ベルセラント王家と秘密の会談
「話の腰を折ってしまいましたが、僕にとってはとても大切なことだったので、わかっていただければ結構です。お話の続きをお願いします」
落ち込んだような、悲しそうな表情で俯くレナーテの横に座るルベルトは、セバスティアンに話の続きを促した。
レナーテが何かを考え込んでいるのはわかったが、感激していた様子のレナーテがどうしてそうなったのか、ましてやそれが自分に向けられた好意の裏返しであることなど、今のルベルトにはわかるはずもない。
「承知しました。それでは、僭越ながら」
レナーテの態度にありありと出ていた棘が消えたのを確認して、セバスティアンは話を切り出した。
「我が国は今、未曾有の危機に直面しています。皆様のお察しの通り、王家の人間である王位継承権第二位、リガレフ様によって」
言葉尻をすぼめるセバスティアンは、家臣の一人としてそのことを強く恥じているようだった。
「やはりそうですか。ルベルト様から聞いたお話でも、リガレフはとても正気とは思えませんでした。まるで国を私有化して、国家転覆を目論んでいるのかとさえ思いましたから」
エリーの率直な感想にもまた、セバスティアンは眉を八の字にして頷いた。
「事の発端は三年ほど前、ある日王城に怪しい男が現れ、アントニオ陛下に謁見を求めてきました。陛下は民の謁見にも快く応えるお方故に、国賓でもない限りは謁見の順番を割り込むことを許されません。無論私達はその男に陛下のご意思を伝え、順番が来るまでしばらくお持ちいただきたいと申したのですが、男は火急の用事であると、譲歩の姿勢は見せませんでした」
王が他の謁見や所用などですぐに対応できないケースはよくあることで、そういった場合は代わりに国の政務官などが話を聞くことが一般的だ。要件によっては、国王以外の王族が対応することもあり、ベルセラントでいえば、頭の回転が早く調整力に秀で、政に長けていた王位継承権第一位の皇太子であるダニエルが対応することも珍しくなかった。
その日も本来ならばそうなるはずだったのだが、ダニエルは公務で席を外していたため、今まで例はなかったが、代役としてリガレフが対応することになった。
「初めは私も同席し、数分はその男の素性などをお話をされていたのですが、男が何かをリガレフ様に囁くと、リガレフ様は部屋にいた全ての使用人を追い出し、人払いをされました。その間何をお話になっていたのかは存じ上げませんが、一時間ほどお話になった後、男は城を出ていきました」
その後から、事態は加速度的に進んでいく。
男との密談を終えた数日後、リガレフは突如として人竜戦争の再開が近いと国王に進言し、殆ど独断で、先日ルベルトが捕らえられたあの研究施設の建設を進めた。
アントニオは、何度も施設の建設を止めるようにリガレフに言い含めたが、時同じくして近隣の集落が燃やし尽くされるという事件が三度も発生した。
結果的に、それは竜の仕業だと主張するリガレフの言葉が民意を得ることとなり、竜を研究し、有事の際に対抗する手段を確保するという大義名分を掲げていた研究施設は、民に必要と判断されたのだ。民意があっては無下にもできず、アントニオは引き下がることを余儀なくされた。
竜が集落を焼き尽くす。レナーテは、遠い過去を思い出して拳を握りしめ、歯を食いしばった。
「それから時が過ぎ、研究施設は完成しました。しかしその数ヶ月後、今からですと約一年ほど前になりますが、ダニエル様と妃様が遠征先で不慮の事故に遇い亡くなられました。その一ヶ月後には、王位継承権第三位であったヴィオール姫も行方不明に。そして今から半年ほど前からは、アントニオ陛下の体調が徐々に悪くなっていき、今では一日の殆どを寝て過ごすようになってしまわれたのです」
そのような短期間でことごとく王族がいなくなるなど、歴史上でも前代未聞のこと。家臣たちは当然、漁夫の利を得た人間、リガレフが疑わしいと感じていた。
「国民の間では、陛下は家族を失った心労で衰弱したとの噂が流れていますが、私にはとてもそうは思えません。事実、リガレフ様が陛下に代わり国を治めるようになってからは、陛下の忠臣はことごとく不審な理由で国を去ることが続きました。中には、生きているのかも怪しい者もいます」
