千年を越えた者たちと旅立ちの日
町に着いた三人は、最後の挨拶にとパウロの店を訪ねることにした。
「パウロさん、お邪魔します」
「どーもー!」
「……………」
三者三様の挨拶に(リィナは頭を下げただけだが)、カウンターに立っていたパウロは、見覚えのないルベルト以外のふたりを見ながら、目を丸くさせた。
「んん? お前ルベルトだよなぁ? エリーちゃんじゃないべっぴんさんをふたりも侍らせて、どうした!」
今まで見たことないほどの動揺を見せるパウロに苦笑しながら、べっぴんさんってどういう意味? と視線で問いかけてくるレナーテに、その意味が綺麗な女性である旨をルベルトが伝えると。
「べっぴんさんだなんて! おっちゃん、わかってるわねぇ!」
バシバシと、初めて会ったばかりのパウロのゴツゴツした肩を叩きながら、レナーテは満面の笑み。
「おう、嬢ちゃん、見かけによらず良い腕力してんな! この見た目にこの力、是非うちの店に欲しい逸材だなぁ!」
ガハハ、と豪快に笑い飛ばしながら、で、どこで拾ってきた、と続けられたパウロの言葉に、拾ってきたなんて人聞きの悪い、と否定しながらもルベルトがどう説明すればいいか考えていると、
「実はあたし、神殿の近くで拾われたの。 だからルベルトは命の恩人ね!」
いつの間にかパウロの元を離れてルベルトの隣に戻ってきていたレナーテは、ルベルトの腕に抱きつきながら、九対一で嘘が勝っているような理由を述べた。
「ははぁん、なるほどな!」
指をパチン、と鳴らしながら、絶対わかっているはずもないのにドヤ顔をするパウロ。こんなノリの良い一面があったのかと呆気にとられるルベルトだった。
「んで、そっちのお嬢さんは?」
「そうでした。改めてこちらが、千年巫女様です」
ペコリ。
「終わりかよ!?」
キレのあるツッコミも、当然のようにスルーされたが、巫女様は随分と無口なんだな、と、特に気にしていない様子のパウロ。
「巫女様が目覚めたので、これから本格的に旅立とうと思います。町を出る前に、お世話になったパウロさんにご挨拶していこうかと思いまして」
そうかそうか、と腕を組みながらパウロが頷く。
「それはありがたい。千年巫女様、それから、竜の嬢ちゃんも、不器用な男ですが、ルベルトのこと、よろしく頼みます」
カウンターに手をおきながら頭を下げるパウロに、レナーテが元気に、わかった!と答え、リィナはしっかりと頷いた。
(あれ? レナーテが竜だってこと、パウロさんに言ったかな?)
ルベルトが疑問に思いながら考えていると、お嬢ちゃんちょっとまった、とレナーテがパウロから何かを手渡されていた。
店を出ようとしていたため、何を手渡されていたのか見えなかったルベルトが、パウロに貰ったものが何なのかレナーテに尋ねると、あたしにもわからない、と、どうやら本人もよくわかっていないらしかった。
宝石がところどころにあしらわれた、首にかけるタイプのアクセサリーのようだが、見せてもらったルベルトにも、パウロにどのような意図があってこれをレナーテに渡したのかを推し量ることは出来なかった。
三人がパウロの店を離れてグライスナーの屋敷に到着した頃には、エリーを先頭に、数人の使用人が入り口の門前に整列していた。
門前には馬と、荷を積んでいるであろう馬車も既に揃っている。
「おかえりなさいませ、ルベルト様」
深々とお辞儀をするエリーは、いつもの年相応な少女の様子ではなく、千年従者さながらの上品さだった。
「おじさんとおばさんは? 見送りには来ていないのかい?」
ルベルトの両親とは違い、エリーの両親は健在である。
当然面識があり、お世話になってきたのだから、最後くらいは挨拶をと思ったルベルトだったが、顔を上げたエリーは静かに首を横に振った。
「お父様とお母様は、これから果てのない旅に出掛けるルベルト様を案じておられましたが、この地に戻ってくるその日まで、お顔を見ることは控えると仰っております」
そうか、とルベルトが瞳を閉じた。
エリーの両親は、ルベルトにとっても両親のようなものだ。
ここがあなたの帰ってくる場所だ、そんな優しく温かい気持ちを感じて、ルベルトは心のなかで、いってきます、と呟いた。
瞳を開けたルベルトの視界には、相変わらず強い決意を秘めた表情のエリー。
「荷を含めて全ての準備が完了しています。直ぐに出発されますか?」
長い旅が始まる、その門出。ルベルトと旅に出ることに喜びを隠せないはずのエリーが、気を引き締めて自分を律しているのがわかった。
ならば自分も答えなくてはなるまい。
「そうだね。直ぐにでも出発しよう」
エリーは僕にどんな言葉を期待しているだろう?
千年騎士、ルベルト=ヴァイゼンボルンから、千年従者、エリー=グライスナーへの言葉だろうか。
それとも、幼馴染みのルベルトから、家族同然に過ごしてきたエリーへの言葉だろうか。
ルベルトは一瞬迷ったが、そのどちらでもない気がしていた。
エリーが求めているのはきっと、これから長い時を共にする仲間としての言葉だ。その為には、千年騎士と千年従者という関係に、ひとつのピリオドを打たなくてはいけない。
「エリー、今まで千年従者として、僕を支え続けてくれてありがとう。僕の千年騎士としての役目も、君の千年従者としての役目も終わった今、改めてお願いするよ。これからも僕にはエリーが必要だ。共に歩んでくれるかい?」
エリーは、瞳いっぱいに涙を溜め、満面の笑みを浮かべた。
ルベルトはどうやら、エリーの求めていた言葉をかけることが出来たようだ。
「幾久しく、ルベルト様と共に」
エリーは感極まっていた。
ルベルトは常日頃から、エリーに自由に生きて欲しいと言い続けてきた。
それは言葉通りの意味ではなく、呪いによる感情操作の果てにルベルトへの思いがあるのだから、言外には違う男性と添い遂げて欲しいとの願いが込められていた。
それが今、初めてルベルトが千年従者、エリー=グライスナーにではなく、エリー=グライスナーという少女に願ったのだ。自分が必要だ、共に生きて欲しいと。
強く、この人を支え続けたいと思った。
日頃からエリーの献身的な頑張りを目にしてきた、門前に整列している使用人も、何人か涙を流している。
「さあ皆、出発しよう」
ルベルトの後ろに立っていたレナーテも、自らの千年に及ぶ長い戦いを振り返っていたのか、何も言わずに頷くだけだった。
エリーが馬車に乗り込み、馬の手綱を持つ。馬に進むよう合図を出すため、手綱を引き絞り馬に当て、パチン、と音を鳴らせた。
使用人に見送られながら、千年を越えた者たちの旅が始まった。
第一章 完
2017.11.1 誤字修正




