千年騎士と千年従者Ⅱ
翌日。
ルベルトはエリーと共に町を歩いていた。
月に数回、グライスナー家の使用人に神殿の警護を頼み、食料品の買い出しや、町の様子を見に、ルベルトはこうしてエリーと連れだって町へ赴くことがある。
千年騎士として、神殿だけではなく、竜から町を守っているということを喧伝するためにも、必要なことだった。
竜に対する恐怖や憎悪も、千年前と比べれば若干緩和されているのだろうが、千年巫女や千年騎士は、竜よりも格段に、その存在を軽視されているのが現状だった。
それについては、ルベルトは寂しい気持ちになりながらも、仕方のないことだと理解はしていた。神殿は町からも離れているため、実際に竜と戦っているところを見られる機会がないことも、有り難みを忘れられていくひとつの原因なのだろう。
仮に、物見遊山で神殿にこられても、町の人を不要な危険に晒すことになるため、その点についてはそれで良いと思っている。しかし、立場上労働して賃金を得ることができないため、こうして忘れられないように顔を出さなければ、食料を分けてもらうこともできない。
数百年前までは、竜族に対抗し得る人族の切り札として、千年巫女や千年騎士の存在は有難がられ、食料なども町の人が神殿へ運んでくれていたようだが、その慣習も風化し、今ではややぞんざいな扱いを受けることも珍しくない。
「おお、エリーちゃん! 今日はいい野菜が入ったから持っていきな!」
「わぁ、本当に美味しそう! おじさま、ありがとう!!」
「エリーちゃん! 今日も可愛いね! この魚持ってってよ!」
「いつもありがとうございます!ありがたくいただきまぁす!」
しかし、エリーと一緒に町を歩くと、こうして町の人がエリーに食料などを分けてくれる。小さな頃からこの町で育ったエリーは、その明るい性格と、人当たりのよさ、男女問わず誰もが可愛いと思う顔や仕草から、町のみんなの人気者であり、こうして町を歩くだけで、実に様々な人が話しかけてくる。
「あ、騎士のお兄ちゃんも一緒だ!」
「ルベルトさま、いつもありがとう」
「ああ。君たちも元気そうで良かった」
なかには、ルベルトにもこうして話しかけてくれる人もおり(大半は子供やご老人だが)、竜との戦いに身を投じるルベルトには、心暖まる大切なひとときとなっている。
もっとも、エリーに言わせると、
「月に数回しかない、ルベルト様との貴重なデートの時間ですから、ルベルト様が町にいらっしゃるのは、わたしにとって最高のご褒美です!」
なのだそうだ。
買い物が終わると、ルベルトとエリーは決まってある店に顔を出す。
カランカラン、と扉についていたベルを鳴らしながら、ルベルトとエリーが店に入っていくと、
「おう、いらっしゃい。ん?…ルベルトじゃないか!久しぶりだなあ!」
亡き父の親友で、武具屋を営んでいるパウロは、時折顔を出しにくるルベルトを、我が子同然のように思っており、武器や防具の手入れなどを行ってくれる、竜との戦いには欠かせない存在だ。
多少の武具の手入れはルベルトにもできるが、甲冑そのものに穴が空いてしまったり、剣が折れてしまったりすると、専門家の手がどうしても必要になってくる。しかし、今日ルベルトがここにきた最大の理由は、それとは別にある。
「パウロさん、ご無沙汰しています」
「パウロおじさま、お邪魔致します」
ふたりはそれぞれ挨拶を交わすと、パウロはルベルトの背中に担がれた大きな盾を見て、来店した意味をすぐに理解した。
「『千年盾』の護法が弱くなってるな。最後の戦いに向けて、それを強化しにきたってとこか、ちょいと待ってな」
パウロは店の奥に姿を消すと、片手に収まらないほどの大きな鉱石を手に抱えて戻ってきた。
マナ結晶と呼ばれるその鉱石は、それ事態が高純度のマナを蓄えており、土の法術の一種によって、別のマナ結晶にマナを移すことができる。
ルベルトの千年盾は、ひと塊の大変大きなマナ結晶を加工して作られたもので、マナ結晶が年々枯渇の一途を辿っている現代では、その価値は計り知れないほど高価であり、千年騎士が代々受け継いできたものである。
その盾自体に、相当量のマナを保有していることで、竜からの攻撃を防ぐことができ、マナ結晶でできた装備品にマナが蓄えられている状態や、マナ移動させることを、護法が施されていると言ったり、護法を施すと言ったりする。
結晶が大きければ大きいほどマナを溜め込むことができるが、自然界において、パウロが持ってきたほどのマナ結晶は、なかなか見つけることができない。
今ではマナを使いきった大きな結晶を保管しておき、自然界で採れる指先ほどの小さなマナ結晶から、コツコツと護法によってマナを移し、溜め込んでいくことが通例となっており、大変な手間と労力がかかっている。
マナ移動の法術は、その移動するマナ量に関わらず、一回行うごとに大変な集中力を必要とするため、前準備にかかる時間も考慮すると、千年盾のようなマナ結晶で作られた武具に護法を施せる武具屋は限られている。
パウロは、土の法術を使用して盾に護法を施すと、その大柄な体格を仰け反らせ豪快に笑った。
「ルベルト!これで俺の分まで戦ってくれや!もう少しで役目も終わるんだろ?エリーちゃんも、悔いのないようにな!」
「「はいっ!」」