「毒か何かで、リガレフが陛下を亡き者にしようとしたということでしょうか。それがリガレフの謀略だという証拠は?」
ルベルトの質問に、セバスティアンは首を横に振った。
「確固たる証拠はございません。ただ、主筋であるリガレフ様にこのような事を言うのも憚られますが、元々あのお方は王たる器は持っておられませんでした。更に言えばそのやり方は、善政者の立ち振る舞いとはかけ離れています」
いくら王の代行とはいえ、国を運用する使用人や騎士の中枢を根こそぎ入れ替えてしまえば、国の体裁は保てなくなる。それを考慮したリガレフは、残した家臣たちを、ある方法によって力づくで従わせようとしたのである。
「千年前も今も、人に強制力を働かせる方法は限られている。人質をとるとか、そんなところ」
左様でございますと、リィナの言葉に苦しそうな表情のセバスティアン。
「そういった事情もあり、我々は大きな動きを封殺されていました。陛下は万が一を考え、唯一ご存命であったシルヴィア様をこちらに匿うよう、私に申し付けられ、病床に伏してなお、国を思って状況を打破する策を練っておられました。実行可能だった策の幾つかは試しましたが、どれも思うような成果は挙げられず途方に暮れる中、あなた達が現れたのです」
兵士から千年巫女の来訪を聞いたセバスティアンは、国王から事前に聞いていた策を思い出し、直ぐに国王に報告した。
報告を聞いたアントニオは即断即決。リガレフの目を掻い潜るため、王族が緊急時に使用する脱出用の地下通路を利用して、秘密裏に事を進めようとしたのだった。
「しかし、城の中には陛下の忠臣はわずかしか残っておらず、情報が洩れてリガレフ様の妨害に会い、先日はあのようなことになってしまったのです。大変ご迷惑をお掛けしました。改めて、心よりお詫び申し上げます」
深々と頭を下げるセバスティアン。
「でも、王様はなんであたし達にあんな話をしたわけ?あたし達を利用するなら、あんな説明しなくても良かったんじゃないの?」
いつの間にか平常に戻っていたレナーテに「利用するなど、とんでもございません」とセバスティアン。
「私はその場にはおりませんでしたが、皆様にお話した内容はある程度陛下から聞き及んでおります。私が部屋に入ったことで遮られてしまいましたが、実は陛下のお話には続きがありました。人が生み出す負のマナは、リガレフ様の研究と大きな関わりがあります。その前提をご理解いただくために、あえて回りくどいご説明をさせていただいた次第です」
「リガレフの研究とは、ドラゴニュートのことですね」
ルベルトは昨日のことを思い出し、もどかしい気持ちになった。
「その通りでございます。私にも詳しいことは解りかねますが、リガレフ様は負のマナを利用して、竜の血を人に分け与え、竜人を作り出すことに成功したようなのです」
「竜の血?この近くに、あたし以外の竜がいたのかしら」
「今となっては、その可能性が高いでしょう。私達は竜という存在は知っているものの、実際に見たことはありません。伝承から、この国におられる竜はレナーテ様、あなただけだと考えていたのです」
「つまり、そのブタ人間の研究に協力してたのは、あたしだと思ってたわけ?」
レナーテの怒気を孕んだ言葉に、失礼ながら、とセバスティアンは短く肯定した。
「ふざけんじゃないわよ!」
古びた小屋に、レナーテの怒声が響き渡った。
「それはあり得ない」
リィナの言葉に、そうね、と発奮しながらレナーテも同意した。
「ルベルト、昨日見た竜人の瞳は、どんな色だった?」
「青だよ。サファイアのような、美しい青だった」
セリスと直接話し、その瞳をまじまじと見たルベルトは、リィナの問いかけに逡巡することもなく答えた。
「つまり、竜は取り込むマナによって体の色素が変化するから、レナーテさんの血が媒体であれば、自ずと瞳の色も赤くなるはず、ということですね」
よって、レナーテがドラゴニュートの媒体であることはあり得ない。
「それでは、集落を焼き尽くしたという炎も、レナーテ様ではない、ということですか」
「あっったりまえじゃないの!」
レナーテは今度こそ激怒した。
「なんで…なんであたしがそんなことしなきゃいけないのよ!あたしは、二度とあんな光景は見たくない!そんなことをするくらいなら、あたしはいっそ死ぬ!何が何でも、自分を殺してみせる!」
