繁栄の王都と詐欺商人?
「すごい!人間がこんなにたくさんいる!」
翌朝。
宿屋を発った一行は、王都のメインストリートの入り口で立ち尽くしていた。感嘆の声を上げていたのは言わずもがな、レナーテである。
メインストリートは、王都の東西南北に設けられた四つの門の中でも、最も大きい南門から、王都中央に位置するベルセラント城へ真っ直ぐに伸びている通りで、王都南側に位置する商業ブロックの中心として、今日も大変な賑わいを見せている。
暖かく爽やかな風が吹き抜け、雲ひとつない晴天もあってか、歩いていく人々はどこか楽しげに見えた。
王都は大まかに四つのブロックから構成されており、東西南北にそれぞれ違う顔を持った街並みが広がっている。
とりわけ、南に位置する商業ブロックでは、食料品から衣類、武器防具はもちろんのこと、雑貨や日用品など、様々な店が所狭しと並んでおり、特にこのメインストリートは人通りも多い。ストリートの入口にはアーチが架けられ、訪れる人の目を楽しませてくれる。
分かり易く感嘆の声を上げたのはレナーテだけではあったが、ルベルト、エリー、リィナもまた、その賑わいに目を丸くしていた。
「昨日の夜に見たときは、ほとんどの店が閉まっていたからわからなかったけど、こんなにも賑やかな所だったんだね」
「これが、王都…」
昨日は宿屋を探し荷物を預けた後、馬と馬車を預かってくれる厩を探したところで、ルベルトとエリーの体力(と精神力)が限界に達したため、どんなにレナーテがせがんだり駄々をこねても、町並みを見に行くことは叶わなかった。時間的にも暗くなっていたため、先ほどルベルトが言ったように、開いている店や見れるものが少なかったという理由もある。
「ああっ、可愛いお洋服がたくさん売ってます!ルベルト様見て下さい!あれも!あっ、こっちも可愛いですぅ!」
人ごみに圧倒されるルベルトとリィナに満面の笑みを見せながら、お店を行ったり来たりして楽しそうなエリー。幼い頃から長い時間を共に過ごしてきたルベルトも、こんなにはしゃぐエリーを見たのは久しぶりで、なんだか嬉しい気持ちになった。
ルベルトが微笑ましくエリーを見ていると、先行して歩いていたレナーテに「ルベルト!こっちに来て!」と手招きされたので様子を見に行くと、レナーテが興味津々といった表情で、ある店の入り口を指差していた。
「ルベルト、このお店は何!?明るいのにどうして閉まってるの!?」
レナーテが指差した店の入り口には、closeと書かれた板がかけられており、どうやら日が昇っている時間に閉まっている店があることが不思議なようだ。
「これはバーだよ。お酒を飲みながら、色々な人と話をして楽しんだり、情報を交換したりするお店なんだ。お酒は大人になってからじゃないと飲めないけど…レナーテはどうなんだろうね…?」
実年齢であれば、この四人どころか、この街にいる人々の中でもおそらく一番年上だろうレナーテだが、見た目年齢が全く追いついていないため、入れるかどうかは疑わしい。そもそも竜が飲酒できるのか、しても良いものかどうかも、ルベルトにはわからなかった。
「お酒、って飲み物なの?美味しいの!?この間飲んだ、牛のおっぱいとどっちが美味しい!?」
すっかり人の食文化の虜になっているレナーテは、目をらんらんと輝かせながら聞いてくるが、ルベルトは「ミルクだよ」とレナーテの言葉を訂正しつつも、その質問に明確に答えることはできなかった。
実のところ、ルベルトは酒を飲んだ経験がゼロではないにしても、そう多くはない。主観的には、さして美味しいとも思わなかったため「どうなんだろうね、好きな人は好きだから、おいしいお酒もあるのかもしれないね」と答えるに留まった。
「へぇ…人間の、それも大人の飲み物…お酒かあ」
「ルベルト、私も飲める…?」
追いついてきたリィナも、途中から聞いていたのか、そんなことを質問してくる。もしかすると、彼女が生きてきた時代には酒はなかったか、もしくは高級品だったのかもしれない。
