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人竜戦争と千年騎士  作者: むるふ
プロローグ
1/38

千年騎士と紅い竜

初めての連載となります。

投稿までに1週間かかりました。

より良いお話にするため、見直しや改稿が多く、遅筆のため、気長に付き合っていただけたら幸いです。

 紅い瞳がこちらを見つめていた。


 幾度となく繰り返された戦いも、今日で終わる。


「お前との因縁も今日で終わりだ。今日こそ倒してみせる…!!」


 白い甲冑を装備した青年が、町外れにある古い神殿の、重厚な作りの扉の前に立ちはだかっていた。


 目の前に現れた紅い竜を見上げながら、青年は手にしていた剣を、盾を、一層強く握りしめる。


 青年の言葉に、紅い竜は反応しない。が、その瞳は、やれるものならやってみろと言っているように見えた。



 この世に産まれ、父親が亡くなった10歳の頃から、何度も何度も戦ってきた。


 お互いがお互いに、手の内を知り尽くしている。弱点も知っている。得意な技も、苦手な技も知っている。


 青年は、自分の身長の倍ほどの高さのある扉の前で、紅い竜を睨みながら、剣を引き盾を構えた。


 それが、合図だった。



『ヴォォオォォッ!!』



 紅い竜は咆哮した後、大きく息を吸い込むと、ゴオォという音と共に、その口から炎を吐き出す。


(相変わらず、物凄い威力だ)


 自分をすっぽりと覆うほどの炎が、真っ直ぐに向かってくる。青年は手にしていた大きな盾に身を隠し、炎をやり過ごす。



「次はこちらから行くぞ!」


 炎をものともせず、青年は紅い竜に近づいていく。紅い竜は青年を遠ざけようと腕を振り上げ、その大きな爪を青年に向かって横凪ぎに降り下ろす。


 その攻撃も盾で防ぐと、青年も負けじと紅い竜の腕に向かって剣を振るが、少し傷がついただけで、ダメージを受けているようには見えない。



(やはり、腹を狙うしかないか)


 竜の弱点は本来頭部に集中しているが、今いる場所は高低差もなく、圧倒的な体格差から、青年の剣が紅い竜の頭部に届くことはない。背後にある神殿の扉を守らなければならないため、横の移動で相手を撹乱し、頭を振らせることも、今はまだ出来ない。


 よって、硬い甲殻に覆われている腕や背中では、文字通り歯が立たないため、甲殻のない腹を狙わなくては、勝負にすらならない。


 腕の中に飛び込み、必殺の一撃を与えなければいけないと考えるが、そう簡単には飛び込ませてはくれないし、掴まれるリスクを伴ってしまう。


 いつもであれば、紅い竜の体力が無くなるまで、粘りに粘って消耗戦に持ち込むところなのだが、今日は違う。


 あと数分の間に、背後の扉は開く。


 これから数分間だけは、初めて全力で、後顧の憂いなく、この紅い竜と戦うことができるのだ。


 そして、紅い竜に見せたい。自分が強くなった姿を。



 青年は盾で、時には剣で、紅い竜の吐き出す炎、爪の攻撃、咬みつきを防ぎながら、慎重に飛び込むタイミングを見定める。


 紅い竜が腕を振りかざし、その腕が伸びきる寸前が、懐に飛び込むその時だ。


 紅い竜は、口から炎弾を吐き、青年をその場に釘付けにすると、その大きな顎を開き、食らいつこうとする。


 凶悪なその攻撃にも臆することなく、青年は盾で紅い竜の顔ごと攻撃を弾き返すと、すかさず数歩後退する。


 それを見た紅い竜は、青年を爪で引き裂こうと、左腕を振りかざす!


(………今だ!)


 急に自分に向かって走り出す青年を、瞳で捉えながらも、紅い竜は攻撃を止めることは叶わず、その腕は空を切った。


 青年は駆け、一瞬で懐に飛び込むと、剣を紅い竜の中腹目掛けて突き刺した。


『グオオォォォ…』


 剣刃の中程まで刺したところで、素早く剣を抜き、青年はバックステップで後退。痛みに上体をのけ反らせた紅い竜から距離をとる。


 青年は、戦闘中にも関わらず、その顔に笑みが浮かんでくるのを止められなかった。


 10歳から戦い初めて、紅い竜に与えた最初の有効打だ。


 この時を夢見てきたと言っても良い。


 しかし油断は禁物だ。青年は浮かれそうになる心を、首を横に振りながら、すぐに引き締める。


 ダメージは与えられたものの、紅い竜はまだまだ戦えそうだ。


 知っているかどうかはわからないが、今日で終わりなのは紅い竜も同じ。初めて受けたダメージに、まだ青年が知らない攻撃を使う可能性も十分にあり得る。


 紅い竜は、その口を大きく開くと、深く息を吸いこんだ。


 直感で、青年は戦慄した。


(これはマズイ!耐えきれるか…!?)


