってくるとは思っても見なかったですが」
「そうよ、あたしが人間の村を焼いたなんて思われて、ホント腹が立ったわ。とんだ誤解よ」
「その節は大変ご不快な思いをさせてしまいました、レナーテ様。初めて見た時に、その首飾りをお召しになっているのは存じていたのですが、レナーテ様をよく知らない状況で陛下にお目通しする手前、そのままにさせていただいた次第でございます」
この周辺にいる火竜といえば、伝承に記されているレナーテしか思い当たらず、セバスティアンのレナーテに対する警戒は順当なものであり、それを責めることができるはずもない。
なにしろ国王の前でレナーテが竜化して暴れ出せば、国家存亡に関わるほどの一大事だ。
「研究資料によれば、土の法術を用いて魔原石に火竜の血を混ぜ合わせれば、火の魔石が完成するとのことでした。竜の血の採集が鬼門ではありましたが、パウロ氏が上手くやったのでしょう」
「おそらく、僕が剣や盾を直しに行ったときに、付いていた血を使ったんだと思う。レナーテには、なんだか申し訳ない話なんだけどね」
「本当よ。あたしの血を勝手に使うなんて、悪趣味だわ。あのおっちゃん、ルベルトに協力的でいい人だったから、許すけど」
「そして、その魔原石がこれになります」
セバスティアンが取り出したのは、紫色の濁るような輝きを放つ石だった。
「魔原石は私の手元に二つしかありません。もしかすると施設にはまだ残っている可能性もありますが、あまり期待しない方がいいでしょう。研究資料には更に、竜の血は純粋なものでなければ効果がないと書かれており、おそらくセリスやハリエットの血では効果がないと考えられます。もし水の魔石を作るとなれば、水竜を探し、直接血を採りに行かなくてはなりません」
しかし、これには問題がいくつかある。
まずは、水竜の居場所がわからないこと。そして、仮に居場所を突き止めたとして、簡単に血を分けてくれるとは限らないということ。
更に、水竜がいる場所へ向かわせる人員もいない。
「本来であれば、父親として私が向いたいところではありますが、国のことを考えると、すぐに結論を出すことはできません。親として、大変心苦しく思います」
ただでさえ、今の王国にはリガレフやあの黒い竜がまた襲ってきた場合の対抗手段がなく、それに割く人員的な余裕もない中で、政治の回復もしなければならないのだ。その上で国王の右腕であるセバスティアンが水竜の探索に出かければ、混乱する王都を正常化するのが困難なことが目に見えている。
「水竜探しについては、僕達が引き受けます。セバスティアンさんが王都を離れるわけには行かないでしょうし、そもそも竜を探すのは、僕達の旅の目的でもありますから」
願ってもないルベルトの提案。娘の命を他人に預けてしまうことに、セバスティアンは複雑な表情を浮かべて惑ったが、やがて意を決したように頭を下げる。横で見ていたセリスも、慌ててセバスティアンに習い深々と頭を下げた。
「…ルベルト様、皆様。何から何まで本当にありがとうございます。このセバスティアン、御恩は決して忘れませぬ。私の一生とは言わず、未来永劫、一族郎党を以て、必ずや御恩返し致します」
「お礼はまだ早いですよ。ハリエットさん、それにセリスが、確実に人の姿に戻れると決まったわけではありません。お礼ならば、その時に受け取ります」
「ルベルトさま…」
「竜探しはこちらの命題、気にしなくていい。人を救うために竜の血が必要なら、是非もない」
続けざま、暗に竜を討ち倒すことを仄めかすリィナに、今度はレナーテやルベルトが複雑な顔を浮かべる。
「…こほん。ルベルト様が言いましたように、問題の一部にはわたし達が対応します。つまり目下の問題は、城下町や国としての自衛機能についてになるわけですね」
険悪になりそうな雰囲気を察したエリーが、わざとらしく咳払いをしてから話題の転換を図ると、今まで大人しく会話を聴いていたシルヴィアが「その件で、わたくしに腹案があります」と口を開く。
「わたくしは国主導の元、ギルドを立ち上げたいと思っています」
今、王都ベルセラントは、リガレフによる貴族及び兵士の買収、有力騎士の左遷、誅殺の影響もあって、自衛のための戦力が全く足りていない。
