アイスキャンディー
風を感じるというのはこういうことなのかもしれない。
そんなことを思いながら、自転車を走らせた。
何処に行くという目途もなく。ペダルを漕ぐ。
ひたすらペダルに漕ぎ、チェーンを鳴らし、タイヤを回す。
風を感じる為に無心でこの動作を繰り返す。
照り輝く日輪からは容赦なく熱が降り注がれ、肌がジリジリと焼ける。
この暑い日に何をしているのだろう。ふと思う気持ちを無視し、走り続ける。
暑さなど感じていないとい顔で、清々しいほどの笑顔で、自転車を乗りこなす。
そもそも、なぜ自転車を漕いでいるのか。
きっと疲れていたのだろう。そうとしか思えない。
高校生の夏、宿題以外の勉強もしなければならない。
別に、しなければならないという程に強制ではないだろうが
勉強をサボればサボるだけ、自分にとって負担なのを理解しているから
夏休みにこそ勉強をしなければならないのだ。
夏休みに入る前にそう誓い、実行した。
しかし、暫くするとサボりたくなる衝動に駆られた。
部活があり、プールや海、そして夏祭りがある。
夏休みというのは魅惑的なイベントが多い。
別に一切の遊びを断ち切っていたわけではない。
部活には顔を出すし、プールにも行った、夏祭りはまだ行けてないが行く予定だ。
遊びと勉強の両立が出来ている方だと思っている。
だのに、サボりたいという欲が静まらない。
この欲を断ち切りたいと、修行僧の様に無欲になりたいと思ったわけではないが
自転車を走らせることにした。
この汗が、この陽が、この風が浄化してくれるのではないかと思った。
自転車を永遠と走らせていると、色々なことで夏を感じた。
風鈴の音、簾のかかった家、水遊びをする子どもたち
なかにはアイスキャンディーの屋台などもある
室内では感じられない、外に出て得られる夏を楽しんだ。
アイスキャンディーを1本買い、行儀悪く咥えながら自転車を走らせる。
冷たく、甘い。何味なのか分からない、赤い色のアイスキャンディー。
まるで今の自分の様に、暑さに反応し、溶けてゆく。
時折吹く向かい風を感じ、木の葉の揺れる音を聴く。
蝉時雨に身を包み、風を纏う。
静かで、しかし燃えるような夏。
今までと変わらない夏。
けれど、何か満たされない。
この何かが分からず、サボりたくなるのだ。
このまま夏を過ごしてよいのか、そう思い始めると勉強も手につかない。
夏に何かを求めているのだろうか
深く考えないようにして、自転車に身を委ね、風を受ける。
アイスキャンディーを食べ終えてからはただひたすら走り続けた。
さっきまで賑やかに感じていた子どもの声は聞こえず
夏の景色を包む蝉の鳴き声も静まり
車の行き来は減り、人通りも落ち着いてきた
今はただ、ペダルに力を入れることで鳴るチェーンの音のみ響いている。
いまはどこまで来たのだろう。
どのくらいの時間走っているのだろう。
汗は滴り、息は切れ、肌は焼けた。
これほどないまでに体は疲れていた。
自転車を止め、休むことも考えたが、結局は走り続けた。
暑い、暑い、暑い、暑い。
それだけしか考えられなくなっている。
他には何もない。
この暑さが、とても心地よく感じている。
暑さに体が反応し、汗を流す。汗を乾かさんと風を感じる。
いつの間にか暑さだけが夏の全てとなっていた。
体は疲弊しきっているはずなのにどこか満ち足りた気分になった。
自転車をまるで歩かせているかのような速度で家に帰ることになった。
帰路に着く途中、まだアイスキャンディーの屋台はそこにあった。
明日は何をしようか、そう思いながらアイスキャンディーを咥えた。
高校生の夏休みでした。
少し大人びた高校生という設定です。
次は大学生の夏休みになると思います。