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ここはどこぞの世界か?

俺は現役古典部高校1年。

某小説に若干影響を受けてつい一週間前に古典部に入ったものの、そこに「私、気になります!」とか言うような不思議系、独創系、完璧系の少女なんておらず、まあ普通の高校生部員(男)がいたのみであった。もちろん、入部届けを出す前に 仮入部しなかった俺に非があるといえば、まあ俺に非があるわけで、っというか完全に俺のせいである。


後悔していないかと聞かれたら、午後に体育で持久走の授業が控えているにも関わらず、給食をお代わりしてしまった時並みに後悔しているが、別段それで即退部を考えたりはしなかった。

読書に最適な場所ではあるしな。


基本静かな環境が大好きなインドア派の俺は、引き篭もりを語るにはまだちょっとアウト率が高いが、それでもここ最近は目に見えて外出が少なくなった。


もう2週間は学校以外で外出していない。

つい1ヶ月前に入学式が終わり、そこからしばらくは中学時代の友達と遊びに行ったりもしたが、そんな友達からもここ最近誘いの言葉はなく、現在高校で友達0の俺に外出理由など出来るわけがない。高校入って予備校もやめたしな。

でも、まだ暫定的な0人であって将来性はある! いや、あると信じさせてくれ。



今日も授業を無事に終え、入学後二回目となる部活動を行うべく、部室へ向けてグデグデ歩く。ふと窓を見やると太陽もそれなりに傾いており、後もう暫くすれば山の陰に隠れしまうだろうという高さにあった。


真夏だというのにこの学校から太陽を見ることができるのは大体17:00くらいで、それ以降になると目の前にそびえ立つそれなりに大きな山へと隠れてしまう。この街では太陽すらも引きこもりなのだ。


廊下の奥にある引き戸のドアを引けば、もうそこにはお葬式ムード漂う我が古典部部室。活動はもう始まっていたらしい。

俺は黙って定位置の窓側の席に黙って腰を下ろす。


古典部?何やる部なの?っと同級生に聞かれれば少し間を置いた後に「宿題かな?」っと疑問系+微笑で返してしまうような、そんな部だ。(ちなみに相手がバリバリの運動部だった場合、ちょっとだけ空気が悪くなる。)

そういうことで正直、何やるのか知らず、ただ風の噂で

「帰宅部同然の部活がいいんだったら古典部」

っと聞いてこの部に入った。

うちの高校は強制部活入部っという習わしがあるため部活に入らないことは許されないのだ。


さて、そんな古典部の部室の中ではいつものように如何にもガリ勉なメガネ先輩たちが引っ切り無しにシャープを動かし、カリカリ、カリカリと音を立てる。つい一ヶ月前まで受験生だった俺にとってこれは非常に煩わしいことであり、不協和音以外の何ものでもない。

まだほんわかと受験気分が残る俺にはとても不安になるものである。本当にやめてほしい。


そんな訳で俺はそのメガネ軍団たちに加わるようなことはせず、バックから勉強道具の代わりに一冊の小説を取り出してそれを読むことにした。本来文化部はこうあるべきなのだ。


そこから俺はしばらく読書に耽る。

空いた窓からは夕暮れ時に吹く、うららかな風とともに外部活の奴らの掛け声が響いてくる。うちの、この棚端高等学校、通称棚高は2つの校舎が平行に並んで構成されており、我が古典部部室があるのはグランド側の方の校舎の2階。放課後になれば必然的に外部活の元気な掛け声が聞こえる。


そんな外部の奴らが上げる如何にも青春!的な掛け声を聞いていると、本当にこれでいいのか?高校時代の限りあるこの時に青春を謳歌しなくていいのか?っと思えてくる。


でもどうせ俺、体力無いし。入りたい外部もないし、仮に外部に入ったとしても3年間、ベンチから声援を上げているのが関の山だろうし。

そういうわけでこの選択は間違っていない……はずだ。


時計を見れば既に17:00を回っていた。

この部の活動内容的には17:00に一応終了ということになっている。

本を開くもそう話は進まず、もうそろそろ帰ろうかなっと考えているといきなり部屋の扉がトントンと叩かれ、失礼しますと少し高めの声が聞こえた後、ガラガラ音を立てながら木製のドアが開いた。


