千年騎士とベルセラント皇太子
兵士に案内され、王の間に辿り着いたルベルトは、緊張の面持ちで扉の前に立っていた。ここまで案内してくれた兵士も、到着早々「この先の王の間で陛下がお待ちです」と言い残し、自分の持ち場に戻ってしまい、今は一人きりだ。
(気を確かに持つんだ…ここを開けたら、陛下が中におられる。僕は千年騎士として、恥ずかしくない振る舞いをしなければ)
騎士たるもの、常にかくあるべしの精神の元、父親から、祖父から、騎士のあり方を物心つかない頃から叩き込まれてきた。騎士とは、王家のみならず、全ての民の盾であり、同時に剣でもあれ。
そもそも騎士とは爵位のことであり、本来であれば王族に従属する家臣の中でも、武勇に優れ、更には品格が認められた者のみに与えられるものだ。
実際にベルセラント王家より騎士の爵位を賜ったのは、初代千年騎士であるヴィリバルト=ヴァイゼンボルンであり、一度でも王家から叙任されれば、返還、除名、あるいは剥奪されない限りは、未来永劫、その一族は騎士としての爵位が約束される。
だが現実には、除名や剥奪のされない騎士一族は、歴史上ほとんど存在しない。
勲功を挙げ、王家より直接叙任された騎士一族の初代当主は、除名や剥奪などされることはまず有り得ない。倫理に反する行為や、王家転覆を目論むような人柄ではないことを、様々な場面で示し、認められたからこそ叙任されるからだ。
しかし、代を重ねる内に騎士としての誇りは影を潜めていく。果ては家内の後継者争いによる内部崩壊で力を失ったり、男児を授かれないことで他家に吸収されたり、中には王家転覆を謀って取り潰しになったりと、その末路は栄華とは程遠い。
通貨が普及した影響もあってか、近年では多くの家が欲にまみれ四世代持たないことが多く、巷では騎士三代まで、という通説があるほど、家を残していくことは難しいのだった。
その点で言えば、特殊な事情はあるものの、ヴァイゼンボルン家は千年もの永きに渡りその血を絶やすことなく残してきた、歴史的名家とも言える。
ただ、現在ヴァイゼンボルン家は、ベルセラント王家の騎士ではない。ヴィリバルト=ヴァイゼンボルンは、騎士に叙任されてしばらく経った頃、眠りについた千年巫女を守るため、本来であれば王家の血を引く女性と結婚しなければならないのを辞退し、ヒルデ=グライスナーと婚約した。その際、騎士の爵位を返還しているからだ。
いわばルベルトは、幼い頃から英才教育を受けてきた生粋の騎士でありながらも、主君を持たない。言ってしまえば、騎士の騎士たる証を持っていない稀有な存在だ。ヴィリバルト=ヴァイゼンボルンが騎士の爵位を返還してから、もう千年が経っているため、国王の権限を以ってのみ可能である『爵位返還撤回の儀』を行うには、とっくに時効だろう。
…ルベルトは、王の間に続く大きな扉の両側の持ち手を左右の手でそれぞれ握り、軽く息を吐いてから、ゆっくりと開けた。
「失礼します! ルベルト=ヴァイゼンボルン、陛下のご命により、参上仕りました!」
眼前に広がる赤い絨毯の先に玉座が据えられている。背後のステンドグラスから漏れ出る光に目が眩み、ルベルトは腕で目を覆った。
「よく来たね。ルベルト=ヴァイゼンボルン。まあ、近くまでおいでよ」
言われるまま玉座の目の前まで歩を進め、ルベルトは片膝を付き頭を垂れた。
「この度は、私の様な田舎者を御目の前にお呼びいただき、有難うございます。不躾を承知の上で、ひとつご質問させて頂いてもよろしいでしょうか…?」
頭を下げたまま、玉座に座る人物を見ずに、ルベルトはそう尋ねた。
「みなまで言う必要はないよ。キミは、ぼくが誰なのかが知りたいんだろ?」
「…恐れながら」
実際に王を見たことはなかったが、玉座に座っている男が王ではないことを、ルベルトは即座に看破していた。
「まあ、顔を上げたまえよ」
そう言われ、ルベルトは顔を上げながら、玉座に座る男を足元からゆっくりと観察する。
召し物は豪奢な、いかにも王族らしいきらびやかな装飾が随所に施された服。指にはいくつもの大きな宝石をあしらった指輪が両手合わせて七つ。首元には燦然と輝く黄金のネックレス。