建前上、留学先からの帰国となっているものの、シルヴィアは今回、他国へ留学に行ってはいない。しかし、以前には国家間交流として、隣国であるメルヴィルの視察に訪れたことがある。
メルヴィルの首都は商人の町としても有名で、昔から存在する有力な家の一部が貴族を名乗っているものの、ベルセラントのように国王は存在しない。国の方針の全ては、クランと呼ばれる商人を主とする集団議会によって取り決められる。
メルヴィルでは、国として兵力を持たない(商人の私兵は存在する)代わりに、どの国にも属さない法術師や武器の使い手達が集うギルドという組織によって、町を襲う魔獣の脅威を排除する他、国家間の争いにおける抑止力となっているのだ。
商人の町らしく、ギルドの担う役割は多岐に渡る。街周辺の魔獣討伐だけではなく、街道を行き来する商人の護衛や、魔獣が頻出する危険領域での鉱石や薬草の採取など、その自由度と汎用性は高い。
「馴染みのないわたくし達から見れば、ギルドとは連携のとれていない、力に覚えのあるはぐれ者の寄り合い、といったイメージが強いです。ですが、依頼に対する報酬のほとんどを金銭で解決する制度上、個々の能力は総じて高く、国を守るための意思もまた高いと感じたのです」
メルヴィルではある特殊な文化から、魔獣に対して非常に傾倒した殲滅思想を持っている者が多い。
それ故に、魔獣の討伐を活動の主として存在するギルドの創設はどの国よりも早く、また制度として洗練されている。商人が多い国柄もあり、ギルドが存在する他の国は多々あれど、最も効率を重視し、どの国のギルドよりも稼ぐことができるのがメルヴィルのギルドの特徴だった。
よって、ギルド加入者は自らの暮らしを守るために、町や国を率先して守ろうとする。
「なるほど。国主導となれば、ギルドで働こうとする民の生活も保障されますし、国が直々にギルド加入者に依頼を出すこともできます。創設の際、国の兵力とギルドが保有する戦力のバランスに気をつける必要はあると思いますが、様々な人が依頼を出す事で、街に暮らす民にもメリットはあるでしょうし、戦力を速やかに集めるにはうってつけかもしれません。姫様、一考の余地は十分にあると思われます」
「セバスティアンにそう言ってもらえると、少し自信が出ます。早速、お父様にご相談してみます」
「方針は決定した。あとは水竜の手がかりを探さなくてはならない。噂話でも良い、シルヴィア、セバスティアン、心当たりはある?」
「…関係あるかどうかはわかりませんが、先程もお話したメルヴィルには、人と竜が共存する集落が存在すると聞いています。また、首都は別名『水の都』とも呼ばれていますから、あるいは」
「人と、竜が、共存?」
リィナは、ことさらにそのことに喰いついた。
それは、ヴィリバルト=ヴァイゼンボルンが目指したかもしれない道であると同時に、自らの存在意義を根本から揺るがす可能性を秘めている。
未だ揺れ惑うリィナの心は、自分という存在の価値と意味を求め、この時既にメルヴィルへ向かうことを決意していた。
「他に有力な情報もない。まずはメルヴィルに向かってみようか。エリー、レナーテも、それでいいかい?」
「ルベルト様とご一緒なら、どこへでも」
エリーは即答し、レナーテは思うところがあるのか、ぎこちないながらも頷いた。
「ルベルト様、旅立つ前に陛下に会われては如何でしょうか。陛下も、ルベルト様にお会いしたいと申しておりました」
「…いえ、これからすぐに旅の支度をして、明日の朝には旅立つことにします。陛下のお身体にも障るでしょうし、お目通りは無事に水竜の血を手に入れてから、ゆっくりとさせていただきます」
「そうですか…残念ではありますが、そのお心遣い、確かに陛下にお伝えします。道中危険なこともあろうかと思いますが、何卒、よろしくお願い申し上げます」
それからリィナより、ハリエットやセリスへ、定期的に水のマナを法術によって分け与える方法などのレクチャーが行われた。
人と竜が共存する集落があると聞いてから、どこかぼうっとした表情のレナーテに、時折ルベルトが心配の目を向けていたが、リィナによる手ほどきも無事に終え、解散となった。
隠れ家を出て行く皆の後ろ姿を見ながら、レナーテはうわ言のようにポツリと呟く。
「ジェラールの話は、本当だったんだ…」
その口元に、笑みを讃えながら。
第二章 完
2018.5.10 誤字修正




