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人竜戦争と千年騎士  作者: むるふ
第2章
22/38

千年従者と千年巫女


「ルベルト様…レナーテさん…一体どこに…」


「………マナは微かに感じる。街からは出ていない」


 エリーとリィナは、宿屋に戻ってきていた。


 二人きりの部屋は静かで、優しげな笑顔を浮かべるルベルトも、小さなことで大騒ぎするレナーテもいない。


(もうすっかり日も落ちてしまいました…。お二人とも…どうか、無事でいて下さい…)


 昨日より何倍も広く感じる部屋で、エリーは強く祈った。




 レナーテが飛び出したあの後、二人に聞こえないよう、セバスティアンが王の耳元で何かを囁いた。その囁きに目を丸めた王は、残った二人に「無理に呼び出しておいてすまぬが、今日のところはお引き取りいただきたい」と頭を下げたのだった。


 セバスティアンには、思い当たる節や、心当たりがあったのだろうか。何れにしても、一瞬驚いたような顔を浮かべた王が、多くを語らないあたり、言い知れぬ不安を煽る。


 王が頭を下げるという、本来ならば有り得ない行動も、切迫した状況であることを、語らずして物語っている。急に帰らなくてはならない理由を尋ねても、王は微動だにせず、セバスティアンは、小さく首を横に振るだけだ。


 それでも、他ならぬルベルトの一大事に、エリーは執拗に食い下がった。


 レナーテが飛び出した際に、セバスティアンが言いかけた台詞も気になる。


 行動の端々から、王とセバスティアンが何かを隠していることは明らかだ。


 …だが、再三にわたるエリーの追求も虚しく、最後はセバスティアンに押し出されるように、ふたりは部屋から強制退場させられてしまった。


 去り際に、詳細な説明を、後日必ずすること。拐われたルベルトと、追っていったレナーテの捜索に全力を尽くすという約束はとりつけたものの、不安の残る幕切れとなってしまった。


 城内に入ってきた時とは違い、出るときに地下通路は使わなかった。結局、人目を避けるように事を進めたことも、わからないままだ。




 時刻は夜の十時。ルベルトとレナーテが消息を断ち、かなりの時間が経過している。


 時折、壁時計の分針が、カチッと鳴る音が、やけに大きく感じられた。


「…おふたりは、本当に無事なのでしょうか」


 気持ちが落ち着かず、部屋の扉の前でうろつくエリーの呟きに、窓際に置かれた椅子に座りながら、遠くを見つめ続けるだけのリィナ。


「…リィナ様は、おふたりのこと、心配ですか?」


 時間が経ち、国の王であるアントニオ相手に、激しく食い下がったエリーは、大分落ち着いてはいた。だが、焦る気持ちは抑えきれないエリーは、尚もリィナに向けて問う。


 今はただ、沈黙が恐ろしかった。


 ルベルトが拐われたと聞いたときも、城を出るときも、僅かな感情の起伏はあった。しかし、ここに至るまで、ほとんど表情を変えていないリィナ。


 取り乱すわけでもなく、打開策を模索している様子もない。普段のエリーであれば「非道だ」と憤りを感じてもおかしくないはずなのだが、今回ばかりは、そんな気持ちにはなれなかった。


 表情が無いながらも、リィナの態度は、通常のそれとは違うことだけは、なぜだかわかる。


 感情を忘れてしまった彼女は、この現状をどう感じているのだろう。


 …春の夜に吹くような心地良い風が、窓際に座るリィナの髪を、ふわりと揺らした。


「……………わからない」


 エリーの質問から、長い間を置いて、短く呟いた言葉。


「わからない…ですか?」


 窓の外を見ていた視線が、悲しげに落ちた。


「…私は、ルベルトを心配しているの?それとも、ルベルトがヴィリバルトに似ているから、心配に思うだけなの?…なぜ、滅ぼすべきはずの竜である、コハクを探しに行きたいと思うの?」


 リィナは、自分に問いかけ、そして力なく首を振った。


「…わからない。私は、私自身が、わからない」 


「リィナ様…」


 エリーは、リィナは決して、ルベルトやレナーテの事を、心配していないわけではなかったと、心の片隅で安堵した。


 ルベルトとは出会ってから、レナーテとは再会してから、まだ十日も経っていない。しかし、旅をした道中で、仲間意識のようなものは、確かに芽生えていた。


 しかし、リィナは千年巫女。その使命を思えば、身辺警護をする者は、何も千年騎士でなくてはならない決まりなどない。言ってしまえば、どこかで腕の良い傭兵を雇うだけでも良い。


 もちろん、リィナの頭には、そのような選択肢など、初めから存在していない。


(もしこのまま…ルベルトとコハクが帰ってこなかったら…?)