「すいません、古典部の部室ってここですか?」


声が女子のものだったので扉の方を見る。

するとそこには日本人離れした容姿の一人の女の子が立っていた。


帰国子女?ハーフ?ロシアっ娘?とりあえず頭の中にそのような単語が並んだ。

その女の子の髪は薄めの茶髪であり、肌の色が白い。目は髪と同じような薄い茶色で、全体から受ける印象は華奢であるということ。

あとかなりの美少女であった。


「なにか用ですか?」


持っていたシャープを放り出し、ガタリと椅子から立ち上がり美少女に尋ねるメガネ先輩。えっと、この人は確か3年の部長だったっけ?


美少女が来訪してきた理由には大体見当がついている。


多分部活見学か仮入部の件だろう。

この期間は実はまだ見学か仮入部の期間で、むしろ俺が入部していることの方が異常であると言っていい。


学年を含めてもかなり少数、もしくは俺しかいないかもしれない。

ちなみに、俺が一早く入部した理由は一重に帰宅部同然の部活の定員が埋まらないようにと言うだけである。

まぁ、実際に入ってみたら部員は俺を含め4人で残りの定員にはかなり余裕があったんだがね。


女の子はメガネ先輩(部長)の方へ歩いて行き、肩掛けカバンのファスナーをちりちり開けたかと思うと一枚の紙切れを取り出した。


あれは……


「えっと、入部届け大丈夫ですか?」


それは俺の予想通りのものであった。

つい一週間前に俺も同じものを出したから覚えてるさ。A4サイズの用紙を丁度半分くらいに切った紙で、しかも部活に提出するものなんてそのぐらいしか心当たりはない。

だが、いきなり見学もせずに入るものじゃないだろう。

いやいや、もちろん俺はサボり目的だよ?

だが、はたしてこの子もそれなのだろうか? そういう風には見えないもんだが。


だけどまぁ、人は見かけによらないとも言うしなぁ……

実際、人は見かけによらない。

清楚そうなあの子が実はビッチなんて設定は有りがちだ。現実ではちょっと聞いたことないが。


メガネ部長は入部届けを受け取り、ちょっとだけ眺めてから机の上に置いた。


「それで、どうしますか?一応今日はもう活動終了の時間なんですけど…」

「あっ、そうなんですか。わかりました。じゃあ次から参加しますのでよろしくお願いします。…えっと、じゃあ今日は…」


そう言いながらぺこりと頭を下げて歩いて部屋から出て行った。


そろそろ俺も帰るとするかと思って腰を上げたところに、ピンポンパンポーンっと全校のお知らせの際などに聞く、放送の音が響いてきた。


「1年2組の天城さん、職員室に自転車の鍵が届いています。至急ーー」


放送を聞いた瞬間、ポケットをポンポン叩いているみる。

望んだ感触が返ってこない。

ポケットに手を突っ込んで確認するが、そこにはやはり鍵の感触は無かった。


どっかで落とすようなことしたっけなぁ。

そう思いながら俺は部室を後にした。



帰り際。

生徒会室を後にした俺はそのまま駐輪場に向かった。

丁度部活が終わった奴らもチラホラと居るようで、その中には男女仲良く下校をしている奴らも居る。


俺は別にリア充を見るだけで『爆発しろ!』とか思うような人間ではない。

まぁ、不快といえば不快なのだがそれでも人の幸せを呪うことはすまい。

それにもしかしたら奴らはそれが目的でこんな公衆の面前でイチャコラしているのかもしれない。

「俺たち、青春楽しんじゃってるぜぇ〜」的な。無視に限る。


生暖かい春風に吹かれて髪が揺れる。


あぁ、もう高校生かぁ……

そんなことを思いながら俺はサドルに跨り、ペダルに足をかけた。


さて、今日の俺には家に帰る前に一つ寄るところがある。

坂道に身を委ねて、カラカラ音を立てながら暫くすればそこには電気屋がある。


我が棚高からうちまでは緩やかな上り坂が角を曲がり曲がりに続いている。

その途中、丁度中間あたりにあるこの電気屋は俺の入学を祝うかのように入学式当日にオープンし、今日も連日通りの賑わいを見せているらしく平日のこの時間帯でも駐車場の半分は埋まっているようだった。


最近流行りの、なんだっけ?アマズン?

