千年騎士と王国兵士
シルヴィアの帰国に賑わう街の喧騒を利用して、ルベルトはまんまと研究施設への潜入に成功していた。
まだ修理がされていなかったのか、先日レナーテが入り口の扉を破壊していたのも功を奏した。素知らぬ顔で正面から侵入したルベルトは、その足で地下への階段を探す。
(日中とは思えない暗さだ。この雰囲気だけでも、まともな研究を行ってるとは思えないな)
ルベルトが脱出したときは既に夜は更けていた。今よりも暗かったこと、レナーテの危機とセリスへの後ろめたさも相まって、自らが通ってきた道筋を朧気にしか覚えていないルベルトを、誰が責められよう。
(あのNo.5と呼ばれた少女が出てきたら厄介だ。一刻も早くセリスを助け出さなければ)
セバスティアンとの約束もある。最終的な目標は、ハリエットを探し出し、セリス共々二人を救出することだ。
確証はない。しかし、No.5と呼ばれたドラゴニュートが、ルベルトの予想通りハリエットであったなら…。尚更、セリスの救出を優先させた方が良い。
No.5はセリスという名前に対して明らかに反応していた。苛烈を極めた連撃が突如として止んだタイミングがそれを確信させ、攻撃を止めたことで研究員が激怒していたことから、No.5は未だリガレフの完全な支配下には置かれていないと考えられる。
圧倒的な戦闘力を誇るNo.5と出会ったとしても、彼女とセリスを引き合わせることが、結果としてルベルト単独で戦うよりも、生還率を高めることに繋がるはずだ。
ルベルトは息を潜め、極力足音を立てないように、一歩、また一歩と警戒しながら移動する。
「……っ!?」
その耳に、コツ、コツ、と足音が聞こえた瞬間、ルベルトの額にはじわりと冷や汗が浮かぶ。
元よりルベルトは、心身ともに騎士としての教養を身に着けている。正面突破ならともかく、こういった盗賊紛いのことは今回が初めてで、不慣れながらも声を上げなかったことは、素直に賞賛に値するだろう。
咄嗟に壁に身を隠し、ルベルトは耳を澄ませて様子を伺う。
ドクン、ドクンと高鳴る心臓の音が、大きく聞こえる気がする。
…足音は、徐々に遠ざかっていった。
見つからなかったことに安心し、ほう、と息を吐いた瞬間。
「ねぇ、あんた」
「はっ!?」
…しまった!油断した!
ルベルトは飛び退いて、腰に刺していた鞘から剣を抜き放った。
(迂闊だった!足音に気を取られる余り、他への警戒が疎かになっていた!)
抜いた剣を右手に持ち、背中に担いでいた盾を左手に装備。身を盾で隠すように屈め、いつでも剣を振るえる態勢を整える。
「待って待って、あんたと事を構える気はないよ。少し話がしたいんだ。物騒だからその剣を下げてくれない?」
そこに立っていたのは、高身長で中性的な顔立ちをした女性。城を守っていた兵と同じような防具を身に着けているのが印象的だった。
「君は…この施設の人間では、ないのか?」
「そうだけど、話の前に剣を納めてくれない?あたしはほら、見ての通り武器なんて持っちゃいないんだからさ」
さばさばとした雰囲気に毒気を抜かれたルベルトは、急襲を警戒しつつ女性から目を離さないようにしながら、言われたとおりに剣を鞘に戻した。
「そうこなくちゃ。これで少しは落ち着いて話ができるってね」
ふう、とひと息ついた女性兵士は、快活そうなその顔をルベルトに向けて、笑顔を作った。
暗がりだが、女性の髪は短く揃えられ、赤みがかった色をしているように見える。
「あたしはロージエ。昨日、リガレフの野郎にこの施設にぶち込まれてさ、防具はその辺から拝借したんだけど、武器は模造品ばっかでろくに使えそうなのがなかったんで、こんな中途半端な格好してるってわけ」
「リガレフに…?見たところキミは国の兵士だろう?そんなキミがどうして」
「あー…まあ、なんていうのか、要するに気に入られたみたいなんだ。元々しがない傭兵だったから、あいつはあたしのことなんて知らなかったんだろうね。ちょっと前の戦で大怪我しちゃってさ。その時に助けてもらったこの国に恩義を感じて、最近この国の兵士になったから」
