竜人(ドラゴニュート)と王国執事
どうか力添えをと懇願するセバスティアンに、ルベルト達の反応は様々だった。
含みなく賛成の立場を取ったのは、元より人助けに積極的で、セバスティアンの話に共感していたルベルト。
「人助けになるのなら、僕は協力したいと思います。それに、セバスティアンさんの話だと、レナーテに疑いを持っている方も少なくないでしょう。彼女の名誉のためにも、できることはやらせて下さい」
ルベルトは手放しで賛成したが、集落を焼き尽くしたという竜の存在も気になっていた。証言できる者が残っていない以上、本当にそれが竜による仕業だったのかを確かめることは難しいが、ルベルトにとってレナーテは絶対の味方だ。それを出来るだけ多くの人にわかって欲しいと思った。
ルベルトの場合は、リガレフと直接話したことがあり、その醜悪さの片鱗を見ていたというのも大きいだろう。
そんなルベルトを見て、元は反対寄りの考えだったレナーテは方向を修正して「誤解されたままでも構わないけど、ルベルトがそう言ってくれるなら、あたしも手伝うわ」と、ひとまず賛成とした。
ただ、ルベルトを心配に思うレナーテの表情は、昨日の件もあって歓迎してるとは言い難いものだ。
「私はどちらでも構わない。時間は惜しい。けど、そのドラゴニュートに会うことで情報が手に入る可能性もある」
能動的なルベルトとレナーテに反して、リィナはあえて流れに身を任せる。
旅の目的がはっきりしており、急ぐ立場にある彼女がセリスの救出を否定しなかったのは、ルベルトの意を汲み取る他、竜の情報が手に入る可能性を考えての側面も強い。
彼女は惑っているが、自分の使命を忘れたわけではない。当初よりも幾分か態度を軟化させたリィナは、自らの意志で力の使い道を決めるためには、何よりも現代の知識が必要だと考えている。それは、多くの場所を訪れることだけではなく、ひとつの地に留まってより深く人々の生活を観察することも含まれていた。
概ねが賛成に傾きつつある中、エリーだけは違った。
「ルベルト様、危険すぎます。セバスティアン様が私達の味方だという保証がどこにもありませんし、不躾ながら、シルヴィア様がリガレフに継ぐ王位継承権を持っているという事実も、王都で暮らしたことのないわたし達には判断できません」
そもそも、ルベルト達の中で一番世情に詳しかったエリーですら、かろうじて王の名がアントニオだと知っていた程度だ。王都から遠く離れた町に住み、生まれてから町の外に一度も出たことのないエリーには、王位継承権の順位など知ることもできなかった。
シルヴィアが仮にリガレフに継ぐ王位継承権を持っていなければ、リガレフに異を唱える自分達はただの逆賊である。
エリーは続けざまにそのようなことを捲し立てるように話した。セバスティアンから予想もしなかった話を聞かされた後で、これほど客観的に状況を分析できているのは、一重に彼女が聡明だからだ。
あまりにも適確な指摘に、この場でシルヴィアの王位継承権についての証拠を出せないセバスティアンは舌を巻いた。
「自国のことはもちろん心配ですが、あくまでもわたし達は、ルベルト様が助けたいと願った少女を救うことを優先して、リガレフの打倒には関与するべきではないと思います」
助けを求める国の関係者に、平然とこんなことを言うエリーは「事態を招いたのは国の責任であって、自分達が危険な目に合うのはおかしい」と主張する、身勝手な国民だと思われるのだろう。
しかし、ルベルトを初めとする一行は、普段は淑やかで面倒見の良いエリーが、こうして躍起になるのは、ルベルトに起因することばかりだと知っている。今回も、ルベルトを危険に晒すことを忌避しているだけで、国がどうなろうと知ったことではない、などと思ってはいない。
「エリー様のご慧眼、感服致します。おっしゃるとおり、これはあくまでお願いであり、皆様のご意思が優先されるべきだと、私も思っております」
