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人竜戦争と千年騎士  作者: むるふ
第2章
23/38

竜と竜人(ドラゴニュート)


 王城を飛び出したレナーテは、微かに感じるルベルトのマナを追って、王都の東ブロックにある施設に辿り着いていた。


 いくらマナを視認できる竜とはいえ、ひとりの人間の、それも極僅かなマナの残滓を辿るなど、やすやすとできることでは無い。


 しかし、レナーテにとってのルベルトだけは違う。


 レナーテは千年も、一族と戦ってきたのだ。その感覚を元に、必死でマナの痕跡を探し、無我夢中でここまでやってきた。


 王城を飛び出してから、かなりの時間が経っている。一刻も早く、ルベルトを探し出さなくては。


「ああもう!なんなのよこの扉は…!」


 建物の扉を揺すりながら、レナーテは地団駄を踏んだ。


 日は完全に落ちている。入り口の扉は閉ざされており、押しても引いてもびくともしない。


(もういっそ…こんな扉、壊してしまえ…!!)


 ルベルトが心配で堪らないレナーテは、この時ばかりは人間らしく振る舞うことも忘れていた。


「……ふんっ!!」


 入り口の扉を思い切り蹴飛ばすと、扉を内側から固定していたと思われる、鎹の折れる音と共に、扉が開いた。


(ルベルト…どこにいるの…!?)


 元より微かだったマナの残滓は、時間の経過とともに更に薄くなっている。来た道を戻って探し直すのは、不可能と考えた方が良さそうだ。


 祈るような気持ちで、建物内に入ったレナーテは、蝋燭に灯された廊下をキョロキョロと見回しながら、違和感を覚えた。


(ここはなんなの? 人間の気配だけじゃない…これは、竜…?)


 魔獣に近いマナだが、それよりは澄んだマナの気配が混じっている。人間は普段、レナーテが澄んでいると感じる四大属性のマナを纏っていないため、この感覚は人間以外の何かだ。


 …と、レナーテが階段の前を通り過ぎようとした時。床に、何かがあることに気がついた。


 暗がりの中、普段であれば絶対に気がつかなかっただろう。しかし、ルベルトのマナを、全身全力で辿っていたレナーテは、気がついた。


 それがなんなのかを知覚した瞬間、一瞬で、全身が燃え盛るような衝撃が走り抜けた。


 血だ。


 その血から感じるマナは、紛れもなく、ルベルトのものだ…!!


「ルベルトぉぉぉぉっ!!!」


 ルベルトが、血を流している…!!


 瞳の奥が、チリチリと焼けるように熱く、紅くなっていく。




 ルベルトが…。


 あたし以外に。


 人間に!


 痛めつけられて!!


 血を流しているっ…!!!




「許せないっ!!」


 建物にいる人間が拭き損ねたのか、急に現れた、ルベルトへ続く手がかり。血は既に乾いており、時間は経っているが、ルベルトは間違いなく、この階段を降りた先にいる!


 階段を駆け下りようとしたレナーテだったが、背後に複数の気配を感じて振り返った。


 扉を破壊した時の音や、レナーテの咆哮によって侵入者に気づいたのだろう。階段前に立つレナーテから見て、左から一人、右から人間が一人と、何かが一体、こちらへ向かって来ている。


「何者だ!この研究所には部外者は立入禁止、だ、ぞ…?」


「なによ!邪魔するなら、覚悟しなさい!」


 左にいた研究員風の男が、レナーテを見て威勢よくかかってこようとして、止まった。


「竜…本物の竜じゃないか…!!」


 反対側にいた男がそう言うと、その背後に隠れていた何かに、ボソボソと話しかけていた。


「…………………」


 身長こそ人間のサイズだが、全体的に青い体は、竜のような鱗。顔も、人間というよりは竜に近く、腕は人間のサイズながらも竜そのもので、爪は鋭く尖っている。


「あんた、人間…なの?」


 その瞳は、なにも語らなかった。


 僅かだが、マナを纏っている。薄らとした青色。水属性のマナだ。


(こいつ、心がないんだわ。どうして人間が、竜になろうとしているの…?)


 見た目は人間とは到底考えられないが、竜であるレナーテには、それが竜でないことがわかった。しかし、考えている暇はない。気づけば、同じような何かが、奥から更に二体出てきていた。


(何かは知らないけど、こいつらはルベルトを拐ったやつらだ…遠慮はしない!)