 青年は体の奥底に眠る力を呼び覚ますように、自分自身に語りかける。


 自然に存在する力、マナを体に取り込み、自分のイメージ通りに使用する、法術と呼ばれる技法を駆使して、青年は今だかつて受けたことのない、強力であろう攻撃を防ごうと試みる。


「法術!『水の加護』!」


 言葉を発すると、青年の回りには薄い水色の、透明な膜が現れた。


 マナは、その力の源から4つに分類され、それを四大属性と呼ぶ。火、水、風、土からなるそのマナの力を、人族は自らの体に取り込み、法術として使用することができる。


 一方で、竜族は人族とは違い、自分の中に取り込めるマナの種類が限定されている。しかし、その取り込めるマナの量と質が、人族とは桁違いに多く、高純度であるために、法術という技法に頼らずとも、自在に使うことができる。


 その強さは圧倒的で、一般的に、人族が竜族に戦闘で勝とうとする場合、その身体能力や体格の差もあることから、竜一頭に最低でも百人が必要ともいわれている。


 紅い竜が使う火のマナは、水のマナに相性が悪いため、青年は水のマナを使うことで、紅い竜の攻撃を少しでも弱め、自らを守ろうとしていた。


 紅い竜の周囲に集まっている火のマナの量は凄まじく、水の加護を受けていなければ、近くにいるだけで燃え尽きてしまうだろう。


『ヴオオオォォオオッ!!』


 円筒状に、青年に向かって放たれたその獄炎は、瞬く間に青年を覆いつくした。


 辺りの地面に生えていた草は一瞬で焼け焦げ、水の加護を受けながら、盾に身を隠しても尚、青年の皮膚や髪はチリチリと燃え始め、全身が火傷したかのような痛みも感じる。


 その攻撃に何とか耐えきり、青年は改めて目の前の紅い竜の強さを実感していた。


(やっぱり強い。これが本当の実力か)


 激しい攻防戦が続くなか、不意に、青年が甲冑の下にいつも忍ばせている、古い懐中時計が、カチリ、と鳴った気がした。



 ゴゴゴゴゴゴゴ………



 途端に、地鳴りのような音が、辺りに響き渡る。


 …ついに、この時が来た。


 先祖代々受け継いできた役目を終える、その時が。


 青年は紅い竜を見据え、盾を構えながら、背後の音に耳を澄ます。紅い竜は、戦いを忘れたように、開いていく扉を見つめていた。


 扉が完全に開くと、辺りは静寂に包まれた。

 



『あーあ、ついに終わっちゃったか』


 突然、少女のような声が聞こえる。


「なんだ?今誰が喋った!?」


 自分と、目の前の紅い竜以外にはこの場所には誰もいないはず。


 数百年前までならばともかく、今はこの神殿に寄り付こうとする物好きは、近くの町にも皆無だ。


 父親が病に倒れ、この神殿の守り人になってから約10年、ここに訪ねてくるのは青年を除けば、たった一人だけだ。


「あたしよあたし、こっちだってば、ルベルト!」


 紅い竜と戦っていたことも忘れ、青年、…ルベルトが辺りを見回していると、目を離した隙に、紅い竜が忽然と姿を消していたことに気がついた。


 その代わりに、ひとりの少女が立っている。


 腰まである長いストレートの紅い髪。少しつり上がった眉に、力強い目付き。吸い込まれそうなほど深い、ルビー色の瞳。


「え…っと、ごめん、君は誰?っていうか、僕は紅い竜と戦っていたんだけど…あれ?」


 突然の出来事に、自分の置かれている状態が把握できないルベルト。そんなルベルトに、少女は優しい笑みを浮かべる。


「まあ、いきなり理解するのは無理よね。この姿のあたしとは初めて会うわけだし」


 この姿の…あたし?


 この姿ではない時は、会っているというのか?


 と、少女を眺めていたルベルトは、少女の腹部が血に染まっていることに気がついた。


「きみ、怪我をしているようだね、大丈夫かい?」


 甲冑の下に来ていた服を破き、ルベルトは少女の腹部に、止血をかねてやや強めに巻き付ける。


 幸い傷口は小さく、さほど深くもないようだ。


「自分でやっといてなに言ってんの、あんなに力一杯突き刺して、痛かったんだから」


「いったい何を言っているんだ?っていうか、さっきまで竜がここにいたんだ。ここは危ないから、早く帰った方がいい」


「ここまで言ってもまだわからない? あたしは10年以上前から、あなたを知ってるわよ、ルベルト=ヴァイゼンボルン」


 …まさか。


 その紅い髪、紅い瞳、腹部の傷、10年以上前。


「もしかして…」


 ルベルトの言葉に、少女はにっこりと笑った。


「そうよ。あたしはレナーテ。あなたとはずうっと戦っていた。来る日も来る日も、時に傷つけて、傷つけられながら、ね」


 レナーテと名乗った少女は、そう言いながらも優しい笑みを崩すことはなかった。


 信じがたいことだが、この少女は、紅い竜と自分は同一人物だと言いたいらしい。


 確かにその瞳は、あの紅い竜と同じに見える。


 今だ混乱の中にいたルベルトだったが、それでも、この少女が嘘を言っているとは全く思わなかった。


「そうか、きみがあの紅い竜なのか」


 少しも疑うことのないルベルトに、少女はあきれたような表情を浮かべた。


「自分で言っておいてなんだけど、こんなことを素直に信じるなんて、ルベルト、あなたが心配だわ。町の人間どもに騙されたりしてないでしょうね?」


 騙されるもなにも、町に住んでいる人達とはほとんど交流がない。町の人はここには近寄らないし、この神殿の守り人になった時から、ルベルトは買い物などで町に顔を出すだけで、あまりここから離れられないからだ。


