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9 お祭りが始まりました

 いよいよ祭りの当日になった。天気は晴れ。これからどんどん暑くなってくるだろう。

 俺は早朝から、屋台の傍にいた。特に問題があるわけでもなく、氷旗がぱたぱたとはためいている。絵心がない俺に変わって、リリアが作ってくれたものだ。彼女は裁縫なんかも得意なようだ。多才なことで。


 それにしても、殺風景な屋台であるが、材料を運び込めばあっと言う間にぎゅうぎゅう詰めになってしまうだろう。

 店を前から眺めれば、綺麗な字で書かれたメニューがある。Sサイズが400ゴールド、Mサイズが600ゴールドとなっている。値段あたりの量がMサイズのほうが多いため、お得感が出ている。


 ちなみに、みぞれ味も100ゴールド安い値段で提供することにしてある。材料費がほとんどかからないから安くできるし、手間も少ないから、こちらを買ってもらっても損はない。というかこちらだけで済むならば、面倒なシロップ作成の必要もなかった。といっても、あれも中々楽しかったのである。ユウコ、ヴェーラと一緒だったのだから。


 そんなわけで、準備は整った。あとは時間になる前に、リリアの家から材料を運んでくるだけである。


「よし、そろそろいいか」


 早くに準備しすぎても仕方がないが、いつまでも開店せずにいるわけにもいかない。

 俺はまだ日が昇ったばかりの街を、歩き始めた。


 それからリリアの家に着くと、ヴェーラも来ていた。ユウコは楽しみで待ちきれなかったらしく、玄関で待っていた。


 リリアは帰ってきた俺を見るなり、


「ユウコが落ち着かなくて仕方なかったのだけど……どうせ行くなら連れていったほうがよかったのではないかしら」

「いや、なにもすることはなかったからさ」

「あなたもユウコと同じく子供みたいね」


 あやつと一緒にされてしまった。さすがにそこまでではないと、信じたいものだ。しかし、浮かれているのは事実だろう。


「今日の目標は500杯。これだけ売れれば借金が返せる」

「うん、頑張ろう!」

「そして今日売れた分は、明日の売り上げにつながる。口コミで広がっていくはずだから」


 俺は豪語する。リリアは俺を見て、ため息を吐いた。


「あなたがなにか失敗して、悪評が広まらないといいのだけれど」


 つまり彼女の内心を代弁すると、こうなる。「あなたが失敗しないかどうか、リリア心配。だから、手伝ってあげるね」ということだ。


「ありがとうリリア」


 怪訝そうな顔をする彼女。

 しかし、実際に裏方として手伝ってくれることになっているため、俺の推測はおそらく間違っていない。


 とはいえ、彼女の家は通りから外れたところにあるため、祭りの日なんかにわざわざ客が来ないというのもあるのかもしれない。


「さ、行こうよ。ティール、運ぶの頼める?」

「もちろん」


 ヴェーラといえども、大量の材料を運ぶのは大変らしい。魔物との戦いでは魔力を用いて肉体を強化していたとか聞いているが、俺はその術を知らないのでなんとも言えない。そもそも、そんな必要自体ないし。


 それから再び街中を行く。今度は四人で、並んで歩くのだ。

 照りつける日差しは強いが、俺たちの周りだけは、やはり冷気で快適に保ってある。


「うーん、こうも天気がいいと気分がいいね」


 ヴェーラが伸びをしながら、そんなことを言う。


「あなた、暑ければすぐに文句を言うでしょう?」

「そうだね。でもじめじめしているよりよくない?」

「そうね、カビが生えると管理も大変だもの」


 カビが生えて困るものはなんだろうか。リリアの扱っている瓶には怪しげな液体がたくさんあったから、そのうちのどれかかもしれない。


 そんな魔術師らしい?発言をするリリアだが、今はローブを纏っていない。黒のドレスだ。

 あんなことを言いつつも、気に入っていたのだろう。素直じゃないなあ。


 やがて屋台に辿り着くと、かき氷器などを準備したり、エプロンを着たりしてから開店。

 祭りの時間までやや時間はあるが、正確に合わせる必要があるわけではないようだ。ちらほらいる客は、おそらく朝ごはん代わりだろう、串焼きなんかを買っている。


 だから俺たちも、呼び込みこそしないものの、販売くらいはしてもいいだろう。

 そもそも、俺は呼び込み自体する気はない。そういう行為をする必要を感じないからだ。ユウコやヴェーラ、リリアは立っているだけでも十分華がある。だから呼び込みをすれば、かえって客が避けてしまうことのほうが多いだろうと踏んだのだ。ようするに、綺麗な花は黙っていても心を引き付けるのだから、動いて人心を惑わす必要などないのである。