彼女…ロージエが言うには、王国の兵士達は、街の情勢などを事細かに伝えるようにリガレフに厳命されており、毎日交代でその報告役を務めているらしい。
報告に行った兵士の生還率は、おおよそ二人に一人。実に半分が、報告の内容に癇癪を起こしたリガレフに殺されてしまうという。
昨日報告役を務めたロージエは、間近に見たリガレフの態度で、それが真実だったと知る。それと同時に、傭兵崩れのロージエにアントニオ国王が示し、自らも思い描いていたこの国の繁栄が、リガレフによってもたらされることはないと確信したのだそうだ。
「で、あたしも殺されそうになったんだけど、あの野郎、あたしが女だと知ると態度を変えてさ。こんなところに閉じ込められることになったわけ」
王の間に呼ばれた時は言い知れぬ恐怖に怯えていたが、元より豪放磊落な性格のロージエは、リガレフが王としての器を備えておらず、その本性も恐れるに足りない小さなものだとわかると、途端に怯えるのが馬鹿らしく思えた。
大方夜の相手でもさせられるのかと思っていたが、その時は舌を噛んで死んでやる、と心に決めてからは気が楽になったと、明け透けに笑うロージエに、ルベルトは歴戦の勇者の姿を見た。
「ロージエさん。おそらくですが、リガレフはあなたをそんなまともなことに使うつもりではなかったのだと思います」
「まともだって?自国の兵士を女だからって閨に呼ぶのだって相当下衆だと思うけどね。それじゃ、あんたが思う、あたしの使い道ってなんなのさ?」
「おそらくリガレフは、ロージエさんをドラゴニュートにしようとしていたのではないか、と思っています」
全ての民がドラゴニュートへ変えられているわけではないことから、選定には何らかの条件があることは想像に難くない。
セリスとの会話から、ドラゴニュートの媒体には、マナの扱いに長けている人が望ましいのではないかと、ルベルトは考えていた。
髪の色が赤いことや、戦場を経験して生き延びてきたというロージエには、その素養があるのではないかと思い至ったのだ。
「ドラゴニュート?…そういえば、リガレフとあの黒いフードの男がそんな話をしていたような…」
「黒いフードの男…?」
「あたしも昨日初めて見たんだ。たしか、ジェラールとか呼ばれてたよ。あたしとリガレフ以外誰もいなかったはずなのに、急に玉座の後ろから現れてさ、顔もフードですっぽり覆ってて、薄気味悪い男だった」
黒いフードの男。ルベルトはそのような男の存在など聞かされていなかった。
ただ唯一心当たりがあるとすれば、この国がおかしくなり始めた原因と思わしき、セバスティアンが言っていた『怪しい男』である可能性くらいだろうか。
「ところであんたは、こんなところで何してるのさ?見たところ脱走というよりは、侵入者みたいだけど」
「ああ、自己紹介が遅れました。僕はルベルト、ここの地下に囚われている少女を救い出しに来ました」
「地下に囚われている少女…か。ちなみにルベルト、質問ばっかりで悪いんだけど、さっきのドラゴニュートってのはなんなのさ。リガレフの会話からは、何らかの兵器みたいにも思えるけど、それとあたしがどんな関係がある?」
「簡単に言えば、人に竜の力を無理矢理移植して、身体能力やマナの扱いを格段に向上させようとする実験の、その被検体のことです。まだ完成してはいないようで、実際に戦場で使えるまでには至っていないようですが」
「人に竜の力を?」
「はい。僕も先日ドラゴニュートと対峙しましたが、その動きは人を超越していました。ただ、研究の過程が問題なのか、そもそも実験自体に無理があるのかはわかりませんが、とても自我を保ってるとは言い切れず、まともに戦えるのは一人だけでしたけど」
ルベルトは合わせて、No.5と呼ばれていたドラゴニュートと、それ以外の三体についてもロージエに話した。
「つまり、そのNo.5以外は、実験の失敗作ってことか。胸クソ悪い話だね」