体型は太く、身長は一般男性と比べるとやや低く見える。顔はまるまるとしているものの、目の下の隈と、つり上がった目つきが、とても善人とは思えない顔つきとして印象に残った。
「改めて、ぼくはリガレフ=フォンデルバッハ=ド=ベルセラント。国王であるアントニオ陛下の息子。俗に言う、皇太子というやつさ。今は病床に伏せる父上に代わって、ぼくがこの国を治めているのさ。凄いでしょ?」
ルベルトの瞳から一時も目を離さず、その男は怪しげに笑う。
「…リガレフ皇太子閣下、不躾なご質問、大変失礼致しました」
ルベルトは直感した。
…この男は、悪人だ。
実際のところは定かではないし、明確な証拠があるわけでもない。だが、現在このベルセラントを治めるアントニオ王は、類まれな知識で国を治める賢王との呼び声高い智者だ。病に倒れてもなお、玉座を簡単にこのような皇太子に預けるような人物でないことくらい、ルベルトにも解る。
それでなくとも、この玉座に座る男からは気品を感じられなかった。
…不意に、先ほどの心配そうなエリーの叫び声が、ルベルトの頭で木霊した。
「ふぅん…キミは思ってることが顔に出るのかな。とても不愉快だよ、ふふっ」
言葉とは裏腹に笑みを浮かべるリガレフ。
「……!?」
気がつけば、ルベルトは十人ほどの兵士に音もなく囲まれていた。
「ルベルト=ヴァイゼンボルン。キミはぼくの望む未来には不要だけど、その血には多少の興味があってね。少しばかり、ぼくの趣味に付き合ってもらうよ?」
やれ、とリガレフが命令すると、ルベルトを囲んでいた兵士たちが一斉にルベルトに襲いかかった。
武器と防具は、もとより宿屋に置いて持ってきていないルベルトは、丸腰のまま、それでも守りを固め、素手による反撃を試みようとした。
「言っておくけど、代理とはいえぼくは王様だ。反撃は国家反逆罪とみなすよ? 無駄に眠っていた千年巫女や、汚らわしい竜はともかく、あの可愛い女の子は、無事ではすまないかなぁ?あはははは!!」
自分達をどこから見ていたのか、そんなことを言うリガレフの言葉を聞き、ルベルトは躊躇し、その拳を止めた。
牢に囚われた後、国家反逆罪という大義名分を振りかざしたこの男に、拷問に晒されて、それでもなお涙を必死に堪えながら、気丈に振舞うエリーの姿が頭を過ぎる。
その一瞬の間が、ルベルトに反撃する間を与えなかった。
囲んだ兵士たちは一斉に飛びかかると、ルベルトに痛みを感じさせる暇もないほどに、顔を、腹を、全身をくまなく蹴りつける。
「ぐうっ!!」
武器を使われていないため致命傷には至らないが、丸めた背中や腹を蹴られ、腕で抱え込んだ顔を腕ごと踏みつけられ、体中が熱くなる感覚が朦朧とした意識の中で感じられた。
複数の兵士に痛めつけられながら、徐々に視界が血に染まっていく。
もがく事も忘れ、薄れ行く意識の中で、ルベルトは残してきた三人のことを思った。
(エリー…レナーテ…リィ、ナ…)
…………………。
リガレフ様!今ここに、ルベルトという男が入って来られませんでしたか!?
ああ、セバスか。いいや、誰も来ていないよ?
そんなはずはありませぬ!確かに警護の者が、ルベルト様をここに案内したと言っていたのです!!彼をどこに連れて行ったのですか!?
セバス。キミは自分の分をわきまえていないのかい?今はぼくが、病床の父上に代わり、代理ではあるけど国王なんだよ?ぼくの言うことは絶対だ。
…しかし!!
あまりしつこいようなら…キミの可愛い娘が、どうなっても知らないよ…?
………くっ……!
ぼくが、知らないと言っているんだ。答えは、それで十分だろう?
………大変、失礼…しました。
うんうん。それでいいんだよ。そ、れ、と。ぼくに内緒で、父上のところに客人を招いたようだねぇ…?
……っ!?
今回のことは、少しだけ『厳しめ』にすることで水に流してあげるよ。ぼくは家臣思いの優しい王様だからねぇ。
リガレフ様!? それでは娘は一体…
うん?そうだなぁ…死なせないようには言っておくけど、どうだろうねぇ…?
そんな…!リガレフ様!!
まあ、これに懲りたら金輪際あんなことをするのはよしておくことだね!ぼくに楯突くと、良いことないよ?あはははは!!
…………………。