 それに、別の方法がある。


 そうしていると開始の時間も過ぎて、やがてお客さんがやってくる。初めては、若い男性だった。


 俺は後ろのほうで氷を削るべく準備しながら、ユウコが接客している声を聞く。


「いらっしゃいませ、ご注文はなんになさいますか?」

「えっと……これ、氷ですよね?」

「はい。氷の上にシロップをかけたものです」


 やはり氷を食べるというのは、意外だったのだろうか? いやでも、この前のシャーベットは普通に受け入れられていた。


「ほんとうに600ゴールドでいいんですか?」

「はい。Mサイズは600ゴールド、Sサイズが400ゴールドです」


 金のほうが疑問だったらしい。そりゃそうか。随分、相場からはかけ離れているし。そもそも、利益がまったくでないどころか、赤字になるくらいの価格だ。


「じゃあ……メロンのMサイズ、お願いします」

「畏まりました」


 ユウコが注文を受け付けるなり、ヴェーラはシロップを器の底に入れて、かき氷器にセット。俺はかき氷器を回す。がりがりと小気味のいい音を立てながら、緑色の上に白い粉が積もっていく。初めはシロップに溶けていくものの、すぐに山になっていった。


 その間、ユウコはお金を受け取って、おつりをカルトンに乗せて渡す。これはリリアから借りた金と、念のために彼女が用意した小銭である。


 一方で俺がかき氷器を回すのをやめると、ヴェーラは上からさらにシロップをかける。

 自然の緑色に染められた氷は、雪山の輝きを連想させる。


 そこにスプーンを刺して完成だ。


「お待たせしました。メロン味のMサイズですっ」

「ありがとう」


 男性は受け取ってから、ほかの客がいない店の前で一口。

 そして驚きに目を見開いた。


「……すごい! ふわふわで、口の中で溶けていく! 甘みが流れ込んでくるようだ! これが本当に氷なのか!?」

「はい。薄く削っているため、そのような食感になります」


 男は満足しているらしく、しきりにうなずいていた。

 そんな彼のオーバーリアクションもあってか、興味をもった者もいたようだ。幸先のいいスタートである。


 しかし、俺は基本的にこの世界の常識に疎いことや苦手なこともあって、接客はするつもりはない。今日一日、かき氷器を回すだけしかしない予定だ。ユウコにそちらを任せて裏で寝ていてもいいのだが、リリアに刺されそうだからやめておく。


 少し暑くなり始めた午前中、少女たちの元気な声が、からりと響いていた。



    ◇



 初めは物珍しさに客も寄ってきたのだが、昼くらいになると、客足が途絶えてしまった。一度流れが途切れると、ほかにない店なのもあって、頼みにくいのかもしれない。


 気温も随分上がっている。街行く人々は食欲も失せて、汗だくになっていることだろう。

 だからこそ、俺のこの作戦は必ず効果を発揮するはずだ。


 俺は魔法で氷柱を作り出すと、それを店先に設置する。さらに、魔法の効果を俺たちの屋台の中だけでなく、外にまで影響を及ぼすように調節。

 これで、涼しげな見た目だけでなく、実際に冷気を感じ取れるようになるはずだ。屋台ならば香ばしい、食欲をそそる匂いを出すことで注意を引くが、俺は涼しさによって注意を引くことにしたのだ。


 その効果ははっきりと、現れた。

 まず、氷自体が結構高いこともあって、それを店先に出しているのを珍しがるものが増えた。しかし、俺にとっては無制限に出すことができるものなので、懐はなんも痛くはない。もちろん、ちゃんとした水に砂糖を加えて作った氷はそうはいかないのだが。


 そして、汗だくになっているものほど、汗が冷気で冷えることを実感して、その原因を探らんとする。先には、俺たちの屋台がある。


 彼らは引き寄せられるように、動き始めた。

 これは俺だけの専売特許だ。こずるい気がしないでもないが、ちゃんと働いているんだから問題もなかろう。


「イチゴのMサイズ一つ!」

「かしこまりました」

「レモンのSサイズ二つください!」

「かしこまりました。少々お待ちください」


 売れる、売れる、売れる。飛ぶように売れる!

 600ゴールド、400ゴールド、400ゴールド。


 素晴らしい。この調子でドンドン稼いでいけば、借金返済も目の前だ!

 俺はそんな欲望を押し殺し、ひたすらハンドルを回す。回して、回して、金を回す!