そんな感じのネット通販がある以上、俺はこの電気屋の賑わいもそんなに続かないだろうなと思いながらも学校帰りに結構な頻度で通っていた。


自動扉をくぐればそこはもう白色ライトで照らされるあの電気屋独特な雰囲気がそこにあった。


今日来たのは別になんとなく、ぶらぶら来たわけではない。

つい一昨日のことだ。いつものように憂鬱になりながらも学校までの緩やかな坂道をチャリで走っている時だ。

なんてことはない。時間を確認しようとポケットに手を入れ、スマホを確認しようとしたところでスマホがそのままつるんっと手から滑り落ち、地面にダイブしただけのことだ。

幸い、それでスマホが壊れることはなかったが、ケースには見るも無残な形で蜘蛛の巣が走り、使うには少しばかり恥ずかしいものになってしまったので買い換えようと思った次第だ。


財布を取り出して中身を確認。


ひ、ふ、みぃ……


数えてみると中にはおよそ3枚ほど野口英夫が鎮座しておらっしゃる。


3千円あれば十分だろ。

そう思って俺はスマホコーナー目指して足を動かす。




「さて、どれにするかぁ……」


コーナーのフックに吊るされている商品を一つ一つ吟味する。

見るものは値段、デザイン、性能。

もちろん安いものほどデザインや性能はよろしくないし、高いものほど充実したデザインや性能が備わっている。


予算は3千円だができる限り残しておきたい。あと一週間はこれで耐え凌がなければいけないのだ。


商品を手に取り、スマホにかざしたりしてみてあれやこれやと悩みながら考える。

やがてまあまあ値段が張る一品を手に取って意を決した。

スマホケースとなるとそれなりに長期間使うしな。少しばかり値段が張っても問題なかろう。

そう考えて出した結論だった。



無事に会計を終わらせ暗い駐輪場に戻ってみればそこには懐かしい顔があった。

そいつは俺の姿を見ると目を細めるような仕草をしてやがて俺だと認定したのか優しい眼差しで俺に話しかけてきた。


「春樹?」

「おう。久しぶりだな西垣」


そう言ってよぉと右手をひらひら振る。


こいつは西垣千郷。中学の同級生だ。

中学の時は陸上部に入っていおり中々いい体をしている。

今は私立の高校に行っていたはずだ。


「久しぶり。一人?」

「あぁ、まあな。まだ一緒に来るような仲の良い奴も出来んし」

「そ、そっか。ごめん」


お、おいやめろよ。そんな哀れむような目で見るなよ…

こいつは冗談の通じないピュアなやつなので時たま人の心をグサグサとえぐる時があるのだ。


「いや…西垣の方は友達とか出来たのか?」

「まあうん。部活関係でそれなりに」

「そっか…よかったな」


俺がわざと素っ気ない振りをすると西垣はてをあたふたさせながら「えっと…」「その…」とか言っていて中々面白い。


しばらくそんなことをしていた西垣だが、一つ大きく深呼吸すると俺の顔を覗き込んで話しかけてくる。


「お茶でもしてかない?」


きっとこれも空気を取り持つための一環なんだろうなとか思いながらも久しぶりの旧友と話していくのもいいかなとか、家帰っても暇だしなとかまあそんな訳で一緒に近くの喫茶店へと入って行った。