「セバスティアン様、申し訳ございません。あなたのこと、そしてシルヴィア様のことを信用していないわけではないのです。今はこのお役目も日陰にありますが、わたしは千年従者。ルベルト様がみすみす危険に晒されることなど、看過できることではありません」
平身低頭するセバスティアンに、エリーは淑やかだが確かな強さで言い切った。どうやら、セバスティアンが真に説得すべき相手は、千年従者、エリー=グライスナーだったようだ。
ルベルトほど剣術や法術の才能も無い。リィナのような膨大なマナも持ち合わせていないし、レナーテのように竜になれるわけでもない。しかしエリーには、高い教養と学が身についている。
それは彼女が、いつかルベルトと旅立つ日を夢見て、必死に磨いてきた彼女だけの武器だ。
「心配してくれてありがとう、エリー」
やはりエリーは頼れる。幾分慎重すぎる傾向にあるものの、その意見は紛うことなき正論である。自分を心配して、毅然とする彼女を無視してセバスティアンに手を貸す決断は、ルベルトにはできなかった。
「では、どうするの。このままでは、そのドラゴニュートを助け出すことも難しい」
しかし、リィナも言うとおり、このままではセリスを助け出す糸口が見つからないことも確か。
「わたし達の利害は一致していますが、決断するには一押しが欠けています。せめて確固たる証拠や、信じるに足る何かがあれば…」
「悩まなくていいじゃない。その二カルドとかいう奴をやっつけて、あの建物をぶっ壊せばいいんでしょう?」
進展しない話し合いに飽きてきたのか、そんなの簡単よ、とレナーテが極論を言い出す始末。
明らかにリガレフの名前を覚える気のないレナーテは名前を間違っていたが、咎める者はいなかった。
「そ、それは困ります。わたくしや研究施設はどうなっても構いませんが、民を傷つけるのは…」
言い伝えにある竜の力を知るシルヴィアは、彼女が本気を出せば、街や民に尋常ではない被害が出ることを確信し、涙目になりながらレナーテをなだめる。
沈黙が場を支配した。
重苦しい雰囲気の中、不意にセバスティアンが「先ほどから気にはなっていたのですが、ひとつだけ、ご質問してもよろしいでしょうか?」と誰ともなく問いた。
一同に構わないというニュアンスが含まれていることを確認し、ある可能性に気がついたセバスティアンがいつになく強張った表情で口を開いた。
「先ほどエリー様が仰られた『ルベルト様が助けたいと願った少女』、それは、ルベルト様が昨日見たドラゴニュートの少女のことなのでしょうか」
セバスティアンの発言にレナーテは、なによ藪から棒に、という怪訝な表情を浮かべたが、口を挟むようなことはしなかった。
その疑問には、実際に半人半竜の少女と対話したルベルトが答える。
「そのとおりです。僕は昨日、研究施設内の地下牢でひとりの少女と出会いました。彼女は実験を繰り返すうち、人ではなく、まして竜でもない体になった自分に悲しみ、そして絶望していました。彼女は最後に、ここを出るわけにはいかない、とも言っていました」
ルベルトと壁越しに話し、楽しそうに話を聞いていた声は『この場所から出たくない』などと考えているようには思えなかった。出たくても出られない、そんな理由があるのだとしか、ルベルトには感じられなかった。
「僕は彼女に、セリスに約束しました。必ずまた会うと。願わくば彼女をあの地下牢から連れ出し、澄んだ心のまま、救ってあげたいんです」
セリス。
その名前を以って、膠着した状況は一変することとなる。
聞いた瞬間、セバスティアンが、そしてシルヴィアもが目を見開いた。
「セリス…?ルベルト様!今、セリスと言いましたか!?」
今までの紳士的な言動が嘘のように、セバスティアンは獣のような速さでルベルトの両肩を掴み、激しく揺さぶった。
「そんな…セリスが、ドラゴニュートに…」