 レナーテは脚に力を入れると、一瞬で最初に出てきた一体に近づき、その胴体を蹴り飛ばした。


 竜化していないとはいえ、元来竜であるレナーテの身体能力は、人間を遥かに凌ぐ。胴体であれば、死ぬほどの威力はないにしろ、並の人間はすぐに意識を失うほどの強烈な一撃だ。


 防御することもなく、まともに喰らったその一体は壁に激突する。しかし、何もなかったかのように立ち上がると、無表情のままレナーテに近寄ってくる。


「いいぞ、本物の竜を相手に、互角とは言えないまでも戦えている…!俺達の研究は成功しているぞ!!」


 何が嬉しいのか、一人の男が狂ったように歓喜している。意味はわからないが、レナーテはその姿を不快に感じた。


 三体に増えたその何か達は、ゆっくりとレナーテに近づいてきては、蹴られ、殴られ、壁や床に叩きつけられるが、ダメージを受けている素振りもなく立ち上がる。


 …有効打を与えられていないのは目に見えた。


 早くルベルトの元に向かいたいレナーテの苛立ちは募る。


「邪魔だ、邪魔だ邪魔だ邪魔だっ!!お前達に用なんてないっ!!ルベルトをっ、あたしのルベルトをどこにやった!!」


 怒りと、焦る気持ちが先行し、段々と攻撃が単調になっていったせいか、三体は徐々にレナーテとの距離を詰めていく。


(このままじゃ、埒があかない。本当は、人間でいたかったけど…ルベルトの為に…今だけは…!!)


 レナーテは、大きく息を吸い込み、マナをかき集める。


 形振り構ってはいられない。竜化して、こいつらを一掃する!!


(…えっ?)


 …しかし、あと一歩で竜へと戻ろうかというところで、集めていたマナが一瞬のうちに霧散してしまった。


(どうして…?そんな、ルベルトを助けられない…!?)


 三体は戸惑うレナーテを取り囲み、やがてその服を掴み、倒れ込むようにして押し倒した。


「なんなのよあんた達!!あたしは、ルベルトをっ…きゃあっ!! …ルベルト!ルベルトぉぉぉっ!!」


 もがくレナーテに何をするでもなく、三体は無言、無表情のままレナーテの服を掴み、揺すったりのしかかったりするだけだ。


「やはり、ただの人間ではこれが限界か…法術師のような、良い素体でなければ、あの方を満足させるような兵器には成り得ないのか。しかし、どうして竜に戻らなかった…?」


 研究員風の男は、ボソボソと何かを呟いているが、もがくレナーテは、それを悠長に聞いている暇などない。


「ああっ、もう、邪魔だって…言ってるでしょ!!!」


 レナーテは、のしかかっていた三体を、纏めて蹴り上げ、浮いた瞬間にすぐさま転がり、状況を脱した。


 このままではジリ貧だ。どういうわけかはわからないが、今のレナーテはマナを取り込むことができない。もがいている間に、竜化しないまでもマナを体内に取り込んで、神殿近くの森でやったように衝撃波を放とうとしたが、できない。


 人間と同じように法術を使おうとしても、おそらく無駄だろう。僅かにでも体内にマナを入れようとすると、どうやら霧散してしまうようだ。


(まさか、こんなことがあるなんて、ね)


 これでは、身体能力こそ違えど、ただの人間ではないか。


 人間のようになってしまうこと自体は、レナーテにとってさしたる問題ではない。問題なのは、タイミングが最悪なことだ。


 ルベルトを安全に連れ戻すため、邪魔となりそうな三体を排除しようとしたことも裏目に出た。攻撃を繰り返すうち、階段までの道が、三体に防がれる形となってしまっている。


(どうする…?今のあたしじゃ、このままルベルトを見つけても、助け出すことなんてできない。このまま逃げて、リィナやエリーに助けを求める…?)


 そう考えて、レナーテはすぐに自らの考えを否定した。


(リィナは、竜であるあたしを助けることなんてない。エリーだって、こんなところに来て、無事に帰れると思えない、第一…)


「ルベルトを置いて、帰れるわけ、ないっ!!」


 レナーテは、ゆっくりと向かってくる三体に向かって、駆け出した。


「おい、NO.5を連れてこい。この竜を生け捕りにするぞ」


「わかった。十五分で戻る!」


 いつの間にか合流していたらしい、人間の片方が走り去る姿が見えたが、気にしている余裕などない。


 そこからのレナーテは、さながら、踊っているかのようだった。


 迫る三体に掴まれないように躱しながら、拳を、蹴りを叩き込んでいく。

 

 背後から近づかれても、まるで見えているかのように、気配や音を頼りに避け、跳び、舞った。


「これが、本当の竜…なんて、完成度なんだ」


 舌を巻く人間の声も、極限状態のレナーテには聞こえない。


 しかし、いかに竜とはいえ、こんな動きを長く続けられるわけがなかった。


 次第にレナーテの息が荒くなっていく。


(こいつら…なんなのよ…!!)


 動きに精細さが欠けていく。


 腕が、脚が、上がらなくなっていく。


 終わりの見えない戦い。圧倒的な耐久力の差。


 竜である自分と相対していたルベルトは、こんな気持ちだったのだろうか。


 …いや、数に不利があるとはいえ、こんなものではなかっただろう。手加減は十分にしていたが、気を抜けば、軽々と命を落とすような攻撃ばかりだった。それほどまでに歴然とした力の差が、人間と竜の間には存在していたのだ。


(やっぱり、ルベルトは、すごい、なぁ…)


 ここに来るまで、走り続けていたことも、原因の一つだろう。レナーテの体力は、既に限界を超えていた。


(るべるとぉ…)


 諦めるしか、ないのだろうか。


 憔悴しきったレナーテは、ゆっくりと、瞳を伏せた。
















「レナァァァァァテェェェェェェェッ!!!!」


「…んっ…!!?」






 霞んでいた視界が、一気に開けた。


「ルベ、ルト…?」


 暗がりの向こうから、望んでやまなかった、眩いマナが近づいてくる。


「ルベルトーーーーッ!!」


 力が、湧いてくる…っ!!