「カウンターでもいい?」

「おう」


その店は中々洒落た店だった。


なんだっけ? Ma◯book持ち込まないといけないところ。

あぁ、そうだスタバだ。スタバ。スターバ◯クス。

スタバとは違い、雰囲気は中々ダンディなところだった。


「お前ここ来たことあるの?」

「何回かあるよ。部活帰りにここぐらいしか寄る場所無いし」

「…友達と?」

「あ、いや。えーっと、まぁ…ね」


吃る西垣。それを眺める俺。

…うん、別にそういう趣味がある訳じゃないよ? いやほんと。

友達に嫌がらせをして喜ぶ趣味は無い。

ただまあ…うん。 面白いから、な。


「まあいいや。高校入ってからも上手くやってるみたいだな。お前、愛想いいし。半分くらいその愛想わけてくれねぇーかな」


しかもイケメンだし。


「そんなことないよ。中学とは先生の方針も全然違うし」

「でもクラスメイトとは馴染んだんだろ?」

「まあ、それなりに?」


歯並びのいい歯を覗かせながらはにかむ。

その仕草がやたらにやっていて中学時代に女子の間でハニカミ王子と呼ばれていたのも納得してしまう。


「そう言えば中学の時に付き合ってたやつどうしたんだ。確か、篠原だっけ?」

「あぁ。篠原さんなら女子校行ったよ。東園女学院。僕も一緒に入ればよかったかな」

「お前が入ったらさぞ喜ぶだろうな」


女学院の女子どもが。

ニヤニヤと、だが気持ち悪くない笑顔を浮かべる西垣。そんな笑顔もイケメン効果でむしろ爽やかに見えるから不思議だ。


「お前らお似合いカップルだったもんな。学年でも美男美女のカップルで、お前らにかなうやつなんていなかったし」

「かなうって、なんの勝負だよ」


吹き出す西垣。

いや、そこあんまり笑いどころじゃないと思うぞ?