隣に座るシルヴィアは、悲壮感を漂わせて呆然となっている。
「あんたいきなり、なんっ、なのよっ!」
ガクガクと揺さぶられるルベルトを、セバスティアンの手から強引に引き剥がしたのはレナーテだった。
無意識に自らの取っていた行動を省みて、はっとした表情を浮かべたあと、セバスティアンはきつく歯を食いしばる。
「申し訳ございません…あまりの動揺に、つい」
「セバスティアン、あなたはそのセリスというドラゴニュートを知っている…?」
リィナがセリスをドラゴニュートと言ったことで、セバスティアンの顔はより一層険しくなったものの、同じ失敗は繰り返さないのはさすがと言えた。今度は感情を昂ぶらせることなく、セバスティアンは呻くようではあったが、言葉を絞り出した。
「おそらくその、ドラゴっ…ニュートは…セリスは、血こそ繋がっておりませんが、私の娘でございます」
「娘…!?」
セレスティア=ローウェン。
親しい間柄では、セリスと呼ばれるその少女の正式な名はそういった。
苦悶の表情をより色濃くしたセバスティアンは、辿々しく語り始める。
今よりもセバスティアンが十数歳若かった頃。所用で城下を訪れた際に、門の前で行き倒れていた二人の少女を保護したことがある。
年端もいかぬ二人の少女は、ボロボロの衣服を身に着け、まともに食事を取っていないことが一見でわかるほどに痩せ細っていた。
髪の色は、どの四大属性にも当てはまらない白色。そんな二人が、手を繋いだまま門前で倒れ、今にも命尽きようとしていたのだ。
直ぐにセバスティアンは門番に言いつけ、二人の少女を自宅に運びこんだ。
セバスティアンの懸命な看護によって命の危機を脱し、目を覚ました少女達は、なぜここにいるのか、どうやってここまで来たのか、そして自分達の名前さえも覚えていなかった。
唯一覚えていたのは、二人が姉妹であること。ただそれだけだった。
セバスティアンは二人を養子にすることにした。結婚こそしていたが、セバスティアンには子供はいなかったし、唯一の家族だった妻は、少女達を保護する数日前に流行病で息を引き取ったばかりだった。セバスティアンは少女達に、何かの縁を感じたのかもしれない。
快活でじゃじゃ馬気がある姉にはハリエット。大人しいが、包み込むような優しさを持った妹にはセレスティアと名付けた。
傍から見れば親子ごっこのように見えていたかもしれないが、セバスティアンは確かに、懸命に生きようとする二人の娘に、自らの生きる意味を見出していた。
完全に回復したあとも二人はとても仲が良く、行動する時は常に一緒だった。早く早くと急かすハリエットに「お姉ちゃん、まってよぉ」と必死でついていくセレスティア。そんな光景が日常だった。
既にセバスティアンの歳は四十を超えていたが、血の繋がっている親子以上に三人は仲睦まじかった。十代の頃からアントニオ一筋で仕えてきたセバスティアンは、腹心として長く支えてきたこともあって、身分違いではあったがちょうど似通った歳であったシルヴィアとも二人は仲が良かった。
いつしか、永遠に続くと思えていた幸せは、ある日突然崩れ去った。
その頃、王城は揉めに揉めていた。
先のセバスティアンの話にもあったとおり、妃と王位継承権第一位の皇太子の急な訃報に始まる一連の最中、リガレフによってハリエットとセレスティアがどこかに連れ去られたのである。
二人の娘がどこに幽閉されているかも知らされないまま、人質として娘を捕らえられたセバスティアン。表面上リガレフに付き従いながら、影でアントニオと邂逅しては打開策を模索する日々。
薄々、研究施設に連れて行かれているのではないかとは思っていた。リガレフの口からも、それを臭わせる発言はあった。
しかし、まさか自分の娘が、そのようなおぞましい実験に晒されているとは。