 おどけて言っているようにも聞こえるが、レナーテの言葉に、ルベルトは人知れず温かさを感じていた。その言葉の端々に、心配している、という感情がにじみ出ている。


 その感情を感じたルベルトは、この少女こそが紅い竜だと確信した。


「レナーテ、僕は、きみとずっと話がしたかったんだ」


「…へ?」


 きょとんとした顔で、その大きな瞳をさらに大きくしながら、レナーテは、思わず間抜けな声が出たことにも気づかない。


 つい先程まで戦っていた。過去にも数え切れないほど戦った。言うまでもなく、傷ついたのはルベルトの方が圧倒的に多いだろう。時には生死をさ迷うような大怪我もしたはずだ。


 なのに、先ほどまでのレナーテにも負けないくらい、ルベルトの表情は優しく、穏やかだった。


「どうして、あたしと話したいと思ったの? あたし、ルベルトのことをたくさん傷つけてきたし、あなたのお父さんも、おじいさんも、ひいおじいさんとだって戦ってきたのよ? 一族の仇敵でしょう?」


 レナーテは、ルベルトの言葉にどう反応して良いかわからず、俯きながら両手の人差し指をくっつけたり離したりしている。


 ルベルトは、ゆっくりとレナーテに向かって歩み寄る。


「ちょ、ちょっとまって! あの、えっと、反応があんまり意外すぎて、色々ルベルトに言おうと考えてたんだけど、なんか全部真っ白になっちゃって、あ、ちょっ…うにゅ!?」


 早口でまくし立てるレナーテに構わず、ルベルトは、小さなレナーテの体を強く抱き締めた。


 何も言わずにそのまま離さないルベルトに、しばらくは動かせる範囲で腕をパタパタさせていたレナーテだったが、やがてその抱擁に身を任せた。


「ありがとうレナーテ。今日まで僕を、僕ら『千年騎士』を鍛えてくれて」


「…っ!?」


 今度こそ、レナーテは心の底から驚いた。


 それと同時に、とても寂しい気持ちと、ルベルトにわかってもらえた嬉しい気持ちとが、じんわりと込み上げてくる。


(ああ、あたしの役目が終わるんだ…本当に、今日で最後なんだ)


 それはいにしえの約束。


 ルベルトの先祖との盟約。


 千年も続く、長い長い呪縛。


 それが、今日で終わる。


「…ふふ♪」


「レナーテ、どうした?」


 うっすらと涙を浮かべながら、レナーテはルベルトの腕の中で微笑んだ。


「なんかね、ルベルトのおかけで、最後の最後で報われた気がしたの。嫌なこともたくさんあったけど、最後があなたでよかった」


 そう言うと、レナーテはルベルトから名残惜しそうにゆっくりと離れる。


 竜であった時とは逆転した身長差があるため、レナーテはルベルトを見上げながら、不思議そうに尋ねた。


「でも、どうしてわかったの? あたしが、あなたたちを鍛えるために襲ってたって」


「それはわかるよ。10歳の子供が、竜相手に一人で戦って死なないわけがないし、戦って気絶したはずなのに、いつの間にかベッドで横になってたりしたら」


 レナーテは気恥ずかしくなって、頬を人差し指で撫でた。


「それに、なんとなく覚えてるんだ。朦朧とした意識の中で、心配そうに僕を見つめる、優しくて安心する、紅い瞳のこと。正直、戦うたびに、紅い竜の瞳を見るのが、楽しみだった」


 母のような、姉のような、そんな安心感のある瞳を見るのが好きだった。幼い頃に両親を亡くしたルベルトにとっては、紅い竜との戦いこそが、生きる意味だった。


「だから、ずっと話したいと思ってたんだ。聞いてほしいことが、たくさんあるんだ」


「そっか…そうだね、あたしも、ルベルトとはずっと話したかった。歴代の中でも、努力家で才能もあるし、何より優しくてカッコいいもんね」


 カッコいいかどうかはわからないけど、と、今度はルベルトが照れたように頬をかいた。


「積もる話もあるけど、まずは先にやることがあるんじゃないの?」


 …そうだ。


 ルベルトを含め、先祖代々続いてきた『千年騎士』の存在する意味。守るべき人、『千年巫女』。


 彼女を、千年に渡る永い眠りから覚まさなくてはならない。


 自然と、表情が引き締まり、背筋がピンと伸びる。


「あたしはここで待ってるから」


 その言葉に、ルベルトは力強く頷き、神殿の中へ進んで行った。 


 …………………。 


読んで下さりありがとうございます。

感想などいただけたら嬉しいです。

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