っとそこでウエートレスが白いフリルをふわふわさせながら近づいてくることに気付いた。


「ご注文は何にしますか?」

「ホットコーヒーで。春樹どうする?」

「俺も一緒ので」

「じゃあ、ホットコーヒー2つ下さい」

「かしこまりました」


ウエートレスが去った後、西垣がこちらを伺うように見てきた。


「今の娘、結構可愛かったよね」

「篠原に言いつけるぞ」

「冗談だよ」


西垣は爽やか系イケメンのくせに中々女好きだ。下ネタ系の話も意外といける。

そのせいで篠原とトラブルになりそうになったこともあったが。


「そういうのはあんまり女子の前で言うんじゃないぞ? お前、顔がイケメンの分そういうこと言わないような見た目してるから惹かれるぞ」

「イケメンなんかじゃないよ。僕的には春樹の方が魅力的だと思うし」

「お、おい…」

「なんだよその反応? 多分今君が思ってる意味とは違う意味で言ったんだけど?」

「俺が何を考えていると思ったんだよ」

「どうせホモ的な意味で考えてたんだろ? 春樹、ホモっ気あるし」

「バ、バカ。そんなんじゃねぇし」

「その反応、中々気持ち悪いぞ〜」


っとそんなたわいもない話をしている間にテーブルの前にさっきのウエートレスがコーヒーを二つ盆に載せて運んでくる。


「お待たせいたしました。ホットコーヒーでございます」


お皿の上に乗ったこれまた洒落たカップが目の前に二つ置かれる。

っておい、そんなに金ねーぞ。


「あのー、西垣くん。僕、あんまりお金ないんだけど」

「大丈夫だよ。見た目ほど高くないから」


そう言えばさっき部活帰りによく寄るとか言ってたな。確かに高かったらそんなに頻繁に通えないか。


「そっか。それならいいんだ」

「そう言えば電気屋で何か買ったの?」


そう言いながら西垣の視線が俺の左手にかけられたビニール袋の方へ向かう。


「あぁ、これ? スマホケース。前チャリ乗ってる時に落としたもんで」


そう言って袋の中から取り出す。


「中々いい趣味してるね。どんくらいしたの?」

「諭吉が二匹舞ってった…」

「2万!?」

「あぁミス。英夫だ」

「ぷっ」


手元には湯気を立てるコーヒーが置いてある。お洒落なカップの淵を手に取って一口含む。

ふむ…まあ普通かな。

俺の舌がそんな万能なはずもなく、まあそれでもコンビニコーヒーよりはうまいだろうとは判断出来た。

ずるずるコーヒーを啜っていると、それにつられたのかひとしきり笑い終えた西垣カップを手に取りコーヒーを一口飲む。


「一か月前前まで中学生だったんだよなぁ」


感慨深そうな声につられて顔を上げてみると西垣は窓の外を見てどこか黄昏た雰囲気を醸し出していた。

視線を追ってみるとそこには我が母校の制服を着た後輩と思われる中学生たちが笑って話しながら道端を歩いているところだった。


「部活帰りかね」


時刻はすでに19:00を回っている。

下校時間としてはかなり遅い時間帯だ。


「早いよねぇ。この前中学に上がったばかりだと思ったらもう高校生だよ。小学校の6年間と中学校の3年間ってなんだか倍くらいの差どころじゃないように感じる」

「テレビで聞いたことがあるな。歳を重ねるごとに一年が短く感じるようになってくらしいぞ。0歳から20歳までと20歳から死ぬまでが体感的に同じくらいらしい」

「そっか。なんだか寂しいよなぁ」


西垣が眉根を寄せて寂しそうな顔をする。

コーヒーの湯気の勢いもだいぶ収まってきたようで俺の指がなんとなくカップの淵をなぞるように円を描く。


「なんかジジ臭い話だな」

「中学生から高校生ってなんとなく気分も一段階上がった気持ちになるしね。多分そのせいだよ」

「いいや、中学時代からお前はこんなジジ臭い話が好きだったさ」

「あれ? そうだっけ?」


あはははは、と笑いながら頬杖をつき直す西垣を前に俺は椅子の背もたれに寄りかかる。


「でもさ、久しぶりだよね。 君と会うのも」

「そりゃお前が誘ってくれなくなったからだよ」

「いやぁ、最近は何かと忙しくて。っていうか春樹から連絡くれてもいいじゃん」

「俺も忙しくてな」

「あれ? 春樹のとこってまだ部活入ってないんじゃ無いの?」

「なんでそんなこと知ってんだよ」

「いや友達が言ってたからさ。っていうかやっぱり暇じゃん」

「いいな、友達の輪が広くて。 あと、俺はもう入部してるから」

「えっ? 何部入ったの?」

「古典部」

「古典部? どうして?」

「いや、帰宅部に近い部活がそこだったもんで」

「あははは。 そう言えば中学の時、春樹帰宅部だったよね」


愉快に笑う西垣を尻目に窓の方を向く。

すっかり冷めたコーヒーカップを片手に西垣の笑いが収まるまで外を眺めていると、ついさっき見たばかりの顔を発見した。


「あれ?」


もう一回しっかりと顔を見るように少し身を窓に乗り出して確認する。


「どうしたの?」

「あぁいや、今日古典部に入部届持ってきた子がそこにいたもんで」


見間違いではないだろう。