「リィナも飲めるよ。僕たちでお酒を飲むことができないのは、年齢で言えばエリーだけかな。あくまで人の話だから、レナーテがどうなのかわからないけどね」
きっと、バーに入った瞬間つまみ出されるんじゃないかな、と笑いながら話をしていると、ある店の前でリィナがふと立ち止まった。
「マナ結晶で作られたアクセサリー?リィナ、これが欲しいのかい?」
リィナが見ていたのは、綺麗な水晶を中心にあしらった女性物のペンダントだった。
どうやらこの露天商は、アクセサリーを専門に取り扱っているようで、一部の商品には売り文句として、王家御用達だとか、女性へのプレゼントに最適だとか、そんなようなことが書かれている紙が貼り付けてあるものもある。
顔立ちなどはそこらの女性と比べると格段に整っているリィナではあるが、いかんせん表情に乏しい。何となく、アクセサリーなどには興味がないと思っていたルベルトは、リィナも歳相応な女性なのだと、勝手に決めつけていた自分に反省していたのだが。
「いらない。この石からはマナがかけらも感じられない。つまり、偽物」
抑揚がないなりにも、面白くなさそうなリィナの声色を聞いて、途端に嫌な予感がルベルトを襲った。
リィナの呟きは、元来声が小さいこともあるが、周りの喧騒に呑み込まれて、幸いにも露天商には聞こえていなかったようだ。
「これは詐欺行為。悪は許されない。少し話をしてくる」
「いやいやいや、ちょっと待って!エリー、助けてくれ!」
なんの躊躇もなく露天商に向かっていこうとするリィナを止め、抑えるのに手一杯なルベルトがエリーを呼ぶと、「ルベルト様、どうしました!?」と、服の吟味に夢中になっていたはずのエリーが3秒と待たずに駆けつけてきた。訝しげな表情の露天商の視線が、ルベルトに突き刺さる。
リィナを引きとめようとするルベルトと、リィナが持っているペンダントを見て、聡明なエリーは一瞬で状況を理解する。
「リィナ様、このお店はアクセサリーを売るお店です。武具店や、マナが蓄えられている結晶を専門に取り扱っているお店ならばともかく、このようなお店では、これは詐欺行為にはあたりません」
「…そう、なの?」
「はい。確かにこのアクセサリーには、リィナ様が言うのですからマナは蓄えられていないのでしょう。ですが、マナ結晶は使われています。この商品にはマナ結晶を使っていると書いてはありますが、マナが蓄えられているだとか、そういったことは書いてありません。つまり、嘘は言っていないことになります」
理路整然とした説明に、うんうんと聞き入るルベルトだったが、それでもリィナは納得できないようだ。
「マナ結晶に重要なのはマナが蓄えられていること。マナがない結晶は、マナ結晶とは言えない」
「それは、リィナ様の価値感なのです。こういった商売ではよくあることですが、消費者…アクセサリーを買うお客様のことですが、少しでも多くの消費者に商品を買ってもらえるよう、あの手この手で付加価値をつけようとします。例えば、そうですね…ここに、ルベルト様がいます。リィナ様は、このルベルト様がもし、初代千年騎士のヴィリバルト様の血を受け継いでいない、ただの、格好良くて紳士的で、ひたむきで優しい青年だとしたらどうでしょう?」
最後に主観が混ざり過ぎており、自分が例えとして使われたことも相まって、その例えはどうなんだろうとルベルトは思う。しかし、エリーが喋っている途中、血を受け継いでいないとしたら、と言われたあたりで、リィナの体が、ビクン、と硬直した。
急にカタカタと震えだし、目が虚ろに泳ぎ始めたリィナを見て、いても立ってもいられず、ルベルトが口を挟もうとすると。
「あたしは、ヴィリバルトの血を受け継いでいなかったとしても、ルベルトはルベルトだと思うわ。血なんて、個人の性格や才覚には何も関係ないもの」
「レナーテ、戻ってきたのか」
