千年騎士と千年従者
紅い竜、レナーテとの戦いから少しだけ時は遡る。
ルベルトは、神殿近くにある古びた小さな小屋にいた。
きたる最後の戦いに備えて、準備は万全にしておかなければならない。
代々受け継がれてきた大きな盾を磨きながら、ルベルトが物思いに耽っていると。
ドンドンドン!と、扉が壊れてしまわないか心配になるほどの激しいノックの音が鳴り響き、返事をする間もなく、バアン!と扉が開いた。
「はぁ、はぁ…ルベルト様、ただいま、到着しました…」
はぁはぁと息を切らせながら、少女がそのまま小屋に入り込んでくる。
…いつものこととはいえ、もう少しなんとかならないかな。
「う、うん。いつも言ってるけど、そんなに急いで来なくても、僕は逃げたりしないよ、エリー」
苦笑いするルベルトに、給仕服を着た少女、エリーが、くわっ、と目を見開いてずんずんと近寄ってくる。
両サイドを2本にまとめた特徴的な髪と、身長のわりに女性らしい体つきを主張するその胸を弾ませながら、その表情は怒りを露にしている。
「ルベルト様は、どうしていつもいつもそんなことを言うんです! わたしがこうして急いで駆けつけてるのは、ルベルト様会いたいからだって、何度言えばわかるんですか!!?」
「エリー、わかった、わかったってば! 近い、顔が近いって!」
鼻先が触れそうなほど顔を近づけてくるエリーに、たじたじになりながら、ルベルトは肩を優しく掴んで、お互いの顔がしっかり見える位置まで離した。
「エリーは、よくやってくれてるよ。僕にとって唯一、まともに話をできる存在だし、大切に思ってる。だから、無理をして欲しくないんじゃないか」
ルベルトの言葉に、エリーはみるみる顔を真っ赤にして、あの、その、えっと、と、何かを話そうとはするものの、うまく言葉に出来ない。
なんとなく微笑ましい気持ちになりながら、エリーの肩に添えていた手を離して、ルベルトは簡素なキッチンに移動すると、紅茶を淹れようとカップを取り出した。
「ああっ、ルベルト様!それはわたしの仕事ですぅ!」
すぐさまルベルトの手からティーカップを奪い、ルベルトには座っているように厳命すると、エリーは慣れた手つきで紅茶を淹れ始めた。
これまでの行動と言動は、あくまでルベルトを思ってのことで、エリー本来の姿は、千年騎士を支えるために、幼い頃から厳しい修行を重ね、高い教養を身に付けた立派な淑女だ。
一旦落ち着くと、先程までの様子とはうって変わり、上品に紅茶を淹れ、ルベルトの前に持ってくる。
「お待たせしました、ルベルト様」
エリーの淹れた紅茶を味わい、気持ちが休まる反面、ルベルトはほんの少し、居心地の悪さも感じてしまう。
エリーのことは大切に思っているし、こうして毎日のように甲斐甲斐しく、町から外れたこの場所に通ってくれることに、とても感謝している。
しかし、どうしても様付けされて呼ばれるほど、自分は偉くもなければ立派でもない、と思ってしまう。そして、こんな風に、惜しみ無く愛情を注いでもらえるほどのことを、エリーにできていないと思っている。
「エリー。おそらく、次の戦いで最後になる。その戦いが終わって、巫女様を無事に目覚めさせることができれば、千年騎士としての僕の役目も、従者としてのエリーの役目も終わる。エリーは呪いから解放されるんだ。今からでも他の…「バカなこと言わないで下さいっ!!」」
はじめはルベルトの話に嬉しそうに耳を傾けていたエリーも、話している最中に段々とルベルトの伝えたいことがわかっていったせいか、その表情を少しずつ曇らせて、ついにはルベルトの言葉を途中で遮ってしまう。
ルベルトとしても、エリーの気持ちは理解しているつもりだ。注いでくれる愛情に対する、なにもできていない罪悪感に苛まれただけで、こんな話をしたわけではない。
エリーが求めているものとは少しだけ違うかも知れないが、ルベルトも確かにエリーを愛している。それは、妹のような感情に近い気もするが、家族愛のようなものであることには間違いない。
だから、その血に縛られた呪いに関わらず、エリーには自分の人生を選択できることを、その可能性を考えて欲しかった。
「わたしは知ってます。ルベルト様が、わたしのことを、本当に大切に思ってくれてること。幼い頃から、わたしを気にかけてくれていたことも、くっつくたびに、ドキドキしてくれてることも知っています」
いきなり何を言い出すのかと思いつつも、生真面目なルベルトは、正直に思いの丈をぶつける。
「それはそうだよ、子供の時だったらともかく、今のエリーは立派な女性だ。可愛いし、魅力的だよ。そんな女性にくっつかれたら、ドキドキするに決まってるじゃないか」
お互いに、最後の戦いを前に思うことがあったのだろう。多少の照れくささはあるものの、今日ばかりは素直な言葉を口にできる。
「わたしは、ルベルト様が好きです。たとえこの気持ちが、千年前から続く呪いによるものだとしても、関係ありません。明日呪いが解けたとしても、変わらない自信があります。わたしが自分の意思で、ルベルト様と一生を添い遂げることを選んだんです」
そうまで言われて、ルベルトにはそれ以上、返す言葉は思い浮かばなかった。
ルベルトとエリーが言う『呪い』のルーツは、遠い昔、人と竜が共存していたと言われている時代まで遡る。