 リィナは惑う。


 千年もの間、その身に蓄えた膨大なマナは、竜を滅ぼすための力。それは、ルベルトを探し出すために使っていいものではない。まして竜であるレナーテを、その力を使って助けるなど、許されないことだ。


(私は…)


 エリーは、リィナの姿を見て、説得を試みるかどうか、迷っていた。


 ルベルトは言っていた。力の使い方は、使う者が決めるものだと。千年巫女の力を、竜を滅ぼすために使うのも、別なことに使うのも自由…ただしそこには、明確な本人の意思がなくてはならないのだと。


 眠りから目覚めたリィナは、その言葉を受け入れ、レナーテと事を構えるのを保留とした。当然、ルベルトの言葉はリィナの中に残っている。


 今こそ自分の気持ちに正直になり、その力を使うべきだ、とエリーが主張すればどうなるだろう。もしかすると、リィナは重い腰を上げ、エリーには思いもよらない法術を駆使して、ルベルトとレナーテを簡単に見つけ出すかもしれない。


 しかしそれは、本当にリィナの意思だろうか。リィナが自らの考えで、選んだ行動なのだろうか。


 リィナは千年の時を耐え忍び、常人には想像もできないほどの力を得た。しかし、その力の使い方を決めきれていない。別の言い方をするならば、千年巫女としての使命と、ひとりの人間としての感情が、一致していない。


 仲間としてルベルトが心配なのか、ただヴィリバルトと似ている、という理由だけで、刷り込み的に心配しているのかがわからない。


 レナーテを仲間として見ることは、千年巫女としては相応しくない。だけど、レナーテを探しに行きたいと思ってしまう。


 自らの人生を犠牲にして、千年という孤独に耐えて得た力の一部を、本当に今使うべきかを、判断できない。


(何が正しいの…?私は、どうするべきなの…?)


 リィナは無表情だが、確かに葛藤していた。


 それがわかってしまったエリーは、静かに息を吐き、ついには説得することをやめた。


「ルベルト様とレナーテさんならば、リィナ様のお力がなくても、直に帰ってくるでしょう。おふたりがどこにいるかのあてもありませんし、わたし達は昨日着いたばかりで、王都にも詳しくありません。ここは陛下達にお任せしましょう」


「……………」


 待つ、と心に決めたエリーは、心配でたまらない気持ちを必死に隠して、ベッドに腰掛けた。


 決めたからには、立ちっぱなしで、リィナに余計なプレッシャーを与えることは慎むべきだ。ふたりが無傷で帰ってくると、さも当然に思っているかのような振る舞いをしなければいけない。


 エリーは、荷物の中から裁縫道具を取り出すと、レナーテの着替えを取り出して、擦れて穴が空きそうな箇所を縫い始めた。


 両者無言のまま、数分。


「…あなたは、人の様子をよく見ているのね」


 不意に、リィナが口を開いた。


 リィナの言葉に、顔を上げたエリーは、その瞳を見て、自然と背筋が伸びた。城の門番と対峙した時のような、リィナが時々見せる、鋭さ、のようなものを感じたからだ。


「…いえ、わたしなどは、そんな」


「謙遜しなくていい。ここに来るまでの道中、世情に疎い私やコハク、ルベルトだけでは、きっと王都まで辿り着くことはできなかった。あなたがいなければ、食事すらままならなかった」


「リィナ、さま?」


「私は、他人の気持ちも、自分の気持ちでさえ、よくわからない。けれど、あなたの今の行動や発言は、とても好ましく思う」


 リィナは、自分の感情をストレートに口にする。


 レナーテも直感的な発言が多いが、リィナのそれとは方向性が違う。レナーテは一言でいえば素直だ。人の意見を聞き、自分が間違っていると思えば、すぐに正そうとする。しかしリィナは、自分の意見を簡単に曲げたりはしない。


 そんなリィナだからこそ、今の言葉は、エリーの心を震わせるに足り得た。


「ありがとうございます。その、とても、嬉しいです」


「私が、この力の使い方を定めるには、まだしばらくの時間がかかると思う。ヴィリバルトの意思が、彼の想いが、どこに向いているのかがわかったとき、或いは、私自身が本当に必要だと感じたとき、この力を使う。今はまだ、難しい…」


「今でも、リィナ様は、竜は滅ぼすべきだとお思いですか…?」


「…そう思う。でも、ルベルトがそばにいる限り、私は安直に竜を滅ぼすことはしない。私の目で見極めて、その答えを彼に示さなければいけない気が、するから」


 エリーは初めて、リィナの千年巫女たる資質を見た。


 家族や仲間を殺され、産まれた時代に生きることを捨て、千年の孤独に耐え、感情を失くし、それでも復讐に囚われない、その強さ。


「私は、上手く感情を表せないし、人の心も理解することが難しい。だけど、少しずつ、取り戻していけたら良いと思う。それまでは、深く他人の気持ちを汲み取れるような、あなたのような人が必要」


「リィナ様…」


「これから、たくさん迷惑をかけると思う。だけど…これからもよろしく、エリー」


「……っ!?」


 確かに、言った。


 自分のことを、グライスナーの子孫、ではなく、エリーと。


「…もちろんです、リィナ様!今はこうして、ルベルト様と、レナーテさんの身を案じることしかできませんが、きっと帰ってくると信じて、今からでも、明日からの予定を考えることにします…!」


 やっと認めてもらえた、という嬉しさで、少しだけ瞳が潤んだのを誤魔化しながら、エリーは努めて明るくそう言った。


「…うん。私も、何か考えることにする」


 こうして、リィナとエリーは、宿屋に戻ってきてしばらく続いていた、暗鬱とした雰囲気を脱した。


 ふたりは、ルベルトとレナーテを心配しながら、心配してることをお互いにわかっていながら、それでも、無事を信じて待つことにしたのだった。


「ごめんなさい…あなたの期待に、答えられなくて」


 リィナの小さな呟きはエリーに届いたが、聞こえなかった振りをして、エリーは中断していた裁縫を再開した。



 …しかしその頃、レナーテの身にはある異変が起きていたのだった。


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