確かにさっき入部届けを持ってきたロシアっ娘に違いない。

ロシアっ娘はキョロキョロと辺りを見回してから カフェの裏手の方へ歩いて行き、そのまま窓からフェードアウトした。


「今の栗色の髪をした女の子?」

「そう。 本当はまだ仮入部期間だからちょっと気になってたんだよ」

「すごい可愛いじゃん。 羨ましいなぁ」

「お前の基準はいつもそれだな」

「失礼なやつだな。篠原さんはちゃんと性格を見て好きになったんだ」

「でも篠原が美人なのも影響してるんだろ?」

「そりゃまぁね」


しれっと言うわ。

まあ美人な彼女と付き合いたいなんていうのは全男子の希望であるわけだしとても普通なことだがね。

店に掛けてある古ぼけた時計を見ると時刻はもう20:00の五分前を指していた。


「あー、そう言えばこのお店二十時で閉店なんだよ」


西垣も俺の視線を追って振り帰って時計を見た。


「そうか。 まぁ、今日は久しぶりによかった。 また今度機会があったら誘ってくれ」


俺が立ち上がると西垣もつられて立ち上がる。


「うん。 部活とかない日に誘うよ。 あ、そうだ。 春樹って部活いつあるの?」

「基本的に金曜だけだ」

「本当に帰宅部同然だね」


西垣がふふっと笑う。

もう少しデリカシーを持って欲しいものだ。


西垣がレシートを持ってレジに会計をしに行く。


「あと僕、女の子には奢るけど男には奢らないから」

「最初から俺はそのつもりだ」


だからさっきお金の心配をしたわけだしな。


会計をしている途中にふと店の奥を見てみると店の外で見たロシアっ娘がメイド服を着ているのが見えた。


「見て見て。あれ、さっき部活に入部届け出したって娘じゃない?」

「そうだな。 いやまさか働いていたとは」


西垣もそれに気付いたようでそちらを指差してニヤニヤしながら聞いてくる。


と言うか、うちの学校はバイトOKだっけ?

バイトOKなら俺もバイトしたいなぁ。


そんなことを考えながらずっと眺めていると、ロシアっ娘が視線に気付いたのかこちらをちらりと見た。

視線があった。


『あっ』


多分、こう言ったんだろう。

口の形で大体わかる。


俺は出来る限り、気付かなかったかのように、自然を装いながらニコニコしている石垣と一緒に店を出た。



外はもう真っ暗だった。

いや、店の窓から見てたからわかってたけど。


その後、俺は西垣と別れ無事に帰路につく。 それから家に着いたのは店を出てから20分程だ。

今年から一人暮らしを始めた俺の家はもちろん真っ暗で、なんとなく心寂しく思ってしまうのは仕方がなかろう。


帰った俺は直ぐに風呂に入って、ベッドに寝転ぶ。

夕飯を作るのが面倒くさかったので今日は夕飯抜きだ。


寝る前に今日のことが少しだけ頭の中を渦巻いたが、最終的には眠気が俺の思考をさらっていき、そのまま深い眠りについた。



「朝ですよー! 起きてくださーい!」


あやふやな意識の中少し高めの女性らしい声が響いた。

鼻腔をくすぐる甘い香りを感じながら、俺は重たい瞳を持ち上げる。


重いまぶたを開くと、俺は目の前に広がる光景をぼんやりと眺めた後に何かがおかしいことを悟った。


豪華な天井。

寝る前に見たごくごく普通の天井からはかけ離れてる。

まるで、西洋のお城のお姫様が寝る寝室の天蓋付きの天井みたいだ。

俺はその事実を飲み込めた(?)後も、しばし天井を眺めて呆然としていた。


昨日誰かの家に泊まったか?

いや、そんなことはない。っというか、こんな豪華な部屋の住人の知り合いにすら俺には心当たりがない。


もしかして夢……なんて一瞬思ったが、寝起きのこの怠さは紛れもなく現実のもの。

明らかに夢なんかではない。


「……」


なんだこの状況?

俺は思い出したかのように体を動かし、ベッドから飛び起きる。


部屋もまるで心当たりが無い。

洒落た小物や大きな鏡台、それにひと一人通れそうな大きな窓まで付いている。


俺はとりあえず外を確認しようと窓に近付いた。


フリルなどがあしらわれた小綺麗なカーテンをやや乱暴に開け放つと……そこには別世界が広がっていた。


……どこだ、ここ?

そこに広がるのは見たこともない街並み。

中世時代のヨーロッパをそのままふっとうさせるその街並みはほとんどの家がレンガ造りで全体的にオレンジっぽい雰囲気を感じさせる街並みだった。


テレビ以外では見たことのないあの独特な雰囲気。たまにやるテレビでは「時代に取り残された感覚」などと紹介したりしていたがまさにその気持ちだ。

だが、そんなほんわかした気持ちも一瞬で過ぎ去った。


ここが旅行などで観光地として俺が赴いた場合、きっと満面を感動に染めるかもしれないが、今はそれをするにはちょっと厳しい。

いや、いきなり知らない場所でそんなハイテンションになれるやつのほうが珍しいと思う。


後ろでドアをノックする音が聞こえた。


「お嬢様、いつまで寝ているのですか? もう朝ですよ? 」


お嬢様?