時間をかけ、苦労して溜め込んだ貴重なマナを惜しげもなく使い、そう送り出してれたパウロに感謝しつつ、ふたりは店を後にした。
…………………。
夕方。夕日独特の暖かみのある光に包まれながら、町一番の大きさであるグライスナー家の屋敷の前で、ルベルトとエリーは向かい合っていた。
「それじゃあエリー、今日はこれでお別れだね」
「はい、毎回覚悟はしていますけど、こうしてルベルト様とのひとときを過ごした日は、いつものことながら、一層名残惜しいです」
「そうだね。僕も楽しかったよ」
別れを惜しむふたりは、離れて暮らす兄妹のようにも、恋人のようにも見えるが、遠目に見た者には、恋人同士にしか映らないであろう。
「ルベルト様…わたしの勘違いでなければですが、もしかして巫女様がお目覚めになるのは、明日なのではないですか?」
その言葉に、ルベルトは驚きの表情を浮かべる。急なことで取り繕うこともできなかったため、エリーの推測が正しいことを暗に示してしまったことになる。
ルベルトはエリーに、最後の戦いが近い、ということは伝えていたが、詳しい日時は、敢えて伝えていかなった。
伝えてしまえば、エリーの言い出しそうなことは簡単に予想がつくからだ。
それでも、こうして確信を持って問われれば、やはり正直に答えざるを得ないだろう。ルベルトは大きく息を吸い、一呼吸を置いた後、覚悟を決めた。
「エリー、きみの言うとおりだよ。明日、紅い竜が神殿の封印が解かれる少し前にやってくるだろう。戦いに決着がつくか、もしくは僕が持ちこたえれば、巫女様はお目覚めになる」
やっぱり、と言いたげな表情のエリー。
心配をかけないために、こうして黙っていたわけだが、幼い頃からの付き合いのためか、はたまたエリーの観察眼によるものかはわからないが、どうやらおおよそ察されていたらしい。
「ルベルト様。危険だからと、今までは竜との戦いがある日には、そちらに行きませんでしたが、今回はわたしも同行させて下さい。ルベルト様の最後の戦いを見届けたいのです」
そして、それを知ったエリーがこう言ってくることも、ルベルトの予想通りだった。
「よく聞いてくれ。明日の戦いは今までとは根本的に違う。何故かはわからないけど、これまで僕は、紅い竜が来る日がわかっていた。当然、明日が最後であることもわかる」
それは千年騎士としての血がそうさせるのだろうか。自分でもわからないまま、直感的にそう思ってしまうのだ。
「僕は明日、紅い竜を倒すつもりで戦う。今までは神殿の守護を一番に考えなければいけなかったけど、明日は違う。もし神殿の扉が開き、それでも尚、紅い竜が攻撃を止めなければ、巫女様を危険に晒すことになってしまう」
だから、明日は死闘となるかもしれない、と続けてルベルトは言った。
「だったら尚更です!わたしに、ルベルト様が死ぬかもしれないのに、ただ安全なところで待っていろと言うのですか!?そんなことできません!」
エリーは、必死に懇願する。
「もし、万が一ルベルト様が負けてしまった時、わたしの命に代えてもルベルト様をお救いします!可能な限り、巫女様も助けます、ですからっ…」
「エリー」
ただ、名前を呼ばれただけなのに、エリーは何も言えなくなってしまった。
まっすぐに自分に向けられるその瞳が、あまりにも優し過ぎたからだ。
「エリーは僕に勇気と誇りをくれる。エリーの信頼が、いつだって僕に力を与えてくれる。だからエリー、その全力の信頼を、僕にくれないか。その信頼で、僕を助けてくれないか」
…ああ、ずるい。
こんな風に言われては、本当にもう、何も言えないではないですか。
好きな人にこんな優しい瞳で見られては、わたしは、笑顔で送り出すしかないではありませんか。
「ルベルト様…」
言いたいことはたくさんあった。しかし、色々な思いが複雑に絡み合って、エリーはルベルトの名前を呼ぶことしかできなかった。
もし、万が一、億が一、ルベルトが死んでしまったら、どう生きていけば良いのかわからない。どうやって正気を保てば良いのかわからない。
ルベルトを失うことが、怖くて怖くてたまらない。
巫女様が最も大切であることは百も承知だ。そのために、千年騎士であるルベルトが存在し、その従者たる自分がいるのだから。
しかし、千年従者としてではなく、一人の女として、エリーは常々思っていたことがある。
千年も続いてきたこんな役目など捨てて、ふたりでどこまでも自由に生きていきたい。誰も自分たちを知らないところまで逃げて、幸せに暮らしたい。
ルベルトを失えば、今まで生きてきた意味も、これから生きていく意味も、両方同時に失う。
だが、それでも。ひとりの女として、千年従者として、期待には答えなければならない。
「エリーは…ここで巫女様を連れて、ルベルト様がお戻りするのを待っていることにします。食べきれないほどにたくさん、お祝いの食事をご用意しておきます」
震える声を圧し殺し、恐怖に染まろうとする表情を笑顔で押さえつけ、それでもエリーは言った。
「ああ、必ず戻る。エリー、ありがとう」
そう言い残し、エリーの頭を数回撫でたあと、ルベルトは神殿の方へ帰っていった。
涙をこらえて、エリーはルベルトの姿が見えなくなるまで、その場に立ち尽くしていた。夕日に向かっていくルベルトの後ろ姿は、エリーにはとても大きく見えた。
2017.11.01 誤字修正