別に自分の娘でなければ良いと思っているわけではない。セバスティアンは心の何処かで、ドラゴニュートとは架空の兵器であり、さしものリガレフとはいえ、自らの国の民をみすみす殺すような実験をすることは無いだろうと思っていた。
リガレフの過激とも思える発言も、自分が耐えれば娘に危害を加えられることはないと、どこかで信じていた。
その結果が、これか。
「くっ…うう…おあああああぁぁっ!」
語り終えたセバスティアンは、およそ彼らしくもなく叫び散らし、頭を激しく掻きむしった。
その様子を見ながら、ルベルトの脳裏には最悪の可能性が過ぎっていた。
(まさか、最後に戦ったあのNO.5と呼ばれていた少女は…)
セリス、という名前を出した瞬間、急に止んだ追撃。
去り際に聞こえた、セリスを助けてあげて、という願い。
ルベルトは、髪の毛が逆立ちそうな程の震えを抑えきれなかった。
事前にルベルトの話を聞いていたエリー達も、ルベルトの考え、つまり、NO.5と呼ばれていたドラゴニュートの正体を察して、戦慄した。
しかし、そのことを今のセバスティアンに伝えるのは憚られる。
何しろ、まだ自我を保っていたセリスとは違い、NO.5と呼ばれていた少女にはほとんど自我が残っていないように見えた。自分の娘が、信じた国の皇太子によって心の無い兵器とされた可能性があるなど、残酷なことを言う気にはなれなかったのである。
リガレフは、狂っている。
セバスティアンが言っていた、怪しい男がそれを首謀しているのなら、そいつは更に狂っている。
この瞬間。セバスティアンの決して演技ではない行動を見て、彼もまた被害者なのだとルベルト達は確信した。現実に怒り狂うその様子が、セリスを大切に思っている証拠だと思えた。
リガレフの急進力を奪い、このような悲劇を繰り返させないためには、全てのドラゴニュートを無力化し、研究施設を壊滅させなければならない。
その研究施設には、ルベルトが助けたいと願ったセリスがいて、それは同時にセバスティアンの娘でもある。
その上、セバスティアンは賢王と誉れ高いアントニオが考えた、民意をシルヴィアに向ける秘策があると言う。
皮肉にも、娘を思い自らの甘さと不甲斐なさに苦しむセバスティアンの姿が、彼が敵かもしれないというルベルト達の疑念を晴らしたのだった。
「エリー」
ルベルトが言葉少なにエリーを呼び彼女を見ると、エリーは口を真一文字に結びながら、力強い瞳でしっかりと頷いた。
セバスティアンが信用できると思える今、元より互いの利害関係は一致していたのだが、それが憂いの無い完全なものとなった。
「セバスティアンさん。セリスは僕達が助けます。同じ場所にいたのなら、ハリエットさんもです。だからどうか、お気を確かに持ってください」
セリス、ハリエット、と虚ろな目で何度か呟いたセバスティアンは、その瞳に薄っすらと光を取り戻したように、徐々に落ち着いていった。
「そうだ…そうでした。セリスはまだ生きている、ハリエットも、きっと生きている。私はそれを信じて、進まなければいけない」
正気に戻ったセバスティアンは、未だ弱々しい表情ではあったが、しっかりとルベルトの瞳を見た。
「ルベルト様、リィナ様、レナーテ様、そして、エリー様。どうか、私の娘達を、罪なき囚われた民達を、救うお手伝いを、どうか…!」
「わたくしからも、お願いします!」
頭を下げるセバスティアンとシルヴィアに、ルベルト達は歩み寄った。
「もちろんです。きっと、助け出しましょう!」
「ヴィリバルトが望んだかもしれない、人と竜の共存は、決してこのような形ではない。私も出来るだけ協力する」
「ただでさえムカツク奴なのに、そこまで腐っているなんて最悪ね。もしもの時は、あたしがトドメを刺してあげる」
「みんな、気持ちは一つになりました。セバスティアン様、わたし達はリガレフを許すことはありません。共に行きましょう!」
頼れる四者四様の言葉に、セバスティアンは涙ながらに、ありがとうございますと繰り返すのだった。