もしかして……


俺はさっきのベッドを見るために振り返っる。

だが、もちろんそこには誰もいない。


布団が乱雑に置かれているだけだった。


「お嬢様? 何かありましたか? 入りますよ?」


まずい、まずい、まずい。

何故か知らないか扉をノックする主はこの部屋にお嬢様とやらがいると思っているようだ。


どうする?

いや、開けたらそこにはそのお嬢様とやらはおらず、一般高校生(しかも男)がいるだけだ。

状況からみてまず間違いなく通報される。


だが、俺の思考がまとまる前に、その木製の豪華な造りをした扉が無慈悲にも開けられた。


「お嬢様? 何をしておられるのですか? 」


まずい!

俺はそう思ったが、何を思ったのか扉をノックした主と思われる人は何の躊躇いもなく俺に近付いて来た。


メイドのような格好をしている。

昨日見た喫茶店のメイド服とかそういうものじゃなくてもっと本格的なもの。

だけど、俺の知っているものより少し布地が薄い気がする。


「あ、あの…」


声が上擦って高い声が出た。


「さぁ、行きますよ。お父様とお母様がお待ちです。 せっかく作った料理も冷めてしまいますので早くお着替え下さい」


メイドは俺に自然にそう言った。

今気付いたのだが、メイドは鼻がスーッと通っていて外国人みたいな顔をしている。

それもとびっきりの美人だ。


「はぁ……寝ぼけているのですか?

まあいいです。手伝います。 後ろを向いて下さい」


そう言うメイドだったが俺がアクションを起こす前にメイドが俺の後ろに回り込んだ。


そして有無を言わさず俺の背中に手を伸ばし、ボタンらしきものをぱちぱちも外していく。


「え? え?」


普通に声を出しているつもりだが、やっぱり声は上擦ってしまう。

俺が混乱している間にもメイドは俺をひん剥くために動く。忙しいメイドの姿から、どうやら少々急いでいるようだ。

メイドの手が俺の肩あたりを履い、肩紐を掴んでそのままするりと脱がす。


パサリと音を立てて落ちた服を見て、俺は何度目かわからぬ驚きを覚えた。


床に落ちたのは可愛らしい白のフリルが飾られた紅いドレス。


俺は今の今までこんな服を着ていたのか?

誰がこんな服を着せたんだ?


もちろん俺にこんな趣味はなく、俺の家にもこんな服は置いてすらなく、どう考えても俺の物ですら無い。


もしかして金持ちのショタコンに拉致られたか?

いやでも俺はショタっぽい容姿はしていないはずだ。至って平均的な男子高校生のはずだ。

そんな妄想めいた考えが頭を駆け巡るが答えには辿り着かない。本当にまったく状況がわからない。


「今日は暑いですから、薄手の白いワンピースは如何でしょうか?

……うん? お嬢様?」


メイドは部屋に備え付けられた高級そうなクローゼットを漁りながら俺の方へと振り向く。


このお嬢様っていうのは俺に言っているのだろうか?


俺は自分の体を見下ろす。

もちろん胸などない。明らかに男の体……うん?

俺が見下ろす体には胸はもちろんない。もちろん無いのだが……俺が知ってる体とも違う。


スベスベした白い肌。

薄いピンクの肌着越しに見える体には、最近それなりについて来た筋肉の片鱗もない。


俺は咄嗟に振り返って備え付けの大きな鏡に自分の姿全体を写した。


「マジかよ……」


納得した。

いや、全然納得してないけど、ある程度状況はわかった。

俺は別に声が上擦っていたわけではない。


体が女になっているのだ。

正確には幼女に。


髪は腰まである白、いや銀の超ロングヘア。

どこか西洋風の顔立ちをしていて、とても可愛らしい。

将来は約束された顔だろう。

男としての将来は期待できないが。


細くて陶器のようななめらかな四肢が付け根から生え、まるで鏡の向こうに一枚の絵画が存在しているのではないかと思わせるような、神々しさすら放っていた。


恐る恐る、下腹部に手を伸ばすが、男の大事なものは無い。 代わりにあるのは女の子としての大事な部分だけだ。


「……ぉえっ?」


転生初日の朝。

俺の頭は真っ白になってそのまま考えることを停止した。

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