 

 疲れなんて、まったく感じない。そもそも、この竜の肉体はどれほど酷使しようが、ほとんどパフォーマンスが低下しないのである。


 ユウコやヴェーラ、リリアが休憩をはさんでいる一方、俺はほとんどここを立たなかった。

 今が稼ぎ時なのだ。


 かき氷は気温が30度を超えるとアイスなどよりも売れやすくなるという。気温が高くなることで、低カロリーのものを求めるようになるそうだ。


 だからこの瞬間、最も気温が高くなる昼時は稼ぎ時なのである。

 俺はできる行列を見ながら、笑みを浮かべる。目標を達成できそうだと。



    ◇



 昼時が終わると、盛況は少しばかり落ち着いてきた。

 これからはぼちぼち売っていけばいいだろう。目標も達成できそうだ。二人でも十分捌けそうである。


「リリア、助かったよ。あんまり客も来なくなったから、お祭りに行ってきてもいいぞ」


 彼女はあくまでお手伝いとして来ているのである。わざわざお店を休んでまで来てくれているのだからとてもありがたいことだ。だから気を遣っていったのだが――


「用が済んだからって厄介者扱い? 最低の男ね」

「まさか、そんなことはない。俺はリリアがいてくれて、とても嬉しいよ。そ、そうだ。君はまさに屋台の女神だ!」

「言葉選びも言い方も最悪ね。気持ち悪い」


 褒めたのに、だめだったらしい。どこがだめなんだ。女神じゃなくて天使にすべきだったのか?

 うーん、女性というのは難しい。ユウコなら単純だからこういう悩みはないんだけど、それはそれで問題だ。


「ともかくだ。ユウコもヴェーラも、好きなときに休んでくれ。仕事はもちろん大事だが、それ以上に君たちの体調のほうが大事なんだから」


 よく店員を酷使させる店があるが、あれはだめだ。よくない。だって、彼女たちの目は死んでいるのだから。


 俺が理想とするのは、彼女たちが笑顔で働くことができる店だ。

 やりがいを感じ、自ら進んで働く。そのことに意味を見出し、おのずと生じる笑顔。それはなによりも輝いているし、美少女の真の魅力が引き出されているといえるだろう。どれほどの金銭にも劣らない、最高の価値があるのだ。


 これはもちろん、人それぞれの好みがあるのだろうが、俺はそんな女の子たちが好きなのだ。楽しげに店内をぱたぱたと動き回る少女たちを思うと、つい頬が緩んでしまうのも仕方がないだろう。


「珍しく真面目なことを言ったと思えば……その調子だと、ろくでもないことを考えてそうね」

「そんなことはないぞ。俺は真面目に、心からリリアの体のことを考えていた」


 俺はまじまじとリリアを眺める。

 今はローブではなくドレスの上にエプロンを纏っているため、比較的体型がわかりやすい。俺は椅子に座っているので、自然とリリアの胸のあたりに視線がいく。


 うーん、リリアがローブを着ていたのって、凹凸を誤魔化すためだったんだろうか。やっぱり気にしてるんだろうなあ。


「……最低ね」


 一切の温もりが籠らない声音でリリアが言い捨てた。そうして彼女はそのまま、裏手に行ってしまう。


 俺はその姿を、目で追うことしかできなかった。

 なにがまずかっただろうか。今回はなにも言っていないはずなんだが。やっぱり視線が問題だったのだろうか。


 そうしていると、ヴェーラが呆れ気味にやってくる。


「ティール、さっきのはないと思うよ」

「うーん、反省する」

「リリア、あれで結構繊細なんだから。デリカシーのないこと言っちゃだめだよ」

「そっか。そうだよなあ」


 そう言われると、さすがにへこむ。

 たしかにリリアが繊細なのはわかる。あれこれと、細かいところに普段から気を遣ってくれたりしているのだから。ずぼらなユウコなら間違いなく気にしないはずだ。


 そんな俺を見て、ヴェーラは呆れつつも、微笑んだ。


「……仕方ないなあ。お姉さんがあとで上手くいくように、取り計らってあげる」

「ありがとうヴェーラ! 君はうちの店の天使だ!」

「あ、ごめんそれはやめて。センスもないし、恥ずかしくない? よくそんなこと言えるね」


 こっちもダメだったらしい。

 なんだかなにを言っても墓穴を掘りそうだったので、俺はひたすらにかき氷を回すことにした。


 リリア怒ってるかなあ。

 そんな俺の内心など知らず、かき氷器はがりがりと小気味のいい音を立てていた。


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