人族の歴史書によれば、人と竜はお互いを助け合い繁栄したという。竜族はマナの力を利用し、天災から人族を守り、人族は竜族を神の化身と崇め、食料や住みかを提供していた。
だが、今から約千年前、竜族は突如として人族を襲いはじめ、ある集落で起きた竜族による大量虐殺事件が、大きな戦争の火種になったとされている。
竜族が人族を虐殺した背景には、様々な説があるが、竜族は、人間に比べ数十倍長寿であるものの、出生率が極端に低く、いずれは人に支配されることを恐れ、一斉に奮起した、という説が一般的に信じられている。
要するに、竜族が一方的に裏切り、人族は自らを守るために、やむを得ず戦争をする他なかった、という話だ。
個体の戦闘能力では竜族が圧倒的に勝っていたことと、神の化身と崇めていた竜族に恐れるあまり、人族は敗戦を繰り返したが、一部の地域で人族が使用していた、自然の力を取り込む技能を研究し、戦闘用に改良した『法術』が開発されたことにより、数で勝る人族がゆっくりとではあるが盛り返し始めた。
そのなかでも、法術に高い適性を持ち、法術を使用した戦闘に優れる『法術師』と呼ばれた者達が、対竜族戦闘のエキスパートとして活躍していたそうだ。
しかし、それまでの被害が尋常ではなかったことや、竜族からの侵攻がある時を境に途絶えたことから、休戦状態となり、現在に至った。
竜族が侵攻を止めた理由は未だにわかっていないが、その戦争は、人族に竜族への恐怖を植え付け、千年が経過した今でも、人族は竜族に対して恐れを抱き、生活を脅かす悪として認識されている。
危険過ぎる。竜族は根絶やしにするべきだ。そう唱えるものが後を絶たず、きたるべき人竜戦争の再開に向け、人族はある計画を実行した。
法術に長けた部族の、最も優秀な法術師の体に、一撃で竜族を根絶やしにできるほどのマナを溜め込ませ、竜族を絶滅させようとしたのである。
人族の叡智を結集し、神殿という場の力を借りて不老の体を作り上げ、少しずつマナを吸収させる。戦争終結のための人柱とも言えるその役に抜擢されたのは、ひとりの少女だった。
この少女が、後に『千年巫女』と呼ばれる存在である。
少女は、竜族を絶滅させるための膨大なマナを得るため、千年という永い眠りにつく。その間、少女を守るために神殿の守護者となったのが、ルベルトの祖先である、初代『千年騎士』だ。
初代千年騎士には、優秀な法術師であり、剣の達人でもあった、少女と同じ部族のヴィリバルト=ヴァイゼンボルンという青年が選ばれた。
彼は、人族で唯一、単騎で竜を退けるほどの実力者だったという。
その優秀な血統を絶やさないために、四大属性のどれにも当てはまらない、邪道の法術により、長女は必ず千年騎士と結ばれ、男児授かり、その妹の次女は必ず女児をふたり産むという、人の心や子供の数、性別を操作された一族があった。
その一族こそ、エリーの家系であるグライスナー家である。
千年騎士の妻として、代々一族の長女が次代の千年騎士を産み、その妹である次女が産んだふたりの女児のうち、ひとり目の子供を次代の千年騎士の妻とし、ふたり目の子を別の男と結婚させ、またふたりの女児を産む。その繰り返しをするわけだ。
つまり、ルベルトとエリーは、母方の祖父母が同じであり、いとこ同士、ということになる。代々、千年騎士とその妻は、こうして子孫を残してきた。
それが、エリーの産まれた『千年従者』としての、グライスナー一族のしきたりであり、邪道の法術でかけられた呪いでもある。
そのような事情により、産まれる前から、エリーはルベルトの妻となることが決まっていたが、初代から数えて29代目にあたるルベルトで千年が経過するため、エリーはその呪いから解放され、自由に伴侶を選ぶことができるようになるはずだった。
しかし、先代であるルベルトの父親が、若くして病に倒れたため、ルベルトはわずか10歳で千年騎士となってしまい、万が一を考え、早く子供を授からなければならない事態となってしまった。
妻となるはずのエリーも当時8歳であったことから、すぐに子供を作ることは出来ず、エリーの妻としての修行も、幼い頃から苛烈を極めた。
だが、エリーが子供を産む適齢期といわれる歳になっても、ルベルトが近い内に神殿の封印が解かれることを、その血で本能的に察知したため、子孫を残す必要はなく、エリーに結婚を無理強いすることはないと判断したのである。
「ありがとう、エリー、本当に嬉しいよ。その思いに、どうやって答えれば良いか今はまだ答えはだせないけど、僕のことをこんなに大切に思ってくれているエリーを、悲しませることだけはしないと誓うよ」
「ルベルト様…」
ルベルトの優しい微笑みに、エリーは夢見心地な気分になった。
誰がなんと言おうと、呪いがあろうとなかろうと、今この瞬間、エリーは間違いなく、ルベルトに恋をしている自信があった。
「わたしは、幼いあの日、ルベルト様に救ってもらってから、片時もルベルト様のことを思わなかった日はありません。産まれる前から恋愛の自由がないことを知り、自分の運命を恨んだこともありましたが、今は自信を持って言えます。グライスナーに産まれて良かったって」
僕は、なんて幸せ者なのだろうと、ルベルトは思わずにいられなかった。
エリーの信頼が、いつだって自分に勇気と誇りを思い出させてくれる。強くありたいと思わせてくれる。
ふたりはどちらからともなく微笑み合った。