露天商の前で立ち止まったリィナに構うことなく、先に歩いていったレナーテだったが、いつの間にかルベルト達の元へ戻ってきて、そんなことを言う。
「なーんか面白そうな話になってそうだったからね。それに、助けてくれ!…なんて叫んでたら、気になって見に来ちゃうに決まってるじゃないの」
まあ、それはそれとして、と言いながら、コホン、と咳払いをひとつして、レナーテはツカツカとリィナの目の前に歩み寄る。俯きがちのリィナを睨みつけるかように覗き込み、強い瞳で言い放った。
「あんた、バカじゃないの? あたしは竜、千年もの間、ヴィリバルト=ヴァイゼンボルンの血を引く一族と戦ってきたわ。そのあたしがここにいるのはなぜ? ヒルデの血を継ぐグライスナー家のエリーがいるのはなぜ? そして、あんたも確認したけど、ルベルトがこんなにもヴィリバルトに似ているのはなぜ? それこそ、血が繋がってる一番の証拠でしょうが」
客観的な事実を並べられて、虚ろだった瞳にも光が戻り、徐々に落ち着きを取り戻したリィナは、ふう、と小さなため息をついた。
「…そう、そうね。例え話だもの。グライスナーの子孫、話の腰を折ったわ、続けて」
自分が発した例え話で、まさかこんなことになるとは思っていなかったエリーは、続けていいのか迷った。しかし、リィナの瞳を見て、再度口を開くことにした。
「それでは続けさせていただきますが、ルベルト様がもし普通の青年であれば、こうして一緒に旅に出ることもありませんでしたよね?」
…コクリ。
「それは、リィナ様にとって、ヴィリバルト様の血、もっと言えば、千年騎士という存在が特別だからです。同じルベルト様でも、この道行く人々ならどうでしょうか? ああ、あの男性物凄く格好良いわ、お嫁さんになりたい、と思うだけではないでしょうか?」
「いや、エリー、それはないのでは…」
さすがに話したこともないのにそんなことを思う通行人は存在しないと思うルベルト。
「エリー、それは言いすぎだわ。精々、一緒に歩きたいとか、お話をしてみたい、くらいでしょう?」
「レナーテ、それもきっとないよ。エリーよりは大分現実的な気もするけど、言い過ぎだ」
「あら、そうかしら? すれ違う人間の女が、ルベルトのことを振り返って見たりしていた、客観的な事実から推測したのだけど、違った?」
…そうではない、と思う。
第一、それを言うならルベルトもこの短時間で似たような気持ちを感じていた。レナーテは子供のように小柄だが、幼さを残しながらも綺麗な顔立ちに加えて、腰下まである長くサラサラとした髪。そして引き込まれそうなほど美しい真紅の瞳は、男女問わず目立っているように見えた。
エリーだって、愛くるしい表情や、女性的なプロポーションが町ゆく人々の目を引いていたように思うし、リィナは儚げな雰囲気の美人で、特に男性は振り返るどころか、目を疑うかのように二度見していた。
ルベルトは自分よりも、他の三人の方が遥かに目立っていたと感じていたのだが。
「…そう、かもしれない」
完全に話は逸れていたが、リィナは三人が会話をしている間にもしばらく考えていたようで、エリーの言葉をよく反芻して、どうやら納得したようだった。
(あ、あの例えで納得するんだ…)
呆気にとられるルベルトを置き去りにして、エリーは更に話を続ける。
「人の価値観とはそういうものなのです。他人ではなく、自分の価値観で判断し、それが素敵だと思えば、例えマナが蓄えられていないマナ結晶で作られたアクセサリーだとしても、そのひとにとっては価値があるのです」
「そう…それが、人に物を売るということ…そして、買うということなのね」
そうして、持っていたアクセサリーを元に戻したリィナを見て、エリーは満足気な笑みを浮かべた。
「わかってもらえて、何よりです」
目線でルベルトに、どうですか、わたし、お役に立てましたか、と問いかけてくるエリーに、なんだか無性に疲れたルベルトは、「ありがとう…助かったよ…」と、呟くようなお礼をすることしかできなかった。