「ええ。ただ、そのNo.5も決して成功とは言えないのかもしれません。他の3人とは明らかに動きが違いましたが、それでも完全に自我があるとは思えませんでした。残り少ない自我は、全て命令されたままに動くように使われていた…そんな感じがしました」
そして、セリスの名前を聞いたNo.5は、残っていた僅かな自我を絞り出すようにして、ルベルトにセリスを託したのかもしれないのだ。
「あたしは、そんなおぞましい実験に晒されていた可能性もあったわけだ。つくづくあの子には感謝しないとね」
「あの子?」
「ああ、あたしはさっきまで地下牢に入れられてたんだけど、今日の朝方、だと思う。急に子供の声が聞こえて、暇つぶしに色々話したんだ。しばらくしてからその子が、ここから出たいかって聞いてきたから、あたしは、そりゃ出たいに決まってるって答えたのさ」
そうしたら、何故か牢にかけられていた錠が鍵もないのに外れたのだという。
「あたしはチャンスだと思って、その子も一緒に逃げるために鍵を探してくることも伝えたんだけど、わたしはここに居るって聞かないから、悪いとは思ったけど無我夢中で逃げ出してきたってわけ」
ルベルトの時と同じだ。
どのような技なのかはわからないが、ロージエが囚われていた牢の錠を開けたのは間違いなくセリスだ。
そして、やはりここから出ることを拒んでいる。
つい長々と話し込んでしまったが、今は可及の用事がある。フードの男という有用な情報は得られたが、これ以上の足止めは望ましくないだろう。
「ロージエさん、僕は急がなくてはいけません。一刻も早く、セリスを助け出さなくては」
ルベルトは駆け出そうとしたが、ロージエがルベルトの腕を取って引き止める。
「待って。急いでる所悪いけど、もうひとつ聞かせてよ。そのセリスってのは、あんたにとってなんなんだい?」
「…僕にとって、か。強いて言うなら、助けなければいけない存在でしょうか。ある人に頼まれているのもそうですが、僕自身、彼女をこんなところに閉じ込めておくのは看過できないのです。彼女は幸せになる権利がある。自分の足で歩もうとする、その一歩目を踏み出せるように、背中を押してあげたいと、そう思うんです」
ルベルトの瞳に宿っている強い意志を感じ、ロージエはふぅん、とルベルトを値踏みするように視線を上下させた。
「ロージエさん、詳しい話なら脱出し終わったあと、いずれどこかでしますから、今は」
「あたしのことはロージーでいいよ。多分その少女っていうのは、あたしを牢屋から出してくれた子のことだと思う。さっき通ったばかりだから、地下への道なら案内できるよ」
「それは…いや、しかし…」
地下への道を探していたルベルトには、ロージエの提案は願ってもないことだが、嬉々として飛びつくには抵抗があった。
「まあ、脱走してきたあたしが案内するってのは、ルベルトが遠慮するのもわかるけどね。さっきも言ったように、あたしはあの子に逃がしてもらった。少なくとも引け目は感じてるし、そんな子を王子様が助けに行こうとしてるんだ、手伝いたいと思うのは当然のことさ」
「しかし、女性であるロージエさんまで危険に晒すわけには…」
「ロージーでいいって。あんた、今時珍しいね。男が女を守る時代なんて、法術がなかった千年前じゃあるまいし、かなり希少だよ?心配しなくても、あたしは戦場で慣らしたこともある一端の兵士だ。足は引っ張らないよ」
「そう、ですか…」
そこまで言われては、断るのも野暮だろうか。
自らの考えが前時代的な古いものだということも衝撃を受けたが、今は時間が惜しい。ここはロージエに甘える方が良さそうだ。
「わかりました。それではロージーさん、よろしくお願いします」
「敬語もいらないよ」
にっ、と歯を見せて笑うロージエに、ルベルトは望み通り敬語を止め、よろしく頼む、と言って手を差し出した。
「こちらこそよろしく。さあて、お姫様を助け出しに行こうじゃないか。こっちだよ、あたしに着いてきな!」
固い握手を交わしたルベルトとロージエは、セリスを救い出すために駆け出した。