レナーテの過去を知っているルベルトとエリーは、鎮痛な面持ちでその言葉を聞いていた。リィナは、いつもよりも更に表情が無く、努めて感情を押し殺しているようだ。
預かり知らぬことがあったとはいえ、ここまで言われては、さすがのセバスティアンも押し黙った。
「レナーテ、僕たちはわかっているよ。君は耐えた、千年もの間、罪の意識を背負って生きてきた。今聞いたように、集落を焼き尽くされたことは、本当に酷い話だと思うし、人為的にそうなったのなら、とても許されることじゃない。やったのがもし竜だとしても、レナーテが、全ての竜が悪いわけじゃないと、僕は信じてる」
「そう…そうね。うん、もう大丈夫。あたしは、ルベルトさえわかっていてくれるのなら、それだけで良いわ。それだけが大切で、特別なことだから」
一転、どことなく良い雰囲気に、エリーは、むむむと唸ったが「何か事情があったのでしょう、私の勘違いでございました。ご不快な思いをさせて大変失礼しました」と再三頭を下げるセバスティアンに気遣い、言葉を続けることを自重した。
「ですがセバスティアン、わたくしと皆様を引き合わせたことには、どのような意味があるのです?わたくしは現在、隣国へ留学していることになっているはずです。それとも、お父様の言う策と、何か関係が?」
話の成り行きを静観していたシルヴィアは、ある程度の事情は知っているようだが、セバスティアンの意図までは知らされていない。
「姫様には、リガレフ様をこの国から追放する旗頭となって頂きたいのです。陛下が病に伏し、ダニエル様とヴィオール様がおられない今、そのお役目は姫様しかできません」
「わたくしが、兄上を追い出す旗頭に…?」
現実味がないと困惑するシルヴィアの前に、セバスティアンは王直筆の署名が綴られた紙を取り出した。
「はい。その為には、陛下が王位を姫様に譲渡すると書かれたこの親書を掲げ、姫様の正統性を示した上で、城下や民に危害が及ばぬよう圧倒的な強さと速度で城を制圧することが望まれますが…私達だけで簡単に勝てるとは思えません。そこで」
お父様の代わりにわたくしが王に、と困惑するシルヴィアに向いていたセバスティアンの瞳が、しっかりとリィナを捉えた。
「千年巫女様を初めとした皆様のお力をお借りしたいのです」
つまり、セバスティアンは国王の名の元に、国を半ば実効支配しているリガレフに対してクーデターを起こそうというのだ。
この先、ドラゴニュートが完成を見れば、リガレフがどのような行動を起こすのかが予想できない。各国に宣戦布告をし、戦争へ発展することも考えられるし、武力によって民を蹂躙する可能性も考えられる。
それを未然に防ぐ為、手がつけられなくなる前にリガレフを打倒しようと目論んでいるのである。
「相手は今や次代の王に最も近い皇太子です。リガレフの圧政は、いくら城内では周知の事実とはいえ、王族間の抗争に事を発展させるには、事態が深刻化しているとの認識が民に薄すぎる気もしますが…」
昨日今日と見てきた城下の雰囲気は、明るく活気あるものだった。抗争を起こしたところで、旗頭となったシルヴィアに民意がついてくるとは思えない。
「少なくとも表面上はエリー様のおっしゃるとおりです。ですが、研究を進めるための度重なる税の引き上げや、中枢を追放することで機能しなくなった騎士隊、貧富の拡大による治安の悪化などで、民のリガレフ様への不満は高まりつつあります。また、一部の貴族や商人などは、これに気づいているきらいもあります」
領地を持っている貴族は、自治領に備蓄を溜め込むような動きが活発化し、有能な商人は既に国外に旅立っている者も少なくない。
「このままではいずれこのベルセラントは滅ぶでしょう。そうなる前に、リガレフ様から王位継承権を剥奪し、姫様が正統な後継者であることを民に示して頂きたいのです。民の意思を姫様に向けるための策は、ご用意しております」
「わたくしに、そんなことができるのでしょうか…」
「無論、全てはこちらにいる皆様の協力なくしては不可能です。どうか皆様、お力添えをお願いできないでしょうか」
セバスティアンはルベルト達を順繰りと見つめ、そう懇願した。