「マナよ、紅蓮の竜よ、降り注ぐ全ての刃より、我らを守る盾を授けたまえ…『炎竜の盾』!!」


 それは、長く戦ってきたレナーテも、初めて聞く詠唱だった。


 ルベルトは、身の丈を超える程の、マナで生成された大きな深紅の盾を構え、一直線にレナーテの元へと駆けてくる。


「レナーテ!今行く!」


 猛然と突き進むルベルトの直線上に、レナーテを苦しめた三体の姿があるが、ルベルトは気にも留めずに、その盾でなぎ払う。


 ただそれだけで、ドォン!という音を立て、三体は吹き飛んだ。


「なんだって…!? 失敗作とはいえ、ドラゴニュートを、一撃だなんて…!?」


 レナーテが見たところ、三体の属性は水。ルベルトが持っている炎属性の盾は相性が悪いにも関わらず、圧倒的なマナ量の差が、それを全く感じさせない。


 驚愕する研究員風の男や、いとも簡単に吹き飛んだ三体に目もくれず、ルベルトはレナーテと、ついに合流した。


「ルベルトぉ!!心配したんだから!!」


「心配かけてごめん、レナーテ。こんなところまで、僕を助けに来てくれてありがとう。嬉しいよ」


 抱き合って感動の再会に浸るのも束の間、レナーテは、嫌な気配を察知し、抱きついていたルベルトから離れると、廊下の奥を注視した。


「レナーテ? もしかして、さっきの奴らが、また…?」


 しかし、先ほどルベルトが吹き飛ばした三体は、相当なダメージを負ったのか、起き上がってくる気配はない。


「間に合ったか! …そこの法術師と竜よ、見るがいい。我々の英知の結晶!心血を注いで作り上げた、真のドラゴニュートの力を!!」


 廊下の闇から現れたのは、半人半竜の、蒼を纏った少女。


 先程までの三体と違い、ところどころ竜のようになっているものの、顔は、人だった。


「あれは…!?」


 暗がりで顔はよく見えないが、近寄ってくるシルエットに、ルベルトの背筋は凍りついた。


(まさか…セリスなのか…!?)


 目を凝らそうとしたルベルトが気がついたときには、少女の姿は見えなくなっていた。


「…どこに「ルベルト、上っ!!」…っ!!」


 ゴオォォッ! と、マナ同士が相殺する音が鳴り響く。


 寸前で『炎竜の盾』での防御に成功したルベルトだったが、凄まじいマナの力に、声を出すこともできない。相性が悪いせいもあり、油断してマナの調整を誤れば、『炎竜の盾』を貫通されそうだった。


「何をしている、NO.5!さっさとその法術師を殺して、竜を捕まえろ!!」


「くっ…あんなゴミみたいな人間、初めてだわ…あたしがまともに戦えれば、一瞬で黙らせるのに!」


 レナーテは悔しそうに、研究員風の男を睨んだ。レナーテは、正気を取り戻しているものの、体力が回復したわけではない。ルベルトと合流できたことで、気力がみなぎっているだけで、その実、体はフラフラしている。


(ダメだ、長引かせてもこちらが不利になるだけだ。何とかして、この場から逃げないと…!)


 せめて、戦っている相手の顔を、見ることができれば…。もしこの少女がセリスなら、レナーテと合流できた今、説得することができるかもしれない。


 ルベルトはイチかバチか、前触れなく『炎竜の盾』を消し、体を横に仰け反らせた。


 ドゴオォォン、と轟音が響き、『炎竜の盾』の抑えが無くなったその勢いで、少女が床に拳を叩きつけた、その刹那。


「セリス、では、ない…?」


 まるでスローモーションに思えるような、極限の集中力の中、ルベルトは半人半竜の少女の顔を見た。


 似ている。でも、違う…!


 ルベルトは、賭けに負けたことを悟った。


「うにゅっ…!」


 次の瞬間に来るであろう追撃からレナーテを守るために、彼女を抱きとめ、半人半竜の少女に背を向けた。


 数秒。しかし、追撃は来ない。


「レナーテ、逃げるよ!!」


「うわっ、あわわわ!」


 追撃が来ないと見るや、すかさずルベルトはレナーテを持ち上げ、走り出した。


「なにをやっている、NO.5! そいつらを早く追うんだ! クソッ、この役立たずが!」


 背後から聞こえる男の怒号が遠くなっていく中、ルベルトは、確かに聞いた。


 セリスを助けてあげて、と。


 

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